129話 旅と吟遊詩人
お城を出発して、この世界での故郷ともいえる、湖畔へ戻る。
途中の橋が落ちたままなので、ゴムボートを出して皆で川を渡った。
川を渡る前、ここら辺を治めている貴族たちに挨拶して贈呈品を渡した。
川に架ける橋の普請を行なっていた彼らだが、別に仲良くするつもりもない。
俺には野望もないし、やっと手に入れた自分の土地で、やりたいことをやるだけなのだ。
川を渡り終わると、また皆で車に乗り込む。
周りにいる作業員たちは、鉄の箱に乗り込んでいく俺たちを見て――いったい何ごとかと、驚いている。
好奇の視線の中、馬なしで動き出す車に、また驚きの声があがる。
いつもの光景だ。
俺たちは、アストランティアに向けて出発した。
後続のアキラから無線で連絡が入る。
『お~い、ケンイチ。今日はどこまで行くんだ?』
「この先に、イベリスってデカい都市があるが、そこの公爵様には挨拶を済ませてしまったので、その先へ向かう」
『さっき行った所に、公爵閣下がいたのか?』
「ああ、王族に反抗する仲間にならないかと誘われたよ」
『ははぁ――まぁ、よくある話だな』
「今日は、イベリスの先にある、アキメネスって街の手前までだな」
『オッケー!』
道は平坦で、天気は快晴。以前のような大雨の気配もない。
最初は怖がって緊張していたメイドたちも、今はキャッキャウフフの会話を楽しんでいる。
アネモネは相変わらず電子書籍を読み、プリムラはメイドたちと話し込んでいる。
獣人たちは一番後ろの席で船をこぐ。ベルは俺の隣で香箱座りのまま、じっと正面を凝視。
なにもしていないのに、景色が動いているから不思議なのかもしれない。
順調に車は進み、オヤツの時間にはイベリスの街へ到着した。
このまま街を抜け、夕方になるまで走り続ける予定だが、イベリスの街中は人や馬車の往来が多い。さすがは大都市で賑やかだ。
後ろのアキラに注意を促す。
「アキラ、人通りが多いので、注意してくれよ」
『了解! 中々デカい都市だな』
「王都に次ぐ大都市らしい」
『へぇ~』
イベリスを通り抜けるためには、街の中を通らなければならない。
バイパスなどは存在しないのだが、街の壁をぐるりと回れば、回れないこともないだろう。
時間を節約するための行為だが、最初から計画され整備された道でなければ、その意味がない。
近道のつもりでそんなことをしても、結局は遠回りになってしまうだけだ。
「そうはいっても、道が混んでいて、ノロノロとしか進まん……」
「別に急ぐ旅ではないのだ、気楽に行こうではないか」
「にゃー」
リリスとベルの言うとおりだが――人混みの動きが完全に止まってしまった。
「ちょまてよ」
『お~い、ケンイチ。どうなった?』
「解らん、完全に渋滞して止まってしまった。ちょっと降りてみるわ」
『オッケー!』
マイクロバスから降りて、先へ行こうとしたのだが、いいことを思いついて――バスの屋根に上った。
そして、アイテムBOXから双眼鏡を取り出して、先を覗く。
馬車が事故って、道を塞いでるじゃないか。これだけ人がいるんだから、人力でも動かせると思うんだが……。
まぁ察しはつく。この世界の人間はタダでは動かないのだ。
まして儲けてる商人が困っているのを見ても、民は手を差し伸べてはくれない。
馬車を動かすために人手を借りると――商人は、その分の金を出費しなくてはならない。
それを渋っているのだろう。
そんな慣習なので、俺がタダで人助けをしたりすると、「お人好し」って言われるんだけどな。
この世界で、そういう施しをするのは、王侯貴族の領分なのだ。
さて、どうするか?
