230話 燃える
サクラにある滝。
そこに流れ込む川を測量しながら遡ったら、湖と遺跡を見つけた。
明らかに人が作ったもののようだが、皆の意見ではダンジョンになっている可能性が高いらしい。
ここまで来たら、探検をしないわけにはいかない。
俺たちは決死のダイブを敢行した。
少々のトラブルを躱して進むと、行く手には通路から溢れる触手が待ち構えていた。
刺されるととても痛いらしい。
俺がシャングリ・ラで購入した装備で躱せると思うが、獣人たちが階下へショートカットしたいと言い出した。
サイトで購入した縄ハシゴを伝って、階下に降りた獣人たちだが――そこからミャレーの叫び声が聞こえてきた。
「ふぎゃー!」
「おい! 大丈夫か?!」
俺たちのいる所から、階下の様子がうかがい知ることができない。
俺が次に打つ手を考えていると、下から笑い声が聞こえてきた。
「はははは!」
「トラ公! 笑ってないで助けるにゃ!」
「おい! 大丈夫なのか?!」
俺の問いかけに反応が返ってきた。
「ひひひ! 大丈夫だよ、旦那! クロ助が落とし穴に落ちそうになっているだけだから」
「ふう」
俺は胸をなでおろした。
「トラ公は性格悪いにゃ」
「お前には言われたくねぇ――おっと!」
会話の途中でなにかがぶつかった音がする。
「どうした?!」
「旦那! ここには降りてこないほうがいいねぇ。罠だらけみたいだよ」
「部屋みたいのは沢山あるにゃ!」
ミャレーも落とし穴から這い出たようだ。
このままじゃ様子がまったく解らんので、ドローンを出すことにした。
4つのプロペラを持ったドローンが飛び立つと、空中から階下の偵察をする。
下は廊下の長さが少々短く、部屋の入り口らしきものが並んでいるが、階段も出口もない――袋小路だ。
その下には廊下の層はしばらく見えず、岩肌が続いている。
奇妙な作りだ――そう思っていると異変が起こった。
沢山並んだ部屋から白い骨がヨタヨタと出てきたのだ。
出てきたスケルトンは30体ほど。
「スケルトンにゃ!」
「畜生! 罠だな!」
動きは遅いが確実に彼女たちを囲みつつある。
「2人とも戦うな! ハシゴで戻ってこい!」
俺の言葉に、獣人たちが縄ハシゴに飛びついた。
あんなカタカタと動くスケルトンでは、縄ハシゴなんて登ってこれまい。
登ってきたミャレーとニャメナの手を俺とアキラとで掴んで引き上げた。
「ふう! あそこは多分罠部屋にゃ」
「罠部屋?」
「ああ、俺たちは落ちなかったけど、落とし穴に落ちるとあの行き止まりの部屋に落ちて――」
「スケルトンに囲まれてボコボコにされるわけか」
「しかも、普通じゃ上れないにゃ」
脱出不可能の上に魔物が次々と襲ってくる――そこで詰みだ。
これがゲームなら回避できない詰みはクソゲーだが、これは現実。
確実に侵入者を殺しにきているわけだ。
「旦那のハシゴがあるから戻ってこれたけどよ。こんなの造ったやつは性格悪いぜ」
ニャメナが縄ハシゴを指差した。
「聖騎士様、妾が下に行って片付けてきますわぇ」
アマランサスが自分の剣を取り出した。
「私の魔法で吹き飛ばす?」
「いやいや、スケルトンと言えば――この俺でしょう」
皆にそう言うと俺は、縄ハシゴに掴まると途中まで降りた。
ハシゴの下には白いスケルトンたちがわらわらと集まり、剣を振る動作をしている。
別にアンデッドの相手をするために、律儀に下まで降りることはない。
ハシゴの途中で俺は叫んだ。
「収納!」
いや、叫ぶ必要はないのだが。
近づいてきたスケルトンを次々とアイテムBOXに収納する。
スケルトンは最初から死んでいるので、アイテムBOXに収納できるのだ。
