204話 領主の嫉妬
船の建造をするためにオダマキという港町にやってきていたが、それにもめどがついた。
カールドンが船大工の所に泊まり込み、設計の打ち合わせをしてくれたお陰だ。
彼は、まだ聞きたいことがたくさんあったようだが、船大工の親方に泣きつかれてしまう。
カールドンが根掘り葉掘り聞いたせいだろう。
なにはともあれ、俺がこの街にやってきた大きな仕事のとりあえずの目処はついた。
残る仕事はこの街の領主との面会だけだ。
現在、この街の大店であるシュロの仲介で、返答を待っているところだ。
前々から話を通してあったとはいえ、領主も忙しい身分ゆえ、すぐには返答はこないだろう。
シュロの屋敷に滞在して4日ほどたった、ある日――。
返答を持ってシュロが俺の所にやってきた。
「領主のハナミズキ男爵が会ってくれると?」
「はい、ケンイチ様の船の話にも、大変興味を持っておいででした」
別に船の話は秘密でもない。
船大工たちにも、コアモーターを見せてしまったのだから、すぐにこの街の連中にも噂が広がってしまうだろう。
作りは単純なものだが、魔導具なので簡単には真似ができない。
元々はゴーレム魔法なので、魔法としてもかなり高等な部類に入るためで、街の魔導師たちに作るのは無理がある。
幼いのに天才的な能力を発揮して、そんな魔導具を簡単に作れてしまう、アネモネが規格外なのだ。
さすがに領主の所に行くのに、皆でわいわいと押し掛けるわけにはいかない。
それに、この街の貴族街は崖の上だ。
そこに行くためには崖に設置された階段を上っていかなければならないため、いつもの車は使えない。
オフロードバイクなら階段も上れると思うが、街の人々も使っている階段で爆走しては、迷惑がかかるだろう。
いくら貴族になったとはいえ、あまり好き勝手な行為は慎まねばならない。
連れていくのは護衛のアマランサスだけだ。
現在奴隷の身分である彼女を同行させることも、領主に許可を取ってある。
俺も貴族になったというのに、貴族というものに偏見があるようで、それを改めなければならないと思ってる。
貴族イコール酷いものだという、元世界の刷り込みがあるようだ。
マロウやプリムラから話を聞くと、そういう貴族もいるらしいのだが――シャガと結託して、プリムラをさらった貴族もいたしな。
ここの領主はそういう輩とは一線を画する人物らしい。
街を見ても繁栄しているし、政も上手くいっており住民たちにも不満があるようには見えない。
能力のない形だけの貴族ではこうはいかないだろう。
位階は男爵なのだが、陞爵を何回も断っている変わり者らしいし。
「私も行くー!」
だだをこねているのはアネモネだ。
「はいはい、ダメダメ。大人しく待ってなさい」
「ぷー」
護衛の魔導師として彼女を連れていくことも可能だし、ゴーレムを使えば崖の階段も楽にあがることができるかもしれない。
車が使えるなら、連れていってもいいのだがなぁ。
まぁ、アネモネには大人しく待っているように伝える。
頬を膨らませているが、彼女には了承してもらった。
難しい年頃だな。
女の姉妹もいなかったし、そういう経験もないので扱いが少々難しい。
一応、プリムラやアマナの意見を参考にして、アネモネの対応をしている。
アマランサスは特殊すぎて参考にならない。
いい服に着替えると、車で貴族街に向けて出発する。
崖の階段は車で走れないが、崖に行くまでは車が使える。
そこまで行ったら、アイテムBOXに車を入れればいいのだ。
一緒に商人のシュロと、娘のキキョウが同行する。
今日はアマランサスが助手席だ。
「ほんじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
プリムラとマーガレットにお見送りされた。
ミャレーとニャメナたちは――ベルやカゲ目的で集まった獣人たちとなにやらもめている。
彼女たちが気になるが、時間が決まっているので俺は領主の所にいかなくてはならない。
獣人たちの仲裁は、アキラに頼んだ。
「アキラ悪い。頼んだ」
「オッケー。まぁ、いつものあれだろ?」
「まぁな。頼む」
