111話 竜殺しの手がかり
ソバナに隣接している帝国の都市に来ている。
俺と同じ元世界からの転移者らしい奴を探しにきたのだ。だが、1日目は情報が得られず、ギルドへ情報提供の依頼をして終了した。
ギルドにこんな依頼をして、大丈夫なのか? ちょっと心配ではあるのだが、他に良い手段が思いつかない。
いつまでも、ここに居るわけにもいかないのだ。帝国側の貴族や役人に感付かれる前に、竜殺しに接触しなければ。
それにしても件の奴は、かなりの有名人らしいが、そもそも何故この街へやってきているのだろうか?
他の者からも狙われているかもしれないし、帝国の極秘任務で潜入しているのかもしれない。
だが極秘なら街に噂が流れているのは少々疑問が残る。
俺は、帝国側に宿泊するため、ギルド近くの宿屋を訪れた。
小さな階段を登り、扉を開けて中に入る。
「いらっしゃ~い!」
給仕の女が挨拶をしてくれる。藍色のメイド服のようなワンピースを着ており、大きなエプロンをしている。
宿屋の1階は丸いテーブルが5つ程。全部、男共で埋まっている。飯を食い酒を飲んでいるようだ。
すでに日が傾いており建物の中は薄暗い。オレンジ色に光る灯油ランプが2個灯っている。
「食事? それとも泊まり?」
「泊まりだ、部屋は空いているか?」
「一番上の屋根裏部屋なら空いているよ」
「それでいい、幾らだ?」
「お客さん王国の人?」
「ああ」
食事付きで8000円、素泊まりで5000円だという。少々高い――もしくは王国の人間だと少々高く請求されるのか?
王国の金で支払いOKだというので、3日分――小四角銀貨3枚(1万5000円)を渡して、女が差し出した宿帳にサインをした。
帝国でも言葉は通じるのだが、文字が違うようだ。
――名前は、『シャガ』。勿論、偽名だ。
他の人の名前を使って迷惑が掛かると拙いからな。帝国風に、ハンスとかペーターにすりゃ良かったかもしれないが。
まぁ王国の人間だと言ってしまったので仕方ない。
給仕に案内してもらう。部屋は3階に1つだ。天井板はなく梁が剥き出して、3角屋根の裏側がそのまま見える。
踏み込むと床板がギシギシいって圧迫感はあるが、たいした事はない。逆に秘密基地風で中々いい。
「ランプもあるけど別料金だよ」
「ああ、持っているからいらないよ。ありがとう」
女にチップの銅貨を1枚渡すと訝しげな顔をしている。
「何も持っていないじゃないのさ」
「アイテムBOX持ちだからな」
それを聞いた女は、納得したように階段を降りていった。
さて、飯だな。こういう1人の時には、カップ麺でいいだろう。
アイテムBOXに、炊いた白米も残っていたはずだ。あの王女がいるから大量に食事の用意をするからな。
食事の準備をするために、アイテムBOXからLEDランタンを出した。
あっ、そういえば、家に置いてあるガソリンランタンは3日も保つかな? まぁ彼女達がなんとかするだろう。
カセットコンロを出して、お湯を沸かす。この水は峠で汲んだ水だ。
市場で買ったコッカ鳥の卵は茹で卵にしよう。卵が小さいので、そんなに茹で時間は掛からないと思う。
とりあえず半熟でも、カップ麺に入れて食えばいい。5分程卵を茹でて、カップ麺にもお湯を注ぐ――そして3分間待つのじゃぞ。
その間に、ご飯を用意しよう。
出来上がったので、蓋を取り麺を啜る。コッカ鳥の茹で卵も食べてみよう。
小さいので殻が割り難いが――うずらの卵より二回り大きい卵を口へ放り込む。
「あ、これは美味いわ。凄い味が濃い」
そして白米をバクバク。たはぁ~こいつは止められねぇ。ここは3階で部屋は1個。臭いを気にする必要もない。
「美味い! 美味すぎる! 十万石――」
そういえば、例の帝国の奴はカップ麺とか、しばらく食ってねぇんだろうな。
ご飯だって食べてないはずだ。市場でも見たことがないからな。
しかしその前に、『竜殺し』は日本人かな? 日本人以外だと、ちと面倒だな。
そんな事を考えつつ、白米を食べていたが、ちょっと物足りない。
ここは海苔を追加したい。シャングリ・ラで海苔を購入。コンロで炙って、ご飯を包み――醤油をつけて食う。
「美味い! やっぱり俺は日本人だよなぁ」
竜殺しも、そろばんやガチャポンプを知っているから、日本人だと思うんだが……。そろばんって元々中国だっけ?
