262話 酒を飲む
峠の頂上でワイバーンと遭遇――これを退治した。
いつも使っている粘着爆弾などが在庫切れだったのだが、前回の遭遇と違いアキラやエルフたちもいる。
彼らに協力してもらい、無事に魔物を倒すことができた。
ここは山の上なので、森の中に生息するような熊や狼もいない。
竜種も縄張り意識が強いようなので、複数いることはないらしい。
敵もいないし、峠の頂上まで到着したということで、ここで一区切り。
酒を入れて宴会をすることになった。
カメやワイバーンを討伐したお祝いという面もある。
俺の率いる難民たちの士気を上げるという点からも、こういう一区切りの行事は重要だろう。
俺が谷底でワイバーンの回収作業をしていると、避難させていた村人たちが頂上までやってきた。
彼らのコンテナハウスを出してやったので、飯の準備を始めている。
戻った俺は、ワイバーンの屍をアイテムBOXから出してみせた。
「「「おおおお~っ!」」」
「こ、これがワイバーンですか!」
少々焼け焦げている魔物の死骸の前で、村人たちのリーダーであるマサキが驚いている。
「ワイバーンの討伐を見られたなんて、孫の代まで自慢できるぞ?」
「それだけではありません。鉄の召喚獣に村人全員を乗せて、すごい距離を走るなんて……まるで夢物語です」
「ケンイチ様、只人の脚じゃ軽く1ヶ月はかかる距離を数日でやってきたんですぜ?」
村人たちを連れてきてくれたマツがそんなことを言う。
「それに休まなくてもいいし、飯も食わないし……」
ナンテンが離れた場所に置き去りにしてしまったマイクロバスを見ている。
あそこまでいくのが面倒だし、回収はあとでいいだろう。
こんな場所には誰もいないから、盗られる心配もない。
「そうでもないぞナンテン。飯は俺が作った特殊な油を食うんだ」
「そうなのかい?」
「ああ、そろそろ給油したほうがいいな。明日の出発の前に入れよう」
「そうだな」
アキラがすでに、ツィッツラと一緒にビールを飲んでいる。
エルフたちもビールはお気に入りのようで、セテラにせがまれて彼女にも渡した。
「ほらほら、飯を食って、今日は酒も飲め。ワイバーンは傷むと困るから収納するぞ」
「「「おおおお~っ!」」」
盛り上がっている獣人たちが手を上げた。
一方の村人たちは、隠れていただけなので少々バツが悪そう。
「遠慮することはない。騒ぐときは騒がないとな」
早速獣人たちは、酒を開け始めた。
ニャメナが焼酎のペットボトルの開け方を、得意気に伝授している。
「うぉっ! うめぇ!」「こんなうめぇ酒なんて!」「しかも、すげぇ強ぇ!」
シャングリ・ラで一番安い焼酎だが、獣人たちには評判は上々のようだ。
ダリアやアストランティアの獣人たちにも評判は良かったので問題はないはず。
甲類焼酎でも、この世界の酒に比べたら遥かに上等だ。
この世界にもワインならいいものがあるようなのだが、スピリッツとなると醸造技術も遅れているし蒸留技術もない。
それをもっているのはドワーフたちだけだ。
酒を持った獣人たちが1人また1人とアマランサスの所にやってくる。
彼女の戦闘を見て、やはり只者ではないと悟ったのだろう。
「姐さん」
獣人たちから注がれた酒を、あぐらをかいたアマランサスが飲み干していく。
その姿は、まさに女傑。
彼女1人でも、国の一つぐらいは取れそうだ。
そりゃ、かつて奴隷の身分から成り上がり、国を統一したという豪傑の子孫なのだ。
そりゃ俺だって、先祖は松前藩の役人だったとか聞いたが、今はただの凡人。
数少ない生粋の道産子なのだが、比べるべくもない。
ウワバミの彼女にはこのぐらいは楽勝だが、この獣人たちは、あまり酒は飲んだことがないらしい。
――というか、物資不足で飲めなかったのだ。
飯さえ食えないのだから、酒どころではない。
獣人たちが俺の所にもやってきた。
「ケンイチ様にも」
「俺もか」
普段は飲まない俺だが、ここで断っちゃ彼らに悪い。
プラのカップに入った焼酎を飲み干す。
「おお! さすが、ケンイチ様も豪胆だぁ!」
俺の飲みっぷりに獣人たちが沸く。
普通はこんな飲み方をしたら急性アルコール中毒にでもなってヤバいが、俺にはチートがある。
授かった祝福の力を使えば、体内アルコールも瞬時に分解できるのだ。
アキラに言われて試していなかったが、本当にすぐに酔いが覚めた。
毒も効かないと言っていたが、これはマジだろう。
挨拶まわりが終わったので、彼らで飲み直すらしい。
「この酒は結構強いから、ワインみたいに飲むなよ。ぶっ倒れるぞ。飯も食えよ」
「ひゃはは! 酔い潰れるまで酒を飲むなんて、俺の夢だったんだ!」
「俺もだぜ!」
喜ぶ彼らだったのだが……。
「……あ、あいつも酒が好きだったのに、ちくしょう!」
1人の獣人が言った言葉に、辺りが静まり返る。
おそらく死んだ仲間を思い出したのだろう。
「そうだな、そうだったな」
「やつの分まで飲もうぜ」
獣人たちは一つのスープの鍋に固まると、皆で食って飲み始めた。
普段は只人たちと一緒に食事を摂っているのだが、今日は共闘した仲間と一緒に飲みたいのだろう。
その中にアキラがいて、なにやら話している。
帝国での体験談とかそういう感じだろうか?