獣人たちは、強いリーダーの下に群れたがる習性がある。
森猫を飼っていて、複数の獣人の愛人を抱えているなら、自分たちも――と考えるのは普通のことなのだ。
シュロ邸を出ると、青い空と白い雲の下、狭い通りを進む。
坂道には白い壁が連なり、この街の景色を彩る。
ちょっと横を見ると、アマランサスがニコニコしている。
「アマランサス、嬉しそうだな」
「それはそうじゃ! ずっと聖騎士様の隣に座りたいと思うておったわぇ」
「それなら奴隷じゃなくて、正室を主張すればいいだろ? お前なら可能なはずだ」
「そ、それは……」
「まぁ、なにか理由があるんだろうが」
「理由などないわぇ。妾がそうしたいだけじゃ」
この会話は後ろにも聞こえていると思うのだが、シュロ親子にはなんのことだか解らないだろう。
アマランサスを助手席に乗せ、しばらく走ると切り立った崖が見えてきた。
崖を削り出し、白い壁と同じ材料で固めた斜めのジグザグが頂上まで続いている。
幅は1m半弱。なるほど、これじゃ小さな馬しか上れないな。
荷物を担いで上っている獣人たちの姿も多い。
皆と一緒に車から降りると、鉄の召喚獣をアイテムBOXに収納した。
階段の下には、貴族たちの厩や車庫が並んでいる。
ここまで降りてきて、馬車に乗り換えるようだ。
「へぇ、こりゃ凄いな。天然の要塞だ」
戦の防御のため――と考えればこういう地形に貴族街を作るのは理にかなっている。
元世界の城郭も丘の上などに作られたものが多々あった。
崖の高さは15mほどで、サクラにある崖より高い。
周りには白い鳥がたくさん飛んでおり、崖に巣を作って繁殖しているようだ。
「要塞――まさに、そのとおりじゃのう」
「サクラにある崖もこんな感じにして、上に貴族街を作ればいいかもしれない」
「ケンイチ様の領地も、このようになっているので?」
シュロがサクラのことを聞いてくる。
「ああ、すぐとなりに高い台地があるんだが、かなり広い。アストランティアから見える台地の話は聞いたことがないか?」
「平らな山がずっと続いていると……」
「それだ」
「段差で身分を分けてある街というのは、帝国にもあるようですよ」
キキョウが帝国のことを教えてくれる。
棲み分けがしやすいのだろうが、でもこの階段を見ると移動が大変そうだな。
一緒についてきたシュロは脚が悪い。
階段の下にいた馬子に金を払い、階段を上ることができる小さな馬に乗せてもらうらしい。
ポニーのような馬がたくさんおり、人や荷物を運び階段を行き来している。
獣人たちに背負ってもらうのもありだろうが、そういうのに抵抗がある人もいるのだろう。
俺は平気だし、ここでは獣人たちが重宝されているとはいえ、彼らを下に見ている連中はそれなりにいる。
「帝国と貿易をしているから、帝国の情報も入ってくるのか」
「はい」
「俺の考えている船が成功して、もっと大型のものが作られるようになれば、貿易ももっとはかどるようになるぞ」
先頭を馬に乗ったシュロが歩き、そのあとを俺たちがついていく。
「なにせ、風を待たなくてもいいわけですからな」
シュロ親子が、海の航路について説明をしてくれる。
「月によって、凪になることが多いのですよ」
逆に嵐が来ると出港できなかったり、座礁の可能性がある。
沖には出ずに、ずっと海岸沿いを使って貿易をしているので、遭難することは少ないようだ。
「少ないけど遭難するってのは、なにが原因なんだ?」
「海獣です」
「海獣? たとえば?」
「やっぱり、一番の脅威はシーサーペントじゃないでしょうか」
シーサーペント――海竜ってやつらしい。
空飛ぶドラゴンがいるなら、海にもドラゴンがいるってことか。
確かに、そりゃヤバい。
階段の途中、背負子を背負ったムキムキの男の獣人たちとすれ違う。
半ズボンに簡単な革のベストを着ているが、彼らはこんな恰好が多い。
「おっ!?」
すれ違った瞬間、獣人たちが声を上げて、振り返った。
「なんだ?」
俺も上る脚を止めると振り返ったのだが、獣人たちが寄ってきて、交互に俺の身体をクンカクンカしている。
「これは森猫様の匂いか?」
森猫の匂いってのは特徴的なのだろうか?
