245話 ダークエルフは?
俺たちはエルフの村を出ると船に乗って川を下る。
海に出てから海岸沿いに王国に入るルートを目指すことにしたのだが、ここには首長竜のような魔物がいるという。
まずは1頭と接敵して、なんとか倒したのだが、次に待ち構えていたのは魔物の群れ。
こりゃ川を下るのは無理――ということで、命からがら遁走して、元の地点に戻ることにした。
俺たちは船の上で、ホッと一息つく。
エルフのセテラは大魔法を使ったせいでぐったりしている。
しばらくは動けないだろう。
「ふ~、やばかったな」
アキラが額の汗を拭っている。
「ここらへんにもいるかもしれん。注意しないと」
「にゃー」
「しかたないよ、お母さん」
ベルとカゲが船底で尻尾をふりふりしている。
戦闘に役に立たなかったことを気にしているようだ。
いくら森猫でも船の上じゃ仕方ない。
「まさか、あんなに数がいるとはな」
「ちょっと旦那、いいかい?」
俺が悩んでいると、ニャメナが手を挙げた。
なにか意見があるようだ。
「なんだい? ニャメナ」
「旦那は、船を作ってサクラから川を下って海に出るって言ってたけど、あの川にもさっきのやつらがいるんじゃ……?」
「あ……そ、その可能性はある」
俺は彼女の言葉に腕を組んだ。
この世界で、大河があるのにまったく利用されていないのはなにか理由があるはずだ。
スライムのせいかと思っていたのだが、もしかして考えが甘かったのかもしれない。
あんなのを一々相手にするんじゃ、陸路を進んだほうが楽だ。
「この川と平行して、森の中を進むって手もあるがなぁ」
「魔物は平気か?」
「そうなんだよなぁ。転移門の出口から、エルフの村に行く途中でもコカトリスに出会ったし」
「ああ、ツィッツラから聞いたぞ。エルフが肉とか羽根とかもらったと」
彼からベッドの上で聞いたのだろう。
「そうなんだよ」
「それじゃ、前のラ○クルがボロボロになったのも……」
「アネモネの魔法でぶっ飛ばした」
「えへん!」
アネモネが胸を張る。
「そりゃ見たかったなぁ」
俺とアキラの会話を聞いて、獣人たちが小さくなっている。
コカトリス戦では、いい所を見せられなくて逃げ回っていたからだろう。
ツィッツラから陸路のルートを聞く。
「いつも行ってる村から山脈沿いに進むと、峠を越えることができる道があるらしいよ」
「多分、王都からセジーナにつながっている道じゃろう」
アマランサスの話では、コスモ山脈を越えるルートってのはそこしかないと言う。
帝国と王国をつないでいるベロニカ峡谷のような場所だと思われる。
なにせ王国と共和国の国交がないので、使えるかどうかも解らないが、昔は使えたらしい。
共和国がまだ王国だったころは、それなりにカダン王国とも交流があったようだ。
現在はまったく使われていないので、どうなっているのかも解らない。
最悪、自分たちで道を作って進む可能性まであるな。
「はぁ……まるでガンダーラに行く気分だな」
「おお、懐かしいな。夏目○子さん美人だったなぁ」
「はは、そうだな。でも二部は微妙」
「シルクロードまで行ってロケしたとか言ってたのに……」
オッサンにしか解らん会話だ。
気分は重いが行くしかない。
徒歩や馬では、どのぐらいかかるか見当もつかないが、俺たちには文明の利器がある。
歩く油田であるアキラがいれば燃料に困ることはないしな。
「さて、アイテムBOXに入っている燃料だけで数千kmは走れるはずだが……」
「俺のアイテムBOXにも、結構残っているぞ」
「アキラがいれば、バイオディーゼル燃料はいくらでも作れるしな」
「ははは、まかせなさい!」
アキラと話していると服を引っ張られた。
「ケンイチ」
「どうした、アネモネ」
「セテラ大丈夫?」
彼女は魔力切れを起こしたらしいエルフが心配のようだ。
「たぶん魔力切れだろうから大丈夫だろう」
――とはいえ、俺たちのために大魔法を使って、ヘロヘロになってしまったんだ。
治療をしてやらんとな。
エルフのお姉さんの所に行く。
なにせ5000歳だ。
「大丈夫か?」
セテラは船底に長い足を折り曲げてへたり込んでいる。
「これだけ深い森の中なら精霊が沢山いるから、すぐに回復するわぁ」
彼女はそう言うのだが、顔が白くていかにも調子が悪そうだ。
俺の力を使って治療をするため、彼女の額に手を当てて強めに回復を使う。
「はわっ! はわぁぁ!」
彼女の身体がバタバタと飛び跳ねる。
それが収まると、ぐったりしたままだが一気に顔色はよくなった。
「ちょっと、よくなったか?」
「よ、よくなりすぎよぉ……」
「そりゃ、よかった」
エルフの様子を見ていると、また服を掴まれた。
「ケンイチ、私もそれ……」
「ええ? ――もう、なでなで」
まぁ、彼女も魔法を使って消耗しているし……アネモネの頭もなでてやる。
「ふわぁぁ……」
彼女はすごく幸せそうな顔だが、小さいときからこういうことを覚えると、よろしくないのではなかろうか?
