234話 決着
俺たちは古い遺跡を見つけた。
そこはダンジョンになっており、住み着いていた魔物を撃破して最下層らしき場所に出ると、待っていたのはボスらしき魔物。
アネモネがそいつの正体に気づいた。
リッチだ。
この世界の書籍によれば、高位の魔導師が自らを召喚して魔物と化したものらしい。
当然アンデッドなのに魔法が使える。
こいつはフロアボスってことになるが、ゲームではないので無理に戦う必要はない。
相手が知能を持っているなら話し合いの余地はある――と思ったのだが、そうもいかないらしい。
俺たちが遺跡の中を荒らしてしまったのがバレてしまったし、なによりリッチには、聖騎士に少なからず因縁があるようである。
おそらく以前にいじめられたとかそういう理由であろうが、その聖騎士本人ではないのだから勘弁してほしい。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつか。
すでに退路は絶たれて、リッチという高位の魔物と戦うしかなくなった状況である。
一合したあと、アキラのマヨネーズによってやつの火炎の魔法は封じたが――問題は次だ。
円形の空間の中心にリッチが立っており、戦いを始めてから、なにやらゴロゴロという低周波音が鳴り始めたのが気になる。
「どうする!?」
リッチと対峙する。
やつの凄まじい攻撃魔法は、アネモネの至高の障壁でなんとかしのいだが、彼女もあの魔法は1回しか使えない。
大魔導師と呼ばれているレイランさんやメリッサに話を聞いても、アネモネの魔力はかなり多いらしい。
その彼女が1回でガス欠になるぐらいなので、それだけ至高の障壁には魔力を注ぎ込む必要があるのだろう。
初めて使ったときに比べて、倒れるぐらいのガス欠にはなっていないようだが――。
そう考えると、やつの魔法も限界に近いのではなかろうか?
「聖騎士様! 打って出ましょう! もう至高の障壁も使えないはずですわぇ!」
アマランサスも俺と同じ考えのようだ。
「よし! 解った!」
もう少し近づくことができれば、アイテムBOXに収納できるのに。
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
2発の光弾がアネモネの上に出現すると、魔物に向けて連続で発射された。
『聖なる盾』
奴は魔導師だ。
魔法で防御するしかないだろう。
「いやぁ!」
アネモネの魔法の着弾と同時にアマランサスが仕掛ける。
十重二十重の斬撃が、次々と魔物を斬りつけるが透明な盾に阻まれた。
まだ、聖なる盾の威力は残っているようだが――。
「こいつはどうだ!」
俺のレバー操作で、コ○ツさんに装備されたアダマンタイトの大剣が唸りを上げる。
『む?』
「喰らえ! コ○ツ両斬波! それは山をも両断する神代の一撃! 相手は死ぬ!」
『ふ――至高の障壁』
「なにっ?!」
干からびた魔物が唱えた至高の防御魔法で、鋼鉄をも両断するアダマンタイトの刃が止まる。
『ふははは!』
「こいつはまだ使えるのか!」
「おい! ケンイチ! ヤバいぞ?!」
アキラが叫んだときには、リッチの隣に召喚されたスケルトンの口で紡がれた詠唱が終わっていた。
『汝の力を示す光弾の輝きよ、我が敵を討て』
「くそぉぉぉ!」
叫んでみても、手遅れだ。
「聖騎士様!」「ケンイチ!」
透明な壁が消えると、光の槍が俺を襲う。
もう、アネモネの防御魔法は残っていない。
彼女たちを率いた俺の責任だ。
全部俺が悪い。
一瞬の後悔のあと、迫りくる光に覚悟を決めたとき、黒い疾風が俺の横をとおり過ぎたのが見える。
それが空中にジャンプすると、敵の魔法の光を弾き飛ばした。
弾かれた魔法が逸れて、背後の壁に衝突。
ガラガラと石材が崩れる音が響く。
「にゃー!」
「ベル!」
コ○ツさんの前に構えた黒く美しい毛皮。
地上からここまで降りてきたベルだった。
『ええい! またこのヌルヌルか! 鬱陶しい!』
どうやら防御魔法が切れたときに、またアキラがマヨネーズを噴射していたようだ。
敵にちょっとしたスキがあれば、なんとか勝利を手繰り寄せようとする。
さすが歴戦の勇士。
「みゃ」
小さく鳴く声が聞こえる。
重機の後ろにはカゲもいるようだ。
ベルが身体を張って、リッチの攻撃魔法を弾いてくれたらしい。
黒い森猫とリッチが対峙したのだが様子がおかしい。
魔物が固まったまま動かなくなって、ベルをジッと見つめていたのだが……。
『ふ、ふははははは!』
突然、魔物が外れそうな顎をカタカタさせて、笑い始めた。
「ふしゃー!」
ベルが、リッチの笑いに毛を逆立てて怒っている。
『まさか、こんなところでお前に会うことになろうとはな――』
「ふしゃー!」
『亡国の王妃が、畜生の姿で生きながらえているとは、これが笑わずしておられようか、ふはははは』
「しゃー!」
ベルが、めちゃ怒ってる。
「え? 王妃?! ベルが?!」
いつぞや、夢の中で黒髪の女性に出会ったが、それが彼女の本当の姿なのだろうか?
