王女の末路① ※アシュリー視点
アストラリス国王陛下から呼び出されたのは、カラプタリアの敗戦を知らされてから半月後のことだった。
ランドルフは終戦処理に忙しいらしく、しばらく会えていない。
敗戦報告の際に父とカタリナに会いたいかと問われたけれど、なんの感情も動かなかったので断った。
彼らに対する鬱屈は、あの日の涙と共に流れ出てしまったのかもしれない。
彼らの末路がどうなるか。それすら興味がわかない自分が不思議だった。
いずれ私もなんらかの処分を受けるのだろう。
それがどんなものであれ、粛々と受け入れる覚悟はできていた。
今度こそ拷問の果てに殺されようと、微笑んだまま逝けるだろう。
そう思えるほどに、囚われてからの日々が幸福だったから。
心の準備はとっくにできていた。
だというのに、敗戦国の王女である私にはなんの沙汰もないまま、貴人用の牢で変わらぬ日常を過ごしていた。
そんな中での呼び出しに、私は「ようやく」という気持ちで呼びにきてくれたジゼルの後に続いた。
最後に、彼の顔を見たかった。
それだけを思って。
ジゼルから護衛騎士に引き渡され、謁見の間に通された瞬間、私の目は玉座を通り越して背後に立つ青年へと吸い寄せられた。
――ランドルフ様。
心の中で名前をつぶやく。
彼は国王陛下の左後ろに控え、真っ直ぐに私のことを見ていた。
こんな時だというのに、胸が高鳴るのがおかしかった。
一歩進むごとに彼への思いが募っていく。
彼の前で死を宣告されるのだろうか。
それは少し嫌だな。
死ぬことは怖くないけれど、できれば場所を改めてくれないだろうか。
見た目に反して優しい彼のことだ。情けをかけた相手の死を突きつけられれば、きっと苦しむ。
でも宰相だというなら、私の処遇などもうとっくに知っているか。
だからこんなにも真っ直ぐに見つめてくるのだろうか。最期を焼き付けるために。
最後にもう一度だけキスをしたかったな。
そんなことを考えて笑いそうになる。
ああ困った。彼が優しすぎるせいで、私はすっかり贅沢になってしまったらしい。
「そなたの処遇についての話をしよう」
平伏するなりアストラリス国王陛下が厳かに言う。
歳の頃は五十前後だろうか。
威厳に満ちた相貌には知性が光り、この方ならば私の裏切りがなくとも近く終戦へと導けただろうと思えた。
私がしてきたことはただの自己満足でしかなかった。所詮私には大義名分などなく、ただ恨みを晴らしたいだけの子供じみた衝動に過ぎない。
「カラプタリアとは和睦に近い形で決着をつけることとなったのは聞いているか」
「はい。寛大な措置に心より感謝を申し上げます」
頭を垂れたまま、心からの言葉を告げる。
私にとってはもう帰れない場所だけど、宰相のヒューゴを始め、心ある廷臣たちにとっては僥倖だ。
「うむ。その和睦の象徴として、そなたの輿入れを提案したい」
一瞬頭に空白が生まれる。
公開処刑でも国外追放でもなく、アストラリスへの輿入れ。
それはなにもおかしな話ではない。
虐げられることに慣れすぎて、その可能性が頭から抜け落ちていたらしい。
自分の愚かさに笑いそうになりながらゆっくり顔をあげる。
提案、と王は言った。
けれどこれは実質強制だろう。私に断る余地などあるはずがない。
断れば、待ち受けるのは死罪。
その覚悟はできていた。できていたはずなのに。
生きられる道を示された途端、決意が揺らいでしまった。
だって。
チラリとランドルフを窺う。
彼のこの先を、近くで見ていることができるなんて。
そんな幸せなことがあっていいのだろうか。
「……願ってもないお話でございます」
和睦のための結婚というのなら、王族の誰かとだろう。
アストラリスには確か、私と歳の近い王子が何人かいたはずだ。
そのうちの誰が相手か、聞きたいとは思わなかった。
誰でもいい。暴力を振るわれたって構わない。
王宮に住むことが許されて、ランドルフを遠くからでも眺めることができるなら、もう誰だって。
「色良い返事が聞けそうだな。そなたの相手は私の弟をと思っている」
予想外の相手を提示されて、少し驚く。
ランドルフとは逆の位置、王の右後ろに控えている金髪の男に視線をやる。目が合うと、彼はにこりと目を細めた。
彼こそがアストラリス国王の二つ下の弟で、騎士団の全権を握る男と噂のカイエンだろう。
鍛え上げた体躯は他の者に威圧感を与えるほどに立派だが、容姿は柔和で、今も優し気に微笑みを浮かべている。
私とは三十近く歳が離れているはずだけど、そうとは思えないほど若々しい。
その上人格者だとヒューゴに聞いたことがある。
未だ独り身だということには驚きを隠せないが、もしかしたら長く連れ添った妻に先立たれたりしたのだろうか。
あるいは第二、第三夫人なんて可能性もある。
だとしても敗戦国の王女には破格の待遇といえる。
どちらにせよ受ける以外の選択肢はなく、ランドルフに視線がいってしまわないよう注意しながら再び深く頭を下げた。
「……謹んで、お受け、いたします」
すんなりと答えられるはずだったのに、言葉が喉につかえしまう。
彼の近くで生きられるだけで十分。時折彼の姿を見かけることができたら幸せ。
そう思うのに。
心底そう思えたらよかったのに。
心を殺すことには慣れたつもりだったけれど、今までで一番胸が痛いわね。
誰にも見られないよう頭を下げたまま、自嘲の苦笑を漏らす。
彼じゃないと嫌だなんて。ここに来てからずいぶんと欲深くなってしまったものだ。
「――だとさ。良かったな、ランドルフ」
「え?」
思いがけない言葉に、反射的に顔を上げる。
「はい。我儘を聞いてくださりありがとうございます」
嬉しそうにはにかむランドルフに、国王と王弟であるカイエンが茶化すように笑いかけている。
一体この人たちは何を言っているのだろうか。
「では、当人同士積もる話もあるだろうから別室に移動して二人きりで話すといい」
話についていけず呆けていると、国王が気を利かせるように言ってランドルフを促した。
「お心遣い感謝いたします」
ランドルフが礼を言うのを見て、ああやはりランドルフに言っているのかとどこか他人事で思う。
「アシュリー、行こう」
「ぃへっ、はいっ」
ランドルフに声を掛けられ間の抜けた声を上げてしまう。
国王と王弟がしてやったりというイタズラっ子のような笑みを交わし合うのを見ながら、ランドルフに腕を引かれるまま謁見室を退室した。