収納が終わると、上に上がってステータス画面で確認――全部で30体のスケルトンが収納された。
それが終わったら次にやることは決まっている。
断崖ともいえる階層から、スケルトンを落っことすのだ。
アイテムBOXから出されたスケルトンが次々と落下してバラバラになる。
それを見た獣人たちが、また大受けしてゲラゲラと笑っている。
どうやら彼女たちはこの絵面がツボにはまるらしい。
全部出し終わったので、双眼鏡で下を覗くと、バラバラになったスケルトンが山になっている。
後で回収できるなら、魔石を回収したいところだ。
サクラでこれをやってもよかったのだが、あそこの崖は低いんだよな。
スケルトンに適度なダメージを与えられそうにない。
まぁ、一体ずつ出して、皆でタコ殴りをしてもいいのだが……。
双眼鏡でさらに覗く――円形の底の中心部分が黒く塗られているのが解る。
そこになにかいるようなのだが……。
床が黒い上に、影になっているのでよく解らない。
「これで最後だろう」
スケルトンを出すと下まで落下していく。
俺はそれを見て、古いアニメを思い出した。
道を走るダチョウのような鳥をコヨーテが追っかけ回して、ひたすら崖から落ちるのだ。
そのシーンにそっくり。
それを見て笑っている獣人たちに言う。
「笑っているが、そこの触手がある通路を通るしかなくなったぞ?」
「にゃ!」「し、しょうがねぇ……」
笑っていた獣人たちが真顔になった。
ミャレーはそれほどではないようだが、ニャメナは本当に嫌そう。
「ニャメナ、そんなに苦手なら上で待っててもいいが……」
「冗談じゃねぇ! 獣人が切り込みから逃げたなんて、一生馬鹿にされちまう」
「そのとおりだにゃ。切り込み、先行偵察、索敵、獣人の仕事にゃ。それができないとなるとにゃ」
獣人たちは体力があって素早く、パワーもある。
その反面、難しい作戦などには向かないため、どうしても先頭で突撃する切り込み隊や、単独での偵察、索敵の仕事が多くなる。
俺たちのこの探検でも、獣人たちが先頭に立っているのはそのためである。
「わかったが、無理はするなよ」
「旦那ぁ、止めてくれよ! そこは俺のケツを蹴り飛ばすぐらいしてくれよ!」
「それじゃ触手を突破したら、尻と尻尾をなでてやる」
それを聞いたニャメナが尻尾を立てた。
「よし! やるぞ!」
「現金なトラ公だにゃ」
話はまとまったので、装備の準備をする。
以前購入した全身タイプの黒いゴム胴長は2着しかない。
追加で4着購入した――1着1万円、4着で4万円だ。
一緒に溶接用のゴムマスクを買う。こいつも4つ。
「ポチッとな」
真っ黒なゴムの服がドチャと落ちてきた。
「ネズミの時とかに使ったものより分厚いにゃ」
「薄いと刺胞が刺さるかもしれないからな。それじゃ意味がない。こいつはスライムの攻撃も通さなかったので、触手の刺胞も防げるだろう」
アイテムBOXから衝立を出して、女性陣に着替えてもらう。
こいつは下着姿か裸じゃないと着られない。
服の上に着ても中がムレムレになるから、服がびっしょりとなってしまうだろう。
「確かに、これなら平気だにゃ」
「ただ、すごく暑いから覚悟しておくように」
「解ったにゃ」「触手に刺されるよりはマシだ」
どうも、ニャメナは触手に刺されたことがあるようで、それがトラウマになっているらしい。
本当なら無理はさせたくないのだが、獣人たちのプライドやらが色々絡んでくるので、彼女たちの好きにさせるしかない。
衝立の向こうで女性陣が着替えている間に俺とアキラも着替えるが、アネモネはこっちだ。
アキラには後ろを向いてもらい、アネモネのスーツを作る。