これが本当かは解らないが、元人間だとすれば、彼女が人語を理解するのも当然だ。
亡国っていつの話だ?
いや、問題はそこじゃない。
現在目の前にいる敵をどうにかしなければ。
「ベル! どいてくれ!」
俺は再びペダルを踏み込むと、車体を前進させて鋼鉄の腕に装備されている大剣を振り上げた。
「うぉぉぉ!」
渾身――いや、俺が力を込めたわけではないが、鉄の魔獣がアダマンタイトの剣を振り下ろした。
至高の障壁という大魔法を2回使って、さすがのリッチも魔法切れだと思ったのだが――。
再び剣が透明な壁に阻まれた。
「なんだそりゃ! ずるいぞ!!」
『ふはははは!』
骸骨が憎たらしくカタカタと笑う。
だいたいアンデッドになったんだから、そんな感情とやらは捨てるべきじゃないのか?
アホなことを考えていると、ベルの声が聞こえる。
「にゃー!」
「なんだって?! 水車!?」
「ケンイチ! ベル姉さんなんだって?」
「そうか!」
俺は、彼女の言葉を理解した。
このリッチとの戦いが開始されてから、ゴロゴロという振動が始まっていたのだが、俺はその正体に気がついた。
俺は重機をバックさせると、床に向けて剣を振り下ろす。
青い火花をチリチリと散らし、黒い刃が板の継ぎ目に食い込む。
かなり丈夫な黒い床だが、一枚板ではなく複数の板がつなぎ合わせてあるので、そこを突く。
板の隙間に巨剣を差し込んで無理やりこじ開けた。
こんな強烈なパワーはこの世界にあるまい。
コ○ツさんのパワーに負けて黒く長い板が弾け飛ぶ。
「おっと! あぶねぇ!」
ガラガラと板が転がり、危うくアキラに当たりそうになったが――悪いが非常事態だ。
板が外れた所から、グルグルと回る円形のものが見え隠れしている。
「アネモネ! こいつはゴーレムのコアだ!」
「え?! ――解った!」
彼女が俺の言葉の意味を理解したようだ。
「むー!」
目を閉じる彼女の周りに青い光が浮かぶ。
『ふはは、この舞台の意味が解ったようだが――それがどうした? お前らに打つ手はもう残っていないぞ?』
リッチの周りに光の粒子が舞い、透明な壁がなくなると同時に頭上に白い魔法の槍が浮かんだのだが……それが突然、弾け飛んだ。
「む!」
アネモネが目を見開いた。
『な、なんだと?!』
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
小さな大魔導師の周りに10本の魔法矢が顕現して、次々と魔物に向けて撃ち出された。
『せ、聖なる盾!』
リッチが、辛うじてアネモネの魔法矢を弾いたのだが、かなり焦っているように見える。
「やった、アネモネちゃん! 押してるぞ! 俺もマヨネーズ噴射だ!」
アキラの声が響くと、黄色いウネウネが骸骨に飛んでいく。
「妾も加勢するぞぇ! カダン流剣術奥義! 百花繚乱!」
剣を構えたアマランサスが一気に間合いを詰めて、縦横無尽に斬撃を繰り返す。
白い刃が防御魔法にふれると、沢山の光の粒子になって飛び散り舞う。
それは、本当に風に舞う花びらのようにヒラヒラと舞っては消える。
『ぬう! 鬱陶しい! うぬぬ! わっぱには、もう魔力が残っていなかったはず?!』
「子どもじゃないし!」
「説明しよう! この下で回っていたゴーレムコアは、魔力発生機だな? 俺も似たようなのを作ったから解る」
『お前が?!』
骸骨の表情は解らんが、驚いているように見える。
多分、驚いているのだろう。
「そうだ!」
「ああ、旦那! この床の下でグルグルしてるのが、あの魔石に充填する機械のデカいやつだって言うのかい?」「ほんとにゃ?」
「そんでな――骸骨が、ここで惰眠を貪っている間に魔法も発達して、ゴーレムコアを乗っ取る方法が発明されたんだよ」
『な、なんだと!』
「言っておくが、もうこのデカいコアは新型の魔法で書き換えてしまったので、乗っ取り返すのは不可能だ」
