25話 荒野の討伐隊
俺は4tトラックに冒険者達を乗せて、シャガという野盗の集団を討伐するために荒野を目指す。
アジトの近くまで行くのに街道を走るが、この世界は左側通行である。日本と同じだ。
トラックに乗っているメンツは――俺を合わせて15人と女1人。隣店の女主人アマナが飯炊き役を買って出てくれたのだ。
野盗のアジトは街から50km程離れている森の中と場所は判明している。
朽ちた古城の跡を本拠地として悪事を働いているのだ。その数は、およそ50人。
人を人と思わない凶悪な奴らが揃っているらしい。そんな奴らに捕まった、プリムラさんは一体どうなっているのか?
ハンドルを握りつつ、そんな事をついつい考えてしまうのだが――いや止めよう。今は彼女を助ける事だけを考えるのだ。
冒険者ギルドでも何回か討伐の計画があったようなのだが、人数が集まらず中止となっている。
これだけ被害が出ているのであれば、国で軍を挙げての大規模な討伐隊が組まれても良いはずなのだが――。
何故か軍の腰は重いと言う。
「結局お偉い人は、あたし達みたいな下々の事なんて考えちゃいないのさ」
助手席に乗っている、アマナがそんな事を言う。確かになぁ――何か理由があるのかもしれないが。
騎士爵様なら何か情報を知っているかもしれない。
「しかし本当に馬なしで、こんな速さで走れるなんて驚きだよ! 魔法って凄いんだね! 乗り心地も凄い良いしさ。 馬車でこんなスピードを出したら大変な事になるよ」
そりゃ、ゴムタイヤでもなく碌なサスペンションも無い馬車では、荒れ地での乗り心地は最悪だろう。
アマナは、この車を魔法だと信じているようなのだが、それは荷台に乗っている男達も同じだ。
俺としては魔法だと思ってくれていたほうが助かるのだが……だって説明のしようが無い。
畑が広がる街道を抜けると、そこは荒野。昔から畑作が行われて、土地が痩せてしまった結果なのか荒涼とした土地が広がる。
街道を外れて荒野の中へと進路を変える。敵のアジトがある森は、この向こうだと言う。
結構凸凹の道だが、4WDのトラックにしてみれば、なんてことは無い。
元世界でも、畑へそのまま乗り込んで農作物の積み込みをしたりしているのだ、このぐらいの荒れ地なら物ともしない。
雨でも降れば泥濘む可能性があるが、雨はそんなに降らないようなので、その心配も無いだろう。
横をみると、獣人達がトラックに追走しているのが見える。
この鉄の車と駆けっこをしているのだ。
「本当に馬なしで速く走れるんだな!」
「ああ、もっと速度も出るが、荒れ地で凸凹しているから、ゆっくり走っているんだ」
今は速度を落として時速30km程のスピードで走っている。
もっと速く走れない事もないが、荷台に乗っている男達が、とんでもない事になるからな。
いまでもケツが痛いだろうから、大きなクッションを買って尻に敷いてもらっているのだ。
1時間程走り目標まで残り10kmの地点まで来たので一旦停止。飯の準備をしつつ今後の作戦を練る事になった。
作戦と言っても急遽集められた冒険者の集団に高度な作戦が出来るはずもない。
打ち合わせるのは何時頃突入するかだ。
「こんなに早く着いちまったぜ!」
「全く、こりゃすげぇもんだ。 それに馬車より乗り心地が良いときた」
「これが本当に魔法で動いているのなら世界が変わるのじゃが……」
まぁ、魔導師の爺さんはこれが魔法じゃないと、気がついているようだが――。
「爺さん、こいつは油を食うんだ、大量にな。1回動かす度に大瓶1つぐらいの油を食う」
「なんじゃと! それでは油代だけで破産するわい」
俺の説明に、爺さんがタマゲた。
「ハハ、そうそう都合の良い物は無いって事だよ」
ここに中継基地を作る事にして、とりあえず腹が減っては戦はできぬ。飯の準備をする。
先ずはスープだな。カレー味のスープにしようと思う。あくまでスープで、とろみの付いたカレーではない。
しかし、どのぐらい作ればいいのだろうか? 1人500mlとして、16人で8Lか……。ちょっと多めに10L作るか。
シャングリ・ラを検索して大型の鍋を探している間に、アイテムBOXから薪を出して火を起こしてもらう。薪も山ほどあるからな。
火熾しは爺さんが魔法でやるというので、任せた。