なにせ子ども用のゴムスーツなど、シャングリ・ラにも売ってないから作るしかない。
裸になった彼女に合わせて黒いゴムをカッターで切り、ダクトテープを使ってつなげる。
「変なの!」
「我慢してくれよ」
「うん」
「またこれを着る羽目になるとはな」
アキラが黒いゴムを持ってブツブツ言っている。
「中に飛び込んでこないだけマシだろ?」
「はは、そうなんだけどな」
全員で着終わった。
「これじゃ、ベルたちが一緒にきても、ついてこれなかったかもしれない」
「猫用のスーツはないからな」
アキラの言うとおりだ。
人用のスーツを切って貼って作るのも無理があるし……。
頭にLEDヘッドライトを装着して、真っ黒なゴム服に身を包んだ連中がズラリと並ぶ。
「にゃははは! みんな変だにゃ」「あまり笑いこっちゃねぇぞ、クロ助」
確かに異様だ。
「誰も、こんな恰好の中身が麗しき美女だとは思わないよなぁ」
俺はアマランサスの黒いスーツ姿をマジマジと見つめた。
「聖騎士様のご命令ならば、妾はどんな恰好でもいたしますわぇ」
彼女的には平気らしい。
「よし! 暑いから、とっとと突入するぞ」
「わかったにゃ!」
中はすでに暑くなってきている。
ゴムスーツの中では水分が蒸発しないので、自分の汗でずぶ濡れになる。
獣人たちは汗をかかないが、その分暑さに弱い。
熱中症にならないように注意が必要だ。
皆で両側に透明な盾を構えて突入する。
先頭を行くミャレーは、両腕に盾をくくりつけた。
もちろん矢避けであるが、先頭の彼女は鉄の棒で罠を探らなくてはならない。
盾を持って両手がふさがっているとそれができないので、そのための処置だ。
触手があるので他の罠はないと思うのだが、あったら困るし洒落にならない。
それに左手の岩盤は薄いので、罠の動作機構を入れるスペースがないように思える。
矢が飛んでくるとすれば、右側からだろうが――念には念を入れる。
ビビるやつほど長生きをするのだ。
ミャレーを先頭にして、つぎにニャメナ。
その後を俺とアネモネ。
彼女は盾が持てないので俺の陰に隠れている。
俺たちの後ろには、アキラとアマランサスが続く。
先頭のミャレーはゴツゴツと鉄の棒で床を小突きながら進む。
獲物が入ると周りから一斉に白いニョロニョロが出てきて、俺たちに絡みついた。
なんかこんなの見たことがあるなぁ。
ムーなんとかいう昔のアニメで。
「ひいい!」
俺の前を行くニャメナが悲鳴を上げた。
触手自体には、大したパワーはないようである。
巻き付かれても、ギュウギュウと締め上げられることはないようだ。
「にゃはは、トラ公の情けない声は心地良いにゃ」
「うるせぇ!」
そのまま進む――別の罠はないようであるが油断は禁物。
「まさか、こんな所を突破できるとは思ってないのかもな」
俺の後ろでアキラがつぶやく。
「まぁな。でもスケルトンなどの手合なら、この中でも平気だろうな」
「ああ、そういうのを手先として使っている連中なのかも……」
「アンデッドを手駒に使う、アンデッドの親玉か――それってのは、どんなのがいるんだ?」
ドラゴンのスケルトンもいたが、あれに知性があるとは思えなかったし。
「聖騎士様、それはリッチじゃろう」
後ろからアマランサスの声がした。
「ああ、リッチか。なるほどなぁ」
「おお! スモーク・オン・ザ・ウォーター! ジャッジャッジャ~ン、ジャッジャジャッジャーン!」
後ろからアキラの声が聞こえてくるが、エアギターをしているらしい。
「それはリッチー・ブ○ックモアな。オッサンしか知らん」
「ライオン練り歯磨きリッチーみたいなやつもいたろ?」
