185話 カレーの魔力
俺は久々にダリアに戻ってきた。
世話になったアマナに会い、シャガ戦で一緒に戦ってくれた獣人たちとも再会を果たした。
道具屋の爺さんにも会ったが、彼は俺の領も訪れてくれていたので、久々という感じではないが。
そのあとは、マロウ商会から店員を乗せて不動産巡りを行う。
廃屋を買い取ってサクラに移築をするためだ。
マロウ商会に下調べしてもらった家を15軒ほどアイテムBOXに収納したところで昼になった。
収納して家がなくなってできた空き地で、昼飯を食べることに。
皆で集まる。
「昼飯にするか――この分だと今日中には全部回れるな」
「ケンイチ、今日はどこに泊まるんだ?」
「マロウの屋敷の敷地にコンテナハウスを出そうかと――」
「もちろん、屋敷に部屋もご用意してありますから、そちらに泊まられてもよろしいですよ」
「あ~、俺はテントでいいや」
アキラがそっと手を挙げた。
「私はケンイチと一緒!」
「妾も聖騎士様と一緒じゃ!」
アネモネにアマランサスが同意した。
「俺も外でいいぜ~」「ウチもにゃ~」
「にゃー!」
獣人たちとベルも外がいいようだ。
「当然、私もです!」
「プリムラの実家に来たのに、外に泊まってもいいものなのか……」
「父はそんなこと気にしませんわ。それに――いつも私たちが食べているものより素晴らしいものをマロウ商会で用意できるかと言われれば……できませんし……」
「お義父さんが気にしないのであればいいんだが」
一応、アマナにも確認する。
「アマナ、本当についてくるのか? 泊まりはテント――じゃない1人用の天幕になるぞ?」
「それでいいですよ。まさか旦那の毛布に潜り込むわけにもいかないでしょう? ふひひ」
それは勘弁してくれ。まぁ、1人でキャンプするのは慣れているようだし、大丈夫か。
今日の夕方以降の予定が決まったところで昼飯にする。
食事を用意するために、空き地にテーブルを出した。
食事は、サンバクとメイドたちが作ってくれたお弁当だ。
これがなくなったら、俺たちが食事を用意しないといけない。
――とはいえ、アネモネとプリムラもいるので、食事の心配はしていない。
インスタントものでも十分に食えるしな。
いざとなれば異世界でも大正義のカレーがある。
「アマナ、彼女を紹介しておくよ。アマランサスだ」
「よしなに」
「よろしくねって――彼女、奴隷かい?」
「本当は違うんだがなぁ。彼女を奴隷としては扱わないでくれよ」
「解っているよ。旦那がそう言うってことは、普通の奴隷じゃないんだろ?」
「まぁな」
もちろん、アマナには本当のことは言えない。
弁当のサンドイッチなどを摘んでいたのだが、アネモネに服を引っ張られた。
「ケンイチ、さっきの果物を食べてみたい」
「ああ、あれか……」
贈り物で買うと高くつくので、個別にデ○ポンといちごを買う。
目新しい果物は、ここらへんだろう。りんごや梨っぽい果物はこの世界にもあるからな。
デ○ポンを買ったのは個人的な好みだ。
「これ、どうやって食べるの?」
「こうやって、手で皮が剥けるから……」
「ふぎゃー!」「うわぁぁ!」
デ○ポンの皮を剥くと、突然獣人たちが騒ぎ始め、ベルも一緒に空き地の隅っこに避難してしまった。
「な、なんのにおいにゃ?!」「あ~鼻が曲がる!」
「そうなのですか? すごい爽やかなにおいに感じますけど……」
「そうですよねぇ」
プリムラとアマナが、剥いたデ○ポンを口に放り込んだ。
「うん、いいにおい!」「そうじゃの、妾はこのような香りの香水が欲しいと思うたが……」
獣人たちが騒いでいるが、アネモネとアマランサスは同意見のようだ。
「ああ……ケンイチ、猫って柑橘類のにおいが苦手じゃなかったっけ?」