路地に入るとなると道が狭すぎるし、角で車がつかえるかもしれない。
大通りは真っ直ぐだが、路地に入ると道がごちゃごちゃなのだ。
「しょうがねぇ……降りて歩くか――よっと!」
車の中にいる美女軍団が外に出ると、注目の的になってしまう気がするんだが――やむを得ない。
屋根から降りると、皆に伝える。
「お~い! 道が完全に塞がっている。降りて歩くとしよう」
「なるほど――歩いて、そのさきでまた召喚獣を出すのじゃな?」
リリスが、運転席の窓から顔を出した。
「そのとおり。このまま待っていたら、暗くなってしまうし、泊まる場所もないからな」
これだけの人数が泊まれる宿屋なんてないだろう。探すのも大変だ。
皆も納得したようなので、後続の車で待っているアキラにも伝える。
「アキラ、馬車がひっくり返って道が塞がっている。降りて歩くことにしたぞ」
『しょうがねぇなぁ……ここにはJ○Fがねぇしな』
皆が車から降りたのを確認すると、アイテムBOXへ収納する。
車に隠れて乗っている密航者などがいたら、どうなるのか? 多分、収納されないで終わると思うんだが……。
街の通りで、デカい鉄の箱が消えると、驚きの声があがる。
お互いの人数を確認して、1列になって歩き始めた。メイドの顔など、まだ覚えていないので、迷子になっても俺じゃ解らない。
マイレンに確認してもらうしかないのだ。
人々の間を縫って歩くが――渋滞していても、ぎゅうぎゅう詰めの押しくら饅頭ではないので、普通に歩くスペースはある。
なるべく目立たないように――と思ったのだが、歩く美女軍団の大移動に人々の視線が集まり始めた。
そりゃ、ウチの家族も、アキラの家族も、メイドたちも、皆が美女ぞろいだからな。
ピカピカに光る毛皮を着た獣人の女や、陽の光を黒く反射し優美に歩く森猫もいる。
なんだなんだと、すぐに黒山の人だかり。森猫を見た街の獣人たちは、その場でお祈りを始めてしまった。
その中でも街の男どもの視線を釘付けにしているのは、レイランさんの爆乳だ。
当の本人は、うんざりした顔をしているようだが。
この隊列に男は3人だけだが、美男子である紋章官のユリウスは、街の女たちの視線を集めている。
はは――どうせ俺とアキラはオッサンだよ。
「こうなるから降りたくなかったんだよ」
「ははは、注目の的じゃのう」
「リリス、笑い事じゃないよ。こんなところを襲われたりしたら、皆を守りきれない」
その俺の言葉に、マイレンが即答した。
「その場合は、我々メイドが盾になりますので、その隙をおつきください」
まぁ、それが彼女たちの仕事なんだろうけどさぁ――そうもいかんでしょ?
テロの心配はさておき、女性陣がナンパでもされたりしたら大変だと思っていたのだが、誰も寄ってこない。
俺の後ろを歩いているアマランサスが、周囲を威圧しているのだ。
屈強な騎士なども動けなくなるほどの、彼女の特殊能力。街の住人を抑えるのにも十分な効果を発揮しているようだ。
そのまま歩いていくと、人の波は2つに分かれて、その中心に車軸が折れた馬車がひっくり返っていた。
「ああ、これか」
商人らしき派手な服を着た人間が、手代と一緒に荷物を別の場所に運んでいる。
「結構派手に、ひっくり返ってるな」
アキラが人混みの中から覗き込んでいる。
「日本だと、すぐに移動させないと大騒ぎになるのに、のんびりしたもんだよな」
「荷物が届くのに10日とか1ヶ月とかザラだからな。数日遅れたって、文句も出ねぇし」
「数分刻みのスケジュール管理されている日本が異常だって話なんだろうけど」