「ライオン……? もしかして、ライオ○ル・リッチーか? ライオしか合ってねぇ!」
「ははは! 高校の学祭で弾いたぜ」
「アキラ、ギターも弾けるのか?」
「まぁ、ちょっとな。それに楽器ができると女を引っ掛ける成功率が上がる」
「マジすか先輩? そこんところをちょっと詳しく」
俺は後ろを振り向いた。
「こんなチャランポラン(死語)な人が楽器を弾けるなんて! みたいな、ギャップ萌えがハマるらしい」
「マジか~、チャランポランなんて久々に聞いたわ」
「そっちかい!」
アキラが横の触手にツッコミを入れた。
「アキラって楽器を弾けるの?」
下からアネモネの声がする。
「リュートみたいのを弾けるらしい」
「へぇ~」
アキラの話はいいとして――。
「そういえば王宮にあった魔法の本にもリッチのことが書いてあったような……」
「禁呪に至る病だね!」
俺の下からアネモネの声がする。
そう、その本は彼女も読んだはず。
「そんな化け物がこの奥にいるのか?」
「ヤバいのがいたら、すぐに逃げるにゃ!」「俺もクロ助の意見に賛成するぜ」
「いや、俺も最初からそのつもりだし。倒せそうもない敵と無理に戦うこともない。アマランサスは不満かもしれないが」
「そんなことはありませんぞぇ? 聖騎士様が怪我でもなされたら……」
アマランサスの心配そうな声が後ろから聞こえる。
「まぁ、祝福の障壁みたいなものもあるし、そう簡単には……」
「それじゃケンイチ。素早い撤退を可能にするためには、こいつらが邪魔だろ?」
アキラの言うこいつらとは、横から俺たちを襲っている触手だ。
「う~ん、そうだな」
「そこでだ。この上の階にはなにもなかったろ? どうだ? 下から火を点けて燃やすってのは? フヒヒ」
「アキラの旦那、怖いぜ!」「まったくだにゃ」
「確かに、こいつらを駆除すれば、素早く撤退できるな……」
「そのとおり!」
アキラは、触手を燃やしたくて仕方ないらしい。
まぁこのウニョウニョは確かにうざいし。この施設を使うにしても、いずれは駆除しないと駄目になるだろう。
移動する度にこんなゴムスーツなんか着ていられない。
「下から燃やすなら、大丈夫か……それじゃ試しにやってみるか?」
「よしきた!」
アキラは突如、張り切り始めた。
アマランサスの後ろに回ると、最後尾から彼のマヨネーズが噴射される。
どうやら、ゴムスーツを着ていても指からマヨネーズは出るらしい。
いつ見ても不条理な光景だ。
それを言ったら俺のシャングリ・ラだって、十分に不条理だけどな。
マヨネーズ塗れになった触手が次の瞬間に油塗れになる。
彼の特殊能力の「分離」だ。
俺たちのいる所まで油が垂れてこないか心配だが、彼の出す油は植物油でドロドロしている。
いわゆるサラダ油みたいなものなので、階段をサラサラと流れ落ちるようなことはないらしい。
俺たちはそのまま階段を進み、小部屋にやって来た。
小さな四角い窓が開いており、そこから俺たちがいた階層が見える。
なにもないようだが、十分に注意する。
「ここでホッとさせて、油断させるつもりかもしれん」
「ありえるな」
俺の言葉にアキラも同調した。
皆で周囲を警戒するが、杞憂に終わったようだ。
一旦、ゴムスーツを脱ぐ。
皆、汗だくだが、女子が脱ぐので俺たちは小さな窓から外を眺めている。
「あちちち!」
「うにゃー!」「ぎゃー! 死ぬ!」
特に汗をかかない獣人たちはキツイようである。
水浴び用に、プラケースに入っている水とバケツを出してやる。
これまでの経験から、冒険に備えるために水は多めにアイテムBOXに備蓄済だ。
獣人たちはそれを頭からザバザバと被り始めた。
