王女の涙①
アシュリーを連れてきたジゼルを下がらせ、私室に二人きりになる。
もう時刻は深夜に近く、王宮内はシンと静まり返っていた。
「こんな夜中に一体なんのご用かしら」
「さしもの悪女も敵国の王宮では緊張を隠せないか」
硬い表情のままドアの前から動こうとしないアシュリーに揶揄を含ませて言うと、彼女は唇を笑みの形に吊り上げた。
「……まさか。用件も言わず呼び出されたものですから不審に思ってのことですわ。もしやとうとうわたくしの部屋が王宮に移されますの?」
すっかり馴染んでしまったツンと澄ましたこの表情も、自分に殺されるために作り上げられたものなのか。
そう思うと胸が痛かった。
「そうだな、いずれは」
「え?」
戸惑うアシュリーに構わず、いつまでも足を進めないことに焦れて距離を詰める。
怯えたようにアシュリーが後ずさり、白いナイトドレスの裾が揺れた。
すぐに壁に阻まれ逃げ道を失ったアシュリーの目の前に立つ。
困惑した目が俺を見上げた。
「なんですの……?」
「服を脱げ」
余計な口を挟まずあえて冷たく言うと、アシュリーが目を見開いた。
それから目を細め、からかいの笑みを浮かべる。
「あら、わたくしが嘘をついたから拷問の方向性を変える気?」
「ああそうだ」
冗談だと思っているのか。
挑発するように言われても、表情は変えなかった。
「……怒ってらっしゃるの? それともわたくしを揶揄ってる?」
「怯えるおまえを見るのは楽しいが、冗談を言っているつもりはない」
微かに笑うと、アシュリーがホッとしたように表情を緩めた。
思えば彼女に振り回されてばかりの日々だった。
仕事一筋の人生の中でこれほど感情が忙しかったことはない。
アシュリーからすれば、いつ死んでも構わないという捨て鉢な気分だっただろうけど。
何もかもを諦めさせるほどの絶望なんて、もう彼女に味わわせたくなかった。
「脱がないなら俺が脱がせる」
そう言ってアシュリーの腰を抱き寄せる。
「まっ、待って!」
壁際から引き剥がしてくるりと身体を反転させると、アシュリーが慌てたように声を上擦らせた。
「本気ですの……?」
「ああ」
震える声で問われて、容赦なく背中の紐に手を掛けながら頷く。
「せ、せめて明かりを消してくださる?」
結び目を解いたのが背中越しに伝わったのだろう。
珍しく焦ったような声でアシュリーが言う。
「あなたのために言っているんです。きっとおぞましさにその気が失せてしまいますわよ」
冗談っぽく笑って言うが、全然上手くない。
声は硬いし、表情は引き攣っている。
そんな下手な演技に、もう騙されてはやれなかった。
ジゼルが丁寧に編み上げただろう紐を解いていく。
アシュリーはもう何も言わなかった。微かに肩が震えている。
だが止める気にはなれなかった。
「……っ」
あらわになった華奢な背中に、無数の傷跡が刻まれている。
ズタズタに裂かれたそれらは、綺麗に治らないようにという醜悪な意図を感じた。
言葉にならないほどの怒気が込み上げてくるが、それを全力で抑え込んでそっと傷跡に触れる。
びくりとアシュリーの身体が跳ねた。
「ほ、ほら……だから言いましたのに」
何も言わないままの俺に焦れたのか、掠れた声でアシュリーが言う。
自嘲を滲ませて、今にも泣きそうに。
「気持ち悪いでしょう? それでも、どうしてもと言うのなら、服を着たままをお勧めいたしますわ。ああでもどうしましょう、わたくし、お渡しする情報がもう、」
「アシュリー」
取り乱したように喋り続けるのを遮って優しく名前を呼ぶ。
ようやく口を閉じたアシュリーが、力なくうつむいた。
「今からおまえの傷を全て治す」
アシュリーの喉がヒュッと鋭い音を立てた。
「全ての傷口が一斉に開き、おまえを苦しめるだろう」
ゆっくりとアシュリーがこちらを振り返る。
「耐え難いほどの激痛だ。大の男でも泣き叫ぶほどの。気絶するかもしれない」
アシュリーの細い指先が、縋るように俺の服を掴む。
「だが選択肢はない。何せ悪虐非道の拷問宰相だからな」
ロラン曰く誰もが恐れるらしい酷薄な笑みを浮かべて言う。
アシュリーが泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
「……恐ろしいお方ね。でもわたくし、痛みには強いの。絶対に屈しませんわ」
「ふん、生意気なやつめ。せいぜい強がっているがいい」
「……っ、ありがとう……!」
胸に顔をうずめるように抱き着いてきたアシュリーを、柔らかく受け止め抱きしめた。




