縁あわせ 28 水祭①約束の品※イラスト有り
読んでくださりありがとうございます。
今回、小説の最後にイラスト(?)があります。
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よかったらどぞ!
毎年の事だが、水祭当日は晴天だ。この日を空も待ち構えているようで、水の花が撒かれるとそれを呼び水にテサン地方は雨季に入る。
双葉亭は大昔に一度だけ、なにかの気の迷いで水祭当日に開店してみた事があるが、水を被っただけならともかく泥まみれの男達が大量に入店したため、双葉達は二度とこの日は営業しないと悲鳴混じりに宣言した。
朝からマァナは一人厨房に立っていた。
休みと言えどもお隣さんの朝食を作るのは日課だったし、少し作りたいものもあった。
そうして細々とした準備を終える頃、ようやく双葉達が厨房奥の部屋から出てきた。
「おはよう、リーンさん、レーンさん。お昼ごはん用意してくからね。今日、あたし居ないんだからね。明日の下ごしらえ手伝えないよ? あと、ミヨコさんとこのお皿の回収と夕食お願いね」
矢継ぎ早に話す娘に双葉達は欠伸混じりに返事をした。
「「はいはい、覚えてるよ。あの男と買い物だろう」」
どうしたらクロスのことを『あの男』と呼ぶのをやめてくれるのだろうかとマァナは一瞬だけ悩んでから前掛けを外して体にそぐわない大きな鞄を横がけに提げた。
「じゃ、いってきまーす」
「「しっかり分捕っておいでよ! 間違っても石鹸にするんじゃないよ!」」
……約束の品って分捕るものなの?
オカシナ決戦の場に挑むような気分になりつつ双葉亭の前に出た。
クロスに会えると思うと体が軽くなる。悩みも薄くなる、とマァナは思っていた。
たとえその悩みが当の男自身からもたらされたものであっても。
縁あわせの相手が異世界人だと数日前に知らされたマァナだったが、未だにそれが明かされた意味を理解しきれていなかった。
マァナは男が異世界人だろうが怪物だろうがどうでもよかったのである。
そんなものはクロスの肌を自分が心地よく感じる事実に比べれば些細な事。
それでも男が秘密を打ち明けるように言ったので真意をずっと考えている。
いつもならベットに入ってすぐに寝付けるのに、ここのところ十回は寝返りを打っている。
マァナは溜息を吐いた。今まではどんな悩みだって寝返り三回までで誤魔化せていたのに。
どうにもクロスに関する悩み事は時間が経つほど色濃く、しかも増えていくのだ。
マァナの耳元で語られた彼の過去は孤独な色しかなかった。
どちらの世界の話も彼の口調は淡々としていて、マァナは逆にその投げやりじみた態度にのめり込んでいった。
まるで絵本を読み聞かせてもらっている気分になったのだ。少し、設定の厳しい絵本を。
この主人公にとっての異世界じゃない世界はどこに在るのだろうか。
マァナの思考はそんなところでグルグルと回り続けた。
それは根無し草のような男の本質を的確に見抜いていたがためと言ってもいい。
どうして何年も生きているだろうにあんなに孤独そうに言うのだろう。
ん?何年?そういえばクロス様って何年生きてるんだろう?