まぁ、とりあえず会ってみない事には解らないか。会えればいいけど。
飯を食い終わったので、ゴミはゴミ箱へポイ。その他はアルコールとキッチンペーパーで拭いてアイテムBOXへ収納。
飯も食って腹も膨れたので食休み。
ベッドは少々怪しいので、床にエアマットを敷いて横になる。
アネモネがいれば、ベッドを魔法で加熱してもらえば殺菌できるんだがなぁ。
食ってすぐに横になると、牛になる? ここは異世界だからな、そんな日本の言い伝えは通じない――多分。
「さて、寝るまでに何をしようか。また異世界ラノベでも読むか?」
だが、いい事を思いついた。ベルに供えられた、賽銭の勘定をしていようか。
起き上がると、アイテムBOXから賽銭箱を取り出し銅貨を積み上げ始める。
10枚で1組――それが徐々に増えていく。あそこには1000人ぐらいの獣人がいたからな。
まぁ、こんな事をしなくても種類に分けてアイテムBOXへ入れれば――銅貨×200枚、みたいに自動でカウントされるんだが。
この作業が、貯金箱の中身を数えるようで楽しいじゃないか。
数えた結果――。
銅貨891枚――89万1000円。1人1枚ではなく、2~3枚入れた奴もいたからな。
小四角銀貨30枚――15万円。
銀貨1枚――5万円
合計――109万1000円也。
あそこにいた連中が全員入れたわけじゃないんだが……。
くわぁ~小銭でも集まると、すげぇパワーだな。
それに高額を少人数から取るよりも、小銭をたくさんの人数から取った方が儲かるのが解る。
くくく――やはり宗教ってのは儲かるねぇ。
冗談はそのぐらいにして――小銭数えに没頭しすぎ、すっかりと時間を食ってしまった。
「そろそろ寝るか……」
アイテムBOXから毛布を出す。そして寝る前に戸締まりだ。強盗が出るって話も聞いたしな。
一応、簡単なカンヌキは出来るようだが、こんなのは無理やり開ければ壊れてしまう。
森の中で使っていた、赤外線センサーを使おう。センサーとモバイルバッテリーをアイテムBOXから出して接続する。
誰かが侵入してくれば、ブザーで解るわけだ。そして、枕元にはレーザーサイト付きで装填済みのクロスボウと矢が数本。
後は熊スプレーとカットラス刀も用意しておこう。
熊スプレーは、黄色いストッパーを外しておく。一緒にセンサーライトも取り付けてみよう、目眩ましに使えるだろう。
大袈裟か? だが、いつも生体センサー代わりのベルや獣人達に守られていたから、安心して寝られていたわけだ。
久々の1人だと心細さが半端ない。このぐらいしないと安心出来ない。
やっぱり、頼れる仲間ってのは大事だな……。
「――皆は大丈夫かな?」
公爵邸に居て、誰かに襲われる事もないだろうけどな……。
俺は床に置いたエアマットの上で眠りについた。
------◇◇◇------
――真夜中、けたたましいブザー音で、俺は飛び起きた。
真っ白に光るライトが、怪しい男2人を照らしている。ライトアーマーを着て、剣を持っているようだ。
「くそっ!」「なんじゃこりゃ!」
俺は、枕元に置いてあった、熊スプレーを吹き付けると、男達が黄色に染まった。
「ゲホッゲホッ! ぐあぁぁ!」「ぎゃあぁ! 目がいてぇ!」
熊スプレーって初めて使ったが、霧が黄色いんだな。
次にクロスボウを取ると、先頭の男へ向けて発射したのだが、矢がライトアーマーごと胸を貫通しても、男は短剣を振りかざしてきた。
完全なストッピングパワー不足だ。
ライトの光が反射する白い刃が俺の目に飛び込んでくると、辺りは色をなくしスローモーションに変わる。
やられる!
