273話 地球が静止する日
領の経営が軌道に乗ったと思ったら、空から謎のお客様だ。
空飛ぶ白いアレイに乗っている。
エルフの話に出てきたこの世界の管理者というやつだろうか。
湖まで行くと、その白いアレイが近くまでやってきて、下面から人らしき影が現れた。
どうやら二足歩行生物のようである。
セテラの話でも特に形状は明言されていなかった。
おそらくは人型生物だとは思っていたが、本当にいるとは。
「アキラ、人っぽいぞ?」
「ああ、会話が通じなさそうな宇宙人じゃなくてよかったな」
「いや、文化がまったく似てなくて、倫理観がまったく違うとか?」
「あ~、それはありそうで怖いなぁ。俺たちをさらって、へんな能力つけて放り出すやつらだぜ。まともだとは思えん」
まとも――と言えるのは、俺たち人間から見てそうだってだけで、倫理観が違うなら彼らにとってそれが正しいことかもしれないし。
すぐに近くまでやって来たその人型は、黒い上下の服を着て、黒い髪の男。
身長は俺たちと同じぐらいで、歳は――20代後半か。
その男のすぐ後ろに小さな女の子らしき影がある。
白いワンピースを着て、ちょっと緑っぽい肌をしている。
髪もなんだか黒っぽい緑に見えるのだが気のせいだろうか?
人見知りをしているのか、男の陰に懸命に隠れようとしている。
女の子はどう見ても人間じゃないのだが、男のほうは――。
「おいケンイチ、あれって日本人っぽくねぇか?」
「そう見えるか? 俺にもそう見える」
その男が俺達に気づいたのか、こちらに向かってくる。
ここの責任者だと解ったのか。
それとも、俺が乗ってきたラ○クルから、この世界にいる異分子だと気づいたのだろうか。
「止まれ! なに者だ!」
俺は、歩いてくる男を制止した。
「あんた日本人か?」
男の発した言葉に俺は戸惑った。
「ああ――俺から見ると、君も日本人に見えるんだが」
「ははは、まぁ――俺も元日本人だよ。この世界の管理者の代理をしている」
彼が後ろにある白いアレイを指差した。
あれも管理者から借りているものらしい。
「やっぱりそうなのか?」
「ああ、元日本人な」
「いやそっちじゃなくて、管理者ってほうだが……」
「管理者を知っているのか?」
「そこのエルフから聞いた」
俺はセテラを指差した。
「うぇ!」
男は、セテラの顔を見て驚いたようである。
「どうした?」
「いや、知り合いのエルフに似ててな。この大陸にもエルフがいるのかよ……」
「それなりの数が住んでいるみたいだ。ダークエルフはいないみたいだが」
「そうなのか」
「……」
彼は俺たちの訝しげな視線に気がついたようだ。
「まぁ、疑うのも無理もないが」
「いや、疑ってはいないのだが……」
「それから、俺は不老なんで見た目より歳を食ってる、敬語はなしだがいいか?」
「不老……」
「本当だぞ」
「解った」
「ちょっと待ってくれよ!」
会話にアキラが割り込んできた。
「なんだ?」
「俺たちをこんな世界に連れてきた意味を教えてもらおうじゃねぇか!」
「あんたも日本人か?」
「そうだ!」
男が後ろにいる女の子となにやら話している。
「日本人が2人生き残っていると言われてやって来たんだが、2人揃っているとは思わなかった」
「それで! 俺たちをさらって、こんな世界に突っ込んだ理由は?!」
「ああ、それを説明するためにやって来たんだ」
「そうなのか?」
アキラは熱くなっているが、俺はそうでもない。
「ああ、原因はこいつだ」
彼が、後ろに隠れている女の子らしき生物を指差した。
少し前に出そうとしたのだが、必死に抵抗しているようだ。
「その子は人間じゃないよな?」
「そのとおり」
「え?! それって精霊じゃないのぉ?」
