127話 サトウキビとカカオ
俺は授爵して辺境伯になり、拝領もした。もはや立派な貴族である。
おまけに元王女であるリリスが正室でついてくる。
その上、奴隷落ちした元王妃――アマランサスまで一緒という、わけがわからない状況。
一緒に連れていくのを約束して、奴隷契約を解消しろと言っても、アマランサスは頑としてゆずらない。
意味が解らないが、放置するわけにもいかず、俺の領地へ連れていくことになった。
俺が拝領した領地は、あの湖の辺りと、その近くにあった崖の上の高地が全部。
治める領地はほとんどが無人地帯だが、あまりに広いために、異例ともいえる辺境伯の地位をいただいた。
このような事態は前代未聞であるという。
問題があるとすれば、貴族になり拝領したばかりなので、王都の一部の貴族にしかそれは知られていない。
そのため近隣の貴族領には、いずれ挨拶に向かう必要があるだろう。
丁度、王都周辺の有力貴族が、イベリスへ向かう街道に架かる橋の普請を行なっているようなので、挨拶をしていくつもりだ。
朝、出立の前に、皆で朝食を取る。
俺の家族と、アキラの家族、さらにメイドさんによる決死隊が11人も増えた。大所帯である。
決死隊とは穏やかではないが、これから向かう先は、家もなにもない僻地である。
森を切り開き整地して家を建てるまで、野宿が基本。
魔物の襲撃もあり得る話だし、決死隊といっても過言ではないとはいえ――チート持ちが二人に大魔導師が二人、その上に武術の達人であるアマランサスも戦力に加わった。
戦力としては、もはや小国の軍隊並だ。
そのアマランサスが一緒に座り朝食を摂っている。
俺の左隣にリリスが座り、その隣に彼女が座る。
「おいアマランサス、いい加減その奴隷契約を外さないか?」
「……ぐぐ……」
彼女が黙って横を向き、何かに耐えている。
主人の命令に逆らっている状態なので、苦しいのだろう。
「ふう……命令撤回。ほら、アマランサス、ここへ来なさい」
俺が、椅子を持ち上げて90度回転させると、膝の上に彼女を呼ぶ。
基本的に俺の命令に逆らえないらしいので、なんでも言うことを聞く。
別に俺もそんなことをさせたいつもりではないのだが。
俺の膝の上に載った彼女の頭とお腹をなでながら、語りかける。
「なぁ、奴隷契約を解除すれば、もっと気持ちいいことをしてやるぞ?」
「……ぐぐ……」
彼女は目を閉じてじっと閉じているが、甘い言葉にも耳を貸さないようだ。
「しょうがない、好きにしてくれ。命令解除」
突然、アマランサスがぐったりする。そのぐらいに身体に負荷が掛かっていたのだろう。
こんな状態でも「うん」と言わないとなると、契約を解除させるのは無理だろうな……。
彼女を抱きかかえて椅子に座らせた後、自分の席に戻ると――今度は、リリスが俺の上に乗ってきた。
「そなたはいつ、妾に手を出すのじゃ!」
「子供なんて作れる状況じゃないし」
「ぐぬぬ……子供は作らぬとも、手を出せばよいではないか」
「まぁ、そのうちな」
「もう! 私のほうが先なんだからぁ!」
今度はアネモネが抱きついてきた。
彼女たちは、本当に肉体関係を望んでいるのでなくて、甘えたいだけなのだろうと思う――多分な。
二人を抱いてナデナデする。
「「ふわぁぁぁ」」
「おっと、力を入れすぎた」
「よぉ! 辺境伯様はモテモテだな」
アキラの家族も戻ってきて、俺たちとは別のテーブルで食事を摂っており――この後、出立の準備をする。
レイランさんのところには、ひっきりなしに貴族どもから専属魔導師の依頼が舞い込んできていたようだ。
そんなの受けるはずないだろうけどな。彼女も貴族が嫌いみたいだし。
帝国にいた時から、彼女を愛人にしようと貴族たちが押し寄せて、辟易してたらしい。
「アキラも貴族になったらどうだ? 俺が認めれば、准男爵などの1代貴族ならOKのはずだぞ」
「冗談よし子さん。そんな面倒なものはパス!」
俺も正直面倒なのだが、色々と総合すると、この世界なら貴族のほうが便利そうだ。
辺境伯なら、他の貴族にまとわりつかれる心配はないしな。
辺境伯の上といったら、公爵しかいないわけで。
「貴族になって、レイランさんが正室になりゃ、彼女に言い寄るやつもいなくなるぞ?」
「なるほど――そういう手もあるか……」
アキラが真剣に悩んでいるが、彼の性格からして貴族になるとも思えない。
食事のあと、パレットに積まれたメイドさんたちの荷物を俺のアイテムBOXに収納。
結局、リリスとアマランサスの荷物は、大型のパレット20個分になった。
「こんなに荷物を持っていっても、多分入れる場所がないと思うぞ? そんなに巨大な屋敷なんて作るつもりもないし……」
「邪魔なら売ればよい」
「売るなら、俺の魔法の糧にしてしまうが……」
「なら、それでもよい」
リリスとアマランサス、双方がうなずく。あまり愛着があるわけでもないようだ。
「でも、なぁ――屋敷が出来たら、毎日こうやって青空の下で食事ってわけにもいかなくなるなぁ」
「いままでと同じように、食べればいいでしょ?」
「アネモネはそう言うけど、領ができて屋敷ができれば、人が集まってくるかもしれないし。街の皆が見ている前で、食事をするのかい?」
「う~ん……」
彼女には、ピンとこないようだが、新しい領ができれば、新しい土地を求めて、人が集まってくる可能性は十分にある。
お城から、何人か引っ越してきそうだし――ソバナのドワーフたちも来てくれるのだろうか?