そう直感した。クロスボウを捨てて身体を捻りカットラス刀を取ると、アネモネや皆の顔が次々に浮かんでは消える――これが走馬灯ってやつだ。
コンマ数秒のはずなのだが、それは何十秒にも感じた後、暴漢の剣が俺の肩口に到達した。
そして、遅れて水平に薙ぎ払ったカットラス刀が、男のこめかみに食い込み赤い脳漿が吹き出す。
俺は、倒れこんできた男の身体を受け止めると、左側へ投げ落とした。
「ぎゃぁぁ! くそっ! 見えねぇ!」
涙と鼻水を流しまくった、もう1人の暴漢が剣を振り回しながら相手を探している。
ブンブンとでたらめに振り回しているので、危なくて近づけない。
俺は咄嗟に捨てたクロスボウを取ると、レーザーサイトを起動して矢を装填した。
そして暴漢の頭に赤い光点と合わせ引き金を引く。男の頭に矢が貫通すると、その場に膝から崩れ落ちた。
「はぁはぁ……」
身体中を撫で回して確認してみる。大丈夫だどこも切れていないようだ。
確かに肩口に剣は命中したが、なんともない。手で触っても痛みはない。
切れてなーい!
血まみれではあるが、これは倒した敵の血。その時、下から声が聞こえる。
「おいこら! どうしたぁ?! 3階の奴はアイテムBOX持ちだから殺すなって言っただろうが?!」
その声を聞いて、俺は吐き捨てた。
「くそっ!」
まだ、敵はいるようだ。
俺はクロスボウに再度装填すると、手に持って部屋の外に出た。
廊下には暴漢が持っていたと思われる灯油ランプが置かれて、辺りをオレンジ色に染めている。
俺はゆっくりと階段から下の階を覗いた。
その時、上を見上げたスキンヘッドで真っ黒な口髭を生やした男と目があった。
クロスボウを構えて、レーザーサイトの光点を男の眉間に合わせて、トリガーを引く。
頭蓋に矢が貫通すると、男はそのまま白目を剥いて仰向けに倒れた。
「ぎゃぁ! お頭!」
聞こえてきたのは女の声だ。再びクロスボウに矢を装填すると、ゆっくり階段を降りて2階へ行く。
2階には部屋が5つ。全ての扉が開かれて、客らしい死体が並べられていた。
寝間着姿の女や子供もいて、木の床に血が流れ出ている。
3階と同じように灯油ランプで辺りが照らされて、女が1人で震えながら尻もちをついていた。
よく見れば、この店の給仕の女だ。だが、それを見て俺はピンときた。
「お前が、この悪党どもを引き込んだのか?」
この女が、宿の鍵を開けて悪党どもを引き込み、泊客の詳細をこいつらに教えたのだろう。
「ち、違うんだよ、旦那!」
何が違うのか? さっき、お頭って呼んでたよな?