マァナの思考回路は度々脱線した。そして新たな悩みという名の小さな疑問を生むのだ。
今まで人に頓着しなかった娘は知りたがりな自分の心に振り回されていた。
これが毎晩十回寝返りの真の正体。
その悩みを解決出来る唯一の男の姿を目に捉えると、マァナは開口一番こう言った。
「おはようございます。クロス様っておいくつ?」
「おはよう、マァナ・リード。29歳だ」
双葉亭前に時間通りにやって来た男はいつもと同じ白いシャツに黒いズボン。
なんの変哲も無い服装なのにその存在感は今朝もマァナを圧倒して数歩後ずさりさせた。
首から手ぬぐいを下げてないところを見ると歩いて来たらしい。
異世界人発言の翌日から男は毎朝走って開店前の双葉亭を訪れ、食事をしてから歩いて帰る、という行動を繰り返すようになっていた。
初日はさすがに驚いた。開店前の双葉亭の扉前でバツが悪そうに頭を掻く男を発見したのは、お隣に朝食を届けた帰りのマァナだった。
すぐさま双葉達と相談した。『お客様として丁重に扱う』に一票、『奥につれこむ』に二票で可決され、彼は狭い控え室に押し込まれて毎朝食事をとることになったのだ。
多数決はいつもマァナの分が悪い。
「えっと、あとは、サクラって言ってたの何ですか?」
寝物語に聞いた単語を時折思い出しては尋ねたり、脱線した思考から生まれる疑問を投げかけるのがここしばらくの会話形態だった。
「花だ。光に透けた君の髪の色に似ている」
髪に手を伸ばされてマァナはまた数歩後ずさったのだが、そのまま男の手はマァナの小さな手を捕らえて握りこんだ。
捕まった。
マァナはホッと息を吐いた。
これで逃げなくて済むのだ。温かく大きな手に包まれてしまうとマァナは自然と笑顔をこぼした。
何度会っても、捕まるまでは逃げるしかないのだ。
「では行くぞ。すでに人が多い」
「だから今日でなくてもいいのに。花撒きまで隣のゼタと遊びませんか?」
マァナの言葉にクロスは首を振って歩き出した。
ほんと、せっかちさんねぇ。
少し呆れてしまう。
双葉達に「話進めたよ。あの男に結婚についてきちんと教えな」と言われたのだが、説明する自信が無いマァナはなけなしの金で『正しい結婚までの手順書 男性用』という本をクロスに買い与えた。
すると一日で読み込んできて行動を起こし始めたのである。
その手始めが今日、今からの『約束の品』買出し。
これなら自分に都合良く『結婚のしきたり』を作ってしまえばよかったとマァナは口を尖らせた。
言葉だけで充分なのだ。欲しいもの、と言われたら消費物くらいしか思い浮かばない。
もう、服も化粧品も双葉達に買ってもらったので。
前を行く買い物をする気満々らしい男の背を見ていると、どうしていいかわからなくなる。
……背中もかっこいい。
そして脱線する。
「石鹸はどこだ? 閉まっているのか?」
振り向かず男は大半閉まっている商店を見回していた。
「え、聖油石鹸でいいの?」
「欲しいものを買わずに何を買うというんだ」
ぶっきらぼうに言い放つ男に急かされてマァナは行きつけの風呂屋へ案内した。
水祭の日でも店を閉めるわけにはいかない『湯屋 ファボン』は双葉亭から程近い、大きな通りに面した場所にあった。
いつもどおりの店構えだ。綺麗な飾り文字で『ファボン』と書かれた看板の横に木箱が重ねられ、一番上に乗せられている大きな籠には乳白色の正方形ブロックがいくつも入っていた。
「おや、マァナちゃん……と大きな兄さんだねぇ! どうしたんだい? 風呂なら花撒きの後しか今日は入れないよ?」
店内に入ると馴染みの女性店員が明るい声をかけてきた。
マァナとはよく背を流し合いするくらいに仲がいいのだが、何故かクロスが横にいるかと思うと何を話せばいいやら口ごもってしまう。
「石鹸を見せていただきたいのだ」
黙り込んでいるマァナの代わりにクロスが話を進めた。
店員はなんとなく状況がわかってきた表情でマァナの方に「いつものかぃ?」と、尋ね返した。
二人の様子は明らかに男が出資者のお買い物だったのだ。
「あの、えーっと……前にファボさんがいいの見せてくれたの」
「ああ、じいさんがやたら仕入れたやつね。皆に勧めるんだけど高いから売れないんだよね!」
そう言うと奥の木箱を漁る。
「聖油を使ってるから物はいいんだけどね、香り付きの石鹸なんて男客の多い風呂屋に仕入れるもんじゃないよね!」
カラカラ笑い声とともに手近な木箱の上へ次々、正方形のブロックを並べてゆく。
よくよく見るとどれも色が薄っすら違う。
マァナは大事そうに両手で一つ持ち上げた。
石鹸は片手では納まらないくらいに大きな塊で、意外と重たい。
フンフンと鼻を寄せると独特の油の香りに混じって控え目にすっきりした香りがした。
