212話 お引越し
南の港町であるオダマキで船の注文をして、スケルトンを倒し、転移の魔法陣まで見つけた。
中々のハードスケジュールだ。
鉱山の中にできたダンジョンは辺境伯領の管轄になったので、頑丈な鉄の扉をつけてもらうことになった。
領主である男爵は、スケルトン討伐の代金としてもっと大きな対価を請求されるかと思っていたらしく、すんなりと所有権を俺に渡してきた。
俺としても、金貨よりも転移の魔法陣のほうが重要だ。
これで船が完成したときも、すぐにオダマキまでやって来られるだろう。
サクラから一番遠い街が、隣街になったようなもんだからな。
まるで買い物に出かけるように、オダマキを訪れることが可能になるかも――。
その前に、サクラの近くにある台地の上を調べる必要がある。
ニャメナは、転移門の出口はアキメネス近くだと言っていたが、正確な位置は不明だ。
帰り際、新たな貴族の訪問を受ける。
ここを訪ねた貴族たちが、贈り物に白金貨をもらったと聞いて飛んできたのだろう。
なんとも浅ましいような気がするが、裕福な貴族ばかりではない。
実際、アストランティアの貴族も俺からもらった白金貨をすぐに換金して、借金返済に使った者もいるぐらいだ。
一応、自己紹介と社交辞令をしたあと、白金貨を渡してお引取り願う。
「やれやれ……」
「はは、領主様は大変だな」
アキラは笑うが、領主になってしまったからには、仕事をしなくてはならない。
一息つくと、サクラに帰る準備をする。
テーブルや椅子、コンテナハウスを収納して車の用意。
人数が増えたので、俺はハ○エースを出した。
ラ○クルにギチギチに乗るより、余裕があったほうがいいだろう。
街道の道は悪くないので、ワンボックス車でも十分だが、途中の街で領民を拾っていかないと駄目だ。
そうなると、ハ○エースでは乗り切れないので、久々にコ○スターの出番かな?
アキラの車には、マロウと新しくサクラに来る犬人、アマナ、メイドのマーガレットそしてカールドンが乗り込む。
カールドンは一応貴族なのに、平民のアマナや獣人と一緒に乗せても平気なのでありがたい。
まぁ、彼にとっては研究以外のことは些事なのだろうけど。
そのカールドンは寝不足のような顔をしている。
「カールドン大丈夫か?」
「ケンイチ様、ちょっと徹夜をしてしまいまして」
「面白いおもちゃをもらったからって、はしゃぎ過ぎだろう」
「そのとおりでございます――お恥ずかしい。しかし、ワクワクが抑えきれずに、寝ている場合ではございません」
「まぁ、俺にも経験があるよ。目を覚ますと、すぐに机に向かったりしてな」
カールドンが苦笑いをしている。
この感じだと、車の中で寝てしまうかもしれないな。
俺のハ○エースには、アネモネ、プリムラ、アマランサス、そして獣人たち。
森猫たちと、移住する三毛の親子も一緒だ。
ペットのスライムも積み込んだ。
準備ができたので、屋敷の庭でシュロに最後の挨拶――娘のキキョウもシュロの横に立っている。
「しばらく世話になってしまったな」
「いいえ、魔物からオダマキを救った英雄をお世話できたと、末代まで自慢ができまする」
「それなら早く孫を作らんとな」
シュロがキキョウを見ている。
娘のキキョウも、俺のことをキラキラした瞳で見ているのだが――なにか、後ろから黒い視線を感じる。
「おっと、俺は駄目だぞ。正室から、これ以上増やすなって言われてるからな」
それを聞いた、シュロ親子ががっかりした表情を見せた。
話を変えないと――。
「魔物を倒したといってもアイテムBOXに入れるという、あまり格好いい勝ちっぷりじゃないけどな」
「滅相もございません。あのようなことができるのは、王国広しといえども、辺境伯様だけでございましょう」
そこにアキラがやってきた。
「はは、たしかに。帝国にもあんなことをできるやつはいないな。それにしても、アンデッドをアイテムBOXに入れるとはな」
「帝国の竜殺し様もご一緒にお世話できましたこと、シュロ商会の自慢とさせていただきます」
「俺は、おまけみたいなもんだから。それに、今回はまったくいいところなしだったし」
「ちょっと相性が悪かったな」
「まったくだ」
車の用意ができたので出発――シュロ親子に、皆で窓から手を振る。