うちの大魔導師様の頭をなでていると後ろから抱きつかれる。
「聖騎士様ぁ、妾もじゃぁ」
「しょうがないなぁ――なでなで……」
「はうぅぅん……」
アマランサスの幸せそうな顔を見ていたツィッツラが、アキラに抱きついた。
「アキラぁ……僕もあれぇ」
「ははは、よしよし」
「あっああ~」
彼に頭をなでられたツィッツラが、アキラに抱きついたまま身体をくねらす。
アキラも祝福持ちなので、俺と同じ力が使えるわけだ。
「アキラ、その力を使ってエルフをナンパしているのか?」
「ははは、バレちゃしょうがねぇ」
いいのかな~。
アストランティアに戻ったらとんでもないことになりそうだけど。
皆をなでなでして、獣人たちだけ仲間はずれってわけにはいかないだろう。
ミャレーを膝の上に乗せて、腹をなでてやる。
「にゃーゴロゴロ……」
お腹の細かい毛をなでてやると、彼女が目を細めている。
腹には毛に隠れて副乳があるのだが、これは機能しているのだろうか?
「ミャレー、下の乳からも母乳が出たりするのか?」
「にゃ? 子どもが生まれると大きくなったりする女もいるにゃ」
どうやら機能することもあるらしい。
へぇ~――と感心してしまうが、興味心に駆られてあまり突っ込んだことを聞くと、またドン引きされてしまう。
気をつけねば。
「な~ん」
今度はニャメナを膝の上に乗せて、尻から尻尾にかけてをなでなで。
彼女は尻尾をピンと立てて、気持ちよさそうだ。
「にゃー」
この声はベルだ。
俺が女たちと遊んでいるので呆れているらしい。
戦闘のあとで、緊張感に欠けるのではなかろうかと――そう言いたいようだ。
船尾では、アキラとエルフがイチャイチャしている。
そのツィッツラとへたり込んでいるセテラを見て、あることに気がついた。
「アキラ、この世界ってダークエルフはいないのか?」
「さぁ? 聞いたことないな? エルフたちに聞いても、ダークエルフ自体を知らない様子だったぞ?」
彼もダークエルフのことを聞いてみたようだ。
やっぱり気になるよな。
だってダークエルフといえば、ムチプリンってのがデフォルトだし。
「アキラ、ダークエルフってなに?」
ツィッツラも、自分たち以外のエルフの種族についてなにも知らないらしい。
「5000歳のお姉さんはどうなんだ?」
「……うるさいわねぇ……私に対する愛はないのか」
5000歳と言われるのが、かなり嫌らしい。
「麗しいエルフのお姉様は、知らないのか?」
「……なんで、ダークエルフのことなんて知ってるのぉ?」
「なぜか知っているのだ」
「ケンイチの世界にもエルフがいたの?」
「いなかった――が、今目の前にいるエルフのような生物がいるんじゃないかと言われていた」
「ダークエルフも一緒にぃ?」
「そのとおり。なぁ、アキラ」
俺はイチャついているアキラに話を振ってみた。
「はは、そうだな。俺たちが思ってたようなエルフだよなぁ」
「ああん」
彼がツィッツラの身体をなで回している。
「おいおい、アキラ。昼間から頼むぜ。アネモネもいるし」
「フヒヒ、サーセン」
そのアネモネは、じ~っと2人の様子を凝視している。
すごい興味がありそうで困ったものだ。
「ほんで? ダークエルフってのはいるみたいだが……?」
「この大陸には降りてないと思うけどぉ」
「ちぇ、そうなのか。新たなる目標ができたのにと思ったのになぁ」
「なんで、あんな奴らに会いたいのよぉ」
「ダークエルフっていえば、エルフとは肌の色が違っててボン・キュッ・ボン――だろ?」
俺は想像する体型をジェスチャーで表現してみた。
「「「じ~っ」」」「にゃー」
女たちの視線が俺に集まる。
「いやいや、手を出すとかそういうのじゃなくて、純粋な興味対象としてだな――」
「私がいるじゃない!」
そう言うアネモネを抱き寄せて頭をナデナデする。