竜殺しの生の話を聞けるなんて滅多にない体験だしな。
今日は、好きにさせてやる。
途中で拾った兵士たちも5人で集まって酒を飲み始めた。
俺がインスタントカレーとパンをやると、美味そうに食べている。
「こりゃ香辛料料理か?」「こんなの滅多に食えねぇ……」
兵士たちもカレーは大丈夫のようだ。
俺たちもカレーを食べ始め、エルフたちはインスタントラーメンを食べ始めた。
「野菜中心のおかずがあるから、エルフにも大丈夫だろう。気に入ったものがあったら食べてみてくれ」
「うん」「へぇ、いろんな料理があるね。でも全部茶色だ」
まぁ、和食で醤油ベースなので仕方ない。
それにエルフなら精進料理みたいなものがいいはずだから、和食も合うはず。
途中で拾った10人の子どもたちも俺たちと飯を食べ、マツとアオイともう1人の獣人も一緒だ。
いきなり米は無理なので、パンとカレーの組み合わせだが。
見たこともない料理に最初は戸惑っていた彼らだが、一口食べるとすぐに黙々とカレーを食べ始めた。
「どうにゃ? 美味いにゃ?」「旦那に言わせると、カレーは正義らしいからなぁ」
「う、うまい!」
「美味しい!」
元々獣人たちは香辛料料理が好きだ。
マツとアオイが気にいるのは当然だが、古今東西この異世界にやってきてもカレーが嫌いな子どもには会ったことがない。
ミャレーの言うとおり、カレーは正義ということが改めて証明されたということになる。
「ほら、マツ。お前も酒を飲め」
「こいつは、かっちけねぇ」
俺からプラのカップをもらったマツが焼酎を飲み始めたのだが、すぐに泣き出した。
「おいおい、お前もか?」
「申し訳ねぇ。村の皆にも、こんな美味いものを食わせてやりたかった……」
「親たちが盾になってくれたから、子どもたちが助かったわけだし」
「ううう……」
マツが泣きながら焼酎をあおり、カレーをかきこんだ。
アオイもしょんぼりしているが、カレーを食べている。
子どもたちは――大丈夫そうだ。
親がいなくなっても、懸命に前を向いて生きようとしている。
普段から裕福な生活をしていて、こんな状況に叩き込まれたら、泣いたり落ち込んだりするところだが、彼らの普段の生活はそうではなかった。
こんな場所でも、飯が食えて眠れるだけでも天国といえるのかもしれない。
「これで、山は越えましたわぇ」
アマランサスは俺が渡した焼酎を飲んでいるが、彼女のは少々高いやつだ。
500mlで5000円ぐらいする。
まぁウワバミなので、安い焼酎でもいいと思うのだが……。
今日は質にこだわりたいらしいので、いい焼酎を渡した。
「ケンイチ!」
「竜殺しはあっちでなくてもいいのか?」
最初は獣人たちと飲んでいたアキラが戻ってきた。
「お通夜みたいになっちまったからな。俺とツィッツラは完全に場違いだ」
「アキラやエルフたちにも感謝している」
「よせやい、ははは。やらんとくたばるだけだし、やるっきゃないぜ」
「そうだな」
話しているとセテラが抱きついてきた。
「それじゃ、今日のお礼はぁ?」
「BBAなにもしてない」
カレーを食べていたアネモネがポツリとつぶやく。
「BBA言うな! このちびっこめ!」
カレーを持ったアネモネと、カップ麺を持ったセテラが睨み合っている。
「「ぐぬぬ……」」
「喧嘩は止めなさいって」
俺の言葉で、エルフが髪をかきあげて座り直した。
「しょうがないでしょぉ、ケンイチがあいつらの面倒みろっていうんだからぁ」
「村人たちにとって、美しくて強いエルフ様が心の支えになるからな。少しでも不安は少ないほうがいい」
「ケンイチだって凄いのに」
「俺のことは誰も知らないが、エルフが凄いってのは、この大陸の人間なら誰でも知っているからな」
「勝手に崇めないでほしいんだけどなぁ――私たちは只人なんて興味ないしぃ」
アキラの話では、帝国のエルフたちもこんな感じらしいので、元々こういう種族らしい。
そりゃ不老だし、能力も桁違い、元々は超文明の生き残りだっていうぐらいだし、普通の人間なんて原始人にしか見えないのかもしれないが。
「俺だって只人だが?」
「ケンイチは違うじゃない」
まぁ、俺とアキラは異世界人だから違うのだが、中身は一緒ではないのだろうか?