後ろにいたセテラが女の子の正体に気づいたらしい。
「これを知っているエルフがいるのか?」
「エルフの本星にいた精霊でしょ?」
「ご明察だ」
「彼女は、この星に入植したエルフの生き残りなんだよ」
俺は、戸惑う男にセテラを紹介した。
「始まりのエルフに生き残りがいたのか? 入植は5000年前だぞ?」
管理者という連中も、最初に入植したエルフに生き残りがいるとは夢にも思っていなかったようだ。
「間違いないらしい」
「はぁ、こりゃびっくらたまげた門左衛門だなぁ」
なるほど、オッサンしか知らないネタを知っているらしい。
本当に見た目は若いが、中身はオッサンのようだ。
「そんなことはどうでもいいんだよ!」
男の会話にアキラが切れ始めた。
彼は、この世界にやってきて苦労したようだからな。
文句の1つも言ってやりたいのだろう。
「あんたたちを、この世界に呼び込んだのは、こいつらだ」
「その女の子だってのか?」
「ああ、こいつは人じゃないし、太古の昔にエルフに作られた人造生命体だ」
「そうなのか?」
彼の話では、この精霊という連中が、俺たちをこの世界に連れてきたらしい。
「おい! ふざけんな! そんなガキになにができるってんだよ!」
「こいつらは人型をしているが、超々生体論理素子で、いうなれば生体コンピュータなんだ」
「どのぐらい凄いのか、さっぱりと解らんが……」
「そうだな。例えるならば――こいつらが1人か2人いれば、地球のネット環境なら一瞬で掌握できるぐらいの能力だ」
「ええ? セキュリティとかがあってもか?」
「そんなものは、こいつらにかかれば塵芥も同然」
なんだかすごい能力の持ち主ってのは解った。
「それじゃ、その子たちがなにかしたってことか……」
「この世界のシステムの穴をついて、好き勝手していたってことだ」
「システム?」
「この世界の管理システムだ。この星は自然な環境に見えるが、管理者による管理を受けている」
「それをいじられたと?」
「そうだ――干渉が巧妙に隠されていて発見が遅れた。大変申し訳ない」
男が頭を下げた。
「それで、俺たちをここに連れてきたわけは?!」
アキラが腕組みをして、男を睨みつけている。
彼は、女の子がやったと信じていないのかもしれない。
「それが――大変申し訳ないのだが、精霊たちのただの遊びなんだ」
「はぁ?!」
アキラが男に掴みかかりそうになっているが、俺には心当たりがある。
「ん~あ~、なんかそんな感じがしてたんだよなぁ……」
確かにアキラと一緒に、そんな話をしていた。
神様みたいな連中が、俺たちを異世界に放り込んで面白がっているんじゃないかと……。
特に、アキラが持っているマヨネーズ能力とか見れば、真面目にやってないことは明白だし。
「今回、このようなことに巻き込んでしまい、お二人にはそれ相応の対価を払う用意がある」
「対価ってなんだよ」
アキラが男を睨みつける。
「なんでも――こちらで用意できるものがあるなら用意する」
「たとえば金か?!」
「それも可能だ。地金ならいくらでも合成できるし」
「う~ん、別にいまさら金をもらってもなぁ」
現状、領の経営が順調なら、いくらでも金は稼げる。
アキラだって、自分から出るマヨでも油でも売れば、食うに困ることもない。
この世界で余分な金をもらっても使いみちがないのだ。
それに大量の金などを市場に流し込んだら経済が破綻する。
それはアキラも解っているだろう。
「それじゃ! そこにいるケンイチと同じ能力をくれ」
アキラが欲しいのは、俺の通販能力らしい。
俺の物資の出どころが通販だというのは、彼にも内緒にしていたのだが、それがバレたら怒らないだろうか?