俺の足元にベルがやって来たので、毛皮をなでながら話をする。
「それで、ケンイチ。新しい領で手始めに何をするんだ?」
アキラの質問に答えて説明をする。
「まずは――移住者に土地と住宅を配って、街道までの直通道路の敷設だな」
「公共事業か――基本だな」
「ちょっと待ってくれよ、旦那! 住宅って、家を配るっていうのかい?」
ニャメナが慌てて、話に入ってきた。
「配るといっても、家も土地も領の物だし、勝手に売買とかはできないぞ」
「でも、ただで配るなんて……」
「家を作るために、職人や人が集まり仕事ができるだろ?」
「人が集まれば、その人を目当てに商人が集まる……」
プリムラも会話に入ってきた。
「そう、そうやって人が雪だるま――っていっても解らんか。とにかく、どんどん人が増えるんだ」
「そんなこと、獣人じゃ思いつかないにゃー」
ミャレーがテーブルに肘をついて、ため息をついている。
「勿論、全ての住民には配れないから――希望者が多い時は、くじ引きで決めたりする必要があるだろうな」
アキラは、新しい領の産業が気になるようだ。
「湖にはマスが沢山いるから、スモークサーモン作りだな」
「おおっ! いいねぇ。スモークサーモンは好物だぜ。ビールに合うだろうなぁ……」
「近くの崖からは、鉱石も出るし――う~ん、あとは……チョコ作りをすれば儲かるかもな」
「チョコレートか! そりゃ、王侯貴族が食いつくな!」
「なに?! チョコだと! それは真か?!」
「それならば、妾も金を出すぞぇ?!」
リリスとアマランサスが、ものすごい食いつきを見せた。
「そうなると、まずはカカオの実の問題が――」
アキラの話では、エルフがカカオに似た木の実を使って、健康飲料みたいなものを飲んでいるという。
シャングリ・ラから、チョコを買ったり、カカオパウダーを買えば早いのだが、それでは住民を養うための産業にならない。
俺に何かあれば、シャングリ・ラは永遠になくなり、そこで終了だ。
そのためには手始めにエルフと接触して――と考えて、はたと思った。
シャングリ・ラにカカオの実って売ってないのか? そう思って早速、検索してみた。
すると売ってる! カカオの実だ。1個1500円ぐらいらしい。
「ポチッとな」
眼の前に、ラグビーボールより一回り小さい木の実が落ちてきた。
茶色でぷよぷよと柔らかい。
「ケンイチ、それはカカオじゃね?」
「ああ、多分」
「エルフのところで見たのと似てるぞ」
包丁を取り出して、木の実を割ってみる。カカオの実の実物なんて初めて見たよ。
縦に割ると――白いネバネバに包まれた芋虫のような塊が出てきた。
「ふぎゃ! 虫にゃ!?」「うわっ、きめぇ!」
獣人たちが騒いでいるが――まぁ、ぱっと見、芋虫にも見えるし、虫の卵のようにも見える。
「おい、アキラ! 私にこんなものを食わせようというのか?!」
「食わせねぇから黙れ、クレメンティーナ」
女騎士と、アンネローゼさんが、カカオの実を気味悪そうに眺めている。
「マジで同じだわ! ただ、エルフのカカオは真っ赤なんだよ」
彼は、エルフと付き合いがあったようだから、エルフのカカオを知っているらしい。
「そうなのか。それじゃ全く同じものじゃなくて、近縁植物とか?」
「かもな」
「このような木の実が、あのチョコの粉になるのかぇ?」
リリスが、ネバネバしているカカオの実を指で突いている。
「そうみたいだな。アキラ、カカオパウダーの作り方は解るか?」
「俺がエルフから聞いた話では――納豆みたいに発酵させて作るらしい。その後、乾燥させて粉にする」
「難しそうだな」
「そのとおり。結構、難しいらしいぞ?」
この世界には高度な機械はないが、代わりに魔法がある。
温度管理もできるし、発酵も魔法で促進できるようだ。
「パウダー云々の前に、これを地面に埋めて、木になるかって話だよな」
「ダメなら、エルフが使ってるカカオモドキをゲットして、育てるしかねぇ」