俺のアイテムBOXに入れれば、故障した馬車も簡単に移動できるのだが、これだけ大渋滞になってしまっては、原因を取り除いても人の波は簡単には解消されないだろう。
事故現場を横目に見ながら、スルーしてそのまま人混みを歩く。
結局抜けるのに1時間ほどかかってしまった。
「ふう……なんという時間の無駄」
「そう考えるのが、日本人が抜けてない証拠なんだよ」
アキラの言うとおりだな。もっと、異世界に合わせたスローな思考にしないと。
アマランサスの威圧を使って人を払い、マイクロバスを召喚する。
「プ○ドも召喚!」
空中から、いかついSUV車が落ちてくる。
「アキラのアイテムBOXなら、プ○ドぐらいは入るんじゃないのか?」
「どうだろう……やってみていいか?」
「おう、確かめてみたいしな」
「おし! 収納!」
眼の前から、SUV車が消えた。
「おおっ! いけるじゃん」
「でも、俺のアイテムBOXは小さいから、あまり荷物が入っていると、入らない可能性がある」
「なるほど」
アキラが車を出すと、家族と乗り込む。それを見て、こっちも乗り込んだ。
そこへ1人の女性が、マイクロバスのドアに突っ込んできて、顔をのぞかせた。
「あの! あの! これってなんですか?!」
女性は、黒く長い髪を編み込み、浅黒い肌に赤い原色の丈の短い上着と、ズボン。
腹にはヘソが見えている。背中には琵琶のような楽器を背負っているが――いや、これはリュートか。
「これは馬なしで動く、鉄の召喚獣だよ」
「鉄の召喚獣!?」
クリクリとした黒い目で車内を見渡す女が、わけのわからないことを言っている。
動かないマイクロバスに、アキラから連絡が入った。
『おい、ケンイチ、どうしたぁ?』
慌てて、マイクを取る。
「ちょっと、わけのわからない女に絡まれてる」
「わけのわからない女じゃありません! 吟遊詩人です!」
「もしもし、アキラ? 吟遊詩人らしい」
『そいつらには気をつけろ。あることないこと、面白おかしく吹聴して金を稼いでるやつらだ』
元世界の週刊誌みたいな感じかね?
「だ、だれですか?! 失礼なことを言うのは!」
吟遊詩人が、ブンブン手を振り回して、アキラの言葉に憤慨している。
「ちょっと俺たちは、旅に出るんだ。降りてくれないか?」
「ええ? 私も乗っていいですかぁ?」
「はぁ? アストランティアの近くまで行くんだぞ?」
「私もこの街から、出るところなので、ちょうどよかった!」
図々しい女はそのまま乗り込んで、空いている椅子に座ってしまった。
ここでもめて時間を取られるのも面倒だ。
「すごい、ふかふかの椅子!」
どうも椅子の座り心地がいいらしい。
しょうがねぇ……無線機のマイクを取って、アキラに連絡を入れる。
「アキラ、出発するぞ~」
『おっしゃ! いいぜ~』
車を発進させると、吟遊詩人の女が騒ぎだした。
「わわわ! 動いている! 動いている! これって魔法?!」
女が周りにいるメイドや、プリムラにあれこれ質問しているようだ。
とりあえず害はないようなので、アキラと話す。
『ケンイチ、吟遊詩人はどうした?』
「一緒に乗ってるぞ」
『まじか!? 大丈夫か?』
「まぁ――害は、ないみたいだが……」
そのまま車を走らせると、イベリスの下町を抜けて、真っ直ぐな街道を走る。
「しかし、レイランさんが外に出ると、男たちの視線が凄いな」
『ははは、いつもああなんだよ。だから普段はローブを着てるんだ』
「まぁな、男なら絶対に見ちゃうよな」
その会話を聞きながら、助手席に座っているリリスが、じ~っと俺を見つめている。
「そんなに見るなよ、照れるじゃないか」