「ああ、うちには森猫がいるからな」
「それにいい女の匂いもする」
「まぁ、いい女もいるが」
「旦那の所に遊びに行ってもいいか?」
「はは、そりゃ困るなぁ。いまでも獣人たちが押しかけてきて、困っているからなぁ」
泊まっている所が、大店の商人であるシュロの所であると告げると、彼らは引き下がった。
「えっ!? そんな偉いところに世話になっているとか……」
「俺は貴族だからな」
「こりゃ、おみそれいたしやした」
多少、見た目を良くしても、獣人の女の匂いをさせている男が貴族には見えなかった――ということなのだろう。
それに荷物を運んだりしている獣人たちで、シュロの名前を知らない者はいない。
トラブルでも起こしたら、仕事がなくなってしまうからだ。
獣人たちに別れを告げると、再び階段を登り始めた。
しかし、森猫の匂いってやっぱりするんだな。
風呂に入ったり魔法で綺麗にする度に、ベルや獣人たちがスリスリするからな。
しかし、長い階段だ。
俺は祝福があるから、疲れると自動回復が働く――ただし腹が減る。
アイテムBOXから、カロリーバーを取り出してかじる。
「アマランサスは平気か?」
「問題ないわぇ」
彼女はすごく鍛えてあるからな。
それに以前にも考えたことがあるが、彼女にも祝福の力があるのではないかと考えている。
リリスは他の人に祝福を与える能力だが、アマランサスは祝福の力を自らに内包しているのではないだろうか?
「キキョウは?」
「平気です! この街の住民は、生まれたときから坂道とともに生きてますから」
多分、足腰はかなり強いと思う。
10分ほどかけて階段を上った。
結構キツイが、毎日これをやっていたら相当体力がつくと思われる。
俺も毎日サクラの崖を上るべきか?
崖を上ったので再び車を出す。
100mほど離れた場所に城壁と門が見えるのだが、シュロの脚が悪いので、車に乗せたほうがいいだろう。
「ケンイチさまの鉄の召喚獣は便利この上ないですな」
「出したり引っ込めたり自由自在だからな」
「この街にもそのようなものがあればよいのですが……」
「魔導師なら許可があればゴーレムも使えるが」
「そのような魔法を使える大魔道師が、ここには滅多に来ませんし、建築にゴーレムを使いたいといっても、国の許可を取るのに何ヶ月もかかります」
「俺は辺境伯だからゴーレムは使えるぞ?」
「そうなのでございますか?」
俺の話を聞いたシュロが驚く。
ゴーレムの起動に国の許可が必要なのは皆が知っているのだが、辺境伯がその権限を持っているのはあまり知られていないようだ。
「俺の所に小さな大魔導師がいるだろ? 彼女は王都の大魔導師にも匹敵する能力の持ち主だ」
「なんと、あの子どもが……」
「彼女は――子どもって言われるとすごく怒るので、言わないように」
「う……承知いたしました」
「それに魔導具で船が進む仕掛けを見ただろ? あれを馬車に使えば、馬なしで動かすこともできるようになる」
「本当でございますか?」
「ああ」
コアモーターのトルクがどのぐらいか解らないが、変速ギアを開発できれば、坂道も登れるはずだ。
それとも自転車の電動アシストのように、普通の馬車にコアモーターを使うか。
皆で車に乗り込むと、貴族街を目指す。
100mほどですぐに石で作られた門に到着する。他の地方と違うのは、石と石の間が白い目地で覆われているところか。
その城壁で囲まれた中に街があるらしい。
衛兵がいるので停められて、革でできたアーマーを着た兵士に覗き込まれる。
ヘルメットはかぶっていないが、手に槍を持ち腰には剣を差す。
装備をつけていると暑そうだが、大丈夫なのだろうか?
「商人のシュロか? この鉄の乗り物は?」
シュロは有名人で、ここにも出入りしているのだろう。
門番にも顔を覚えられているようだ。
「これは辺境伯様の魔法で作られた、鉄の召喚獣でございます」
「召喚獣?」
「ケンイチ・ハマダ辺境伯だ。ここを治めるハナミズキ男爵に会いにきた」
俺の言葉を聞いた衛兵が直立不動になった。
「これは辺境伯様! 連絡を受けております!」
こんな門番の所まで命令がちゃんときているのか。
この領地はキチンと成り立ってるなぁ。
俺の力で、ここまでできるのだろうか?
どう考えても、リリスとアマランサスの手助けが必要だな。
さすが貴族街だ。庭付きの立派な屋敷が並んでおり、壁は白く屋根が赤い美しい建物が並ぶ。
下の街は四角く平らな屋根の家が多かったのだが、貴族街の建物には屋根がある。
広さはそれほど広くなく、大小合わせて30棟ぐらいだろうか。
「大分、他の地方とは趣が違うなぁ」
シュロに聞くと――石で組んでから、上に化粧の白いコンクリートを塗っているらしい。
「そうじゃのう」
「赤い屋根は、どういう塗料を使ってるのか解るかい?」
赤い屋根が気になるので、後ろのシュロに聞いてみたが、キキョウが答えてくれた。
「ケンイチ様、海から出る赤い石を砕いて混ぜているんです」
赤ってサンゴかな?