「そうそうアネモネがいるけど、単に珍しい種族に会ってみたいってだけだから」
「嘘!」
「嘘じゃないよ~。そう、コレは男のロマン」
「あ~あのお菓子に入ってるやつね」
アキラのいつものボケが始まりそうなので止める。
「それは、もうええっちゅ~ねん!」
俺はアネモネを抱いたまま、セテラに手を差し出した。
「なにぃ?」
「長寿と繁栄を」
「……なんで、そんな古式の挨拶を知ってるのぉ?」
「なぜか知ってるんだ」
やっている俺もまさか通じるとは思わなかった。
「ケンイチの世界にもエルフがいたんじゃないの?」
「どうかな~?」
俺たちの思い描いていたように見てくれは最高だが、中身がちょっとなぁ。
なんか、人間なんてどうでもいいようにしか見てない気がするし。
「エルフとダークエルフがいて、他には種族がいなかったのか?」
「いたけど……ここにはやって来ていないと思うわぁ」
「なにか理由があるのか?」
「知識と技術を捨てきれなかったから……」
「もしかして、ここにやってくる条件ってのが、それだったのか?」
「ここの管理者にしてみれば、星を改造されたり好き放題されたら困るでしょぉ?」
「まぁ、そうだな」
セテラの話からすると、惑星改造やら自由にできるぐらいのテクノロジーがあったらしい。
そんな奴らが戦争を起こしたら、星の1つや2つは吹っ飛んでしまうだろう。
ここに来たやつらは、そういうものを捨てて、ただひたすらに平和に生きる道を選んだ者たちのようだ。
エルフたちの教義や道徳が不明なのだが、俺たちとそんなにかけ離れているような印象は受けない。
船の上で会話をしつつ、緊張感もなくまったりとしてしまったが、魔物の追撃はないようだ。
多分、あそこから先が奴らのテリトリーなのだろう。
それから2日半ほどかけて、元の場所に戻ってきた。
やはり川がゆっくりでも流れているせいで、下りよりは多少時間がかかるらしい。
元の場所に戻ってくると、岸辺にエルフたちがいた。
「おお~い! ウェエラ!」
ツィッツラが、仲間に手を振っている。
「どうしたんだ? 戻ってきたのか?」
「下流に首長の魔物が沢山いてさ! 陸路で行くことにしたんだ」
「ははは、だから無茶だと言ったんだ!」
言ったか? 魔物はいるとは聞いたがなぁ……。
彼らは長年この地に住んでいる間に、周囲の探索をしていたのだろう。
経験則から首長の存在を把握していたのだ。
まぁ、俺も信じていないわけではなかったが、あんなに沢山いるとは……。
サクラから川を使う計画も心配になってきた。
やっぱり船を建造する前に、川を通して調べたほうが良かったか。
笑うエルフたちに手を振ると対岸に船をつけた。
そこから森の中に細い獣道のような筋が続いている。
「ふぅ……ここが陸路の始まりか」
「長い旅になりそうだな」
アキラの言葉に獣人たちが反応した。
「心配いらないよ、アキラの旦那!」「そうにゃ、ケンイチさえいれば、どんな長い旅でも困ることなんてないにゃ」
「私のケンイチだし」「にゃー」
ベルはアネモネの言葉に異議があるようだが、ここは黙っておく。
「まぁ、そのとおりだが、大きな怪我とか病気にかかる可能性もあるし、油断は禁物だ」
「さすが聖騎士様。そのとおりでございますわぇ」
「僕はアキラと一緒ならいいから~」
ツィッツラがアキラに抱きついた。
「それじゃ、私はケンイチにぃ」
エルフに抱きつかれると、パワーがあるので振りほどけない。
「セテラ、召喚獣の用意をするから、ちょっと離れてくれ」
「もう、このままでもできるじゃん」
エルフがベタベタして離れない。
「ケンイチ、エルフに食い物を分けたりするからだよ」
アキラの言葉にハッとなる。
「ええ? マジか」
あれが愛情表現なのは解ったが、それだけでこうなるのか?