「うん! すごいよこれ! 魔力がどんどん流れ込んでくるのが解る!」
この骸骨は、魔力発電機から魔力をもらってデカい魔法を使いまくってたってわけだ。
やっぱりチートじゃん! ってわけのわからんシャングリ・ラってものを使いまくっている俺が言えた立場じゃないけどな。
その魔力発電機も名義を書き換えてしまったから、もうアネモネのものだ。
コアを動かしている動力は、水車を利用しているのだろう。
ここに入ったときに、獣人たちが滝の音が聞こえるといっていたが、そいつを水車の動力として利用しているのに違いない。
「うちの大魔導師様を子どもとか馬鹿にしたから、しっぺ返しを食らったんだよ」
「うん!」
『うぬぬ! それがどうしたというのだ~っ!!』
リッチがブチ切れると、黒いオーラのようなものが魔物の身体から吹き出した。
「まだ力が残っているのか?!」
『闇より生まれし漆黒の眷属、深き混沌の縁から這い出し我が声に応えよ』
魔物の魔法が唱えられると、無数の黒い穴が床に開き、そこからスケルトンが這い出てきた。
ここにいるスケルトンは、こいつが呼び出したものなのか。
「よ~し! スケルトンは俺に任せろ!」
重機から降りると、俺はスケルトンの大群の前に立った。
「ケンイチ!」
「大丈夫だアネモネ――収納! 収納! 収納!」
近づいてきたスケルトンが、次々とアイテムBOXに収納された。
『な、なんだと!?』
リッチが消えるスケルトンに驚く。
まぁ当然だな。
こんな攻撃は食らったことがないだろう。
「アンデッドってのは当然死んでいる。死んでいるってことはものだから、アイテムBOXに入るんだよ」
『ぐぬぬ……そのようなことが』
「お前に近づけば、たとえ高位のアンデッドのリッチといえども、アイテムBOXに収納できるんだ」
「しまっちゃうおじさんだな」
「はい、どんどんしまっちゃうからねぇ」
『うぬ! 光弾よ! 我が敵を撃て!』
リッチが唱えた魔法矢が、透明な壁によって阻まれた。
「聖なる盾!」
大魔導師同士の魔法の応酬だが、このままやっていてもきりがない。
俺は局面を打開すべく、シャングリ・ラを検索して大きな凹面鏡を購入するとアキラに放り投げた。
「こりゃ……あ! なーる!」
凹んだ鏡と天井から差し込む光を見て、アキラも気がついたようだ。
この鏡は太陽光を集めて調理に使うもので、某ロボットアニメにも出てきた――ソーラナントカってやつだ。
古代ギリシアの賢者アルキメデスは、鏡で集めた光を使って船を焼き払ったという。
アキラは凹面鏡を脚で踏みつけると、それを使って光を集め始めた。
本来調理に使うクッカーなので、焦点距離が短い。
脚で踏んだのは、その焦点距離を延ばすためだ。
アキラが集めた光が、まばゆい光点になってリッチに向かう。
『聖なる盾!』
骸骨が再度、防御魔法を唱えた。
鏡で集めた光は魔法ではない。
防御魔法という透明な壁だが、物理攻撃は弾いても相手の姿は見える。
つまり可視光線は通過できるってわけだ。
光り輝く点がリッチの身体に当たると、すぐに白い煙が立ち上り始めた。
魔物の身体には、アキラがぶっかけたマヨネーズの油がたっぷりと染み込んでいる。
「おっ!?」
リッチがなにかしようとした瞬間、白い煙に火が点いて、干からびたアンデッドの身体に火が点いた。
『ぎゃぁぁぁぁ!』
「むー! 憤怒の炎!」
アネモネの周りに青い光が舞い――追い打ちの炎の弾がリッチに命中すると、一瞬で火の柱と化し燃え盛る松明のようになった。
『ぐぉぉぉぉっ!』
「やっぱり、ダメージってあるのか」
「そりゃそうだ」
俺のつぶやきにアキラが反応した。
「骨になっているから、痛点とかないんじゃないかと」
「肉体的な痛みってよりは、霊魂的にダメージが入るんじゃね?」