男と精霊が話している。
どうやらコミュニケーションは言葉ではないらしく、甲高い音が聞こえる。
「ちょっと時間をもらえば可能だ。亜空間収納も広げることができるぞ?」
「その収納ってのは、アイテムBOXのことだな?」
男が、精霊とまた会話をしている。
「そうだ」
「それは承知した。そちらは?」
彼が俺を指した。
「う~ん? 別に俺はなぁ……」
2人の願いを聞いた男が、ちょっとほっとしたような表情を見せた。
「そうか――2人とも元の世界には未練はないのか?」
「まぁ、未練がないと言えば嘘になるんだが、別に帰りたいとも……ここで家庭も持ってるし仕事もある」
「そちらは?」
「俺もない。こっちには女がいるからな」
「元世界には男の娘はいないしな」
「フヒヒ、サーセン!」
周りを見渡すが、皆があっけにとられている。
まぁ、話がまったく見えないだろうし。
「2人とも、元世界に未練がないようでよかった」
「もしかして元世界には帰れないのか?」
「いや、帰れるんだよ。でも、帰ってもなにもないというか……」
男が口を濁す。
「え? どういうことなんだ?!」
男にアキラが詰め寄った。
「言葉のとおり、元世界――地球に帰っても誰もいないんだ」
「な、なんで?! なにかあったのか?」
「もしかして核戦争とか?!」
俺の言葉に彼の表情が曇る。
「まぁ、たしかに戦争はあったんだが、人類が全滅したのはそれじゃなくてな」
男の口から語られる衝撃の事実。
地球に小惑星が落ちて、人類がほぼ全滅してしまったらしい。
「「マジか……」」
俺とアキラ、2人で絶句する。
まさか、こんな形で世界の終わりに出会うことになるとは……。
「今は絶賛氷河期中。全滅って言ったが、僅かながらは生き残っているみたいだが」
男もアイテムBOXらしきものを持っているらしい。
そこからタブレットを出して、地球を外から見た映像を見せてくれた。
ぶ厚い雲に覆われていて、隙間から見える大地や海も真っ白になっている。
「ケンイチって言っていたな? そちらさんのいた場所は?」
「北海道だ」
「お? 俺も北海道だよ。北海道は――現在マイナス70度ぐらいだな。東京でマイナス45度」
冬だからこの気温なのではない。一年中この気温ってことだ。
一緒にタブレットを見ていたアキラが崩れ落ちて、砂浜に大の字になった。
「ほんじゃ――俺たちは、逆に拉致されて助かったってことかよ」
「まぁ、そういうことになるかな。地球に残っていたら確実に死んでいただろうし」
「それじゃ日本も全滅なのか?」
「いや、日本人だけ1000万ちょい生き残っている」
「「え?! どこに!?」」
俺とアキラの声がハモった。
「俺の国と日本との間に、門が繋がってたんだよ、知らないのか?」
「日本と異世界がつながる? 知らねぇよ、そんなの!」
アキラが砂浜に寝転がったまま、ふてくされたように吐き捨てた。
「ケンイチは?」
「俺もだ」
「う~ん?」
男が下にいる精霊とかいう女の子と話を始めた。
「なにがどうした?」
「どうやら、こいつらが2人を拉致してからしばらく放置していたらしくて、20年ぐらいたっているようだ」
「ええ? それじゃ浦島太郎状態……」
「そんな感じかな」
「異世界とつながるなんて――そんな状態になって、よく諸外国がおとなしくしてたな?」
アキラの言うとおりだが、異世界の技術やら資源やらを考えると、絶対にちょっかいを出してくるだろう。
「おとなしくしてないぞ? すったもんだで日本と諸外国が戦争になった」
「え~?!」
異世界と門がつながった日本には、異世界の技術と資源が流れ込み、未曾有の好景気になった。
当然、面白くないのが諸外国である。
あの手この手で、ちょっかいを出してきたらしい。
そうなれば国内でもナショナリズムが台頭する。
蝸牛角上の争いのあと、日本では急進右派政党が政権を握り、憲法改正からの軍拡への道を進み始めたという。
「異世界の技術ってなんだ? 魔法か?」
「いや、魔法は日本人には使えないし――コレだよ」
男がアイテムBOXから、黒い石を取り出してみせた。
「それって魔石」
「そう。こいつは簡単に電池になるんだ。発電にも使える」
「え? そうなのか?!」
完全リサイクル、完全無公害、究極の電池――そりゃ世界がひっくり返るし、諸外国は日本叩きをするわ。
「そりゃ、どこの国も面白くねぇだろう」
アキラの言うとおりだ。
「まぁ、綺麗事と御託を並べてたよ。異世界の技術や知識は人類の共有財産なんだから、独り占めするべきでないとか、門は国連で管理するべきだとか、はは」
「ああ、解った……」
下からつぶやきが聞こえた。