しょうがない。抱きつかれたままラ○クルを召喚した。
アキラも自分の車を出して、ツィッツラと乗り込む。
彼らは2人でイチャイチャドライブをするようだ。
まぁ、なんの楽しみもない森の中のドライブだから、彼らの行動は正しいのかもしれない。
アキラの車には、森猫たちが一緒に乗っているのだが、少々気の毒だな。
こちらに乗せてあげたいのだが、スペースがない。
ベルに聞くと、向こうでいいらしいので少々我慢してもらう。
車に乗り込んだのだが、あることに気がついて、アキラの所に行く。
「スマン、アキラ。無線機を取り付けるから少しまってくれ」
「オッケー」
「オッケーにゃ!」
リアゲートを開けて、ミャレーが張り切っている。
この車も車内からリアゲートを開けられる改造がされているようだ。
獣人たちも、やっと元に戻ったらしく一安心。
それより無線機だ。
まさかアキラが来ると思っていなかったので、新しい車に無線機を取りつけていなかった。
シャングリ・ラの履歴から、前と同じものを購入して取り付ける。
取り付けといっても、アンテナを外に出すのと、シガーソケットから電源を取るだけだ。
固定は両面テープでおこなっているし、テキトー。
要は動けばいい。
時間があれば天井に取り付けるのもありだが……まぁ、これで困らないだろう。
取り付けができたので、アキラにも言って動作チェックをする。
ドアを開けたまま無線機の電源を入れて、マイクを取ると横のスイッチを押した。
「あ~あ~、只今マイクのテスト中」
『聞こえるぞ~』
スピーカーからアキラの声が聞こえる。
「こっちも聞こえる。これで大丈夫だな」
『アキラ! *I(*&&@#**?』
聞こえてくるのはツィッツラの声だが、聞き取れない。
『こいつは離れた場所と話すことができる魔道具だ』
『*$*^%%**!』
どうやらスピーカーから聞こえる音声を翻訳できないようだ。
一旦機械を通した音声は翻訳できないらしい。
これって相手の思考を読んでいるとか、そういう魔道具なのだろうか?
「アキラ、大発見だ」
『なんだ? どうした?』
「機械越しだと自動翻訳が効かない」
『ええ? そうなんだ。初めて知ったわ。それじゃ、向かい合って話さないと駄目ってことだな』
「そうみたいだな」
出発準備ができたので、森中の細い道を進み始めた。
完全に道からタイヤがはみ出ているが、元々獣道のような細い道なので仕方ない。
腐葉土に轍を作りながら2台の車が黒い森の中を進む。
多少の高低差はあるが、デフロックすれば問題なく越えられる。
どうしても越えられない段差なら、車を降りてから一旦アイテムBOXに収納してから越えればいい。
大容量のアイテムBOXがあるからできる芸当だ。
順調に進んでいたのだが、後部座席からクレームが入る。
「ちょっとぉ、なんでちびっこが当然のように、ケンイチの横に座ってるのぉ?」
「ここが私の席だし」
アネモネも5000歳のエルフに譲らない。
「その座席が嫌なら、後ろの召喚獣に移ってもいいんだぞ?」
俺のその言葉を聞いて、ぶつぶついいながらセテラが引っ込んだ。
「私に対する愛はないのか」
ここに来てから、このフレーズを何回も聞くのだが、エルフ的な言い回しなのだろうか。
サクラにいたときには聞かなかったのだが。
彼女の言動を不思議に思っていると、アネモネが叫んだ。
「ケンイチ、前に黒狼の群れ!」
「おっ!? いるなぁ」
暗い森の中に、うようよした黒い群れが見える。
離れてみると、虫の集団のようだ。
30頭ぐらいだろうか? 結構でかい群れだな。
「アキラ、前方に黒狼の群れだ」
『どうする? やるのか?』
「いや、こちらを襲ってくる気がないのなら、やり過ごす」
向こうもこちらを発見したようだが、見たこともないいきものなので、戸惑っているように見える。
群れのあちこちで首を伸ばし、こちらを見て警戒中だ。
クラクションを鳴らす。
