130話 商人プリムラ
王都を出て、マイクロバスとSUV車による美女軍団の大移動。
1日でアストランティアに到着というわけにはいかず、アキメネスの一歩手前で野宿することになった。
俺のアイテムBOXから、家と大テントを取り出して設置。足りない分は、新規に大テントを購入して組み立てた。
なにせ人数が多いので、何かやるにしてもすぐに終わる。
やはり戦いは数だよ兄貴――これが真理なのか。
道端に草を刈って作ったスペースにテーブルが並び、皆で食事を取る。
それぞれがチームに分かれて、それぞれの料理を作って食べている。
俺の所は、プリムラのスープ、アネモネのパン。そしてレッサードラゴンの唐揚げをタルタルソースで食べている。
ドラゴンの肉は、鳥肉に似た風味なので、唐揚げにもよく合う。
ベルには、衣を剥がしたものとネコ缶をあげる。
「ほう! ドラゴンは唐揚げにしても美味いとは!」
リリスがいるので、凄い勢いで唐揚げが減っていく。
「ほんにのう――城では食べられない逸品じゃ。それにこのソースがよく合う」
アマランサスも武術をするせいか、普通の女性よりは沢山食べるようだ。
「これはなんと! リリス様と、アマランサス様のおっしゃるとおり――美味い! 美味すぎる!」
「ユリウスの口にも合ったようで良かったよ。サンバクさんが来れば、俺がいなくても同じものを作ってくれるだろう」
「楽しみじゃな」
「レッサードラゴンの唐揚げも美味しいですわ」
やっぱり、プリムラのスープが我が家の味だが、サンバクさんが来れば、彼が料理の担当になるのか。
プリムラには、領の経営を見てもらわねばならないし、マロウ商会も王都へ進出するだろう。
国中を飛び回ることになる彼女に、料理をする時間があるかどうか――。
この王国、いやこの大陸一の商人になれる能力を持っている彼女は、決して狭い辺境領だけにとどまる女性ではない。
「か~うめぇ」
ニャメナは酒を飲みながら唐揚げを頬張り、お城の堅苦しさから解放されたように伸びをしている。
それはミャレーも同じようだ。
「美味いにゃー、やっと堅苦しいお城から、逃げられたにゃー」
「いろいろ巻き込んで悪かったな」
「旦那、それは言わない約束だぜ」「にゃー!」
「私も、やっとケンイチと冒険ができるし!」
アネモネの冒険とやらの前に、測量やら公共事業をしないとな。
「なんですか、これは~? 凄い美味しいんですけどぉ」
唐揚げを食べて、感動で固まっているのは、吟遊詩人のポポーだ。
感激を歌にしたいのか、その場で歌い始めてしまった。
そんなことをしていると、どんどん分前が減るぞ?
「そなたも中々豪胆だのう? 貴族の家族の中へ入り込んで、歌うなど」
アマランサスが、ポポーを見て笑っている。
「こんなに沢山の女の人を従えて、みんな笑顔だし、絶対に悪い人じゃないと……申し訳ございません!」
「まぁ、そのとおりじゃな。悪人どころか、人が良すぎて困っておる」
リリスの言葉に、俺の向かいにいるプリムラも頷いている。
「リリス、俺が誰も助けなきゃ、ここにいるほとんどの女がいないんだぞ?」
「それは、そうじゃが……このまま増やし続けるわけにもいくまい?」
「一応、常識的な範疇で収めるから大丈夫だよ」
「どうだかのう……」
リリスが心配しながら、唐揚げを食いまくる。
俺たちの隣では、アキラがお好み焼きと、たこ焼きを焼き始めたので、そこへ唐揚げを持っていった。
「アキラ――悪いが唐揚げと、たこ焼きを交換してくれねぇ? 久々に食ってみたいし」
「お! いいぞ! マヨネーズもいくらでもあるから、持ってけぇ」
マヨネーズはもちろん、彼が出したものだ。
どうも、マヨネーズを出すシーンを見てしまうと躊躇してしまうのだが、味は普通のマヨネーズ。しかも、できたてで新鮮な味。
彼が、「一体、どういうチートなんだよ!」とぼやくのも無理もない。
ゲットしたたこ焼きは10個。とりあえず1個摘む。
外はカリカリで中はトロリ。それに加わる中のコリコリとした歯ごたえのタコ。
これらにソースとマヨネーズがよく合う。しかし、アキラは手慣れている。
タコ焼きのバイトでもしていたのだろうか?