俺たちは、色々とあったオダマキの街から出た。
青空の下、坂道に連なる白い壁が美しい街並みや、美味しい海の幸ともお別れか。
シャングリ・ラで海鮮を買えるといっても、やはりとれたてにはかなわない。
それに獣ほどじゃないが、獲ってすぐに血抜きをしたほうが美味いと思う。
シャングリ・ラで売っている魚は、よほどの高級魚でない限り、そのような処置はされていないと思う。
アキラの車を先頭にして街道を走り、なにごともなく進む。
「丘を越え行こうよ~」
アネモネが歌を歌う。
俺がいつも歌っているので、覚えてしまったようだ。
「にゃにゃにゃ~」
ミャレーも吊られて歌うのだが、歌詞も覚えていないし、あまり上手くない。
「うるせぇ、クロ助!」「そうだよ、歌下手だな」「へたぁ」
小さい声で下手と言ったのは、三毛の娘のようだ。
子どもにも下手と言われて、珍しくミャレーが落ち込んでいる。
アキラに帝国の領地の話を聞く。
「アキラ、帝国にも貴族が治めていない土地ってのはあるのか?」
『一応、建前ではないことになっているが……行くのに数週間かかる僻地の面倒とか見たくねぇだろ?』
「まぁ、そうだなぁ」
そんな僻地の面倒を見ても、得られるのは僅かな税金と年貢だけ。
とてもじゃないが、割りに合わないってことらしい。
『そういう場所が結構あるから、領主になりたいってやつがいれば、すぐになれるぞ』
「でも、僻地じゃ苦労するだろ?」
『まぁな。苦労するのに、運営に失敗すれば叱責や罰則があるし』
最初から無理ゲーをやって、それで罰金を取られたり、位階を下げられたりしたら目も当てられん。
「それじゃ、そういう場所はどうやって治められてるんだ?」
『ケンイチのような辺境伯ってのがまとめて面倒をみるが――税金は取らないから、面倒も見ないってのが普通だ』
「それは統治しているといえるのか?」
『そうだな。けどな、他国との国境沿いなんかは、僻地でもしっかりと面倒を見ているからな』
「場所によりけりってことか」
『そゆこと』
戦略的、政治的にも重要な地点は、多少赤字でもしっかりとフォローするらしい。
そう考えると、どんな僻地でも国政が行き渡っている日本ってのは、金持ちの国であるといえる。
そのまま車列は進み、その日の夕方には――街道の途中にある集落が見えてきた。
ここには、サクラへの移住を希望している住民がいる。
ボロボロな塀と簡素な門を通り集落の中に入ると、粗末な服を着た住民が集まってきた。
「前にここを訪れたケンイチ・ハマダ辺境伯だ。村長を呼んでくれ」
俺の姿を見た住民たちが、慌てて村長を呼びに向かった。
「どのぐらい、移住するかな?」
車を降りてアキラがやってきた。
「村人は全部で30人ぐらいだったな? それじゃ10人から半分ぐらいは……」
「まぁ、そんなもんだろうな」
ところが、村長がやってきたので、彼に話を聞くと――。
「え?! 全員?!」
「はい」
なんと、村人の全員が移住希望らしい。
「難しいでしょうか?」
「いや、30人ぐらいならなんとかなるから、大丈夫だ」
「「「おおっ!」」」
コ○スターを出して、詰めて乗れば30人ぐらいはいけるだろう。
家や荷物は、俺のアイテムBOXに入れるわけだし。
「それじゃ、ここに半日滞在して引っ越しをしないと駄目だな」
「引っ越しの準備はどのようにすればよろしいのでしょうか?」
「ん~、心配いらない。各人の家ごと俺のアイテムBOXに収納するから」
「「「家ごと?!」」」
住民たちから驚きの声が上がる。
なんのことはない。家をアイテムBOXに収納すれば、生き物以外はすべて収納されてしまう。
荷造りの心配は要らないと、村長に伝えた。
「そ、そのような夢物語のようなことが……」
「ここで空き家を買ったじゃないか。あれとおんなじだ。家を収納すれば、家具も荷物も全部いっしょに収納される」
「「「おおっ!」」」
「それじゃ、引っ越しの準備は要らないってことでしょうか?」
住民たちの中から、女性の声が聞こえた。
「そのとおりだ」
「「「おおっ!」」」
「明日の朝飯が終わったら、家を収納していこう」
俺の説明に住民たちも納得したようだ。
とりあえず、うちの住民になるなら、服ぐらいはプレゼントしようか。