よい香りに嬉しくなって隣を見上げるとクロスの方は薄紫の石鹸を手に取っていた。
大きな手に乗せられた石鹸は自分が持っているものと同じ物?と疑ってしまうほど小さく見えた。
石鹸を持ってるクロス様もかっこいい……
マァナは再び脱線した。
「兄さんが持ってる薄紫色のがラーダの香り。マァナちゃんの持ってる真っ白のが雪の花の香り。あと、他にもミルト、眠りの香り、ケイトランド……あれ?コレはなんだったけかな?とにかく6種類あるよ」
思考が脱線し続けてぼんやりしていたマァナだったが、次のクロスの言葉で石鹸を取り落としそうになった。
「では全部ひとつずつ頂こうか」
「そうこなくっちゃね! よかったねぇマァナちゃん!」
マァナは驚いて口をあんぐり開いたまま静止した。
重量があるので品の受け取りは帰りに寄るとか、近いんだから届けとくよ! とのやりとりをぼんやり聞く。
動かなくなったマァナの手を引いてクロスが店を出ようとした時、店員が思い出したかのように大きな声をあげた。
「そうだ!最後の一個は『初恋の香り』だったよ!」
……はつこい……。
背後からついてくるカラカラ笑いを振り切るように二人は外へ出た。
多分に冷やかしの色が混ざった声に羞恥を覚えているのをマァナは素直に受け止めた。
ただ、いつから自分がその『初恋』状態なのかはわからない。
再び捕らえられた手の平に汗をかいてることを知られたくなかった。
マァナが我に返ったのは乗り合い陸馬車の中で、気づいたとたんに歓楽街に降ろされた。
動揺のあまり直前に考えていた疑問が思わず口から飛び出す。
「クロス様はお金持ち?」と尋ねると「どうだろうな」と淡々とした返事が返ってきた。
歓楽街は人が多く、いくらも歩かないうちにマァナはクロスの腕にしがみつかざるを得ない状況になった。そして、すでに『約束の品』である石鹸を買ってもらったのに何故ここに来たのかと今更な事を言い出したのだった。
見かねたクロスはなるべく人通りの少ない道を選んで移動した。
混んでいたのは安価な商店と食べ物屋が立ち並んでいた歓楽街の中央道付近で、横道をにそれると急に賑わいが遠くに聞こえた。
「びっくりした。この前来た時と全然人の数が違うんだもの……」
マァナは両手で胸を押さえて、ふぅふぅ、呼吸を整える。
「この前というと」
「あ……あの縁あわせの当日です。あの日、初めてここに来たので」
ふるり、とマァナが震えると、クロスは神妙な声で言った。
「すまない。まだ怖かったか」
マァナはふわふわの髪の毛が乱れてからむほどブンブン頭を振った。
怖くないといえば嘘になるが、クロスに謝らせたいわけではないし、せっかく二人でいるのに面白くない事を考えさせたくない。
「今日はクロス様と一緒だから大丈夫。ただ……」
「ん?」
「手は離さないでいいですか……」
人通りの少ない道に入ったとたんに、するりとお互い解いていた手をマァナから求めると、クロスの体が微かに揺れた。
見上げる瞳と見下ろす瞳が絡まる。
何かが起こる気配にマァナは慌てて目を逸らすと、その先に以前魅入られた店を見つけて「あ」と声をあげてしまった。
「約束の品はあそこで買おう」
同じ店を瞳で捉えたクロスが言った。
「え? 石鹸を買ってもらったからもういいですっ。6個もあったら凄く長持ちよ。一個使い切るのにも一年とかかかるよ」
「6年で約束を消されてたまるか」
「く、クロス様っ?」
マァナは腰を半ば抱え上げられた状態で宝石店に連行されたのだった。
イラストというか、ただの落書き……。掲載の必要も無いような……。
マァナさんご所望の石鹸ですが、こちらの世界で言うところの『マルセイユ石鹸』を想像していただくとわかりやすいです。
ゴッチリ正方形のブロック石鹸。作中の石鹸は大雑把な世界故、1個1000gくらいあるかな。切らずに使います。
作者は今からマルセイユ石鹸の回し者になります。以下、読まなくてもなんら問題ないです。
マリウスファーブル社の無香料マルセイユ石鹸、おススメです。
粘土みたいな独特の香りが慣れるととても心地よくなります。
無香料600gで2千円とかしますが、使い方にもよるんでしょうが1年くらい無くなりません。
全身に使えますし、ボディーソープや洗顔料などを買うことを考えたら逆にお得になる場合もあります。
石鹸なので一度に使いすぎる事も無いそうです。あわ立てネットは必須です。水に溶けやすいので管理には気をつけなきゃいけません。
東急ハン○とかでもいろんなメーカーの『マルセイユ石鹸』が売ってます。
ご興味がありましたら是非一度どうぞ~。もう使ってるわ、という方がいらっしゃったらおススメの種類とか教えて頂けたら嬉しいです♪
……突然、あとがきで喋りだしたと思ったらこんな感じで申し訳ないです。
石鹸愛の暴走です。