「なにがだ? アキラ」
「ある距離に近づけば、小惑星が落っこちてくるって解っていたはずだ。それに対策をしなかったってことは、全世界が異世界に逃げ込めばいいと――そう考えてたんだろ?」
「そのとおり。それで世界大戦になったってわけさ」
「よく日本が勝てたな」
「まぁ、異世界からの知識でかなりの技術革新が起きたし、俺がこいつで色々と吹き飛ばしたからな」
男が白いアレイを指差した。
「え~? そんなのありか?」
「そりゃ門は俺の国に繋がっているからな。ふざけた連中を入れるわけにはいかないし、陛下と民を守らねばならん」
彼は、日本とつながった国の科学者で、全権大使でもあるらしい。
魔法と科学を融合させて数々の発明をし、地位と財を成した。
「そりゃそうだが……」
「日本とは軍事同盟も結んでいたし当然。それに俺は、管理者からあれを借りて、この世界を任されているからな」
管理者とか言われている超科学を持っているやつから借りたわけで、あの白いものは超絶な戦闘能力を持っているらしい。
某国の空母打撃群を吹き飛ばし、核ミサイルを撃ってきた国は都市を10箇所ほど灰にしたという。
「マジで核とか使ってきたのか?」
「ああ、そんなやつらに手加減無用だろう? 俺は常に100倍返しだし」
「しかし、犠牲者が……」
「やらなきゃ日本人が5000万~6000万人は死んだぞ? 先に撃ってきたのはやつらだし、綺麗事では済まん」
「そ、それはそうだが……」
やらねばやられる。
この世界でも、それは同じか。
「要は、門だけあればいいってことだから、日本なんて更地になってもよかったってことなんだろう」
アキラがつぶやくが、そのとおりなんだろうな。
「そのあとが傑作――世界中で子どもの映像とか流し始めて、『人類は皆兄弟』とか『愛し合うべき』とか言い出してな」
「お前ら先に核ミサイル撃ってきたやろが?! って話か」
「本当にそれなんだよなぁ。そのあと、各国の代表が話し合いをしたいとか言い出したから国連に行ったんだよ、俺が。一応、異世界側の全権大使だしな」
「それで?」
「国連の中に入った途端に暗殺された――異世界への障壁になっているのが俺だから、俺さえ片付ければなんとかなるとか思ったんだろうなぁ」
「暗殺って生きてるじゃないか」
「そりゃ当然、撃たれたのはダミーだし、ははは。バレバレだっつーの」
その展開を読んでいたこの男が、立体映像のようなダミーを使ったらしい。
もちろん、そういうテクノロジーは、管理者というやつから提供されたもののようだ。
「当然100倍返しなわけだが、ただその場を吹き飛ばしたんじゃおもしろくない」
「それで、なにをやったんだ?」
アキラが興味深そうに身を乗り出した。
「立体映像を使ってな、死んだ俺が復活してドラゴンになってから周りを吹き飛ばした」
もちろん立体映像に、ものを破壊する力はないだろうから、それに合わせた攻撃が行われたのだろう。
その様子は全世界に生中継されたらしい。
「ははは、そりゃ傑作だったろうな!」
アキラが腹をかかえて笑っている。
彼と男は気が合いそうだ。
「映像が残っているぞ。観てみるか?」
男がそう言うと、空中に映像が表示された。
確かにTVなどでよくみる国連のホール――その中央で男が突然倒れると、それがドラゴンの姿になる様子が映し出されている。
映画のCGなんてチャチなものじゃない。
どう見ても本物だ。
これがオーバーテクノロジーってやつか。
「こりゃ、全世界がぶったまげただろうな」
アキラの言葉に俺も同調した。
「そうだな、異世界にはとんでもない魔法があると勘違いしたかもしれない」
「この事件から異世界を崇拝するやつらが増えたんだが、それだからと言って助ける義理はないからな」
そもそも異世界という土地があるからといって、世界の全人口が避難するなんて不可能である。
「自分たちで自分の首を締めたのか」
「まぁ、そういうことだな。このときは国連ごと周り5km四方が灰になったわけだし」
この段階で、とっくに日本は国連を脱退していたらしい。
「ケンイチ」
話を聞いていたアネモネが俺の服を引っ張った。
「なんだいアネモネ?」
「なにを話しているの?」
「え?」
「アネモネにはちょっと難しいかなぁ……」
「その前に、言葉が解らない」
「ええ?」
どうやら、アネモネを始め、他の見物客にも男がなにを話しているのか解らないらしい。
「どういうことだ?」
アキラが首をかしげる。
「そりゃ当然だよ、地元の人間には翻訳プラントが入ってないからな」
「「翻訳プラント?」」
俺とアキラの言葉がダブる。
「脳みその中にそういう回路が組まれているんだ」