「そういえば――でも、ベルは解るが獣人たちまで……」
「甘酸っぱくて美味しいですわ!」「美味しい!」
プリムラとアネモネが声を上げた。
「これは美味しいねぇ! こんな果実は初めてだよ!」
「ほう! これは王宮に献上しても喜ばれるの!」
アマランサスとアマナが一緒にデ○ポンを食べて微笑む。
デ○ポンは好評だが作るのは少々難しいしなぁ……。
ミカンの木は植えたが実をつけるのは、かなり先になるし。
「こっちの赤いのも凄く美味しい!」
アネモネが口に含んだのはいちごだ。
「こちらは、酸味がなくて凄く上品な味わいですわ」
「ううむ……芳醇じゃの」
「こんなの巷で食べたらいくらになるか……」
商人のアマナは値段が気になるようだ。
「あまり値段を気にすると、楽しめないだろう?」
「そうは言いましてもねぇ、商売人の性みたいなもので――ねぇ、マロウのお嬢さま」
「プリムラでいいですよ」
皆に好評なので、サクラでいちごも栽培してみるのも一興だとは思うが。
「みかんは作ったことないけど、いちごは畑で作ったなぁ」
「買うと高いしな」
アキラもいちごを食べて、元世界を思い出しているようだ。
「そうなんだけど、作ってみたがあまり甘くならなくてな、ははは」
「なにが原因なんだ?」
「解らん――日照時間とかかな? 作るのは簡単なんだけどな」
「そうなのか?」
「ああ、どんどん増えるし」
簡単に増えるのだが、実が次第に小さくなってしまう。
そうなったら先端を切って地面に刺すと、そこからまた生えて大きい実がなるようになる。
皆で喜んで果物を食べていたのだが、獣人たちとベルは、しばらく近くには寄ってこなくなってしまった。
デ○ポンのにおいが、そんなに嫌か。
昼飯のあと――夕方までに全部で25軒の家を巡り、アイテムBOXに全部収納した。
俺たちは車に乗っているのでこのようなことができるが、通常は無理。
歩き回るだけで数日かかってしまう。
夕方になった俺たちは、マロウ邸を訪れて庭先を借りることにした。
立派な石造りの2階建ての建物と、塀に囲まれた大きな庭。
その庭の外れにコンテナハウスを出す。
「あの――ケンイチ。屋敷の部屋も使えますよ?」
プリムラがマロウ商会のメイドを連れてやってきた。
メイド服を着ている彼女は、俺が露店をやっていたときに洗濯バサミを沢山買っていってくれた女性だ。
長い髪を編んで、ドーナツみたいに輪っかにしているのが特徴。
俺が思い出していると、彼女がペコリとお辞儀をした。
屋敷の主人のマロウはでかけているらしいが、数日後に戻ってくる予定。
そのときに、一緒にこの地を治めているアスクレピオス伯爵の下を訪問する。
伯爵と懇意にしているマロウ商会を通じてアポは取ってあるのだ。
「おもてなしを無下にし、お義父さんの顔を潰して悪いとは思うんだが――俺は外でいいよ」
ずっと外で暮らしているので、それが普通になってしまい家に入る気にならない。
こんなことで、サクラに屋敷が建ったらどうしようか。
来客専用にして俺だけ外で暮らそうかな?
「そんなことはありません」
「お~い――屋敷の部屋に泊まりたい人は、お呼ばれしてもいいぞ」
「私も外でいい」
「聖騎士様の奴隷である妾も、当然外じゃな」
アネモネとアマランサスも、やっぱり外がいいようだ。
「アネモネ、多分お風呂もあるぞ?」
「風呂なら、外でケンイチと一緒に入るし!」
「無論、妾もじゃ」
「そんなずるい! 私だって一緒に入りますから!」
プリムラが顔を赤くして抗議している。
「そりゃ、あたしも入っていいんですかね?」
アマナが小さく手を挙げた。
「入りたいならいいぞ~、俺と一緒に入るのは勘弁してほしいが」
「もちろんですよ。いやですよう」
実家の庭で裸になって風呂に入っていいものなのだろうか?