皆が、ボロボロの服ばかりだからな。
とりあえず丈夫で作業にも使えるとなると、ジーンズか。
シャングリ・ラを見ると、スリムなタイプが多いが、ちょっと余裕のあるタイプを買おう。
住民たちを見ると、ずば抜けて身体がデカいとかそういうタイプもいないようだ。
サイズをバラバラに1着3000円のジーンズを30着買う――9万円だ。
女はスカートだが、ズボンも穿けるだろう。
一緒に麻のシャツも買う――こちらも3000円だな。
同じく30着買う。
あとは、女性ものだな。麻のワンピースとスカートを15着ずつ。
全部くるぶしが隠れるロングのものをこちらも両方3000円だ。
「ポチッとな」
空中から、ジーンズやシャツ、スカートがドサドサと落ちてきた。
「こ、これは……」
「領民になった祝いで服をやる。大きさが合わないという者がいたら、教えてくれ」
「こんなにたくさんの服を……」
「余ったら、村長が預かっていてくれ」
「承知いたしました」
山になっている服に村人が群がり始めた。
シンプルなものばかりだが、ボロボロの服よりはいいだろう。
「村長、俺たちは前と同じように、村の外れで宿泊をするから」
「かしこまりました」
「そうだ、肉を食うか?」
アイテムBOXに入りっぱなしになっている黒狼を取り出す。
とりあえず、たくさん入っているので、消費してもらわんとな。
ギルドに売ってもいいんだが、俺たちだけいいにおいをさせて夕飯を食うわけにもいくまい。
「「「おお! 肉だ! また肉が食えるぞ!」」」
住民たちが、喜んで黒狼を解体している横で、俺たちは宿泊の準備を始めたのだが――。
ワルターのことを思い出した。
犬人は黒狼を崇めているという話だったはず。
彼のほうをチラ見すると、少し悲しそうな顔でちょっと手を上げた。
黒狼が、獲物や害獣として駆除されているのを知っているので、なにも言わないのだろうが――彼には、黒狼との戦闘には参加させられないな。
コンテナハウスを出して食事の用意だ。
部屋を出すと、すぐにカールドンが中に入ってしまった。
彼は研究をしたくて仕方ないようだ。
俺たちの飯の準備を横目に、森猫たちがパトロールに出かけた。
一日中、車に乗りっぱなしだったので、ストレスが溜まったのかもしれない。
夕飯のメニューは、無難にカレーにした。
「はうう――やはり、このカレーは美味」
マロウ商会のマーガレットがカレーを頬張って、恍惚の表情を浮かべているが、本当にサクラに来るつもりだろうか?
「美味いにゃ~」「カレーはいつもうめぇ!」
猫人たちからちょっと離れた場所で、犬人もカレーを食べている。
「う、美味い!」
初めて食べたカレーにワルターが大声を上げた。
カレーはご飯じゃなくて、パンにつけて食べている。
猫人が香辛料料理が好きなのは知っているが、犬人もカレーは好きなようだ。
「犬コロに、カレーの旨さが解るとは思わなかったにゃ」「まぁ、犬コロも人並ってこったろ?」
ミャレーとニャメナの嫌味を聞いたワルターが「やれやれ」といった顔をしている。
「こ、こりゃ美味いよ!」「うん!」
三毛のミーケと娘も一緒にカレーを食べて喜んでいる。
「可愛いねぇ……」
アマナはカレーを食べているミーケの娘を見てニコニコ顔だ。
「そんなに子どもが好きなら、孤児院でもやればいいだろ」
「はっ、旦那はそう簡単に言いますけどね。これが必要でしょうよ」
アマナが指で丸を作る。
「金なら、俺が援助してやるが」
「本当ですか?!」
「ああ」
サクラにも簡単な学校を作るつもりだしな。
成績優秀者には、王都への留学もさせるつもりだ。
もちろん、卒業したあとは、辺境伯領への就職が条件になる。
商人になりたいやつには、マロウ商会を紹介すればいい。
商会はこれからデカくなるので、優秀な人材はたくさん必要だ。
「旦那は相変わらず――」
「人がいいと言いたいんだろうが、これはあくまで領のための優秀な人材を拾い集めるためだ」
「そういうことにしておきますよ」
彼女にやる気があるようなので、任してもいいだろう。
シャガの所から連れてきた女たちの仕事を世話したりと、面倒見がいいのは解っている。
彼女ならいい先生になってくれるに違いない。