「ほい、1個ずつな」
「なんじゃこの丸いのは!?」
「小麦粉を溶いて、丸く焼いたものだよ」
テーブルに置いた皿に、3つの手が同時に伸びた。獣人たちが素早いのは当然として、リリスの手が早い。
その尋常ならざる素早さの手に、アマランサスが渋い顔をしている。
「これ、我先に料理に手を伸ばすなど、はしたない」
「なにをおっしゃる母上。城を一歩出たら、そこは弱肉強食の世界。食えるときに食わねば、生きていけぬ」
本当に、そのとおりなのだが……。
「俺がいれば、家族に飢えさせることはないと思うけどなぁ」
「ケンイチの言うとおりだが、その前に料理がなくなる――ふぉぉ!」
たこ焼きを頬張ったリリスが、突然叫んだ。
「なんだ!? どうした?」
「美味い! これは美味いぞ! 中に入っている、このコリコリしたものは?」
「説明が難しい……」
俺はアイテムBOXから、スケッチブックを取り出して、タコの絵を描いた。
「これは魔物かぇ?」
「どれどれ、うぇ! 旦那、これって触手じゃ!?」「ふぎゃー!」
俺の描いた絵を見て、ミャレーとニャメナが毛を逆立てた。
「アキラにも聞いたが、違うぞ。こいつには毒はないし」
他の家族にも、たこ焼きは好評だ。元世界でも、お好み焼きやたこ焼きは外国人に受けがよかったしな。
「ポポーはどうだ? 口に合ったか?」
「はい、こんな美味しい料理を初めて食べました。街で食事するのがつらくなりそうです」
「にゃにゃ! ここの料理を食べると、皆がそう言うにゃ」
「本当だぜ? 金払って不味い飯を食べる気がなくなるからな」
ニャメナもいつも、そう言っていたな。
あまり深く考えず、テキトーにたこ焼きの数を決めてしまった俺だが、ちょっとミスった。
テーブルについていたのは9人で、たこ焼きが1個あまったのだ。
それを目にも留まらぬスピードでニャメナがかっさらった。
リリスも手を出していたのだが、本気のスピードで獣人に敵うはずがない。
「悪いね、お姫様。ここは弱肉強食だから」
「ぐぬぬ」
お城から出てしまい王女でもなくなった彼女のわがままは、すでに通じない。
いや、辺境伯の正室なのだから、地位が高いのはそのままなのであるが……。
家族の内々の争いに、「妾のほうが身分が高いのだから譲れ!」とも言えないだろう。
困ったリリスは、俺に視線を向けてきた。
「ケンイチ……」
「解った解った、他の皆も食べたいんだろ?」
全員が、もっと食べたいらしい。こりゃ仕方ないな。俺も作るしかない。
アキラに買ってやったものと同じ、タコのぶつ切りを買う。
たこ焼きを焼くには、たこ焼き器が必要だ。シャングリ・ラで検索する。
「これだな……」
カセットガスタイプのたこ焼き器が6800円だ。24個焼けるようなので、こいつを2台買う。
沢山焼くので、プロが使うような粉つぎ器もいるだろう。ハンドルを握ると、タネが下に落ちるやつだ。
そうだ、タコピックもいるな。
ガスに火を点けて鉄板に油を塗ると、粉つぎ器の中に薄力粉と卵とダシを入れてかき混ぜる。
ホットケーキと違う、かなりシャバシャバだ。
鉄板が温まったら、粉つぎ器のハンドルを握って、タネを流し込んでいく。
「アネモネ、その切ったグニュグニュを一個ずつ入れてくれ」
「解った」
「私も手伝いますわ」
プリムラもタコを入れるのを手伝ってくれる。48個も入れるので、時間がかかる。
「このグニュグニュが、さっきの触手か」
「そう、単品じゃ味もないけどな」
それを聞いた、リリスがタコの欠片を口に放り込んだ。
「ひゃ!」「うにゃ!?」
獣人たちが、リリスの行動にびっくりしている。食に貪欲というか、怖いもの知らずというか、思いっきりが良すぎる。
次に、シャングリ・ラで買った、天かすをドバっとぶちこむ。
焼けたらタコピックで、ひっくり返すのだが、こんなのはあまりやったことがない。