「この屋敷はプリムラの知り合いばかりだし、お義父さんのいる屋敷で……大丈夫かい?」
「そ、それはそうですが……」
「にゃー」
ベルがやってきて俺の脚に身体を擦り付ける。
彼女も外だと言いたいのだろう。
デ○ポンのにおいが取れなかったので、アネモネに洗浄の魔法を使ってもらった。
「俺たちが商人の屋敷なんかに入るわけにゃいかねぇし」「そうだにゃー」
獣人たちの言葉にプリムラが異議を唱えた。
「そんなことはありませんよ。2人にも部屋を用意しますけど……」
「いや、いいよお嬢。立派な部屋なんて落ち着かねぇし」「そうだにゃー毛だらけになるしにゃ」
「結構毛だらけ猫灰だらけ、おケツの周りは――」
またアキラが下品なネタを披露しようとしている。
「アキラアキラ」
「おっと――フヒヒサーセン! 俺も外でいいよ」
「アキラはまたテントでいいのか? コンテナハウスもあるが」
「はは、俺1人だからな。そのコンテナハウスはマロウ商会さんの客人に使ったほうがいい」
そうなのだ――マロウ商会からマロウと番頭が1人同行することになっている。
アニス川が運河として使えると解れば、オダマキとの取引も始まるだろう。
そうなれば、オダマキにもマロウ商会の支店が必要になると踏んで、支店を出す場所の当たりをつけに行くのだ。
オダマキにはマロウの知り合いもいるそうなので、彼のコネに期待している。
「商売や事業をやるとなると、コネが大事だよな」
「それと根回しな」
アキラと苦笑いをする。
根回しなんて言葉を聞くと、日本の悪しき慣習のように思えるが、外国でも普通に行われている。
外国にはロビー活動なんて言葉もあるし。
世界各地を渡り歩いてきたアキラも、それを見てきたらしい。
この王国の政治の中心にいたアマランサスに聞いても、政治はコネと根回しだと言う。
「まったくのう、気に入らんやつは全員切り刻んだほうが、早く決まるのだがのう」
アマランサスが恐ろしいことを言い出す。
「そんな恐怖政治をしていたら、国が崩壊してしまうだろ」
「それでよくなったって国の話は聞かねぇしな」
俺たちがいた元世界でも、そんな国が長続きした例がない。
「そのとおりじゃ……」
悔しそうな顔をしているアマランサスを見ていると、アキラがつぶやく。
「駄目なやつでも、使いみちを考えて使うってのがプロの仕事らしいぞ? 俺はできねぇが」
「俺も自信がないから、リリスとアマランサスに任せるが……」
「たってるチ○ポは親のチ○ポでも使えって言葉もある」
まてまて、アキラ。
「おいおい、女が多いから頼むぜ」
「フヒヒ、サーセン!」
彼の相方レイランさんは、この手のネタが大嫌いらしく、いつも怒られているらしいのだが。
「実力や優秀さだけで優劣が決まれば簡単だが、そうもいかないのが、この世の常ってことか」
「まぁそういうこったな、なんでこんなやつが! ってのはよくある話だし、ははは」
さて、バカ話はこのぐらいにして、もう1つコンテナハウスを出さなくてはならない。
少々離れた場所にアイテムBOXに収納していたコンテナハウスを出した。
こいつは――。
「おおっ! 本当に素晴らしい! 旅に家が持ち運びできるなんて!」
喜んでいるのはカールドンだ。
彼が普段使っているコンテナハウスをアイテムBOXに入れて持ってきたのだ。
彼は3つコンテナハウスを使っているが、一応全部入っている。
やろうと思えば、いつもと同じ研究開発が出先でも可能なのだ。
ただ、アイテムBOXには弱点もある。
生き物が入らない点だ。
それが、この旅行で俺が持ち歩いている小さな手荷物。
外から見えないように布で目隠ししているが――実はスライム。
スライムを飼い始めたのはいいが、アイテムBOXには入れられない。
留守の間、メイドたちに世話をしてもらおうと思ったのだが、すごい顔をされてしまった。
無論、命令をすればやってくれるとは思うのだが、強制するのも可哀想だ。
元世界で言うと――女の子に「留守の間、飼っているGに餌をあげておいて」と言うのに等しい。
そんなの嫌に決まっているから、俺の手荷物として旅行に同行させているわけだ。
皆が気持ち悪いと言うので、なるべく見えない所に置いてある。
魔物だからって、そんなに嫌うことはないのにな――不憫な。
個人的にはGよりは可愛いと思っているのだが……。
まったく理解してもらえない。
「さて、夕飯だがなにを食う?」