「それって貴重なものじゃ……」
「海に潜れば沢山あるのですが、加工が大変なので貴族様しか使っていませんね」
「まぁ、普通の家なら装飾より、実用性が第一だし……」
街の中心にある、白い塀に囲まれている領主邸に到着した。
他の屋敷と同じく白い壁と赤い屋根が美しい。
門番に挨拶する。外の城壁の門番と同じように、革のアーマーを着込んでいる。
「ケンイチ・ハマダ辺境伯だ。ハナミズキ男爵に会いにきた」
「ようこそお越しくださいましたハマダ辺境伯様。領主様がお待ちでございます」
「ありがとう」
そのまま庭を車で進み、屋根のある屋敷の玄関に到着した。
黒塗りの扉が俺たちを出迎えてくれたが、まだ開かない。
車から出て、庭全体を見渡す。
普通の屋敷には花畑がある庭があるのだが、ここには何もない。
道の白い石畳の他には芝生のような緑が広がっている。
これはこれで綺麗だが。
芝生の青さに感動していると、木の扉が開いた。
出てきたのは、浅黒い肌をした黒いロングのメイド服を着た若い女性。
黒い髪の毛を上でまとめて、メガネをかけている。
男爵に会いにきたことを伝えた。
「どうぞこちらへ」
一階に入ると玄関ホールで両脇に階段がある。
色々と他の地方とは違い特色のある場所であるが、この作りは共通のようだ。
白いと言っても大理石ではないので、超豪華ってわけでもないとはいえ、やはり美しい。
床には赤い絨毯が敷かれており、紅白の対比も、日本人としてはなにやらおめでたい気分に浸れる。
ホール左側の客間に案内された。
ここも白い壁の部屋に赤い絨毯が敷かれている。
低い四角いテーブルとソファー、使われている材料は違うが、様式は似ているのか。
ここでは木材が貴重ということなので、家具などは内陸のほうが質がいいように見える。
ソファーに座ると、メイドが白い器に入った飲み物を持ってきてくれた。
一口飲む――ミントのような口の中がスースー系の冷たいお茶だ。
シュロ親子と3人でお茶を飲むが、アマランサスは俺の後ろに立っている。
メイドもひと目で彼女が奴隷だと解ったので、アマランサスの分のお茶はない。
「少し飲むか?」
「……」
黙っているので、カップを彼女の口元に近づけて飲ませてやる。
「結構美味いよな」
「聖騎士様、奴隷にこのようなことをすると、品位を疑われますわぇ?」
「ははは、別に構わんよ」
貴族の品位なんて、俺にとってはどうでもいいことだ。
ミントか――ミントが欲しければ、シャングリ・ラでミントの苗を買えばいいのだが、ミントは生物兵器とか言われるぐらいに爆発的に増えるからな。
迂闊に植えることができない。
それをいったら、俺がスライム駆除で使おうとしている除虫菊もヤバそうではある。
お茶を飲みながら白い壁の部屋を見渡す。
「ここで使われる石灰の鉱山ってのはどこにあるんだ?」
「この貴族街から、数リーグ(5~6km)離れた場所にございます」
「この高台にあるのか」
「いいえ――高台を下ると崖があり、そこに洞窟があります」
街側は崖だが、反対側はなだらかな坂らしい。
「そこが鉱山になっているわけか」
「はい」
鉱山は海に繋がっており、石灰を運んでそのまま海に下り、船を使ってオダマキの街に持ち込んだり帝国へ輸出しているらしい。
話しながらお茶を飲んでいると扉が開いた。
入ってきたのは、金糸の黒い服に黒いマントをした30歳ぐらいの黒髪の男。
パット見、眉毛も濃く――気性の激しい熱血漢のように見える。
この街は、黒い髪の住民が多いな。
俺たちは、ソファーから立った。
「ようこそおいでくださいました、辺境伯様」
「初めてお目にかかる。ケンイチ・ハマダ辺境伯だ。南でも評判のオダマキ領主に会えて、光栄だ」
男爵は、シュロ親子をチラリと見た。
彼らは知り合いなので、挨拶の必要はないのだろうが、男爵の目が俺の後ろにいるアマランサスに止まった。
「彼女は、俺の護衛の奴隷だ。事前に許可を取ってあったと思うが……」
「アマランサス様?!」
「久しいの、男爵」
「なぜ、アマランサス様が辺境伯様の後ろに?!」
「なぜ? 妾の身分が、今これだからに決まっておるわぇ」
彼女は、自分の首にある奴隷紋を指差した。
それを見た男爵の明らかに敵意のある視線が俺に向けられた。
「別に私が強制しているわけでないんだが……」