もたもたしていると、アキラが飛んできた。
「あ~そうじゃねぇ! 俺がやってやるよ」
目にも留まらぬ早業で、たこ焼きをひっくり返していく。
「ほう! まるで、達人の技じゃな!」
リリスが目を丸くして、アキラの技を覗き込んでいる。
「カセット式のたこ焼き器かよ。この粉つぎ器も売ってくれよ」
「いいぞ、便利だろ? アキラのあの鉄板は、特注か? どのぐらいしたんだ?」
「ええと、帝国金貨で5枚だからな――50万円だな」
「50万かよ。まぁ一品物だしなぁ」
「メチャクチャ細かい注文出したしな。丸の大きさが揃ってないとダメとか」
「そりゃそうだな。揃っていないたこ焼きなんてな」
そんな話をしている間に焼き上がった。
「アキラ、バイトでもしてたのか?」
「ああ大阪でな。ははは」
やっぱりか。
出来上がったたこ焼きに、一斉に家族が群がった。
ついでに、アキラにマヨネーズを出してもらい、アイテムBOXからソースも出した。
「はふはふ、美味しい!」
「アネモネもよく食べるなぁ」
「ケンイチの料理は皆美味しいから! それに食べないと大きくならないし!」
アネモネは大きくなれば、俺に相手をしてもらえると思っているらしい。
まぁ、それはそうなんだが……彼女には父親として接しているからなぁ。
リリスは、なにも言わずに、口にタコ焼きを頬張っている。
彼女もよく食べる。いったい、その小さくて細い身体のどこに入っているのか。
「リリス、お城の客前でも、そんなに食べていたのか?」
「そんなわけがあるまい。客前で少食にして、裏でガッツリと食べるのじゃ」
「そういえば、ルクリアも大食であったのう」
アマランサスが言うルクリアというのは、リリスの実母だ。
合計で、96個のたこ焼きをアキラに焼いてもらった。
まるでプロだ。いや、仕事でやってたんだから、マジでプロか。
「ユリウス、料理はどうだった? うちの料理はいつもこんな感じだぞ」
「大変、美味しゅうございました。豪華ではありませんが、実に美味」
「豪華な料理ってのは、うちじゃちょっと無縁だなぁ。客向けのそういう料理は、サンバクさんに任せてしまえばいいし」
「そうじゃの」
様子を見に、メイドたちの所へ行く。
「マイレン、俺たちと一緒に食べてもいいんだぞ?」
「いいえ、滅相もございません。同じ時間に食事をさせてもらえる、というだけでも、ご主人様の寛大なご厚意に甘えさせていただいておりますのに」
「そうか? まぁ、メイドたちがそれでいいのなら、なにも言わんが……」
「はい、メイドとは、いつも主人に仕え、影のように寄り添う存在でございます」
「これから苦労かけると思うけど、よろしく頼むよ」
「何をおっしゃいます! メイドをこき使い、手をつけて、いたぶってこそ貴族!」
「「「ええ~?」」」
マイレンの言葉に、他のメイドたちは拒否反応を起こしている。
メイド長としては優秀なのだろうが、ここらへんが少々ズレている感じがする。
マイレンのメガネが光る。
「あなた方、甘いですわね。ご主人様にお慈悲をいただき、子どもでも孕めば、母娘は一生安泰なのですよ?」
それを聞いた、メイドたちの顔色が変わる。
「そう言われると……」「ご主人様は、お優しそうだから、ちょっとならいいかな……」「うんうん」
まぁ、俺はそんなつもりもないし、メイドが歳をとったら暇を出す――なんてこともするつもりもないけどな。
俺はシャングリ・ラから、1冊の本を検索した。パッチワークの本である。
「リナリア、こんな本をどうかな? 異国の本だけど、図が中心だから解ると思うが」
リナリアというのは、お城の書庫の司書をしていたメイドだ。
「可愛い!」「わぁ~!」「布の切れ端を使って、カバンや入れ物を作ったりする本ね!」
「それを貸してあげるよ」
「ありがとうございます――でも私、裁縫が下手で……」