「カレー!」
「カレーにゃ!」
アネモネとミャレーからカレーのリクエストが出たが……。
「他になにか案を出さないとカレーになっちまうぞ~」
「妾もカレーでよい」
「旦那、カレーでいいよ」
「ははは――ケンイチ、カレーは安牌なんだよ」
「まぁ、俺も好きだからいいけどさ」
「旦那の香辛料料理だね?」
アマナにも食わせたっけ? 獣人たちと、カレー風味野菜炒めは食べたが、本物のカレーは食わせてなかったような……。
「まぁな」
プリムラとマロウ商会のメイドもいるので、料理を手伝ってもらう。
とりあえず、なんのスープでもいいので作って、カレールーをぶち込めばカレーに早変わり。
日本が産んだ大発明。
アネモネには、パンも焼いてもらう。
久々のアネモネのパンだ。サクラには立派な石窯もできてしまったので、そこでパンを一気に焼いている。
どんな料理でも、大量に作ったほうがばらつきが少ない。
俺はカツカレーを食いたくなったので、シャングリ・ラから冷凍のカツを買った。
それをアネモネの魔法で温めてもらう。
「温め!」
彼女の魔法で、すぐにホカホカになり食えるようになる。
ご飯が食いたい人には、パックご飯を温めた。
皆でカレーを食べる。
最近はサンバクに作ってもらうことが多いのだが、久々にプリムラとアネモネが作ってくれた食事を摂ることができた。
「このカツはうめー!」「カレーも美味いにゃー!」
獣人たちはちょっと離れた場所で、パンとカレーを食べている。
アキラも俺たちと一緒だが、カールドンは自分のコンテナの前で1人で食べている。
どうも食事は1人で食べるのが好きで、周りに合わせるのが苦手なタイプのようだ。
マイペースでゆっくりと食べたいのだろうが、食事をエネルギー補給とか刹那的に考えているタイプでもない。
「こ、こりゃ美味いねぇ。ダリアでも香辛料が安くなって使えるようになったけど、こんな美味しいのは食べられないよ!」
アマナがカレーをパンにつけて食べているが、米は無理なようだ。
「香辛料が買えるようになって、獣人たちも喜んでいるだろう」
「香辛料の商人組をつぶしてくれたのも旦那なんだろ?」
「アストランティアの悪徳商人を潰したら、香辛料の組合も潰れてな」
「そりゃ、少々時間がかかっても、アストランティアで香辛料を買ったほうが安いからねぇ」
アマナの話を聞いたプリムラがつぶやく。
「でも、買い占めて値段を釣り上げるより、みんなが買えるような値段になった今のほうが、結果的に儲かってますけど……」
まぁ、そこそこの値段で沢山売ったほうが儲かるってわけだ。
「プハーッ!」
アキラがカレーでビールを飲み、一緒にアマランサスとニャメナも飲んでいる。
いつもと同じ顔ぶれでの食事だが、アマナの他にもいつもと違う顔がいる。
マロウの商会のメイドだ。
「あの、お嬢様……」
メイドがカレーの皿を持ったまま固まっている。
「美味しいでしょう。これはカレーですよ」
「カレー……」
「どうしたのですか?」
「お嬢様、私も辺境伯領へ行ってもいいですか?」
「ええ? あなたがいなくなったら、お父様が困るでしょう?」
「お嬢様、私のわがままで申し訳ございませんが――私はこのカレーに人生をかけることにいたしました」
「はい?」
メイドの目は真剣そのものだ。
「ケンイチ――」
「まぁ、来るのは構わないが――ウチのメイドたちは王家に仕えていた生え抜きばかりだからなぁ……」
「大丈夫……カレーのために負けません」
なぜだか、カレーを食べるメイドが燃えている。
彼女は――ええと、マーガレットだと思ったが……。
「ケンイチ、そんなことを言って――マロウ商会の人材を引き抜くと、お父様に恨まれますよ」
「お嬢様、これは私のわがままなので辺境伯様は関係ございません」
「ああ……」
プリムラが頭を抱えている。
彼女の話では、マロウの亡き妻のお茶の味を引き継ぐのがこのメイドらしい。
マロウは、そのお茶を飲むのを楽しみにしているようだ。
「そりゃ、まずいな……」
「そうですよ」
「それじゃ、ここに定期的にカレールーを送るから、それで手をうってくれ」
俺はチョコ型のカレールーをメイドに見せた。
「コレがカレーの元ですか?」
「そうだ。料理を見ていたと思うが、スープを作ってこいつを入れれば、今食べているものになる」
「……これがいつでも食べられるわけですね」
メイドの目が光る。