サイトで業務用の圧力鍋を見つけた、容量が20Lで5万円だ――大は小を兼ねる、これで良いか。
カマドを作る石が無いので、コンクリートブロックをアイテムBOXから出して、転がって落ちてきた圧力鍋を乗せる。
「それはまた見事な鍋じゃのう」
「爺さん、これは非売品だからな」
「そりゃ残念」
鍋にアイテムBOXから出した水を半分入れる、20Lの鍋に半分入れたんだから、これで10Lだろう。
アマナと暇な奴に野菜の皮を剥いてもらい鍋に次々と投入。
俺は、カセットコンロに中華鍋を出して肉を大量に炒める。アイテムBOXに入っていた角ウサギの肉も使ってしまう。
炒め終わったら、こいつも投入。だしの素を大量に投入して、塩で味付け。
「こんなに大量に作ったのは初めてだわ」
「相変わらず旦那は手慣れてるねぇ。男でその手際は拙いんじゃないのかい?」
「この歳まで独身なら、このぐらいは出来るぞ」
「それは自慢出来る事なのかい?」
この世界では12~13歳で働き出して、早ければ15歳ぐらいで結婚してしまう。俺ぐらいの歳まで独身って言うのはちょっと、何か問題があると思われても仕方ないようだ。
「俺の故郷ではな、この歳まで独身なら誰でも魔法使いになれるっていう話があるぐらいだ」
「それで、魔法使いになれたのかい?」
「違うけどな」
「もう、旦那の話はどこまで本当なのか……」
俺のテキトーな話に、アマナが呆れている。
塩梅は良いので圧力鍋の蓋をする。火が強いので、20分もすりゃ美味いスープが出来る。
すぐに、カタカタという音が鳴り、蓋の頭から蒸気が吹き出してきた。
「おおお――いい匂いがしてきたぜぇ」
「もうすぐ出来るからな。煮えるまで待ってくれ」
昼飯無しでやって来たからな腹が減っているだろう。
彼等と話しながら、10分程で火から下ろす。このまま予熱を使っても十分に煮えるからな。
――10分後。
カチャ! という音と共に鍋の圧力弁が落ちる。
そして最後の仕上げを行うために、シャングリ・ラからカレー粉を購入する。箱に入ってるカレールウではない。赤い缶に入っている粉の奴だ。
それを、ザザザっと一缶丸ごと投入し、かき混ぜればカレー風味スープの出来上がりだ。
シャングリ・ラで無地の皿とスプーンを人数分用意して、お玉杓子で取り分け。
パンもシャングリ・ラで買った物を山盛りだ。スープもパンも余ったらアイテムBOXに入れれば良いのだから遠慮することはない。
だが、この戦いで俺が死んだら中の物は永久に失われるか、このサービスをやっている所に回収されて終了なんだろうな。
「うめぇぇぇ! こりゃ、香辛料を使ったスープか? これは奢ったもんだな」
冒険者の1人がスプーンを天に掲げて叫ぶ。
「いやいや、この旦那の料理はいつもこんな感じよ」「そうだにゃ」
ニャケロ達が何やら得意気なのだが、何故お前らが得意気になるんだ?
アイテムBOXから猫缶を4つ出して彼等に手渡した。
「最初に名乗りを挙げてくれて助かったよ。無事に帰れたら、もっと奢るからな」
「ひゃっほう!」「にゃー!」
獣人達は大喜びで猫缶をぱくついているが――それを見ると俺はいつも複雑な気分になる。
「獣人達が何やら美味そうな物を食っておるの」
「爺さん、あんたもか? アレは獣人用の食い物なんだが……」
「そんな物があるのか? 獣人が食えるのなら、わし等だって食えるじゃろ?」
爺さんの催促を断れず彼にも猫缶を皿に開けてやる。
「む、柔らかくて、こりゃ中々いける」
マジかよ……それでいいのか?
「あ、そうだ。酒も出さないとな。強い酒は拙いからワインで良いか」
この世界じゃ基本的に飯の時にはワインを飲む。生水が信用出来ないからだが、水石で浄化した水があっても、それは変わらないようだ。
ワインも赤しか無いからな、白は拙い。検索をして、【お徳用赤ワインセット12本入り】これにするか――値段は6000円なので、一本500円だ。
「とりあえず12本出した。戦前だから、こんなもんで良いだろ?」
陶器製のカップも12個出す。スクリューキャップに皆が戸惑っているようなので、開けてやる事にした。
もう、ここまで来て何も隠すつもりが無くなった。ここで死んだら終いなんだ、後は野となれ山となれだ。
もしかして復活の呪文が使えるかもしれないが、使えなかったらどうする?
