22話 森の中でほのぼの生活
――それから数ヶ月後。
森の中で、のんびり生活。
街ではドライジーネと呼ばれる足蹴り式の自転車が走り回るようになったが、俺の生活は変わっていない。
シャングリ・ラには動画も電子書籍も山のようにあるから、暇つぶしに困ることもない。
しかも、ドンドン新作が更新されているのだ。どんなシステムなんだよ、コレ。
やってることは元世界の田舎に住んでいて、ネット通販で生活していた頃と全く変化なし。
これで言葉が通じなかったり、シャングリ・ラも無かったら、元世界への郷愁で帰りたくなったとは思うが全くそんな気も皆無だ。
たまに露店を開いてはいるが、しばらくマロウ商会へは訪問していない。
マロウさんも井戸ポンプと自転車の販売で忙しそうだしな。
森の散策も道具屋の爺さんから良いアイテムを売ってもらい捗っている。
子機と親機がセットになっている小さな像で、親機を自宅に置いておく。
すると、胴体がリング状になっていて水平にくるくると回る子機の指が、親機の方角を正確に示すという魔道具だ。
この世界ではメジャーな物で元世界の方向探知機みたいな物らしい。
冒険者には必須のアイテムだと爺さんが言っていたからな。値段は銀貨2枚(10万円)と結構高いのだが、この性能は買いだろう。
これが手に入ったので、森の木々に付けていたピンクの印は黒で塗りつぶしておいた。
家の畑では順調に野菜は採れるし、肉等は森猫と獣人達が獲物を持ってきてくれるようになった。
それで俺の所で猫缶パーティを開いて帰っていくのだ。
俺は貰った獲物を冒険者ギルドへ持ち込めば、小遣いと肉を手に入れる事が出来るってわけだ。それだけで十分に生活が出来る。
しかし、こんなに獣人達と仲が良くなるなら、家の建築を手伝ってもらうんだったぜ。
「うめぇぇぇ!」「こいつはたまらねぇ!」「にゃー!」
俺の家へやって来た獣人達が、フローリングの上で胡座をかいて猫缶をぱくついている。
猫缶が美味いと言うのはミャレーだけではないようで、彼等には、まっしぐらな味らしい。
胡椒と塩を掛けて食べているのだが実に幸せそうな顔をしているのが印象的だ。
まさに、この世の春って顔なのだが、そんなに美味いのだろうか?
「1人、2つまでだからな。街の奴らに俺の事を言ってないだろうな」
「もちろんでさぁ! こんな美味い物を人に教えたら俺達の食う分が減るじゃありませんか」
「その通りだな、兄弟!」
彼等と酒を飲んでいると俺の胡座の上に森猫が乗ってくる。ズシリとくる――いや、重いんだが……。
膝の上にセメント袋を乗せられているようなもんだ。だが黒く短い毛皮を撫でてやると実に気持ちよさそう。
それならばと、シャングリ・ラから【高級キャットブラシ】ってのを購入してみる。高級って言うわりには2000円だが。
毛は何の毛だろうか? 一応説明を読んでみると豚の毛ってなっているな。
シュッシュッ――森猫の身体の上をブラシが走る。それに合わせて毛皮の艶が増々になるような気がするが。
ブラッシングってのは結構効き目があるのかもしれない。
それが終わると、まるでピカピカに光るビロードのような手触り。森猫には可哀想だが――これならば超高級品の毛皮として取引されるってのも頷ける。
森猫のブラッシングをじっと見ていたミャレーが、突然服を脱ぐと俺の膝の上にいた森猫を押しのけてきた。
そして彼女の代わりに俺の膝の上に滑りこむと、その場所を占領した。
「うちの背中も撫でてにゃ……」
「はいはい」
ミャレーの背中をブラッシングしてやると、彼女は気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。