アマナと話していると、アキラがやってきた。
「ケンイチ、ビール!」
「ホイ、エ○ス」
「おおっ! サンキュー、マイ・フレンド!」
「運転おつかれさん」
「ああ、もうちょっと道が良ければなぁ……」
アキラがビール缶のプルトップを引くと、一口飲んだ。
「まぁしゃーない。それよりも――そろそろレイランさんが、恋しくなってきたんじゃないか?」
「ははは、そうだな」
アキラと話しながらカレーを食べていると、森猫たちがパトロールから戻ってきた。
「お母さん、なにかあったかい?」
「にゃー」「みゃー」
なにもなかったらしい。
彼女たちには、猫缶を出してやる。
森猫たちに猫缶をあげていると、マロウがやってきた。
「ケンイチ様、娘から聞きましたぞ」
「あれかい?」
「はい」
あれっていうのは、転移門のことだ。
彼なら話しても大丈夫だな。
「魔力をすごい消費するから、簡単には使えないぞ」
「商売に――というのは無理でございますか……」
「俺がオダマキに船を見に行ったりには、使うつもりだけどな」
商売に使えないと知ってマロウは残念そうだ。
過去に、あれをどうやって使っていたかは不明だが、相当の魔力が必要だったろう。
それとも、それを補うためのなにかがあったのだろうか。
たとえば超巨大な魔石があれば、それを電池代わりにして駆動することも可能だと思う。
彼にも、孤児院と学校のことを話す。
「いいですな。読み書き計算から商会で教えるとなると、中々に大変ですからな」
学校や孤児院で、ある程度のフルイにかけることができる。
子どもをフルイに――なんて少々可哀想だが、俺も領主になったからには割り切りが必要だ。
全員が平等に――なんて理想がかなえばいいが、実際はそうはいかない。
領のためにも、能力がある人間を優先しなくてはならないのだ。
「ケンイチ――」
マロウとひそひそ話をしていると、プリムラとアマランサスがやってきた。
「その他の場所とつながる門というのは、他にもあるのでしょうか?」
「遠距離の移動に使われていたとすれば、他にもあるのかもしれないな」
王家や帝国の古書にも登場するらしいし、メジャーな移動手段だったのかも。
「……」
アマランサスはなにも言わず、俺にべったり。
「どうした?」
「あれを自在に使えるようになれば、妾と聖騎士様との理想の国が我が手の中に」
「あまり物騒なこと考えるんじゃないよ。でも、実際に使えれば、かなり強力だろうな」
「その通りですわぇ」
そこに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ケンイチ様!」
暗闇からやってきたのは、カールドンだ。
「どうした?」
「これを見てくださいませ」
彼が差し出したのは、手作りだと思われる木製の車の模型。
金属製の板バネを使った、本格的なサスペンションを備えている。
おそらく、俺が乗っていたハ○エースのサスペンションを模倣したものだろう。
以前、彼が車の下に潜り込んだりしていたので、そのときに構造を把握したのかもしれない。
「よくできている……マロウ見てみろ」
「はい……これは!?」
「こういう金属の板を使うことで、馬車の乗り心地を改善することができる」
「そのとおりでございます。ケンイチ様の召喚獣の足回りを参考にいたしました」
やっぱりか――あんなチラ見しただけで、構造を把握してしまうとは……。
カールドン、恐ろしい子!
彼なら、あの魔法の箱の原理も解明してしまうかもしれない。
マロウも手で持った車を動かして、ビヨンビヨンと跳ねるサスペンションの動きを確認している。
「それでは、こういう構造を取り入れれば、ケンイチ様の召喚獣のような乗り心地にできると?」
「そうなのですか?」
必死に考え込んでいるマロウとは違い、プリムラにはいまいちピンとこないようだ。
こういう玩具は、男のほうが解りやすいのか。
ドライジーネのときもバカウケしていたしなぁ……。
「あそこまではいかないと思うが、かなり改善できると思う」
「そうです。ケンイチ様の召喚獣は柔らかい素材を使った車輪を穿いております。あれもかなり乗り心地に貢献していると思われますので……」
ゴムか――この世界にゴムなんてあるかな?