「そのとおりじゃ。これは妾の意思である」
男爵が今にも切りつけそうな顔で俺を睨みつける。
剣は差していないので切られる心配はないだろうし、おそらく装備していたとしても――彼の剣よりアマランサスのほうが早いだろう。
2人の間に走る緊張に、シュロ親子があたふたして、なんとかとりなそうと口を開いたのだが――。
「あの……男爵様」
それを遮るように男爵が声を上げた。
「お引取り願おう」
「なれば仕方ない。贈り物だけでも……」
「……」
俺の言葉に男爵が「うん」と言わない。
これは無理だと悟り、キャンプ地に帰ることにした。
男爵は見送りもせずに早々に立ち去ってしまい、メイドだけが俺たちを見送ってくれるようだ。
玄関にラ○クルを出すと皆で乗り込む。
座席に腰掛けると、ため息をついた。
「ふう……」
「……」
アマランサスがじっと俺を見ている。
「男爵は、君になにか特別な感情があったのかもしれないな」
「言葉を交わしたのは数回だったが……」
数回でも1回でも、一目惚れという言葉もあるしな。
「成り上がりの俺に負の感情を持っているとか?」
「たとえそうだとしても、陛下から辺境伯という位階を賜ったのだからの。それに不満を申すのであれば、すなわち陛下への不忠」
「あの――辺境伯様、いったいこれは?」
「男爵とアマランサスが知り合いだったのだが、俺が彼女を奴隷にしているのが、気に入らなかったのだろう」
「なんと……」
そりゃ領主だからお城には行ってるし、アマランサスを知っていてもおかしくはないと思うが、一発で解るというのは、やはり……。
「それってつまり、男爵様の嫉妬ってことですか?」
キキョウが核心を突く。
「まぁ――そうなるかな?」
「男爵様とお知り合いって――その人は……?」
キキョウがアマランサスをじっと見つめている。
「男爵の機嫌のいいときにでも聞けばいい。だが、他言しないようにな」
「はい」
「しかし、男爵様の助力が得られないとなると、色々と面倒事が……」
シュロは商売の心配をしているようだ。
せっかくデカい山を掘り当てたと思っていたら、いきなり落盤事故に遭ったようなものだからな。
「船を作るのを邪魔されるとか?」
「いえ、それはヒオウギが許さないでしょう」
あの親方は、相手が貴族だろうがお構いなしだからな。
「シュロの商会を巻き込んでしまって、すまんな。まさかこんなことになるとは……」
「男爵様も乗り気だったのですが……これでは……」
再び、崖の階段を3人で降り、足の悪いシュロは小さな馬に乗っている。
まさかの展開に、予定より時間が余ってしまったな。
せっかく出かけてきたんだ、なにか――そうだ。
「屋根に使っているという赤い石を見られるところはないか?」
「それなら、知り合いの商人が扱っておりますが……」
「そこに連れていってくれ」
「かしこまりました」
崖の階段を降りると再び車を出し、皆で乗り込む。
シュロの案内で、海岸沿いにある白い壁の倉庫にやってきた。
この白い建物が、倉庫兼店舗になっているようだ。
最初にシュロが倉庫に入って交渉をしてくれる。
いきなり見ず知らずの者が行っても見せてくれないかもしれない。
まぁ貴族の強権を使えばいいのだが――そんなことはあまりしたくはない。
シュロが出てきた――オーケーのようだ。
彼と一緒に倉庫の中に入ると、中は真っ暗。
小さな窓から明かりは入ってきているので、目が慣れていないだけだろう。
倉庫の中には、なにか石のようなものが山積みになっている。
小山は4つ。
「あんたかい? こんなものを見たいって言う物好きは?」
暗くて解らんが、日に焼けた上半身裸の男が出迎えてくれた。
黒くて短い頭には、はちまきらしきものをしている。
「ああ、内陸から来たから珍しくてな」
「は、ここじゃちょっと潜ればいくらでも採れるけどね」
「赤い馬車を見たことがあるのだが、こういうものが使われてるのだろうか?」
「そうですな。これを入れた塗料は色褪せることがないので、野外に置くものに重宝されておりますよ」
こういう輸出品もあるわけだが、塗料などは贅沢品なのであまり売れないらしい。
手に取ってみる――平たい赤い石が積み重なって、崩れかけた達磨落としのように伸びている。
「う~ん」
こいつは金にならないだろうか?