「ふん――ああいう女子に男どもは、鼻の下を伸ばすのじゃな」
「ウチの女性陣も、皆が男を振り向かせる魅力の持ち主だと思うけど?」
「――むう、やはり胸かぇ?」
リリスが自分の胸を揉んでいるが、彼女の実の母親は巨乳だったって話だし、大きくなる可能性が……。
「あれは反則級だとは思うけど、本人は結構大変みたいだよ」
「妾も、あれほどは望まぬわぇ」
後ろで吟遊詩人が何やら話していたのだが、突然歌い始めた。
なにかリクエストを、もらったのかもしれない。メイドたちは喜んでいるが、読書の邪魔されたアネモネは不機嫌そう。
歌の内容は――困った農民たちを助けるために、武器を配り戦い方を教えて、ゴブリンを殲滅する勇者のお話。
最後は、立派な鉄製の鍬や鋤をもらって、農民たちは村へ帰って幸せに暮らしましたとさ――というお話。
「それって俺じゃん!」
俺は、マイクロバスのハンドルを持ちながら叫んだ。
「なんじゃ、ケンイチはゴブリン退治もしたのかぇ?」
「ああ、イベリスの街でな」
話の主人公は俺のようだが、物語に鉄の召喚獣は出てこない。まぁ死体を埋める時にしか使わなかったけど。
「ほえ?」
なんのことだか解らない吟遊詩人は、間抜けな顔をしている。
「あの……そのゴブリンを倒した勇者様ってのは、あそこにいるケンイチなのですよ」
「私も倒したよ!」
プリムラとアネモネの説明に、後ろから獣人たちもやってきた。
「俺たちも、やったんだぜ?」「ウチもにゃー!」
「えええ~っ! じゃあ、この魔法で動く乗り物――召喚獣ですか? これが勇者御一行様の乗り物……?」
「その通りにゃ」
「その旦那は、レッサードラゴンとワイバーンも倒して、お姫様を救って貴族になったんだ」
「ほえ?」
吟遊詩人がフリーズして、しばらく停止したあと――椅子から立ち上がって叫んだ。
「えええ~っ! 貴族様だったんですか? とんだ、ご無礼をいたしましたぁ!」
吟遊詩人が、バスの床にジャンピング土下座をした。やっぱり貴族ってだけで一目置かれるんだな。
「そんでにゃ、ケンイチの横に座っているのが、お城のお姫様にゃ。お城から分捕って逃げてきたにゃ」
「こらこら、そういうことを言うと、変な噂が面白おかしく広まるだろ」
ミャレーにツッコミをいれるが――まぁどの道、噂ってのは尾ひれがつきまくって、面白おかしく広まるんだけどな。
「えええ~っ! お、王女様ぁ?!」
本当は王妃もいるのだが、それは伏せておいたほうがいいだろう。アマランサスも黙ったままだ。
「俺のやった業績が認められて、王女様を正室として迎えることが許されたんだよ」
「結果的には、そういうことになるのう」
「へへ~っ! 知らぬこととはいえ、失礼をいたしましたぁ!」
女は床に這いつくばったままだ。
「だからね~さっきの歌の最後は、偉業が認められて貴族になり、お姫様と仲良くくらしましたとさ――って終わりにしてくれよ」
「へへ~っ! でもそれって、おとぎ話じゃなくて、本当の話なんですよね?」
「もちろん」
「おとぎ話より、凄いなんて……」
まぁな、当の本人が一番驚いているよ。俺は湖の湖畔でスローライフしたかっただけなのに……どうしてこうなった。
「さすがは、私の夫ですわ」
「私のケンイチだよ!」
「妾の辺境伯様じゃぞ」
「妾の聖騎士様だぞぇ」
「にゃー」
「「「流石です、ご主人様」」」
一斉に声を揃えたのは、メイド隊だが、そんな恥ずかしい掛け声の訓練をしているのか?
自分でナチュラル回復が掛かるぐらいのダメージがある。
「へへ~っ!」
また吟遊詩人が土下座した。貴族だと、こんな恥ずかしいのにも慣れないとイカンのか?