「か、カールドン様。これを貸していただけませんか?」
「それは試作品ですから、それでよろしければどうぞ」
「早速、ダリアに戻ったら、ウチの馬車を使って試作してみなくては!」
マロウは馬車の改造をやるつもりだ。
商売になると踏んだのだろう。
馬車の乗り心地に不満を持っている者は多いから、皆が飛びつくに違いないが、この世界には特許がないからな。
すぐにパクられそう……。
アマランサスが俺に抱きついているのを見て、我慢できなくなったのかアネモネがやって来た。
「もう、アマランサスくっつきすぎ!」
「んふふ……」
アマランサスが本気で抱きついたら、アネモネの力では引き離せない。
アネモネは不満があるようだが、今日はアマランサスの日だ。
彼女も我慢しきれないのだろうが、あの転移門を見てから俺へのべったりが止まらない。
よほど、なにかの琴線に触れたのか。
飯を食い終わったので、寝室用のコンテナハウスを出す。
今日、一緒に寝るのは、アマランサスとプリムラだ。
今日もベッドの上ではアマランサスが尻尾と耳をつけている。
「プリムラ、一緒に真似することはないんだぞ?」
「私も好きでやっているんだから、いいんです!」
それならいいが……プリムラと話している間も、アマランサスが俺の身体を舐め回している。
「そんなに国を作りたいなら、正室を望めばいいだろう?」
「……」
俺の問いにもアマランサスは黙ったままだ。
「それじゃ、帝国にあるという若返りの神器があったら?」
「……」
黙っているが、目の前にそれがあったら、彼女は豹変するかもしれない。
これだけの女性が、野心がないとは到底思えないし。
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――サクラへの移住希望者がいる村にやって来た次の日。
朝飯を食うと、早速仕事を始めた。
この村の住民たちは、全員移住を希望しているらしい。
そのため、ここにある家を全部アイテムBOXに入れて、サクラに村ごと移築する。
村の住民たちが見ている前で、最初の1軒がアイテムBOXに吸い込まれた。
村の運命を決めるイベントに、全ての村人が総出で見守っている。
「「「おおお~っ!!」」」
「すごい!」「本当に家が消えた!」
住民たちの荷物は、家の中に入っているので、このままサクラでアイテムBOXから出せば引っ越し完了だ。
荷物を運ぶ普通の引っ越しより簡単。
目の前で起こる信じられないできごとに、ヤンヤの喝采が飛ぶ。
村長によると、家が20軒――住民が30人だと言う。
その中には、俺がシャガから助けた女性も含まれている。
シャガの所からこの村に戻っていた彼女がつぶやく。
「私がシャガ一味に捕まって、良かったのか悪かったのか……」
それを聞いたプリムラもうなずいた。
「私もそうですよ。シャガに捕まり、ケンイチが助けにきてくれなければ、彼の傍にはいられなかったかもしれません」
「そうかにゃ? プリムラなら、ケンイチを地の果てまで追い詰めそうな気がするにゃ」「ははは……」
笑うニャメナをプリムラが睨んだので、獣人たちは口を閉じた。
「それを言うなら、ミャレーだって、ケンイチを追いかけてたでしょ?」
「ムフー! 獲物は絶対に逃さないにゃ!」
「お嬢様は欲しいものは絶対に手に入れる方なので……」
「絶対ということはないでしょう? マーガレット?」
「いいえ、私が知る限りでは絶対に見逃したことはありませんでした」
プリムラとマーガレットの付き合いは長いらしいので、彼女の言うことは間違いないのだろう。
「ケンイチ、モテモテだな」
アキラが笑っているが、女たちからの視線が怖い。
これ以上増やさないようにしなくては……。
そんなことをしているうちに、住宅の収納が済む。
村には建物が1軒もなくなり、完全な更地になってしまった。
そこに村長が、看板を建てた――村の移転のお知らせである。
もしかして、訪ねてくる人がいるかもしれないからだ。
「村が丸ごと移転って信じてもらえるのかな? はは」
「そう仰いましても、事実ですから」
あとは、アイテムBOXからコ○スターを出して、皆を乗せる。
ペットのスライムは、後部にトランクがあるので、そこに入れた。
このコ○スターは29人乗りらしいが、通路に補助席を出して詰めて無理やり乗せる。
アキラにハ○エースを運転してもらい、俺の家族はそちらに乗せるつもりだったのだが――俺と一緒がいいというので、無理やり乗せることになってしまった。
まぁ、なんとかなるだろう。
「それじゃ、出発するぞ」
「「「おお~っ!」」」
「皆、顔が明るいんだが、名残惜しいとかそういうのはないのか?」
「「「いいえ、全然!」」」
皆がお互いの顔を見合わせると、声を揃えた。
本当は、皆が引っ越したかったのに、どうにもできなかったので住み続けていただけなのだ。
生まれ故郷とか、そういう郷愁みたいなものもないらしい。
ただただ、ここから離れたいだけのようだ。
そのぐらいに、ここでの生活は厳しかったのだろう。
車を発進させる。
「おおっ! 動き出した!」「すごい!」「馬車と違って、全然揺れないぞ!」「この椅子も貴族様が座るような椅子だ!」
村人たちには好評である。
俺たちは、更地になってしまった村をあとにした。