「あら、リナリア。ご主人様からいただいた、よい機会ではありませんか?」
マイレンから、そう言われてリナリアが困っていると、一人のメイドが手をあげた。
「私が教えてあげるよ。有料で」
「金を取るのか?」
俺の言葉に、メイドたちは当然――という顔をしている。
メイドのことは、メイドたちに任せるが、本の評判はいいようだ。
メイドたちの所から戻ってくると、俺の家族がじ~っとこちらを見ている。
「メイドには手を出さないよ」
「マイレンとやる時には、妾も呼ぶのだぞぇ?」
「また、そういうことを言う」
「メイドに手をつけて、孕ませてこそ貴族というもの」
どうやら、リリスもそういう考えのようだ。まったく庶民と考えかたが違う。
皆のワイワイガヤガヤの食事は終わったので、テーブルなどを片付ける。
明日の朝も使うので、そのままテントの脇に積んで、レイランさんの結界を掛けてもらった。
これで簡単には盗めない。
「ポポー、音楽でも弾いてやってくれ」
「解りました~おまかせください」
彼女はリュートで音楽を弾きながら踊り始めた。
ずいぶんと器用だな。
あとは皆に任せて、俺はアイテムBOXからプ○ドを出した。
「ケンイチ、どこ行くにゃ?」「旦那ぁ!」
「今日はプリムラと一緒に寝るから。プリムラ、おいで」
「……はい!」
一瞬、なにがなんだか解らないような顔をしていた、プリムラだが、すぐに俺に抱きついてきた。
「ずるい……」
アネモネが不満顔をしているのだが――。
「アネモネは、いつも俺と一緒に寝ているじゃないか」
「私とは、なにもしないくせに……」
「だからぁ――もうちょっと大きくなってからな」
「ぷぅ」
いくら顔を膨らませても、ダメなものはダメだ。
「はは、ケンイチ、頑張れよ~」
椅子に座っているアキラが手を振っているのだが、当然頑張るに決まっている。
部屋割りは決まっていたのだが、獣人たちがあぶれてしまっている。
元王族が来たので、気楽に一緒に寝られなくなってしまったらしい。
リリスやアマランサスは気にしてない様子だが、獣人たちが落ち着かないようだ。
獣人たち用に、小さな小屋を出した。
元々、ニャメナが使っていた小屋だ。
俺は車に乗り込むと、ヘッドライトを点灯させた。この世界にあらざるまばゆい光が、闇を切り裂く。
異世界から召喚された鉄の召喚獣にプリムラを乗せると、暗闇の中を走り出した。
がたがたと揺れるが、5分も走ればキャンプ地から2~3kmは離れる。
もう周りには誰もいないし、耳のいい獣人でも聞き耳を立てることはできないだろう。
車を止めると、後部座席を折りたたみ、そこにアイテムBOXから出したコンパネを載せる。
座席がフラットになったら、エアマットを敷けばベッドの完成だ。
後ろハッチを閉めるとプリムラを呼び入れる。
彼女は、未だに恥ずかしがるのだが、巷に女の裸があふれていた元世界とは違う。
普段でもロングスカートを穿き、女性が素足を晒したりすることもないのだ。
下着はつけていないので、スカートをめくればそのままできないこともないのだが……。
恥ずかしがる彼女の服を脱がして裸にする。ルームライトをつけているのだが、やっぱり恥ずかしいらしい。
一緒に風呂に入ったりしているのだが、その時とは、また違うようだ。
「恥ずかしいのかい?」
「……はい、だって」
「俺と二人きりだし、恥ずかしがることもないのに」
「湯浴みもしてませんし」
「汚れてても、プリムラは綺麗だから、大丈夫」
「でも、やっぱり……」
ルームライトに照らされるプリムラの白い輝く裸体は美しい。俺の下にいる二人の王族にも引けをとらない。
明かりを消すと、暗闇の中で俺たちは抱き合った。
------◇◇◇------
しばし蜜時のあと、エアマットに二人で寝転がる。
「プリムラ、ごめんよ。沢山人が増えてしまって……」