「ええ? だって日本語話しているし、文字だって五十音順で……」
「そう脳みその中のプラントが無理やり変換しているだけだよ」
「それじゃ、他の人に見えないものが見えたりするのも……」
「翻訳プラントって言ったけど、2人にはもっと高度なものが組み込まれていて、通常じゃ起こらないようなことの制御が行われている」
男の話を総合すると、俺のアイテムBOXやら通販機能の制御も、そのプラントという一種の生体コンピュータが行なっているらしい。
プラントの話はさておき、アネモネに話の内容を説明してやる。
「他の国が助けてほしいってことなんだよね?」
「そうらしいな」
「助けてあげられなかったの?」
「う~ん……それはなぁ」
「聖騎士様、その向こうの世界というのはどのぐらいの民がおるのですかぇ?」
政治となると、一緒に話を聞いていたアマランサスも気になるらしい。
「え~と、ざっと70億ぐらいか」
「無理! 無理ですわぇ! そのような数の難民など受け入れられるわけがありませんわぇ!」
アマランサスの顔がひきつる。
「そのとおり――今ここに門ができて、『向こうの世界がピンチなんだ、助けてくれ!』と言われて、すぐに数億の民を受け入れられるか? って話なんだよね。まして数十億なんて」
「そんなのデキッコナイス」
「そうだろ?」
話が長くなりそうなので、俺はアイテムBOXからテーブルと椅子を出した。
「飲み物は?」
「コーヒー」
「はいよ」
コーヒーを飲みながら話は続く。
一緒に座った女の子には、ケーキを出してあげると、手づかみで食べている。
口の周りがクリームだらけだ。
「でも、君の国は日本人を受け入れたんだよな?」
「うちの陛下はお優しくてねぇ。日本が保有している全部の金と引き換えに、1000万人だけ受け入れた」
金を取ったのか。
「それで1000万人だけ生き残ったのか……」
「そうだな――でも、毎日大量輸送しても1000万人の移動はギリギリだったよ」
男の話では、日本から異世界に1000万人を避難させるのがやっとだったらしい。
地球に衝突する小惑星の軌道が判明して、その日まで約2年。
ずっとグダグダと揉めて、局地的な戦闘を繰り返して実際に異世界への移住が本格的に始まった時点で、残り1年。
そりゃ、1日1万人運んでも1000日かかるんだ。
一日3万人運んで333日。
異世界とつながる通路は、バスやトラックが通れるぐらいのスペースしかないらしい。
「それで? その1000万人の人選ってのはどうやったんだ? かなり揉めただろう?」
アキラがコーヒーを飲みながら話す。
「15歳から30歳までの独身で健康な男女から中心に選んだ。あとは、政治家や技術者、知識層だな」
「ガキや年寄りは生産性に欠けて、リソースを消費するだけだからな」
病気などをしても物資は限られているし、介護のために貴重な労働力となる大人の手が塞がる。
とにかく、なにもないので、若くて健康な労働力だけが求められたわけだ。
「苦渋の決断なのは日本人全員が解っていたから、限られたところからしか反対は起きなかったな。粛々と、生き残るために選ばれた人たちの異世界への移動が進んだ」
「「……」」
俺とアキラが言葉を失う。
まさか、日本がそんなことになっていたとは……。
「それじゃ、日本に残っていたとしても、俺たちみたいなオッサンじゃ異世界への切符を手にすることはなかったということだな」
「そうだよなぁ」
オッサン同士で顔を見合わす。
「けど、日本の人口は1億2000万人――確率からいえば約1/10だ。2人の知り合いとか親戚とかがこの世界に来ている可能性はある」
「あ~、俺はほとんど天涯孤独だしなぁ。親戚づきあいはゼロだったし」
確かにアキラはそんな話をしていた。
「俺には弟がいたが――拉致られてから20年たっているわけだろ? それじゃ、とっくに30歳は越えているだろうしなぁ。それにやつは結婚してたし」
「弟さんの子どもは?」
アキラが俺の弟のことを色々と聞いてくる。
「いたな。俺がいなくなったときに高校生だったと思ったから……」
「それじゃ可能性はあるんじゃね? 確率1/10だし」
「入国者名簿があるから、チェックできるぞ?」
「本当か? それじゃたのむ。浜田勇気……だったはず」
つーか、数回しか会ったことがないんだよなぁ。
弟にすら10年以上会ってなかったし。
ここで死んだかもと聞かされても、ピンと来ない。
俺の話を聞いた男が、タブレットでデータの検索を始めた。
「ん~、これかな? 北海道道南――浜田勇気(男)ってあるぞ」
「本当か?!」
「ああ、間違いない」