「お~い、悪いが身体にタオルを巻いてくれ。そっちを向けんし」
アイテムBOXから人数分のタオルを出す。
隠してくれないと、俺たちも水浴びができんし。
「別にアキラに見られてもいいにゃ」
「そうはいかねぇ。俺の家族とケンイチがこういう場面に遭遇することだってあるしな」
「まぁな」
親しき仲にも礼儀あり。
獣人たちは裸を見られても平気だってこともあるんだろうが、アネモネとアマランサスもいるし。
皆がタオルを巻いたので、ニャメナを呼ぶ。
「よしよし、頑張ったな」
頭をなでなでして、約束どおりにお尻をモミモミ、尻尾をなでなでしてやる。
「あ、旦那ぁ……なーん↑」
「ふぎゃぁ!」
ミャレーが尻尾を太くして、背中の毛まで逆立てているように見える。
よほど、このニャメナの鳴き声が嫌らしい。
耳を伏せている彼女の頭をなでていると、落ち着いたようである。
彼女たちを衝立の後ろに隠れさせて、俺とアキラも水浴びを始めた。
「ぷは~っ! こりゃ効くぜ!」
「魔導師なら、聖なる盾を唱えながら歩けるのかな?」
「難しい計算しながら歩くみたいなものだから、ストレスが半端ないと思うぜ。一旦切れたら触手の餌食になっちまう」
「時間をかければ攻略できそうだが……ちょっとずつ触手を切り刻みながらとか、ちょっとずつ魔法で燃やしながらとか……」
「そんな悠長を許してくれるとも思えんが」
「ケンイチ、そんなことをやってて、後ろからスケルトンが来たらどうするにゃ」
「そうだよ旦那。挟み撃ちを食らうぜ。狭い通路じゃ逃げ道もねぇし」
衝立の向こうからミャレーとニャメナの声がする。
「まぁ、そうだなぁ」
ゲームなら、そういう攻略法もありだとは思うが、さっきもいったがこれは現実だ。
ターン制でもないし、敵が待っててくれることもない。
ちょうどいい小部屋があったし、時間は昼頃だ――俺たちは昼飯を食うことにした。
ちょっとのんびりしすぎのような気もするが、腹が減っては戦はできぬ。
魔物がやって来れば、獣人たちがすぐに気がつくだろう。
食えるときに食っておかないと。
一応、皆の意見も聞いたが食事に賛成のようだ。
「食えるときに食うにゃ」
「戦ってる最中でも、ちょっとした時間での食事が、体力の差に繋がることだってあるし」
獣人たちの言葉だが、戦いの経験値が多いから言える言葉だな。
「アキラもそうか?」
「まぁな。食える時に食わないと、いつ食えるか解らんときもあるしな。チャンスを逃したらずっとデスマーチだったとか」
「アキラ、デスマーチってなんにゃ?」
「え? あ~、延々と続く地獄への一本道?」
「なんとなく解ったにゃ……」「あ~それかぁ」
獣人たちも色々と察したようだ。
そういう経験があるのかもしれない。
只人グループは、お湯を沸かしてカップ麺。
獣人たちはインスタントカレーとパンを食べるようだ。
できあがったカップ麺をすすりながら、アキラが小窓の所に行くと外を眺めている。
「俺たちのいた階層のちょうど対面にきたんだな」
「最後まで行くと、次の階層に降りられるんじゃなかろうか?」
「多分な」
斜めにぐるりと縦穴の外周を回って、次の階層へ行く造りか。
普通に階段を降りていくだけだと思ったら、意外と複雑な構造をしているらしい。
飯を食い終わったので、黒いゴムスーツを着て再び下に降りることにした。
あと半分の行程だ。
「さてぇ! ここから火を点けてみるか! いいよな、ケンイチ!」
アキラの目がギラギラと輝いている。
「いいが――魔法は節約だぞ」
「それじゃガソリンを少々……」
彼が自分のアイテムBOXからガソリンを出そうとしている。