「こいつら3人の他には?」
「い、いないよぉ! 全部で3人さ」
「女、子供まで殺しやがって……」
俺はクロスボウのレーザーサイトを女の頭に合わせた。女の顔が恐怖に歪む。
「ち、違うんだよ! 聞いておくれよ!」
「問答無用……」
引き金を引くと、放たれた矢が女の頭蓋を貫通した――勿論、即死である。
俺がアイテムBOX持ちだって事も、悪党どもに告げ口したくせに――何が違うだ。
「はぁ……」
俺は、デカいため息をこぼして、その場にしゃがみ込んだ。
「一体どうしたもんか……」
子供の死体に手を合わせる。
「仇は取ってやったから成仏しなよ。ナンマンダブナンマンダブ……」
一息つくと、喉がカラカラなのに気がつく。アイテムBOXからナントカの美味しい水のペットボトルを取り出すと、一気飲みをした。
「ふう……」
だが、何かフラフラする。身体を再度確認してみるが、なんともない。
よく考えてみると――腹が減っているのだと解った。これはナチュラル回復を使った時と同じ症状だ。
――ということは、悪漢の剣が当たった時に、何らかの能力が発動したのか? これも、『聖騎士』の力ってやつか……。
なるほど簡単には死ななくなったようだ。
アイテムBOXから、バナナ2本とカロリーバーを出して食う。
死体を眺めながら飯を食うなんて、俺も太くなったなぁ。
なんでこうバイオレンスがデフォルトになってしまったんだ? どうしてこうなった?
元世界に帰るつもりもないが、もし帰ったとしてもまともな生活を送れるのか心配だ。
早く、あの湖の畔に帰ってのんびりしたい……だが、元世界から来た奴には会いたいよな。
腹に物をいれて、脳みそに糖分が回りだしたところで、冷静に考えてみる――さて、どうするか?
そういえば、狭い部屋で熊スプレーを使えば、自爆するような気がするが……なんともない。
多分、ナチュラル回復が働いているのだろう。もしかして毒ガスや、食事に毒が入っていても平気になったのかもしれない。
「う~ん……」
そんな事より……帝国の役人等に通報したら絶対に揉めるな。悪党4人を瞬殺したんじゃ、ただの商人じゃないってバレるし……。
そうなれば、スパイの容疑だって掛かる――実際にそうだしな。
宿帳には偽名を書いたので、足がつく事はないだろう。
ここは――悪党共の死体をアイテムBOX経由でゴミ箱に入れて処分。そのまま逃げる。
そうすれば宿屋が襲われ客は皆殺しにされて、賊共は逃亡中ってことになるだろう……これでいくか。
客達の死体をこのままにするのは心苦しいが、仇を取ってやったという事で、勘弁してもらおう。
早速、悪党の死体をアイテムBOXへ入れる。あの女の死体もだ。
3階の自分の部屋に戻り、2つの死体をアイテムBOXへ入れ、俺の荷物も入れるが――。
血まみれになってしまった物はゴミ箱行きだ。みれば、自分の服やズボンも血まみれだ。
上着は黒なので血糊は目立たないが、やっぱり気持ち悪い。シャングリ・ラで新しい上下の服を買って着こむ。
そして、悪党共の死体も――ゴミ箱行き。ボタンを押すと、アイテムBOXから【死体×4】の文字が消える。
部屋を確認して、証拠が残っていないか再度見回す。
シャングリ・ラから黒い毛布を買って羽織る。本当はローブがいいんだが……そう思ってサイトを検索してみた。
「おっ! 売っているじゃないか」
シャングリ・ラに、黒い修道服のようなローブが売っている。これってコスプレ用だろうか?