だが、ブラシが尻尾の根本に当たると、ピクピクと反応している。
「そ、そこはダメだにゃ……」
「あ、ごめんごめん、尻尾の所は苦手なのか」
ピクピクと痙攣している丸いお尻をブラッシングして太腿まで撫でると結構抜け毛が絡んでいる。
「結構、毛が抜けるなぁ」
「だから毎日手入れしないと大変なんだにゃ」
ペットを飼っていると抜け毛が凄いからな。特に季節替わりは凄い。
「ふにゃ~」
潤んだ瞳になったミャレーが仰向きになって白い毛で覆われた腹を出している。今度はお腹を撫でてほしいらしい。
お腹は、さらに細かい毛でフカフカだ。
俺とミャレーの様子を見ていた男共が、突然服を脱ぐと俺に背中を向けてきた。まるで肉の壁だ。
どうやら彼等も撫でてほしいらしい。
「待て待て、ブラシを一個ずつ出して、やるから自分等でやってくれ」
「旦那。そりゃ、ないですぜぇ」
「何が悲しくて男の背中を撫でないとダメなんだよ」
シャングリ・ラからキャットブラシを3つ購入して、彼等に1つずつ渡す。
「それが欲しいなら売ってやるぞ。獲物1個と交換だ」
「本当にそれで良いんで?」
「ああ」
返事をすると獣人達は喜んで体中をブラッシングし始めた。当然、部屋の中には毛が舞い散る。
おいおい外でやってくれないかなぁ……こいつ等が帰ったら掃除機を掛けよう。
それを見ていたら森猫とミャレーが一緒に俺の身体にスリスリをしてくる。まったく俺の服まで毛だらけじゃないか。
獣人達との交流はこんな調子だ。基本的に素直で気立ての良い奴ばかりなので付き合い易い。嘘を吐くのも下手なようだしな。
彼等は計算が出来ないので、手間賃を少々貰って取引の立会人になってやる事も多くなった。
生活が安定してきたので――ウチの畑で取れる野菜以外は、なるべく市場で野菜を買うようにして、シャングリ・ラを使う機会を減らしている。
市場で大量に野菜を買っても、アイテムBOXへ入れておけば、いつでも新鮮なままで料理に使えるからな。
だが品種改良が進んだ元世界の野菜とくらべて、こちらの物は味が落ちる。それ故、ついついシャングリ・ラを使ってしまう。
その他にも、コーヒーも飲みたいし、コーラも飲みたいし、アイスだって食いたいからな。
アイスやポテチはこの世界の原料で作れない事も無いが……機会があれば色々と試してみたいとは思っている。
一時期、市場は俺という珍しい存在の噂でもちきりになっていたが、その噂の主がたまにしか露店を出さなくなって、いつの間にか話題にも上がらなくなったようだ。
人々は勝手に――奴は破産した、病気になった、死んだ、引っ越した――などと勝手な憶測をしているようだが、それで良い。
それでも写本をやっている爺さんのように固定客もいるので、たまに露店を開いていると――まだ、生きてたよ――なんて話し声がどこからか聞こえてくる。
余裕が出来たので、マロウ商会との取引も少なくなってしまったが、商会へ貴族からの注文は引き続き入っているという。
だが手持ちの物を全部卸してしまったので、在庫が無くなってしまいました――という事にして商品を卸すのを断っている。
マロウ商会へ行く事は少なくなったのだが、その代わりプリムラさんが度々ここへ訪れるようになっていた。
「しかし、良かったのですか? マロウ商会が家名を名乗れるようになったのは、ケンイチさんが描いてくれた絵のお陰ですのに……」
「ああ、その事でしたら構いませんよ。以前に言った通り飯を普通に食えるぐらいの稼ぎがあれば良いのです。逆に名前を出されると困ってしまいます。ハハハ」