「謝るぐらいなら――と言いたいところですが、お城でも言いましたけど、私の自業自得です」
そう言うと彼女は、大きなため息をついた。
彼女の商売の邪魔をしていた悪徳商人を排除するために、貴族の力を借りようとして、俺の力をバラしてしまったのだ。
「こうなるのは、解っていたはずなのに……」
あっと言う間に王都まで俺のことが知られてしまい、王族から呼び出しを受けたのが、今回のことの始まり。
「まさかと思っているうちに、王族の方々まで!」
プリムラが起き上がると俺を睨む。
「いや、本当にごめん」
「謝らなくてもいいです。ケンイチを他の女に取られたというのに、巨大な商売を前にワクワクが止まらないんですから。私は本当に卑しい女です」
「そんなことないだろ。商人ならそうじゃない?」
「ケンイチを他の女に取られたのに、平気な顔で商売にうつつを抜かす女を、あなたはなにも思わないんですか!」
そんなことをいわれてもなぁ……。
「う~ん、プリムラは、小さな街の商人で終わる存在ではないと思っているからさ。この大陸に鳴り響くほどの大商人になると思うよ」
「私も、そんな夢が現実になりそうだから、ワクワクが止まらないのです」
「それじゃ、いいじゃないか」
「よくありません! ケンイチを他の女に取られて、いいわけないじゃありませんか!」
「それじゃ、商人を辞めるか?」
「いやぁぁぁ!」
プリムラが裸のままエアマットに倒れてふさぎ込む。
そりゃ、そうだよ。三度の飯より商売が好きで、売り物があれば、なんでも売っちゃうような彼女が、商売を止めるなんて想像もつかない。
「話を総合すると――商売優先で俺のことを、ないがしろにしそうな自分が許せない――ということかな?」
「そうです! ああ~ん!」
「そんなに深刻に考える必要もないと思うけどなぁ」
「深刻に決まってるじゃありませんか!」
「ちょっと、落ち着きなさいって」
泣くプリムラに、どうしようもできない。俺としても、彼女には商人を目指してほしいしな。
プリムラをなだめていると、車のドアをカリカリと引っ掻く音がする。
「ん? 誰だ!?」
「にゃー」
「なんだ、ベルか。こんな所まで追っかけてきたのか」
森猫の嗅覚なら、2~3kmの追跡など、お茶の子さいさいだろうけど。
後部座席のドアをあけると、黒い毛皮がするりと入ってきて、長くしなやかな身体を俺の肌にすり付ける。
「よしよし」
「にゃー」
ゴロゴロと喉を鳴らしているベルをなでていると、プリムラが大声をあげた。
「私を笑いにきたくせに!」
「ええっ!? お母さん、そんなことないよな?」
「……」
ベルの反応をみて、プリムラがまた泣き始めた。
「お母さん、プリムラをなだめてくれよ」
「……」
明後日の方向を向くベル――マジかよ。
それじゃ、俺がやるしかねぇじゃねぇか。
ベルを強引に外に出して、プリムラを抱き寄せる。
無理矢理外に出されるベルは不機嫌そうだが、仕方ないじゃないか。
「悪いが、外で待っててくれよ」
「……」
いつも返事をしてくれるベルが無言ってことは、相当機嫌が悪い。
尻尾を乱暴に振り回している。
エアマットの上で、裸のプリムラをなだめまくる。
そしてその結論は――。
「プリムラ、大陸一の商人を目指すんだよね?」
「決心がつきました。ケンイチの辺境伯領を支えねばなりませんし、私に戦闘はできませんから。以前から言っていたように、適材適所、あなたを裏から支えることに徹します」
「ありがとう。君に商人を辞められると、正直困るし」
「私も商人以外ができるとは思えませんし……ケンイチが、他の女とあんなことをしているのを想像すると、腸が煮えくり返るのですけどぉ……」
「貴族なら、正室、側室、愛人とそろっているのが普通みたいだし……」
「……」
「君が怒るのは解るんだよ」