セテラの話では、種族が違うから子どももできないだろうって話だし……。
元世界に帰るつもりもないし、帰れない。
この世界で根を張るなら子孫を残せないと困るんだが、なにか方法はないものか。
「エルフなどより、聖騎士様のほうが凄いに決まっておる!」
そう言って俺に抱きついてきたのは、アマランサスだ。
ちょっと赤い顔をしているので、酒が回っているのかもしれない。
ウワバミなので、理性を失うことはないと思うが。
「あの……聖騎士様ってなんですか?」
アオイが小さく手を挙げた。
「ある王族から力をもらって契を結んだのが、聖騎士様って呼ばれるらしいんだが、一般には知られていない」
「そ、そうなんですか?」
「そこにいるアキラも、帝国皇帝から力をもらった聖騎士なんだが」
「フヒヒ、サーセン! でも、帝国じゃ聖騎士とは言われてなかったけどな」
アキラが、ビールを飲みながら俺の出したツマミを食べている。
食いかけをツィッツラに食わせてやっているが、あれがエルフ式の愛情表現らしい。
それを見ると、セテラも同じことをしようとしてくるので厄介だ。
「はい、あ~ん!」
「はいはい」
セテラから貰ったツマミを食べて、俺の食っていたカレーを食わせるところなのだが、彼らは辛いのが苦手。
アキラからツマミをもらうと、それを齧って半分をセテラにやる。
普通ならこんなことはしないのだが、これがエルフ風なのだ。
やらないと、「愛がない」とか、また言い出す。
セテラがアマランサスを退けて、俺に抱きついてきた。
「う~ん」
目の前にピコピコと動くエルフの長い耳があるので、そっとなでる。
「ん……」
エルフの耳は普通なら触らせてくれないらしいが。
「もーっ! ケンイチは私の!」
反対側からアネモネが抱きついてきた。
「お~っ! さすが、ケンイチもてもてだな」
そういうアキラも、ツィッツラとイチャイチャしている。
その場で始めそうな勢いなんだが、勘弁してくれ。
「しょうがないなぁ」
セテラとアネモネの頭をなでてやる。
「「ふぁぁぁ」」
アホなことをやっているうちに飯を食い終わった。
獣人たちは、まだ泣きながらちびちびと酒を飲んでいる。
まぁ、そういうときもあるだろう。
そのぐらい大変な思いをしたんだろうし。
俺は、廃墟を物色して使えそうなものをアイテムBOXに収納することにした。
LEDライトで照らしながら、辺りを散策する。
ふと、目が止まったのがワイバーンの巣。
「あ、そういえば、卵があったような……」
木材や枝などが積み重ねられた巣を乗り越えると、割れた卵がなん個かある。
卵は巨大で1mほど。
「うぐ……」
卵はかなり育った状態で、ホビロンみたいな感じで放り出されていた。
巣のにおいも酷く、思わず晩飯とご対面するところだ。
それらをアイテムBOXに入れて、ゴミ箱へ投入する。
残っている卵が2つあるが、残りも同じ状態でちょっと食えないだろう。
いや、食うかな?
卵は村人たちに聞いてから処分することにするか。
こいつはまだ生きていると思うが、アイテムBOXに入れれば死んでしまう。
巣はワイバーンの糞で汚れて異臭を放っており、ばっちいが、これは肥料に使えるだろう。
鶏糞は高級肥料だし、これも使えるのではないか?