マロウ商会としても俺の名前を出すと貴族や他の商人達が、俺の所へ直接押し寄せてしまうので、それは避けたいだろう。
「でも……その、あのドライジーネを最初に見た時に笑ってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、それも気にしていませんから。それにしても、マロウさんはさすがです。笑っておられましたが、すぐに試作品を作らせてしまったのですから」
「ええ、出来上がった物を試乗してみて――これは凄い物だとすぐに気が付きました」
自転車という発明によって家名を受けたということで、その家名はドライジーネと呼ばれる事になり――そして、プリムラさんの正式名はプリムラ・ネ・ドライジーネになった。
「まぁまぁ、終わったことは、そのぐらいにして、これをどうぞ」
俺は、テーブルの上にあった、ポテチを彼女に勧めた。
「これは?」
「芋を薄く切って油で揚げたお菓子ですよ」
牛乳をアイテムBOXから出して、テーブルの上のカップに注ぐ。
彼女は恐る恐る手で掴み、一口――パリパリとポテチの割れる音が部屋に流れる。
「これは、美味しいですね!」
プリムラさんが驚いたように叫ぶ。
「歯ごたえが良いでしょう?」
「ええ。 油で揚げるだけなのですか?」
「2度揚げした方が良いですよ。そうしないとぺたぺたになってしまって……ああ、油は植物油じゃないと。灯油はダメ――だと思うけどな」
ここら辺の灯油は海獣油だ。いわばラードみたいな物だろうから、それでも良いのか? 試してみない事には何とも言えないが。
「帝国では肉を油で揚げた料理が流行っているそうなのですが」
「へぇ、唐揚げみたいだな」
「そうです! 旅の商人から聞いた話では唐揚げという物だと言ってました」
「ええ?」
唐揚げまで売ってるのか……こりゃ決まりだな。だが帝国とやらに俺が行く事は無いだろうが。
「う~ん、それじゃ夕飯に唐揚げを作ってみましょうか」
「ケンイチさんも作れるのですか?」
「ええ」
テーブルをだして料理道具を一式並べる。カセットコンロも2つ出して、油はどうしようか――ゴマ油が残っているのでこいつで良いか。
鍋に油を開けて、カセットコンロに火を付ける。一つには鍋を掛けて、お湯を沸かす。
スープはインスタントのクラムチャウダーにしようと思う。
唐揚げと言ったが鶏肉が無い。角ウサギの肉があるので、こいつで揚げ物を作ってみようと思う。
角ウサギは焼いて食ってみたが、癖もなく普通に美味いので、これで唐揚げを作っても大丈夫だろう。
元世界にいた時は豚こまの唐揚げをよく作っていたが、普通に美味かったしな。
肉を一口サイズに切り揃え溶き卵に潜らす。そして、シャングリ・ラで買った唐揚げ粉の出番だ。
【しょうゆガーリック味】ってのにしてみたが匂いがきついかな? とりあえず、2~3個揚げてみて、プリムラさんに判断してもらおう。
苦手な風味なら、もっとベーシックな唐揚げ粉の方が良いかもしれない。
揚げ終わった唐揚げを1個、皿に置いて、プリムラさんに差し出してみる。
「プリムラさん、風味はどうですか? 苦手な匂いなら違う粉にしますが」
「いえ、とても香ばしくて食欲をそそる匂いです」
あれ? 大丈夫そうだな。それじゃ全部この粉で揚げるか。都合20個程、揚げる。残ったらアイテムBOXへ入れれば良い。
そうすればいつでも食えるのだ。
お湯も沸いたので、インスタントのパッケージを出してクラムチャウダーを作るが、俺が出す変わった品物にも、もう彼女も慣れっこだ。