「日本人の入植地域ってどうなんだ? 物資不足とか深刻じゃないのか?」
「ここ10年ぐらいでそれなりに復興したぞ。一応、資源もあるしな。全部うちの国からの借金だが」
「でも、日本人が本気になりゃ、焼け野原からでもあっという間に復興するからなぁ」
アキラが空を見上げてつぶやく。
「まぁ、うちの陛下もそれを知っているから、金を貸し付けているんだが」
「もし、そこに行くことがあれば援助してやりたい」
「お? 目的ができたな」
俺が叔父だと言っても信用してくれないかもしれないが、「あなたのお父さんに世話になったことがある」でいいわけだし。
「さて、それじゃ2人とも、ここに居残るってことでいいのだろうか?」
「ああ」
俺はまったく問題ないが、アキラはどうだろう。
「俺もそうだな。日本には戻れないし、いまさら日本人街に行ってもなぁ」
「ここにいたほうが、楽な生活ができそうだしな」
彼も残るか。
「そうなると――2人とも、なにかを忘れてないか?」
「忘れる……?」
「なんだ?」
「ここに根を下ろすとなると必要になるだろ?」
俺は彼のいうことを理解した。
「ああ! 子どもか!」
「あ~、そいつがあったな! それじゃ子どもを作れるようにしてくれ! すげーテクノロジーがあるなら、それぐらいはできるだろ?」
アキラも忘れていたようだ。
あまりにショッキングな事実が発覚したからな。
「もちろんできる。俺も苦労したからな」
「あんたも子どもがいるのか?」
「ああ、え~と、なん人だっけ? ――おそらく10人以上かな」
「相手1人じゃないよな?」
「もちろん。けど、突然増えたりするからなぁ」
彼の子どもにはエルフもいるらしい。
「エルフと子どもってできるのか?」
「いや、これはかなり困難だな。なにしろ遺伝子の構造とかまるで違うし」
「それでも作れるのか?」
「作れるというか――ハッキリいって母親のコピーだな。俺の遺伝子なんて限りなくゼロだと思う」
人間とエルフの子どもということで、セテラが興味津津なのだが、かなり難しいらしい。
「子どももできるようになるのか……」
「そのとおりだ。だが施術を受けると、今度は日本人とは子どもが作れなくなるからそのつもりで」
「それは了解だ。いまさら日本に未練はないし」
「ケンイチ」
後ろに立っていたアネモネが、俺の服をひっぱる。
「なんだい? アネモネ」
「赤ちゃんが作れるようになるの?」
男の言葉は解らないが、子どもを作る話をしているのは会話から解るようだ。
「なるらしいよ」
「よかった……」
アネモネとの会話を聞いていた男が訝しげな表情をしている。
「人の趣味に口を出すわけじゃないが、子どもが相手っつーのは……」
「君の考えているようなことはないから」
「一応、信じるが……」
男が椅子から立つと頭を下げた。
「この度、2人を騒ぎに巻き込んでしまったことを、この世界の管理者に代わり再度謝罪する」
「まぁ、しゃーねぇ。変な能力を与えて変な世界に放り込むなんて、ガキみたいなことをする神様だと思ってたら、マジでガキだし」
アキラが少女を睨みつけると、彼女が男の後ろに隠れた。
相手が子どもじゃ、ボコボコにするわけにもいかないし、それなりの対価をもらって納得するしかない。
それに――この世界にやって来なければ、俺たちは死んでいたのだ。
「俺も納得したから、謝罪を受け入れる」
「感謝する。それでは今から俺の国に向かおう」
「今からか?!」
突然すぎる。
こちらにも準備があるのだが。
「こちらに来ることは、あまりないだろうし、行くなら今が一番いい」
「その施術に時間はどのぐらいかかるんだ?」
「そうだな――1週間ぐらいか」
「う~ん」
「どうしても時間の都合がつかないなら、あとで迎えをよこすが。座標は記憶したので、あのポッドだけで来れる」
「アキラはどうだ?」
「俺はいつでもオッケー」
「オッケーにゃ!」
なぜか獣人たちがはしゃいでいる。
俺の子どもができるかもしれないということで、前祝いだろうか。
「う~ん、スマンが、1時間だけ待ってもらうことは可能だろうか」
「大丈夫だ」
「それじゃ、1時間で準備する」
「了解した」
慌ててテーブルと椅子を収納すると、車に乗る。
男が車を見てうなずいている。
「ラ○クルか――俺も乗ってるぞ。異世界なら最高の選択だ」
「俺もそう思う」
「俺も一緒に行っていいか? 村を見学したい」
「領を立ち上げたばかりなので小さな村だぞ?」
「領主なのか?」
「ああ」
領主なんて七面倒臭いことをやるとは、本当にご苦労様――そんな顔をしている男も村に来るようだ。
別に見せて困るものもないし、いいけどな。