「いや、ガソリンはヤバいだろ? 巻き込まれたら洒落にならんぞ? もうちょっと安全な焚付とかにしてくれ」
シャングリ・ラから焚付を買う――1500円ぐらいで売っている。
そいつを組んで、その上にさらに大きな木を組む。
キャンプファイヤーの要領だ。
「ほい、点火はガスバーナーで」
俺が渡したガスバーナーで、アキラが焚付に火を点けた。
彼が撒いた油が白い煙を上げて気化して、それに火が点く。
焚付が燃え上がり、オレンジ色の炎ともうもうとした白い煙がドンドン通路の中を登っていく。
空気が温められて上昇していくと同時に、窓と階下から新しい空気が入ってくる――煙突効果だ。
油まみれになった触手に炎が燃え移ると、グネグネと強烈な断末魔のダンスを始めた。
相手は魔物とはいえ少々可哀想に思える。
「うわぁ、エゲツねぇ……」「ああはなりたくないにゃ」
「これならもう消えないだろ、ははは!」
アキラが燃え盛る炎の前で小躍りをしている。
「これじゃ登り窯と一緒だからな。多分触手は全部消し炭になるんじゃね?」
「ケンイチ! なんで下から空気が入ってくるの?!」
アネモネが目を輝かせて質問をしてくるので、煙突効果の説明をしてやる。
「それじゃ、下から上に火を点けたほうが安全だね!」
「そうだぞ、アネモネちゃん。俺が魔物を焼き殺したときにも斜面を利用したんだ。緩めの斜面でも十分な効果を得られる」
アキラが、帝国でやった作戦を説明してくれた。
「そうなのか? 魔物を油の海に沈めて焼き殺したって噂だったが……」
「高温に晒せばいいんだから、油に浸すことはねぇ」
「それもそうだ。こういう狭い通路に押し込めて火を点ければ最高だな」
「まったく理にかなっておるのう……」「そうだね」
アマランサスとアネモネは感心しているのだが、獣人たちはビビりまくっている。
「旦那も怖いけど、アキラの旦那もこえぇぇ」「まったくだにゃ」
後半の階段は、前半より触手は疎ら。
階段を降りる俺たちに、びゅうびゅうと風が吹き付ける。
「これだけ、風が流れているならこの通路も簡単に火が点くぜ」
「ここも油を撒いているのか?」
「ああ、やっている」
触手が少ない分、後半はあまり時間がかからずクリアできた。
下の階層に到着すると、上と似たような構造で湾曲した廊下が続く。
その上を見上げると轟々と黒い煙が通路から噴き出し続けている。
「あちちち! あちー!」
俺たちは周囲を確認してから衝立を立てると、皆でゴムスーツを脱ぎ始めた。
再び、水の入ったプラケースとバケツを出す。
ザバザバと水浴びをしながら正面の岩肌を見ると――俺たちが昼飯を食べた小部屋の小さい窓。
あそこから半周回って、ここまで降りてきたのだ。
「さて、ここからも火を着けるか」
アキラが短パン1丁になって、バーナーを持っている。
見るからに危ないオッサンだ。
早速火をつけようとしたのだが、中々点かない。
吹き込む風があまりに強くて、吹き消してしまうらしい。
「ケンイチ、悪い。焚付をくれ」
「はいよ~」
俺は再び焚付を用意した。
もっと大きな火種が必要かもしれないので、アイテムBOXから薪も出す。
パンツスタイルで、薪を組むアキラの姿は実にシュールだ。
「その姿は、怪しい放火魔か」
「むしゃくしゃしてやった、でも反省はしていない」
少々荒っぽい作戦だが、これで帰りの道はスッキリとしていることだろう。
なにかあっても素早い撤退が可能になる。
皆で水浴びをしたあとは、テーブルと発電機を出して、ジェットヒーターで乾燥。
轟々と風を出す機械の前で、獣人たちがダンスを踊っている。
さて、身体を乾かしたら、次の階を攻略しないとな。