アンデッドの身体がどうなっているか解らんが、とにかくダメージが入って苦しんでいる。
今がチャンスだ。
残りのスケルトンの処理を他の皆に任せると――俺は、アイテムBOXからSUV車を取り出した。
「おい、こいつで殺るんじゃないのか?」
アキラがコ○ツさんを指差す。
「そいつは振る動作が大きすぎるので、ロードキルしてみようかと」
アキラと話しながら、運転席に乗り込むとエンジンをかけた。
そのとき、黒い影がリッチのもとに走ると、いきなり骸骨がひっくり返った。
『ぎゃ!』
「みゃ!」
リッチをひっくり返したのはカゲだ。
俺は、ドアも半開きのままアクセルを踏み込むと、4つのタイヤが音を立てて車が急発進する。
こんな素早く動く鉄の魔獣があるとは、夢にも思わないだろう。
『く……おのれ』
カゲの力によってひっくり返った魔物が、車に向かって攻撃しようとしているのか、青い光が見える。
あいにく魔法の詠唱より車のほうが早く、鋼鉄の車体が魔物の身体に衝突。
鉄の軋む音を聞いて俺はブレーキを踏み込んだ。
ゴムのタイヤが鳴る音を聞きながらハンドルを左に切ると、弾き飛ばされた骨が、そのまま黒い床の上を滑っていくのが見える。
アンデッドの身体は、この舞台を囲っている深い溝の手前で停止。
俺は車を降りると、リッチの所に駆け寄った。
『う……』
横倒しになった骨が、苦し紛れに指先を上げてなにか魔法を唱えるような仕草を見せたのだが――俺の横を再び黒い疾風が走った。
「ベル!」
俺の前には、リッチの頭を咥えた黒い森猫。
『離せ! この畜生めが!』
「しゃー!」
骸骨の言葉に憤慨したのか、ベルが黒い床にガツガツと頭蓋を叩きつけ始めた。
『止めろぉぉぉ!』
やばい、彼女が本気で怒っている。
こんなに激怒しているベルを見たことがないので、そっと彼女に頼んだ。
「お母さん、そいつをアイテムBOXに収納したいんだけど……」
「……」
ベルが頭蓋を口から離すと、床にガツンと打ち付けた。
バウンドした骨がゴロゴロと床を転がっていく。
『この偉大なる――』
リッチがなにか言おうとしたのだが、俺は構わず叫んだ。
「収納!」
他のスケルトンと同じように、高位のアンデッドも同じようにアイテムBOXに吸い込まれる。
頭が吸い込まれたら、身体は動かなくなった。
あの頭蓋の中に魔石があったのかもしれない。
そして、俺たちのいる舞台の下で回っていた魔力発電機も停止した。
床下にあるデカいコアはアネモネが乗っ取ったが、動力源が生きていたため回り続けていたのだ。
そいつが止まったのだろう――リッチの魔法かなにかで紐付けされていたに違いない。
「ケンイチ!」
アネモネが走ってきて俺に抱きついてきたので、抱き上げて頬ずりをする。
「おおっ! やったぜ!」
「旦那ぁ! すげぇよ! あんな化け物を倒すなんて」「すごいにゃー!」
アキラと獣人たちもやってきた。
「ったく、また喉がカラカラだよ。なん回、喉がカラカラになれば気が済むんだ」
俺はアイテムBOXから缶コーヒーを取り出して、一気飲みをした。
「さすが聖騎士様ぁ!」
アマランサスも抱きつくが、聖騎士ってのはアマランサスのことなんじゃ――だが、この話は止めておこう。
「お母さんもありがとうな」
「しゃー!」
彼女はまだ怒っている。
「そんなに怒るなって」
ベルの黒い毛皮を背中から尻尾にかけて、ナデナデしてやる。
「みゃ」
「おお、カゲもありがとうな!」
カゲの黒い毛皮もナデナデ。
「やったなケンイチ! 大物退治じゃねぇか」
「いや、皆のおかげだよ。アキラもありがとうな。あの通路の触手を燃やさなければ、ベルがここまでやってこれなかった、さすがだ」
「まぁ結果論ってやつだよ結果論! 俺もそこまで深く考えてなかったし、ははは」
彼は笑うが、リッチのスキを見てマヨネーズなどで突破口を作ってくれたのは確かだ。