この世界の蘇生について考えていると、ワインを飲んだ1人が大きな声を上げた。
「おいおい、こんな上等なワインを飯時に出していいのか?」
「まぁ好きなだけ飲んでくれ。でも戦えないのは困るぞ?」
「うむ、確かに上等なワインだな。これは大貴族の屋敷で飲んだ物と、そう変わらない」
シャングリ・ラで売っている赤ワインでも、一番安い類だがなぁ。騎士爵様がそう言うのだから間違いは無いのだろう。
「そういえば騎士爵様に庶民の食べ物をそのままお出ししてしまったのですが、お口に合いましたでしょうか?」
「いや、これなら王侯貴族の屋敷で出る料理に比べても遜色は無いだろう。実に見事なものだ」
「ありがとうございます」
飯も食い終わり腹も膨れたので焚き火を囲んで作戦の打ち合わせをする。
「やっぱり寝込みを襲うかい?」
アマナが切り出した。
「そうだなぁ。でも、この鉄の車で突入したら、どのみち奴らが起きてきそうだな。そういえば砦には門とかは、あるのか?」
「そりゃ古城を根城に使ってるからなぁ。あるんじゃねぇか?」
ニャケロが、そう言うとワインの瓶を一口呷った。
「門があるなら、わしが魔法でなんとかしよう」
「爺さん魔法で吹き飛ばしたり出来るのか?」
爆裂系の魔法か――爆裂魔法とかかな?
「まぁ、そんなところだ」
「それじゃ寝込みよりは酒を飲んでいい気分になっているところをやるか。急に動けば、へべれけになって動けなくなるだろう」
俺はニャケロが酒を飲み、川で泳ごうとして溺れた時の事を思い出していた。
「そりゃ良いかもな。ああいう連中は三度の飯より酒と女が好きだからな」
いつもと違う防具姿のマッチョが俺の考えに賛同してくれた。
「うむ、私もそれに賛成だ。酒が入れば思考力も低下するからな。統率も乱れるだろう」
「それに、酒や飯を食ってる時なら、防具も付けてないだろうしな」
この世界は大体、夕方暗くなると飯を食いながら酒を飲み始める。酔いがピークになるのは2時間後ぐらいか……。
騎士爵様も賛成してくれたので、それに合わせて作戦が練られる事になった。
まず、ミャレーが斥候で出て、見張りがいれば潰す。夜目が利く彼等は偵察や斥候にぴったりだ。
それに彼女の身体は黒っぽいからな、暗くなったら溶け込み解らなくなるだろう。
俺は斥候するミャレーのために、シャングリ・ラから5Wのトランシーバーを購入した。評価欄を見ると1kmぐらいは電波が飛ぶらしい――一台3万円だ。
「ミャレーには、これを貸してやる。遠く離れた場所から会話が出来る魔道具だ」
「本当に会話できるにゃ?!」
彼女の耳と尻尾がピン! と伸びる。
電源を入れて彼女に使い方を教えてやる。会話するだけならボタンを押すだけだから簡単だ。
「お~い聞こえるか?」
「にゃ! この中から、ケンイチの声が聞こえるにゃ!」
「会話をするときは、そのポッチを押してな」
「聞こえるにゃ!!」
声がデカイ! すると、ミャレーはトランシーバーを持って全力で走り始めた。
かなり遠くまで彼女が駆けていって、ゴマ粒のようになったところで、再度トランシーバーに向かって話し掛けた。
「お~い! ミャレー聞こえるか?」
『にゃあ~! 聞こえるにゃ! 凄いにゃ! なんだこれにゃ!』
「魔法だよ魔法」
『魔法かにゃ! 凄いにゃ!』
凄い凄い連発してて会話にならん。
「お前さん、そんな物まで持ってるのか……そんな物、帝国の魔導師でも持っとらんぞ?」
何を今更、ディーゼルエンジンのトラックとユ○ボだって持ってないだろ。
「爺さん、見なかった事にしてくれ」
ミャレーに、こいつを持たせて斥候に行かせれば敵の様子が解るだろう。
彼女が戻ってきたので、コンパウンドボウとクロスボウの矢じりの交換をする事にした。
矢は全部ねじ込み式になっていて、目的に応じて自由に交換出来るのだ。
矢はカーボン製で12本3500円――コンパウンドボウとクロスボウは12台、それに24本ずつ配るから、3500円×2×12台=8万4千円だ。