まぁ使えればなんでもいいや。購入して着てみる――中々良い。これで暗闇に紛れる事が出来るだろう。
LEDライトで照らしながら、そのまま1階に降りると、そこにも死体が転がっていた。
こいつは、カウンターの奥にいた、この宿屋の主だ。マジで皆殺しにしたんだな。
裏口を少し開けると、辺りを確認してから外へ出る。
街灯はないので、当然真っ暗。だが獣人は暗闇でも目が見えるので、彼等に見られたら厄介だな。
だが黒いローブで顔を隠しているし、大丈夫だろう。
そのまま、月の光に青く照らされている通りを渡り、ギルドの横道に入る。人っ子一人いない。
行く宛もないのだが、市場へ行ってみようと思う。
LEDライトで足下の石畳を照らしながら、市場へやって来た。当然誰もいない。
市場は畳まれて、露店の部材があちこちに積まれている。
「これって、盗まれたりしないんだろうか?」
そう思っていると、向こうにチラチラとオレンジ色の光が見える。
おそらく、警備とか見回りの連中だろう。俺は、市場の外周にある店の陰に隠れた。
見回りを躱して、辺りをチェックしているといい場所を発見。
ある店の脇に半地下へ降りる階段があったのだが、その先には荷物が積まれて埃をかぶっている。
どうやら使われていない様子。ここで黒い毛布を被ったら、俺がいるのかは解らないだろう。
「よし、ここで寝るか……」
俺は黒いローブを着たまま、さらに黒い毛布を被って、狭いスペースに蹲った。
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――目が覚める。いつの間にか寝ていた。周りは暗い――だが、建物の陰になっているだけで、上を見ると青空が見える。
ガヤガヤと市場の、ざわめきも聞こえている。黒い毛布をアイテムBOXへ入れると、黒いローブも脱いだ。
そして階段を上ると市場に出る。そこでは商人達が露店を組み立てている最中だった。
当然、店もまだやってない。
腹が減ったので、アイテムBOXからパンを出して食う。野菜も欲しいので、野菜ジュースも飲むか。
食い物に困らんのは、いいことだ。パンを齧っていると、声を掛けられた。
「商人かい? こんなところで何をしている?」
「ギルドに行きたいんだが、まだ時間が早いので時間を潰している」
「はは、失業者か? がんばれよ」
まぁ仕事もせずに、こんな所で飯を食っているから、そう見えても仕方ないんだろう。
そうこうしているうちに、市場には人が溢れ始めた。時間は――朝の7時頃だろう。
この世界は、明るくなると皆が行動を初めて、暗くなったら寝る。
もうギルドも開いているはずなので、そちらへ向かう。
そしてギルドの前までやって来ると、すでにたくさんの人々が出入りしている。
その斜め向かいには、俺が泊まった宿屋があるのだが――すでに人だかりが出来ていた。
おそらく、宿屋で朝飯を食おうとした客が、死体を見つけたのだろう。
「おい、ありゃどうしたんでぇ?」「なんでも宿屋に押し込みらしい」「剣呑剣呑」
見ていると、黒い制服を着た、役人らしき男達と、アーマーを着て馬に乗った騎士らしき男がやってきた。
事件現場の検分をするのだろう。それを横目で見ながら、ギルドへ入った。
掲示板を見ても、俺の依頼はまだ貼られたままだ。
それから、しばらくギルドで待つ。その間に市場へ行ったり、新しい宿屋を探しているうちに日は暮れた。
どこで聞いても、人が集まるのは市場かギルドだと言う。
何の収穫もなしだが――追加料金を払って、他のギルドにも依頼を回してもらった。
この街には4箇所のお仕事紹介ギルドがあるという。
「他にいい手が思いつかん。花街辺りで聞き込めりゃいいんだが……」
ちょっと俺1人じゃ自信がないし、トラブルになって重機なんて出した日にゃ大騒ぎになってしまう。
俺は、ため息を吐きながらトボトボと宿屋に向かった。
新しい宿屋は、太った中年女がやっている小さな建物。素泊まりで3セェン(3000円)と格安。
少々ボロいが関係ない。ベッドも使わず、床にエアマットを敷いて寝るんだからな。
また、扉の前にセンサーを仕掛けて寝ることにしよう。
------◇◇◇------