「でもお母さん。よくリッチの魔法の元が魔力発電機だと解ったな」
「にゃー!」
「え? そうなのか?」
「ベル姉さんはなんだって?」
彼女の話では、上にある湖は転移魔法によるものらしい。
ベルとカゲは俺から離れて、ホールの中をクンカクンカと探検を始めた。
「それじゃ、湖の底に転移魔法の魔法陣があって、どこからか水を持ってきていると――」
「どうやらそうらしいな」
それならば、こんな場所に湖があるのも魚がいるのも説明がつく――って物理的なものを無視しているから、説明になっているかと言われれば、微妙な話なのだが。
「でも、水を転移させて、その水で水車回してって、もう永久機関じゃないか」
「そう……だな」
アキラが、腕を組んで首を傾げる。
物理の法則なら、ものを持ち上げるのに相当のエネルギーを消費するが、魔法ならそいつを無視できるのかもしれない。
たとえば10m転移させるのも100m転移させるのも大して違わないとすると……。
――とはいえ、俺も魔法のことはよく解っておらず、なにか制限みたいなものがあって無限のエネルギー源となるのを阻んでいるのかもしれないが。
「うはぁ、魔法ってのはやっぱりすごいな。でも無限に取り出せるエネルギーがあるのに、科学がまったく発達しないってのは……」
「そのきっかけがねぇんじゃね? 発達が始まればあっという間だと思うぜ」
「いやぁ――そんなことになったら、絶対に戦争に……」
元世界の歴史を見れば一目瞭然。
無限のエネルギーなんて持っているなら、兵器に転用すれば世界を簡単に征服できる。
力を持ったら使いたくなるのが、人の常。
「多分な……」
「俺は、そのきっかけになるのは止めておく」
俺が生きている間に、転移魔法を公開するつもりもないし。
ハマダ領のために使うならいいけどな。
話はそれぐらいにして、アイテムBOXを確認する。
そこには【ミイラ✕1】となっている。
「そうか、ミイラか……」
奴はアンデッドで、頭だけで生きていた。
つまり、この状態でもまだ生きていて、出せば魔法も使ってくるので、もう出せない。
あの頭蓋の中にはかなり大きな魔石が入っていると思うが――もったいないが、ここから出すのは危険過ぎる。
俺は、そのままリッチの頭を、ゴミ箱へシュートした。
これで終了である。
一段落ついたので、残った身体のほうに向かう。
骨を覆っていたローブは焼けてしまっている。
これじゃもう使えないだろう。
多分、なんらかの付与がついたものであるが、これも破棄だな。
見れば、カラカラに干からびた指に指輪がハマっているのが見える。
「ふうむ……」
「ケンイチ! なんかすることあるにゃ?!」
「う~ん――あ! そうだ、あの天井のところに転がっている骨から魔石を集めてくれ」
「解ったにゃ!」「旦那、任せろって!」
獣人たちがピョンとジャンプをすると、天井の端に掴まってそのまま屋根に飛び上がった。
相変わらずの身の軽さだ。
「ケンイチ、リッチの頭はどうする?」
「もうゴミ箱に放り込んだ。頭でも動いていたし、あの状態でも魔法が使えるとか怖すぎる」
「あれでスケルトン召喚して頭を持たせりゃ機動力が手に入るし、他のやつと身体を入れ替えたりすればいいんだからな」
「まったく悪趣味過ぎる。そんなことまでして長生きしたくないが……」
「歳をとると死にたくねぇ――って思うんじゃねぇのか?」
「まぁ確かに……若い頃は、パッとやって40ぐらいで潔くくたばるのもいい――なんて考えていたが、その歳になってみたら冗談じゃねぇし」
「ははは、俺だってそうだ。まだまだ面白いことが山程あるんだ。こんな所で死んでたまるか」
俺はアキラと話しながら、リッチの指輪を手に入れた。
死体から剥いだ指輪なんて――と思うが、なにか特別なものかもしれない。
2つの指輪をアイテムBOXに入れてみる。