音に驚いて一瞬群れが動いたのだが、すぐに止まってこちらを見ている。
「アネモネ、群れの中に爆裂魔法の小を。火事にならない程度のやつを頼むよ」
「解った――む~! 爆裂魔法(小)!」
暗い森の中に青い光がきらめくと赤い爆炎に変わる。
魔法の顕現によって、数匹の黒狼が吹き飛ばされて宙に舞う。
黒い群れが瞬時にその形を変えて、その場から離れ始めた。
どうやら戦うとヤバい相手ということが解ったようだ。
戦わずに済むなら越したことはない。
車を走らせると、吹き飛んで腐葉土の上に転がる黒狼を回収した。
爆発の圧力で死んだ圧死ってやつだな。
血抜きはできないが、アイテムBOXに入れておく。
貴重な食料だし取引にも使える。
俺とアネモネが黒い獣を回収していると、セテラがやってきた。
「アネモネ、中々やるねぇ」
「もう、ちびっことは言わないのか?」
「正直、大魔導師の域に間違いなく足を突っ込んでいるから、言わない」
「それじゃ、私もBBAって言わない」
「今言ったぁ!」
アネモネが逃げようとしたのだが、エルフの身体能力に敵うはずがない。
あっさりと捕まって抱えあげられると、頬をすりすりされている。
「やめろ~ぉ!」
アネモネが本当に嫌がっている。
「えへへ、いやだぁ止めないぃ」
そこに獣人たちがやってきた。
「アネ嬢がすごいから、俺たちのやる仕事がねぇよ。これで飯を食わせてもらっていいのか心配になるぜ」「そうだにゃー」
「そんなことはないだろ? 周囲の警戒や偵察の仕事、獲物の解体やら色々とやってもらっているじゃないか」
「そんなことでいいなら、いくらでもやるけどさぁ」「うにゃー」
「ミャレーとニャメナは十分に役に立っているから心配するな。遠慮なく飲み食いしていいから」
彼女たちの働きからすれば、給料や分前をもっと出してもいいのだが、使うあてがないと彼女たちは受け取っていない。
一応、アイテムBOXにある彼女たちのフォルダには金をいれてはいるんだけどな。
黒狼を追い払い、俺たちは更に森の中を進む。
同じ風景がずっと続くような錯覚に囚われ始めた頃、水面が見えてきた。
深い森の中に広がる、大きな湿地帯だ。
所々に光が差込み、水辺に集まっているのか大型の昆虫の姿も見える。
トンボだろうか?
「こりゃ車では進めん」
俺たちは車から降りた。
アキラの車から降りてきたツィッツラの話では、丸太を倒して作った道があるという。
彼の案内で、湿地帯の近くまで進むと――話のとおり、水に浸った丸太の道が現れた。
本当に丸太の上だけが道になっている、文字どおりの一本道。
湿地帯には所々に島があり、そこには木が生えているのだが、それを倒して道を作ったらしい。
整備されているわけでもなく、丸太もぞんざいに倒されており根っこも枝もそのまま。
根と枝が邪魔をして、1mほど水面から浮き上がるような形で橋が架かっている場所もある。
つながっていない場所も、エルフの身体能力なら飛び越えることも可能だろうが、只人には少々キツイ。
数メートルの距離をジャンプするなんて無理だ。
「ここを進むのか」
「まぁね。エルフ用に作られた道だから、只人には大変かもな」
ツィッツラが丸太の道を指差した。
「獣人たちも、このぐらいなら大丈夫そうだな」
「まぁね。このぐらいは余裕さ」「任せるにゃ」
「にゃー」「みゃ」
もちろん森猫たちも余裕か。
返事をしたベルたちは、俺たちをおいて一本道を渡り始めてしまった。
ずっと車に乗っていたので、退屈だったのかもしれない。
「只人といっても、アマランサスは平気だろうが」
「任せてたもれ」
「ケンイチ、このぐらいなら、ケンイチのアイテムBOXに入っているものでなんとかなるだろ?」
「まぁな、まかせろ。こんなこともあろうかと――ってやつだ」
俺もそれなりに経験値があがっているせいか、このぐらいでは動揺しなくなってしまったな。