唸っている二人に、黙っていたアマランサスが口を開いた。
「聖騎士様、肝心なことを忘れているわぇ」
「肝心なこと? そりゃなんだ、アマランサス」
「砂糖じゃ」
「「ああ~」」
アキラと二人で膝を打つ。
そういえばそうだ。俺は、シャングリ・ラから買ってるから、気にしたこともなかった。
「そういえば、この世界の砂糖ってどうやって取るんだ?」
アキラがそれを知っているようだ。
「森の中にな、白やピンクの小さい花が咲くんだが……」
「ああ、見たことがあるな。カタクリに似ている……」
「そう、それ! その植物の小さな球根に糖分が溜まるんだが、栽培が難しい」
「畑じゃ無理なのか?」
「そうなんだよ、森の中でしか育たない」
そりゃ砂糖を取るのは大変だ。それでも森の中で栽培をして、砂糖を精製している業者がいるという。
「プリムラは当然知っているんだよな」
「はい、砂糖業者は極秘でして、貴族の直轄になっている所が多いです」
「わぁ、砂糖の大量生産とかやって、利権潰したら怒るだろうなぁ……」
「ははは、そりゃおもしれぇ! やろうぜケンイチ!」
アキラが乗り気だ。だが、砂糖の元はどうする?
チョコと同じように、俺がシャングリ・ラから白糖を買ってもしょうがない。
本当は、それが一番安上がりなんだけどな。
俺は、またシャングリ・ラを検索してみた。
サトウキビの苗とかないだろうか? カカオの実が売っているぐらい、なんでもあるシャングリ・ラだ、あるかもしれない。
検索すると、あるじゃないか――サトウキビが。
「ポチッとな」
高さ2mほどの、ススキのような植物がバサっと落ちてきた。
「ケンイチ! こりゃ、もしかしてサトウキビか?!」
「さすがアキラ、よく知ってるな」
「南大東島で、こいつの刈り取り手伝ったんだよー」
「ええ? そんな島まで行ったのか?」
「ああ、小笠原諸島でコーヒーの木作ってて、コーヒー飲んだりしたぜ、ははは」
マジで日本中走り回ってるんだなぁ――なんと羨ましい。
いや、俺にもその時間と余裕は、十分にあったはず。ただ行動を起こさなかっただけなのだ。
「俺たちが向かう先は湖で水は沢山あるし、岸は砂地だ。サトウキビ栽培にちょうどいいだろ?」
「ちがいねぇ。オマケに琵琶湖ぐらいデカいんだろ?」
「そのとおり、場所は山程ある」
一見なんの変哲もない草に、リリスが首を傾げている。
「ケンイチ、この草がなんだというのだぇ?」
「リリス、これが砂糖を作れる植物なんだよ」
「なんじゃと?!」
「ケンイチ、これ食っていいか?」
「これは植えるやつだからダメだって」
シャングリ・ラを検索すると、食用のサトウキビのパック詰めが売っている。
「ポチッとな。ほらアキラ、齧るなら、これを齧れ」
草の茎が3本、ビニルパックに包まれているのが落ちてきた。
「おお~っ! 南大東島で売ってたやつと同じやつじゃねぇか!」
アキラはパッケを乱暴に破ると、アイテムBOXから取り出したナイフで、皮を剥き始めた。
それを細長く割っている。
「そうやって食うのか?」
「ああ」
「アキラ、お前正気か? 草を食むなど、馬や牛だぞ?」
「クレメンティーナ、お前は黙れ! アンネローゼは食うよな?」
「はい、いただきます……凄く甘いですわ! 草が甘いだなんて!」
「センセ! センセも食べてみるかい?」
「この草が本当に甘いというのですか?」
「本当だよ。俺は嘘つくけど、アンネローゼは、つかないでしょ?」
おそるおそる、サトウキビを齧ったレイランさんだが、甘いのが解ると、バリバリと齧りはじめた。
「ほら、ミャアも食べてみるか?」
「うにゃ!」
その光景を見ていた、アネモネが俺の袖を引っ張る。
「ケンイチ」
「はいはい、あまり美味いものでもないと思うけどな……」
同じ物を買うと、複数バラバラと落ちてきた。
アキラの真似をして、サトウキビの茎の皮を剥く。