「そうだ」
「わかりました」
「ほっ……」
プリムラが胸をなでおろした。
この世界の香辛料でもカレーが作れることはサンバクが証明してみせた。
それを見たプリムラが商品化してマロウ商会から売り出そうとしている――という話は聞いたことがあるが、あれはサンバクの神業がなし得た成果だ。
そう簡単にレシピは作れない。
「カレーの魔力に取り憑かれたやつが、また出たにゃ」「こいつの旨さにゃ、抗えないものがあるからなぁ」
「やれやれ困ったものじゃのう。屋敷もできておらんのに、聖騎士さまはメイドだけ増やすおつもりかぇ?」
アマランサスがカレーを食べながら呆れている。
「領の業務の手伝いもあるから、いくら多くても困らないけどな」
「それはそうじゃが――またリリスに嫌な顔をさせるぞぇ?」
「彼女の目当ては、俺じゃなくてカレーだから」
アマランサスが嫌味を言うが、とりあえず危機は回避されそうなので、一安心。
メイド――マーガレットは、「わかりました」と言ったが、なにを解ったのかは、明言を避けている。
飯を食い終わったので、寝床の準備をする。
アキラと獣人たち、そしてアマナはテントでいいと言うので、1人用と2人用のテントを張った。
「おい、ケンイチ。俺は初めての街なんで、ちょっと遊んできていいか?」
「おお、いいぞ。好きにしてくれ」
「アキラ! ここはウチの地元だにゃ! 知りたい所があれば、ウチに任せるにゃ!」
「お~、それじゃ任しちまおうかなぁ」
「それじゃ、俺も行くとするかな~ダリアは久しぶりだし」
アキラとミャレー、そしてニャメナが街へ繰り出すようだ。
俺はゆっくりしたいのでパス。それに騒々しい所はあまり好きじゃない。
酒も飲まないし女ともやらないのに、夜の街に繰り出して楽しいことはないからな。
獣人たちに銀貨を2枚ずつやる。
俺からの小遣いではない。俺のアイテムBOXのフォルダに入っている、彼女たちの所持金だ。
滅多に使わないので、金は増える一方。
「もうちょっと持っていくか?」
「いいよ旦那。そんなに使うこともないだろ?」「そうだにゃ」
「欲しい武器やら、防具があったら?」
「そんなの旦那から買ってもらったり、サクラでドワーフに作ってもらったほうが、ネズミの糞と竜の鱗ってやつよ」
どうやら、月とスッポンみたいな意味らしい。
「それじゃ、ケンイチ。ちょっと遊んでくらぁ」
「はいよ~」
アキラは世界中を巡り歩いた男だ。心配はいらないだろう。
腕も立つしな。なんといっても帝国の竜殺しだ。
アキラと獣人たちは、暗くなった街へ消えていった。
「アマナも飲むか?」
彼女にシャングリ・ラで買ったグラッパをやる。
ぶどう酒の絞りカスで作った安いブランデーだ。
「こりゃありがたい!」
「強い酒なんで、水で割って飲んだほうがいいぞ」
彼女に水も渡す。魔法で浄化したものなので、普通に飲んでも平気だ。
俺はのんびりと、コンテナハウスの中で過ごす。
今日は、アネモネとプリムラ、そしてアマランサスが一緒だ。
ゴニョゴニョしたりはしないが、皆が寝間着に着替え、並べたベッドの上。
「アネモネ、魔法を――」
「洗浄!」
青い光が舞って、皆の身体が服ごと綺麗になる。
魔法は便利だが、やはり風呂には入りたくなるな。
ここは街の中なので、塀に囲まれているとはいえ、裸になるのは抵抗がある。
コンテナハウスをもう1個出して、そこを風呂場にすればいいのだが。
床にはベルが丸くなっていて、大きなあくび。
アイテムBOXからブラシを取り出し、床に降りると――ベルにブラシをかけてやる。
ゴロゴロと大きな音が彼女から聞こえる。
スライムには餌をやり、外にぶら下げてある。
「ケンイチ~!」
ベルにブラシをかけていると、アネモネが背中に抱きついてきた。
「こら、今お母さんにブラシをかけているところだから」
「んふー」
「アネモネ、私は久しぶりにケンイチと旅行なのですから、こちらが優先ですよ」
「そんなの関係ない」
「あります!」
「「ぐぬぬ」」
「ほらほら、喧嘩しない」
今回はプリムラに一理あるので、彼女を抱いてベッドに寝る。
「ひゃん」
「むー!」
アネモネが不機嫌だが、これは仕方ない――順番だ。
「にゃーん」
ベルがベッドの上に上がってきて、俺の顔に頭を擦り付けてくる。
「よしよし、そろそろ寝るか……」
アキラたちは帰ってこないが、俺たちは寝ることにした。