「いいのです。さっきも言いましたけど、静かに暮らしたがっていたケンイチなのに、その力を貴族にしらしめてしまった、私が悪いんです」
その割には、ずっと俺のことをにらんでいる。
彼女は聡明な女性だ。頭で解っていても理屈と感情は別なのだろう。
そのまま二人で車で寝て、朝を迎えた。
朝靄で白くなる中、車を走らせて皆の所へ戻る。メイドたちが起きてテーブルの準備を始めていた。
プリムラも、それに加わりスープの準備を始める。いつもの光景だ。
「ぷー!」
プリムラの件は片付いたが、パンを焼いているアネモネの機嫌が悪い。
機嫌が悪いのは、一緒に戻ってきたベルもだ。
「もう、仕方ないなぁ」
俺はシャングリラから、チュ○ルを購入した。
「ベル、チュ○ルを食べないか? チュ○ルだぞ」
俺の言葉を聞いた彼女が、足下に飛んでくると、封を切ったチューブの端をペロペロと舐め始めた。
ベルの毛皮をなでていると、食事の準備に参加していないリリスがやってきた。
「ケンイチ、妾の番はいつになるのかのぅ?」
「え~、もうちょっと先」
「そなた、本当にやる気があるのかぇ?!」
「私は!?」
そこにアネモネも加わった。
「アネモネは、まだまだ先だよ」
「うー」
「妾は?」
「う~ん、そのうち」
「そのうちとは?!」
「辺境伯領が安定するまでかなぁ」
「その理由にする意味が、他の者とのまぐわいを優先して、妾をないがしろにする説明になっているとは思えぬのだが?」
「あ~う~」
そういわれると、つらい。
アネモネは明らかに若いし体も小さい。
明確な理由があるのだが、リリスからの要求を拒否するのに、年齢は理由にするのは、ちょっと厳しい。
この世界なら、15で結婚して子供を産むなどは、普通に行われてるのだから。
アキラと同行しているアンネローゼさんも、15歳で子供を生んでいる。
これ以上、リリスとの関係を引きのばすのは無理だろう。彼女のプライドも傷つけてしまう。
「よし、湖に到着したら――ということにしよう」
「真じゃな」
「ああ」
「それじゃ、私は!?」
「アネモネはもっと大きくなってから」
「ぷー!」
「もう、頭をなでてあげるから」
俺は、アネモネの柔らかい黒髪をなでる。
「ふわぁぁぁ」
それを見た、リリスが俺に抱きついてきた。
「妾もじゃ!」
「おいおい、朝っぱらからか」
やむを得ず、リリスの金髪もなでるが、彼女のほうが髪質が柔らかく、ふわふわしている感じ。
「ふわぁぁぁ」
「妾もじゃ!」
いきなり背後から、ものすごい力で締められる。
「あいたた、こらアマランサス!」
彼女の馬鹿力を振りほどくために、後ろに手を回して、腰から尻を撫でる。
「ひいっ!」
叫び声と同時にストンと膝を折ったアマランサスが、そのままひっくり返った。
カダンの王族は、本当に特殊能力持ちが多いんだな。
この世界で王族が王族をやっているってのには、ちゃんとした理由がありそうだ。
この光景を見ていたメイドたちがひそひそ話をしている。
「ねぇねぇ、ご主人様のアレ、凄そう」「試してみる?」「え~っ」
メイドたちのキャッキャウフフに、アキラが反応した。
「君たち、アレに興味あるの~? 実はオジサンも同じ力を使えるんだよ~?」
オッサン丸出しで、メイドたちににじり寄ったアキラではあったが、その後ろに黒い影が近づく。
「ほう、アキラ。そろそろ溜まってきたみたいですね」
「あの、センセ――冗談ですから」
「私に女の喜びを教えたのは、あなたなのですから、私を満足させる義務があるんですよ?」
「フヒヒサーセン」
レイランさんの言葉に、うちの家族も反応した。
「それじゃ私もですよねぇ」
プリムラが俺の首に手を回してきた。
「プリムラは、昨晩やったでしょ」
「旦那ぁ、そろそろ、俺もたのむぜぇ」「ウチもにゃー」
「にゃー」
「にゃーって、ベルはどうするんだよ、無理だろ」
とにかく朝飯だ。なんでこうなった。