「ほら、飲み込まずに齧ってチューチュー吸う感じだな」
「うん……チューチュー……噛めば噛むほど甘くなる!」
「ケンイチ! 妾にもじゃ!」
皆にサトウキビの茎を配る。テーブルにはゴミ箱代わりのボウルを置いた。
歯と顎が強靭な獣人たちは、そのままバリバリと齧っている。
皆でサトウキビを齧って吸っているが、すごいシュール――いったいどういう光景なんだ。
「なんじゃこれは! 本当に草の茎が甘いとは!」
「この汁を搾って、煮詰めれば砂糖になるんだよ」
「なんと! そなたは神か?!」
リリスが目を見開いて、とんでもないことを言い出した。
「聖騎士様!」
続いて、アマランサスが俺に抱きついてくる。
「あ~、なんなんだよ! 離れろ、アマランサス」
「嫌じゃ! ぎゃぁぁ!」
アマランサスが、地面で転がっている。
「なんなんだよ、お前は! 命令取り消し!」
呆れて、彼女を抱きかかえると身体をなでる。痛みを取るためだ。
「はぁはぁ……ふわぁぁ!」
「私もぉ!」
今度はアネモネだ。
「もう、こら! いい加減にしないと怒るぞ!」
皆がさっと離れた。
「ケンイチ! 黒蜜が取れりゃ、酒だってできる!」
「サトウキビから作る酒ってなんだっけ?」
「ラムだよ!」
「ああ、角が生えてて、虎縞のビキニ着てる……」
「その通りだっちゃ! って違う!」
「ドワーフが来てくれれば、蒸留器も作れるかもな」
「おおっ! 美味い酒がないなら、自分で作りゃ飲み放題ってわけだ!」
その話にニャメナが乗った。
「アキラの旦那。その酒って美味いのかい?」
「ああ、美味くて、強い! ドワーフも喜ぶだろう」
「美味くて強い酒を作るって話なら、ドワーフたちも協力すると思うぞ」
「多分な……中々面白そうだな」
アキラがやる気を出している。
「どうだ、プリムラ? 砂糖、チョコ、そして酒! 良い商売になりそうじゃないか?」
「ケンイチ!」
今度は、プリムラが抱きついてきた。
「ケンイチ、どうしましょう。素晴らしい商売の予感に、ドキドキが止まりませんわ」
「もしかして、マロウ商会が王国一の商会にとどまらず、大陸一の商会になるかもな」
「ケンイチ!」
興奮したプリムラが、唇を重ねてきた。こんな積極的な彼女は初めてだ。
「あ~、私も! 私もぉ!」
「妾もじゃぁ!」
アネモネとリリスが一緒に抱きついてきた。
「はいはい、お前たち離れなさい! あ、でも――砂糖って国の専売じゃなかったっけ?」
「そんなもの――妾たちがいれば、どうとでもなるわぇ」
リリスがふんぞり返り、アマランサスが扇子で口元を隠す。多分、笑っているのだろう。
「ですよね~それじゃ、方針が決まったところで、出発の用意をしないとな」
皆を身体から離して、しばし考える。
「ケンイチ、だいぶ人数が増えたけど、大丈夫か?」
「アキラには、またプ○ドを出すから、それを使ってくれ」
「それはいいが――そっちはどうする?」
「新しいのを召喚するか……」
え~と8人とベル――一緒にメイドさんが11人。やっぱ、マイクロバスだな。
シャングリ・ラを検索する。ここはやはり信頼と実績で、T田のコ○スターだな。
29人乗り、350万円。13万km走ってるが、こういう商業車で10万kmなんて、序の口だ。
「はいはい、デカいの下ろすから、場所を空けて~!」
「また、召喚獣かにゃ?」
「コ○スター召喚!」
長く白い車体が落ちてきて、地面でバウンドした。
ハ○エースが約4.7m、コ○スターは約7mなので、2.5mほど長い。
「「「おおお~っ!」」」
「コ○スターか! 確かに、これなら乗れるな」
「もっとデカいのも呼べるが、小回りが利かないからな。街角とか曲がれない」
「それは、あるな」
「それに道があまり良くないんで、デカいバスだとスタックする可能性がある」
「なるほど……ありえる」
それに、大型バスなんて運転したことがない。最近のはATらしいけどな。