皿にウチの畑で収穫したレタスを千切って並べ唐揚げを盛る。後はパンだ。
以前、パスタも見せたのだが評判が宜しくない。気持ち悪いと言うのだ。獣人達も同じ事を言うので麺類はこの世界には合わないようだな。
アイテムBOXから畑で採れたアスパラガスを取り出し、斜めに切って油で炒める。味付けはシンプルに塩コショウ。
シャングリ・ラで買ったアスパラガスの根っこを畑に植えたら無事に生えてきたので、採れたての物を、すぐにアイテムBOXへ入れておいたのだ。
これで、いつでも美味いアスパラが食えるってわけだ。
さて、料理が出来上がったので、プリムラさんと一緒に食べる事にしよう。
「美味しい! パリパリしてて中から肉汁が――」
「ウサギの唐揚げも美味いな。獣人達から肉はもらえるしな。こりゃ定番になりそうだ」
「この変わった野菜も甘くて美味しいです」
彼女が食べているのはアスパラガスの炒め物だ。とれとれのアスパラは本当に美味い。
だが小便が臭くなるのが欠点だな。あの臭いを嗅ぎ分けられるのも遺伝で決まるなんて聞いた事があるが本当かは解らない。
特定の遺伝子を持っていないと、あの臭いが解らないそうなのだ。
「でも、ケンイチさん。角ウサギには気をつけて下さいね。捕まえるのが簡単そうに見えて怪我をする方が多いですから」
近づくと角で頭突をしてくるらしい。死んだふりをすることもあるので、可愛く見えるが意外と危険な動物のようだ。
「ケンイチさん。この白いスープはどうやって作るんですか?」
「ええと――これには貝が入ってますが、具はなんでも良く牛乳と小麦粉で煮た物です」
生クリームとか使ってたりしたような気もするが、ここには生クリームは無いしな。
まぁ、シャングリ・ラには料理の本もあるし、彼女が正確に知りたいというなら、本を買って調べた方が良いかもな。
でも、この世界に無い食材もあるし、そこら辺はアレンジが必要だろう。
「貴族様の料理で、そんな感じのスープの話を聞いた事があるので、これかもしれませんね」
「さすが貴族は良い物食ってるんだなぁ」
「ケンイチさんの料理もそれに劣らないと思いますよ」
夕飯も食い終わったが、プリムラさんは、また泊まるつもりなのだが――いいのかなぁ……。
父親ぐらい年齢が離れているので、安心しているのかもしれないが。
彼女と商売談義に花が咲くが、どうも会話の間が持たない。
元世界の話なら、いくらでも出来るのだが、想像もできない異世界の話をしても仕方ないだろう。
だが、お伽話として聞いてもらえるだろうか?
う~ん、そうだ。お伽話で良いなら映画とかどうかな? オーバーテクノロジーだが、プリムラさんなら大丈夫だろう。
俺は、DVDのソフトを検索し始めた。俺が映画を見るだけなら、シャングリ・ラで観ればOKなのだが、それだと彼女が観る事ができない。
だが、SF映画や現代映画を彼女に観せてもしょうが無い。この世界に時代背景が近そうで、そんなに違和感が無い映画と言えば……。
クレオパトラ――昔の古いやつな。
或いは――。
も○ひとりのシェイクスピア。
う~ん、【薔薇○名前】はどうだ。これなら、この世界に近い世界観のような気がする。
もちろん、吹き替え版だ。日本語で字幕が出ても彼女には読めないからな。
「いったい何を……」
困惑するプリムラさんを手で制して準備を始める。
先ずはDVDプレイヤーだ――再生専用なら3000円ぐらいで売っている。モニタは高いので、プロジェクターを使う。安い物なら1万円で買える。
そしてスクリーン、3000円だ。
薔薇○名前のDVDは中古が500円で売っていた――安い。今はブルーレイなのか?