狩猟用の当たったら死にそうな矢じりは6個で900円。全部の矢に、こいつを装備すると――4万3千200円だ。
皆に矢じりを配って付け替えてもらう。相手は50人なんだから、これだけあればなんとかなるだろう。
「なんだ、この矢じりは……芸術品なのか?」
矢を一本手にとった騎士爵様が呟く。寸分の狂いもなく同じ形に作られた元世界の文明の利器。ステンレスとアルミで出来たその形は、菱型でステルス戦闘機かロケットのようにも見える。
交換し終わった矢を使って、各々が射撃練習を始めた。
特に、ミャレーは念入りだ。敵の見張りを狙撃する仕事があるから遠距離射撃をしなくてはいけない。
コンパウンドボウなら100m以上余裕で届くから十分に可能だ。
「凄いにゃ普通の弓の倍以上簡単に届くにゃ」
そう言うと、彼女は100mほど離れた枯れ木に矢を見事命中させてみせた。
「ミャレー凄いな」
「これぐらい余裕だにゃ」
「いや、マジで凄い」
「ふにゃ、それ程でも――あるにゃ……」
やはり自分でも弓は自信があるらしい。
「そうだ、盾を渡す約束だったな」
俺はシャングリ・ラから、ポリカーボネート製のロングシールドを購入した。暴動鎮圧とかでよく使われる奴だ。凄い軽くて丈夫――1枚4万円だ。
とりあえず5枚程購入。
「なんじゃこりゃ! すげぇ軽いぞ!」
ロングシールドを受け取ったマッチョが叫んでいる。
「透明だけどガラスなのか? こんなに軽いけど、これで大丈夫なのか?」
初めて見る素材だろうし心配になるのも無理はない。
「ニャケロ、ちょっと切ってみな」
彼が俺から貰ったカットラス刀を振りかぶると、ロングシールドに向けて切りつけた。
鈍い音を立ててシールドがたわみ、白い傷が入るが裏までは到達していない。
「何回も同じ所を傷つければ裏側へ抜けると思うが、戦闘中にそんな事をするのは、ちょっと無理だろう」
「おおっ! ペラペラで、ちょっと心配だったが結構凄ぇじゃねぇか! なんかすげぇ物ばっかりだぞ!」
「これだけの装備があれば悪党共にも対抗出来るだろう?」
「「おう!」」
冒険者達は、それぞれに気勢を上げて士気も高い。
「ヒヒヒ、こいつを売れば良い金になるなぁ」
「お前さん、そいつは洒落にならん冗談じゃな。欲をかくと碌な事にならんぞ? 野盗を討てれば大金が舞い込んでくるじゃろうが」
ちょいと捻くれていそうな冒険者が言った言葉を爺さんが窘めた。
「なんだよ軽い冗談だろ?」
「どうだかのう」
死ぬかもしれない討伐の仕事から逃げ出して、目の前の小銭を欲しがる奴がいてもおかしくはない。
だが仲間を捨てて途中で逃げたりしたのがバレれば、ギルドからの処分もあり得る。仕事の斡旋停止とかな。
まぁ全滅しそうになったので撤退したって言われれば、それまでなのだが――生き残りがいて証言されれば、そこで終了だ。
嘘を見破る独自魔法なんてものもあるらしいしな。
今回、俺達と一緒に付いてきたアマナは、討伐隊のメンバーには登録していない。
それ故、危なくなったら逃げると公言しているのだ。
彼女は、このキャンプに留まって俺達の帰りを待つ事になった。
1日経っても俺達が戻らなければ討伐は失敗。アマナはそのまま街へ戻って、ギルドへ報告を入れる手はずになっている。
「騎士爵様、盾は?」
「私は必要ないな」
「ケンイチ、俺っちには、もっと小さい盾がないか? あれじゃ動きまわるのに邪魔だ」
「そうか」
獣人達のリクエストにお応えして、ロングシールドの半分ぐらいのラウンドシールド――バックラーを購入した。これもポリカーボネート製だ。
「これはどうだ?」
「おほ、このバックラーは、俺っちにぴったりだぜ」
ニャケロが、バックラーに腕を通して振り回している。中々具合が良いようだ――これは6000円だな。ミャレーも欲しいようなので、これを4枚購入した。
ロングシールドは全部で9枚購入して、合計36万円だ。
全く戦ってのは金が掛かるもんだな。
だが装備は整い俺達は日が暮れるのを待つ事になった。