左側にあるドアの取手に触れると、スライドして開く。
早速ベルが一番乗りして、中をパトロールしている。
「ヒャッホウ、一番のりだ~」「トラ公ずるいにゃ!」
獣人たちが続いた。
マイクロバスの後ろに、プ○ドを出す。
「また、この化物に、私を乗せようというのか?!」
「それじゃクレメンティーナ、お前は歩いてこい」
「そんなことができるはずなかろう! 大体、何リーグ離れているのだ?」
「ケンイチ、サライまで何リーグぐらいあるんだ?」
「え~と400kmぐらいだから――250リーグか」
それを聞いた女騎士が、アキラに掴みかかる。
「無理に決まってるだろ!」
「じゃぁ、とっとと乗れ!」
「はぁっ! ちょっとまて! ひいぃ!」
アキラは祝福の力を使って、強引に女騎士を車に押し込めたようだ。
マイクロバスの前では、メイドさんたちが固まっている。
メイド長のマイレンさんを筆頭に10人。そのうち一人は、俺たちと一緒にソバナまで同行してくれた女性だ。
もうひとり、知っているメイドさんがいる。お城の書庫で本のコピーを手伝ってくれた女性だ。
「メイドさんたち、辞めるなら今のうちだよ~」
「いいえ、覚悟は決まってますし」
「なにもない所に行くんだよ? お城勤めっていえば、憧れの職業なんじゃないの?」
「確かにそうですけど……カルミアの話では、美味しいものが沢山食べられるって話だし――」
カルミアというのは、俺たちと同行したメイドさんの名前だ。
「そう! さっき聞いてたけど、砂糖だって作るって言うじゃないですか!」
「まぁな」
「それに――いい匂いがする石鹸とか、髪の毛が綺麗になる薬とかも、使えるって話だしぃ――」
「あなた方! 辺境伯様に対して、なんという口の利きかたを!」
マイレンさんの一喝に、メイドたちが並んで、頭を下げた。
「ああ、俺は構わんから」
メイドさんたちに話を聞いても、決意は固いようだ。
まぁ、それならとやかく言うまい。
出発の準備をしていると、ぞろぞろと派手な服を着た人々がやって来た。
役人、大臣、宰相、王族円卓会議の面々もいる。
見送りに来たのか? 別れというと、涙がつきものかと思うが、それに反して、皆がニコニコ顔だ。
筆頭らしい、アルストロメリアという王族の女性が話しかけてきた。
「出発するのかぇ?」
「はい、すぐに出ます。色々とお世話になりました。本当に色々と」
「そう嫌味を言うものではないぞぇ?」
「長年お城にいた王族が二人もいなくなるというのに、ずいぶんとご機嫌のようで」
「新しい門出に、暗い顔は似合わぬ故」
よく言うぜ。この女も相当なタヌキだな。
「これが、人を乗せて走るという鉄の召喚獣かぇ?」
アルストロメリアは、鉄でできたコ○スターを眺めている。
「何人乗せて、1日でどのぐらい走れるのだぇ?」
「約30人乗せて、300リーグぐらいは……」
「本当かぇ?」
「嘘は言いませんよ」
彼女が、俺の方を向くと、首に手を回してきた。
「領が潰れたら、妾を訪ねるがよいぞ?」
「潰れる前提ですか?」
「聖騎士なら、妾の身体も好きにしてもいいのだぇ?」
「アルストロメリア様! お戯れもほどほどになさいませ!」
慌てて、リリスが間に入ってきた。
「戯れではないのだが?」
「元王族が二人で、精一杯ですから、ご遠慮いたします」
「ふん……ユリウス! こちらへ来るがよい!」
アルストロメリアに呼ばれて、短い金髪の若い男が歩み出た。背が高いキリリとしたイケメンだ。
黒い制服の近衛騎士とは反対に白い制服を着て、胸に刺繍が施されている。
多分、25歳ぐらいか。
若い女の子にモテそう。その証拠に、マイクロバスに乗ったメイドさんたちが、彼を見てキャッキャウフフしている。
紹介してくれた王族の話では、紋章官という職種らしい。
湖の畔に連れていく人材が、増えそうだ。
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