「いいよ、普通に座ってて。このままアキメネスで降りるもよし、アストランティアまで行くのもよし」
「それでは、アストランティアまでご一緒させていただきます!」
「吟遊詩人さんの名前は?」
「ポポーっていいます!」
変わった名前だが、俺の名前だってこの世界じゃ変わってるって言われるし。
「ポポーか。俺はケンイチ・ハマダ辺境伯だ。よろしくな」
「よろしくお願いいたします。ハマダ伯様」
「そんなにかしこまらんでもいいよ。まぁ静かな音楽でも奏でていてくれ」
「解りました~!」
ポポーは打って変わって、静かなバラード調の曲をリュートで弾き始めた。
これなら、アネモネの読書の邪魔にもならないだろう。
イベリスで時間を食ってしまったので、アキメネスを越えられなかった。
宿泊の準備に少々時間を取られると思うので、早めに止まる場所を探す。
街道脇にちょうどいいスペースがあったので、そこにマイクロバスを止めることにした。
現在の時間は――午後4時頃、後ろのアキラに連絡を入れる。
「アキラ――今日は、ここらへんで泊まることにしよう」
『よっしゃ! なにせ、人が多いからな』
車を止めると皆で降りるが、見渡せば林になりかけの原野だ。
木が少ないので、昔は畑や村があったのかもしれない。一緒に降りたベルは、早速周囲のパトロールを始めた。
「さて、どうしようか。先ずは飯の準備か」
プリムラ組、アキラ組、メイド組に分かれてもらう。
次にコンロや鍋、食器などを大量に買う。安いもので十分だ。
肉はドラゴンやワイバーンの肉が大量にあるので、それを使ってもらい。シャングリ・ラで買った野菜を渡す。
プリムラやアキラは見慣れているが、メイドたちは初めての食材に戸惑っている。
その中でもマイレンと、メイドの一人は、余裕の表情だ。
彼女は俺たちと一緒に旅をしたメイドだが、やはりサバイバルで経験値を積んだのが、効いているのだろう。
「こんなことでビビってちゃ、決死隊の名前が泣くぞ?」
メイドたちに発破をかけて、飯の用意をさせる。俺の使う食材に慣れているマイレンがいるから大丈夫だろう。
紋章官のユリウスも俺たちと一緒だが、ゲテモノ料理は平気だろうか?
「王族の方々と一緒だと、お遊びでいろんなものを食べさせられるので――慣れています」
「結構、大変な仕事だなぁ」
「王族の方々にお仕えするという、名誉と引き換えなので、やむを得ません」
開き直っているのか、ヤケクソという諦めなのか。
「ここなら、苦手なものがあったら、断っていいからな」
「ケンイチ様のお心遣い、感謝いたします」
役人だが凄くまともだ。王族がハチャメチャだから、役人が冷めているのだろうか?
今日一緒になった吟遊詩人は、俺たちのテーブルでいいだろう。お客様だしな。
「あの、見たこともない食材ばかりで、私のような者が食べてもよろしいのですか?」
「もちろんだけど、食えそうにないものを無理に食わなくてもいいぞ」
「滅相もございません。せっかく、面白そうなネタになりそうなのに」
ああ、歌のネタにするために、取材をしたいのか。まさしくプロだな。
「アキラたちも大丈夫か?」
「お~任せろ。俺はインスタントとかでもいいんだがな」
「インスタントは金を取るぞ」
「お~、いいぞ」
「リクエストがあったら言ってくれ」
そう言ったアキラだが、彼の得意料理のお好み焼きを作るようだ。
「ケンイチ、こういうのもある」
彼が、自分のアイテムBOXから出したものは、丸い凸凹のついた鉄板。
「なんだこれ、たこ焼き器か?」
「そうそう、特注で作ったんだ。ケンイチ、タコは魔法で作れないのか?」
「ちょっとまってくれ――」
アキラに言われて、シャングリ・ラを検索する。そういえば、タコなんて検索したことがなかったな。
元世界でも、外人はタコが嫌いだったから、この世界でも料理に使ったことがなかった。
検索するとタコのぶつ切りが1kg2600円ほどで売っている。
「アキラ、ぶつ切りでいいか?」
「ああ、たこ焼きに使うから、もちろん」
「ポチッとな」
ビニール袋に入った、タコのぶつ切りが落ちてきた。
そのタコを見て、一緒に薄力粉も購入。多分、これが必要だろう。