【素早さの指輪】
【力の指輪】
――と表示されている。
「おお! こりゃ、レアな魔法のアイテムかな?」
「どうした?」
「アキラ、今日の礼をやる。素早さアップと、パワーアップ、どっちがいい?」
アイテムBOXから指輪を取り出すと、彼に見せた。
「魔法のアイテムか? 別に気を使わんでもいいぞ?」
「いや、礼をするときに礼をしないと、頼みにくくなるし」
「そうか――それじゃ、パワーアップだな」
「本当にパワーアップするか解らんのだが……」
「まぁ、リッチが持っていたレアなアイテムってのは間違いない。帰ったらセンセに調べてもらおう。そしてそのあと――ウヒヒ」
「なんだ? なにをするんだ?」
「パワーアップするなら、センセと24時間耐久駅弁売ゴッコができるじゃん」
「ああ、そういう……」
話を聞いていたアネモネとアマランサスが、不思議な顔をしている。
この世界に駅弁なんて売ってないからな。
それはそうと、アネモネの前で下ネタは止めてほしい。
リッチの身体を調べてから、アイテムBOXに入れる。
やっぱり【ミイラ✕1】と出る。
数百年生きてきて――いや死んでいたのか、ミイラ扱いも可哀想な気もするが、話し合いに応じてくれなかったのだから仕方ない。
魔物といえど、意思疎通ができれば共存の道があったのかもしれないのに……。
まぁ、ベルや聖騎士となにか因縁があったみたいなので、ちょっと無理だったか。
などと、ちょっと感傷に浸りながらゴミ箱へポイ。
ホールの中心の舞台から移動するために、車と重機をアイテムBOXに収納してから溝にハシゴを渡す。
3mぐらいなので、アルミのハシゴで十分だ。
皆が移動したら、中心にあった黒い板をアイテムBOXに収納しようとしたのだが……ちょっと考える。
「あとでいいか……」
それに先にやることがある。
俺たちが入ってきた入り口が閉まったままなので、再びコ○ツさんを出してこじ開けた。
人1人が通れる隙間があれば帰れるが、ボスを倒しても開かないんじゃ、ここで詰むだろ。
まぁゲームではないので、ボスを倒したら開く必要はないのだが。
「ケンイチ! ここになにかあるよ!」
俺が重機から降りると、反対側にいたアネモネが叫んだ。
部屋の外周を回って、急いでそこまで行くと彼女の前に宝箱があった。
こいつも黒いので、アダマンタイトかなにかでできているのだろうか?
「お~し! 鍵か! 俺に任せてくれ」
アキラがやってくると鍵を開け始めた。
外装は不明だが、鍵の形式はよくあるタイプのようで、すぐに開く。
「アキラ、あいたか?」
「おう! 御開帳!」
彼が蓋を開けると、金色の座布団の上に紅い正八面体が鎮座していた。
その大きさは、拳2つ分。
「なんだ? 宝石か?」
「ケンイチ! これって若返りの神器だぞ!」
「え?! マジで?!」
「ああ、皇帝が持っていたのと同じものだと思う」
若返りの神器というと、帝国にあって皇帝が若返りに使うという――あれか?
俺は、紅い宝石を手に取ると、アイテムBOXに入れてみた。
【神器✕1】
と表示されている。
若返りとは書いてないが、神器なのは間違いない。
「なんじゃと!? 若返りの神器?!」
俺がアイテムBOXから神器を出してアキラに渡すと、それがアマランサスに渡された。
俺たちからちょっと離れた場所で、アキラとアマランサスがあーだこーだ言っている。
帝国皇帝がどうやって神器を使っているのかレクチャーしているようだ。
「ケンイチ! なにかすごいものがあったにゃ?!」「さすが旦那だぜ!」
「まだ、なにかない?」
獣人たちとアネモネが箱の中を覗き込んでいると、青い光が瞬き始めた。
「な、なんだ?! 魔法か?!」
見れば床が光っている。
「なんにゃー!」「旦那!」
「ケンイチ!」
その次の瞬間、俺は闇の中にいた。