――帝国滞在3日め。今度の宿屋では何もなかった。
朝から、ギルドで粘っているが反応はなし。他のギルドからも連絡はないという。
連絡といっても、電話等があるわけじゃないからな。獣人達が飛脚で書類や手紙を持ってくるだけだ。
そして昼も過ぎた時、掲示板の前で獣人の女が依頼の張り紙を見ている。その紙は俺が依頼したものだ。
ミャレーのような黒い毛皮を着ているが、あいつの腹は白いし、よく見ると黒い縞模様なのだ――だが、この女は全身真っ黒。
そして大きな三角形の耳が頭の上に突き出ている。
獣人だが字が読めるんだろうか? 一応、聞いてみるか。
「字が読めるのかい?」
「この依頼はなんて書いてあるにゃ?」
なんだ、やっぱり読めないのか……その獣人に文面を読んでやる。
『帝国の【竜殺し】について、有力な情報を持っている者には、10イェン(10万円)を払う』
「う~んにゃ」
「しらないか? 話を聞いた事は?」
「う~んにゃ」
反応があるのか、ないのかよく解らん。そもそも依頼の内容が何か解らないのかもしれない。
しばらくギルド内にいたのだが、外の空気を吸いに出た。
歩道でスツールに座り、悩んでいると後ろから声を掛けられた。
「竜殺しを探しているにゃ?」
振り向くと、さっきの獣人の女。茶色の短い上着と赤色のミニスカを履いて、へそを出している。
太めのベルトに短剣を収めているようだ。
「知っているのか?」
「う~んにゃ~、どうしようかにゃ~、あんたがどういう人か解らないしにゃ~」
そりゃそうだ。もしかして隠遁生活や極秘潜入などで隠れたりしていれば、人には知られたくないはずだ。
「竜殺しとは同郷なんだよ。それで会ってみたいんだ。本当に知っているのなら、頼む!」
「同郷きゃ? 本当きゃ?」
何か証明するいい方法は――そうだ。俺はアイテムBOXから紙と鉛筆を取り出して、スツールの上で手紙を書いた。
『俺は日本人のハマダ・ケンイチです。貴方は日本人ですか? 日本人なら会って話がしたい』
文面は漢字かな交じりの日本語だ。
「にゃー、アキラの書く文字に似てる気がするにゃ」
「そいつはアキラって言うのか?」
「しまったにゃ!」
女は両手で口を押さえている。
「それじゃ、この手紙をそいつに渡してくれ、頼む!」
一緒に王国の銀貨2枚を渡した。一応、成功報酬と同額だ。
「どうしようかにゃ~」
だが、女は俺の臭いをクンカクンカし始めた。
「どうした? 何か臭うか?」
「獣人の臭いがするにゃ――それと、これは何の臭いにゃ?」
もう3日、皆の所に帰っていないが、風呂に入ってないし洗濯もしてないからな。
彼女に、獣人が2人と森猫が一緒だと説明した。
「森猫もいるにゃ?!」
彼女の話では――帝国側でも森猫は獣人達の神様の使いであるという。だが、殆どその姿は見なくなってしまったらしい。
それを聞いた女は俺に思いっきり近づいてクンカクンカしている。
おそらく帝国側の森猫は乱獲されて絶滅寸前なのか、それともなんらかの原因で数を減らしたのか。
「家族に獣人や森猫がいるなら、信用してもいいかにゃ。それじゃ、返事は明日でいいかにゃ?」
「もちろん!」
「それじゃ明日の朝に、この場所で待ってるにゃ」
「よろしく頼む!」
獣人の女と別れる。
やったぞ! 棚から牡丹餅、瓢箪から駒。罠って事も考えられるが――獣人に小難しい細工は出来ない。
うっかり名前を言ったりして迂闊なところも獣人らしい。それに、アキラってのは、間違いなく日本人の名前だ。
それにしてもアキラか――男だよな? でも、女でもアキラっているしな。
男か女か聞かなかったな…………まぁ、会えば解るか。
あの獣人は、そいつの仲間か、それとも女か。日本人なら獣人に偏見もないはずだしな――多分。
ちょっとトントン拍子すぎるかな? もしかして聖騎士になると運も上昇するとか?
それなら、マジで凄いが。
手がかりが掴めたので、ギルドに戻り依頼をキャンセルした。成功報酬として預けた銀貨は戻ってきたが、依頼料は返却されない。
俺は太った女将さんがやっている小さな宿屋へ戻ると、明日にやって来る出来事を想像しつつ、まったりとする事にした。