「お~っ! やった! マジでタコじゃん! なんでも出てくるなぁ」
「それに、たこ焼きなら薄力粉のほうがいいんじゃないのか?」
「おお! これこれ!」
この世界で、小麦粉っていえば全粒粉なのだ。
はしゃぐアキラであるが、彼の持ってるタコを見て、クレメンティーナさんが叫んでいる。
「アキラ! なんだそれは! もしかして、触手じゃないのか?」
「ああ、そういえば似てるなぁ。まぁ似たようなもんだ」
「うちの獣人たちも、触手って刺されると痛いって言っていたが……」
「そうそう、メチャ痛くて、メチャ腫れる。手や顔なんて刺されたら、グローブみたいになるぞ、ははは」
「私は絶対に、そんなものは食べないからな!」
「それじゃ、お前は、そこら辺の草のサラダな」
「くっ、殺せ!」
まったく、いつも仲がいいな。
「私は、アキラの作る料理なら、問題ないし美味しいと思っているから、大丈夫」
レイランさんは、アキラの作る異世界料理を楽しんでいると言う。
彼に全幅の信頼をおいているように見える。やはり端からみても、二人はラブラブ(死語)だ。
最初は顔を見合わせていたメイドたちも――普通にスープを作るようだ。早速、見たこともない野菜の皮を剥き始めている。
こんなことで戸惑っていたんじゃ、サバイバルには生き残れない。
まぁ湖の屋敷ができるまで、アストランティアにいてもらってもいいんだがな。
ユーパトリウム子爵の屋敷に厄介になるとか――そういう手もあるのだが、俺のわがままを言わせてもらえば、貴族に借りを作るのは避けたい。
うちの家族たちは、いつものように手慣れた作業で、スープを作りパンを焼き始めた。
メイドたちのパンは、シャングリ・ラのできあいでいいだろう。
料理は彼女たちに任せて、俺は泊まる場所の草を刈る。
アイテムBOXから草刈り機を出して、けたたましい音を響かせる。
「ハマダ伯様! それって魔道具ですか?」
「そうだ! 危ないから近づくなよ! それから俺のことはケンイチでいいよ」
ポポーが耳を塞いで話しかけてくるのだが、耳を塞いでたら会話できないだろ。
「解りました、ケンイチ様!」
聞こえているようだ。
草を刈り終わったら、アイテムBOXから家と大テントを出す。
アキラたちは大テントで寝てもらうつもりだが、メイドの寝る場所がない。
シャングリ・ラから、同じ大テントをもう一つ購入した。
「お~い、ミャレーとニャメナ。天幕を組み立てるのを手伝ってくれ」
「おう!」「にゃー」
「それでは、私も手伝わせていただきます」
大テントの設営をユリウスにも手伝ってもらう。ぎこちない手つきだが頑張ってくれている彼に声をかける。
「いつもすまないねぇ」
「それは、おっしゃらない約束でございます」
紋章官をしてる彼は、こんな仕事をやったことがないようだ。
「旦那、これってメイド連中の天幕かい?」
「そうだ、なにせ10人以上いるからな」
中はかなり広いので、10人ぐらいは寝れると思う。
料理からあぶれているメイドも手伝わせたので、すぐに大テントが立ち上がった。
その隣に、ちょっと小さいテントが一つ。これはユリウス用だ。
「ご主人様、すごい立派な天幕ですね。それに組み立てるのが凄い簡単です」
「ここに、君たちが寝てくれ。寝巻や毛布がないようなら、こちらで用意する」
メイドたちの話では――俺のアイテムBOXに収納されている、彼女たちの荷物の中に入っているようだ。
アイテムBOXから、荷物が載っているパレットを出して、寝具の用意をしてもらう。
「これで、いいか。そろそろ飯にしよう」
「こ、こんな巨大なものまで、ケンイチ様のアイテムBOXに収納されているなんて……」
ユリウスが、設営された大テントを見上げている。
貴族たちが使っているような天幕は、こんな簡単には設営できないらしい。
「ユリウス――悪いが、この小さい天幕を使ってくれ」
「承知いたしました。野宿に比べれば、夜露に濡れないだけでも、ありがたいものです」
彼の言うとおり、夜露に濡れたら、かなりビチョビチョになるからな。
街道脇に作られたスペースで、皆で食事を摂る。
テーブルにズラリと並ぶ美女と美少女たち――なんだか、ものすごい大所帯になってしまったなぁ……。