アイテムBOXに収納した。
とにかく、連れていく村人たちの村を作るとしてもなにもない。
使えるものは、どんどん使う。
廃墟の様子も見て、10棟ほど使えそうな物件があった。
この宿場町を建設するときには、多大な労力がかかったと思う。
このまま残しておけば、再び峠が開通したときに使えそうではあるのだが、それがいつになるかは解らない。
俺が生きている間に、共和国が滅びないかもしれないし、そのときはそのときで考えればいいさ。
このまま峠を下ったふもとにも、宿場町の廃墟があるかもしれない。
そこも使えそうだったら回収しよう。
使えるものはなんでも使うのだ。
皆のところに戻る。
獣人たちはまだ飲んでいるが、放置して俺たちは寝ることにした。
マサキを呼ぶ。
「ここには敵はいないようだから、鉄の陣地は要らないだろう? 不安なら用意するが……」
「いいえ、ケンイチ様のおっしゃるとおりにいたします」
見れば、村人たちはほとんどが焚き火の前で毛布にくるまっている。
ちびちびと酒を飲んでいた獣人たちも半分は轟沈。
大丈夫だろうか?
「ここは、山の上だから冷えるかもしれない。追加の毛布を出すか?」
すでに、森の中を走っていたときに比べて冷え込んできている。
獣人たちは自前の毛皮があるので平気だろうが。
「大丈夫だと思いますが……」
「う~ん。しかし風邪でもひかれたら大変だ」
毛布を買おうと思ったが、いいことを思いついた。
今晩だけしのげればいいんだ。
使い捨てカイロはどうだろうか?
カイロを検索すると30枚入りが500円だ。
とりあえず10箱買う。
ドサドサと黄色い箱が落ちてきたので、中身を取り出してマサキに説明してやる。
「これは魔法で温かくなる袋だ。こうやって揉むと温かくなる。やってみろ」
「こうですか?」
マサキが俺の真似をして両手でもみもみを始めた。
「どうだ?」
「あ! 温かくなってきました! これは凄い」
「これを、1人に3つほど皆に配ってやれ」
「ありがとうございます!」
「結構熱くなるので、肌には直接つけないようにな。やけどするからな」
「解りました!」
マサキが黄色い箱を持って、村人たちの所に走っていった。
箱には12時間保つって書いてあるし、今晩はこれでなんとかなるだろう。
俺の所にいる子どもたちと獣人たちは、コンテナハウスの中にいるので大丈夫なはず。
コンテナハウスに戻ると、セテラが抱きついてきた。
「ねぇ、ケンイチぃ~しようよぉ」
「するってなにを?」
「もう、知っているくせにぃ」
「皆いる所でできるはずないだろ?」
「それじゃ、皆一緒にすればいいじゃん」
「アネモネがいるのに、できるか!」
白いワンピースの寝間着に着替えたアネモネも俺に抱きついてきた。
「ケンイチ、私もしたい」
「はいはい、もうちょっと大きくなってからなぁ」
アネモネを抱いたまま、寝転がって毛布をかぶる。
「ぷぅ」
なんだかアネモネが不満そうだが、できるはずがない。
そこにセテラも潜り込んできた。
「私も一緒にねるぅ」
「おいおい、5000歳のお姉さまは勘弁してくれよ」
「5000歳言うな!」
「BBA~」
「BBAじゃない!」
毛布の上にアマランサスが飛び込んできた。
「うごっ!」
「聖騎士様ぁ~! 妾だけ、なぜ仲間外れなのかぇ~!」
「ちがうちがう……仲間外れにしてないから」
「ま、混ざりてぇ……」「落ち着くにゃ、トラ公」
もみくちゃにされていると、獣人たちの声が聞こえる。
「にゃー!」
ベルの声でアマランサスが避けると、俺の腹の上に黒い毛皮が香箱座りになった。
「重いよ、お母さん」
「にゃ」
首をなでるとゴロゴロしているので、どいてくれそうにない。
横を見ると、アマランサスが悔しそうな顔をしているので、あとで慰めてやらんと……。
「ふう……」
俺はそのまま眠りについた。
------◇◇◇------
――ワイバーンを討伐した次の日の朝。
俺の上に乗っていた皆を降ろして、外に出る。
コンテナハウスのドアを開けると、ベルとカゲがするりと出ていった。
外は少し霧がかっていて、肌寒い。
標高が高いので雲の中なのだろうか?
