最後の拷問③
アシュリーの部屋に戻ると、すぐにジゼルが熱いお茶を淹れてくれた。
礼を言ってロランを呼ぶよう頼むと、彼女はすぐに部屋を辞した。
「アシュリー、これを」
ソファにはジゼルが用意していたらしいブランケットが置いてあったので、それをアシュリーの肩にかけてやる。
隣に座ってもアシュリーは何も言わなかった。恋人ごっこが続いているからだろう。
「お優しいこと」
「優しいのはジゼルだろう」
言われる前に必要なことを済ませるなんて、本当に優秀なメイドだ。
「手放すのが惜しいんじゃないのか」
「ええ、本当に」
暗に繋ぎとめるようなことを言っても手応えはない。
今日、最後の情報を話すという決意は変わらないようだ。
「お連れしました」
ロランを連れてジゼルが戻り、またすぐに退室させる。
今日は彼女が同席していない方がいいと判断した。
ロランが座るのを待って、アシュリーが居住まいを正す。それからひとつ深呼吸をして、こう切り出した。
「……今のカラプタリアは腐敗し切っています」
アシュリーの言葉に、ロランと視線を交わし合う。
これまでの情報である程度の予測はついていたが、アシュリーが断言したのは初めてだ。
「原因はカラプタリアの現王妃、カタリナにあります」
仮にも継母に当たるという人間なのに、彼女の名を呼ぶアシュリーの声には一切の親しみも込められていない。
そうしてアシュリーがカタリナについて淡々と語る。
カタリナは王妃の座につくなり自分の贅沢のために国費を使い込み、自分に意見する者たちを容赦なく切り捨てた。
王宮には王妃にへつらう悪徳官僚ばかりが残り、官僚たちは特権を振りかざして国民に無体を強いるようになったのだと。
「王は何も言わないのか」
「陛下はカタリナに逆らえないの」
庭園で父親のことを語った表情とはまるで違う、冷めた目で言う。
「現王妃が後妻なのはご存知でしたわよね。でもこれはいかが?」
アシュリーが艶然と笑う。
「カタリナは母……前王妃と、若い頃に王妃の座をかけて争っていた。いいえ正確ではないわね。カタリナが一方的に母を敵視していたの」
アシュリーは他人事のように語り始める。カタリナと前王妃の確執を。
王妃候補であった二人は歳も家柄も近く、また美しかった。
どちらに決まってもおかしくはなかった。
そんな中で王妃の座を切望していたカタリナは、当時王太子だったカラプタリア国王を身体を使って籠絡したらしい。
一時は恋仲になった二人だが、次期王妃は王太子の一存で決まるものではなかった。
結局はカタリナの手段を選ばない苛烈な性格を嫌った先代国王が、彼女よりも優秀で温厚、かつ控えめな性格のアシュリーの母を選んだ。
愛人にもできたが、カタリナの気の強さに辟易し始めていた国王は、これ幸いにと彼女との関係を絶ったらしい。
カタリナの怒りは凄まじかったはずだ。
だが婚姻を結ぶ前に体の関係を持つのは褒められたことではない。王妃争いに敗れたならなおさらだ。
表立って騒ぐこともできず、カタリナは静かに憎悪の感情を募らせていったのだろう。
「母が死んで、王妃候補だったカタリナがその座を継いだわ。他に相応しい家柄の者がいなかったの。陛下は後ろめたかったのでしょうね。彼女のワガママに諾々と従った」
最初は可愛いワガママだった。
宝石やドレスをねだられ、言われるがままに与え続ける程度の。
それが段々とエスカレートしていくのを、国王は諫めもせずに従った。
あの使用人が気に食わないから辞めさせろ。
あのメイドが私の宝石を盗もうとしていたから牢に放り込め。
ただのワガママとは呼べない過激なものになっていくのに、そう時間はかからなかった。
国王はそれすら止めず、カタリナが命ずるままに罪のない人々が理不尽な目に遭わされた。
王妃の座を奪われた鬱屈を晴らすようにカタリナの攻撃性は増していく。
言いなりの国王に代わり、彼女を諌める人間にも容赦なく牙を剥くようになった。
「政略結婚だったけれど、父は母の人柄に惹かれ心から愛するようになっていた。そんな母に先立たれ、無気力になっていたのもあるのでしょうね」
アシュリーの表情が少しだけ柔らかいものへと変わる。
だがそれもその一瞬だけだった。
「だからこそカタリナは余計に気に食わなかったのでしょう。その苛立ちの矛先はわたくしに向くようになったわ」
アシュリーが暗い目で笑う。
ランドルフの嫌いなあの目だ。
心臓が嫌な音を立てて、アシュリーの手をぎゅっと握りしめた。