床にクッションを敷いて【購入】ボタンを押すと、機材がドサドサと落ちてくるが設置は簡単だ。
プロジェクターはテーブルの上に載せて、スクリーンは壁から吊るす。電源にモバイルバッテリーをアイテムBOXから出した。
これで準備OK。
プロジェクターの電源を入れて、DVDの再生ボタンを押すと、ガソリンランタンの灯りを小さくする。
プロジェクターとスクリーンを距離を調整すると物語が始まった。
「あれ?」
音が出ない! 慌てて、シャングリ・ラから2000円のアンプを買う。スピーカーは迷ったが、F○STEXにしてみた。
思わずJ○Lを買いそうになったが、ぐっと堪える。スピーカーケーブルも買って被覆を剥いたり大忙し。
だが彼女はキョトンとして俺の行動を見ている。
やっと繋ぎ終わった。それじゃ気を取り直して最初から――。
物語が始まると彼女は驚きの声を上げる。
「あの! あの窓の中に人がいるんですが」
「違う世界の出来事を魔法を使って覗いているんですよ」
「魔法……」
彼女は言葉少なめに、映像に食い入るように観ている。文化や風習が違うので俺の解説付きだ。
映画は、ある修道院へやって来た修道士が連続怪死事件を追うストーリーだ。
スピーカーから出ている音声も彼女は聞き取れているようだ。――ということは、この世界は本当に日本語互換の言語なんだな。
脳内で変換されているだけかと思ったら、そうでもないらしい。
まぁ、ローマ字モドキの文字を読むのを見れば、そうでないのは自明の理なのだが。
映画が終わったが彼女は興奮冷めやらぬ感じで色々と質問してくるので、それに答えてやる。
俺も歴史等には、あまり詳しくはないからなぁ。あまり突っ込まれると困るんだが。
「ケンイチさんと話していると、まるで賢者様と話しているみたいです」
「あはは、こんな賢者がいたら困るな」
「そんな事はありません……」
外はすでに真っ暗、この世界では寝る時間だ。
「さて、夜も更けたし、そろそろ寝ようか」
「あ、あの……」
「ああ、寝間着を出してあげますので、ちょっとまって下さい」
「あ、あの……出来れば……以前見せていただいた、透けた物……」
座ったままのプリムラさんが、モジモジしながらとんでもない事を言い出す。
「え? あんな物を買っては、お父様に叱られますよ」
「良いんです。私も、もう子供ではありませんし」
「あれを買って勝負を賭けたい意中の方がいらっしゃるんですか?」
「今です……けど」
「え?」
「……」
「ちょっと、プリムラさん。そこへお座りなさい」
「座ってますけど」
オヤジの説教タイムが始まる。
「若い子はもっと自分を大切にしなくてはいけませんよ。こんなオッサンなんか興味を持っちゃダメ! もっと輝かしい未来を約束されている、うら若い男性がいるでしょう」
「そんな事はありません。ケンイチさんは素晴らしい方です」
「ああ、嘆かわしい。プリムラさん程の女性なら貴族からも引く手数多でしょう?」
「確かにそういう話も頂いておりますけど、商人の娘が正室になれるはずもありませんし。妾としか見られていません。そんなものが女の幸せと仰るのですか?」
貴族から見れば商人の娘は金づる。商人から見れば貴族は利権への窓口。そこに女の幸せは無い。
逆に借金で首が回らなくなった貴族の娘が商人に嫁ぐなんて事もあるらしい。
「それなら私の露店に、よく来て下さる騎士様はどうでしょう?」
すこし、プリムラさんは考えているが、思い当たる人物がいたのだろう。
「……ああ、ノースポール騎士爵様ですね。あの方は良い方ですが……」
「こんな事になって、マロウさんがなんと仰るか」
「父は反対していませんけど」
お父さん、そこは反対してよ! でも賛成もしていないんだろう。父親から見たら自分ぐらいの歳の男に娘を取られるなんて、かなり複雑な思いのはずだ。
「申し訳ありませんが、それについては保留にしておいて下さい。あまりに責任が大きすぎて即断できかねます」
「そ、それでは、一緒に寝るだけでも……」
プリムラさんの顔は真っ赤だが食い下がるなぁ。
「う~ん、寝るだけ。寝るだけですからね」
一応、念を押す。
「はい!」
プリムラさんにピンクの寝間着を出してあげて、一緒に寝ることになってしまった。
何が悲しゅうて、こんなオッサンをご指名なのか。まったくもって意味不明。
しかし相手は取引先のお嬢さんだ。小遣い稼ぎの宿屋のアザレアと寝るのとは、わけが違う。
暗い中、一つのベッドで彼女と2人。
プリムラさんが抱きついてくると、温かい体温が伝わり、漂ってくる何かの香り。
石鹸だろうか? それとも香水のようなものか?
しかし本当に良いのだろうか?