その光景を見て、村人たちにカイロではなくて毛布を追加してやるべきではなかったかと後悔した。
獣人たちが飲み会をしていた場所には毛布を被って、丸くなった獣人たちが寝ていた。
グデ~っとした寝顔をしていて、なんだか可愛い。
別に寒がっているような様子は見えないが、彼らは自前の毛皮があるからな。
村人たちの所に行くとコンテナハウスを出してやる。
すでに起きている者もいて、食事の準備が始まっていた。
廃墟の残骸を集めてまとめているようだ。
薪に使ったりするのだろう。
「おはよう、寒くなかったか?」
「ケンイチ様! ケンイチ様からいただいた、温かい袋は凄いですね!」「これのお陰で朝までポカポカでした」
男たちが大事そうにカイロを持っている。
彼の嬉しそうな顔を見て、ホッとした。
使い捨てカイロは十分に機能してくれたらしい。
「それは昼頃まで温かいから、そのまま持っていればいいよ」
「ありがとうございます!」
村人は問題なさそうなので、散歩がてらマイクロバスの所まで行く。
ちょっと離れた場所に置きっぱなしだったので、回収しないとな。
歩いていると霧が晴れてきて、山々が連なる壮大な景色が見えてきた。
到着したときにはすでに薄暗かったから、よく解らなかったが、これは素晴らしい景色だ。
アイテムBOXからカメラを出すと、あちこちを写真に収める。
こんな景色は、日本にいたままじゃ見られなかったな。
写真を撮りながらバスの所に到着した。
「収納!」
アキラのバスも収納する。
今日は、出発する前にバイオディーゼル燃料を入れないとな。
このまま上手く峠を降りることができれば、あとは王国の街道。
整備されている道なら、スピードを上げることができる。
「え~と、この峠を降りて1日、王都まで1日、サクラまで1日――トラブルがなければ3日か4日だな」
いや、屋根に人を乗せているからなぁ。もうちょっとかかるか……。
霧の中から、ベルとカゲがやってきた。
パトロールしてきたらしい。
ベルの毛皮をなでたあと、皆の所に戻る。
マイクロバスを邪魔にならない場所に再び出した。
「ケンイチ様、おはようございます」
村人たちから挨拶をされる。
「おはよう。寒くなかったか」
「はい、このお陰で」
人々がカイロを抱いている。
丸くなっていた獣人たちも皆起きていた。
「随分と飲んでいたみたいだが、宿酔いになってないか?」
「大丈夫でさ」「それよりも……」
「どうした? なにかあったのか?」
「いえ、ケンイチ様からもらったこいつを腹に抱いて寝たら――ガキの頃親父やおふくろに抱かれて寝たときのことを思い出しちまって……」
「あ、俺もだ」「オイラも……」
獣人たちがまた、しんみりしてしまった。
「お前たちの親は?」
「成人したときに、別れ別れになっちまって、それっきりで……」
どうやら、皆がそうらしい。
「あの、ケンイチ様」
そこに、マサキがやってきた。
「マサキ、おはよう」
「おはようございます。村では、成人すると他の村に行くことになっているのです」
「ええ? それじゃ、逆に別の村からお前たちの村に来た連中もいるのか?」
「はい……」
なんということだ。
共和国はエルフの社会を参考にして作られたと言っていたが、そんなことまで真似していたとは……。
エルフが村を渡り歩くのは、狭い村で血が濃くなるのを防ぐため。
元世界で俺が住んでいた限界集落でも、交通機関が発達していなかった昔――人の往来がまったくなく近親婚が繰り返されて、色々とマズいことが起きた。
それを考えると理にかなっているとはいえ……。
家族を強制的に引き離すなど、国のやることではない。
「俺の領地では、そんなことはないから心配するな」
「ありがとうございます」
俺の家族の所に戻ると、皆で朝食にする。
俺たちや子どもたちは、インスタントスープにパン。エルフたちは、グラノーラに豆乳をかけて食べている。
「アキラ、出発する前に燃料の補給をしよう」
「オッケー」
「オッケーにゃ!」
「「「オッケーにゃ!」」」
子どもたちが、ミャレーの真似をしている。
子どもはすぐに真似するからなぁ。
へんな事を覚えないといいが……。
飯のあと、後片付けをして出発の準備が整うと、皆でマイクロバスに乗り込む。
上にはルーフキャリアをつけて、後ろにはハシゴがあるので、かなり乗り降りしやすくなった。
獣人たちなどは、ジャンプしてキャリアに掴まると、そのままひょいと飛び乗る。
「皆乗ったか?!」
「「「おう!」」」「「「はい」」」
「にゃー」「みゃ」
元気な返事を聞くと、車の周りを一周。
最終チェックをしてから運転席に乗り込んだ。
エンジンをかけると、マイクを取る。
「アキラ、そっちはどうだ?」
『問題なし!』
「それじゃ出発!」
バスは、峠の下り道を進み始めた。





