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第77話 え? この陰キャコミュ障と「百合営業」するんですか?

 ニーナちゃんの初配信から数日後。

 私は再び社長室に呼び出された。


「今回もばにらくんのおかげで大成功ですよ。ニーナくんのチャンネル登録者数は順調に伸びて、今やインドネシアのVTuber勢の中ではトップクラス。来週にも、登録者数10万人を超える見通しです」


「それはなによりです」


「やはり百合営業はVTuberと親和性が強いですね。これからも、積極的にこの路線で狙っていきましょう」


「そんな全部が全部うまく行くとは思わないバニですけども……」


「どうですばにらくん? この際ですから、DStarsのメンバー全員と、『百合営業』してみるというのは?」


「それ、コラボと何が違うんです?」


 社長は終始ご機嫌。

 無事にDStarsIDの立ち上げが成功したことを喜んでいた。

 同席したBちゃんも興奮しており、「またニーナさんとのコラボをやりましょう! そうだ、歌ってみたなんかどうですかね!」と、次なる展開に胸を躍らせていた。


 ただ、一つどうしても言っておきたいことがある。


「社長。『百合営業』について、私からひとつ言わせていただきたいことが」


「なんですか?」


 椅子に座りながらピシッと膝を揃えると私は社長を睨み据える。

 採用面接の時ぶりに改まった感じで、私は「青葉ずんだとの百合営業を、今後も続けていきたい」旨をはっきりと伝えた。


 もちろん「ニーナちゃんとの百合営業」をしたくないわけではない。

 むしろ、どっちもやるつもりだ。


 改まってその意思を私が告げると、社長は椅子の背もたれに深くもたれかかって、その胸の前で手を合せた。突然、私が反発したので驚いたのかと思ったが――。


「そうですね、その方がいいかもしれません」


「ふぇ⁉」


「一度に幾つも『百合営業』をするのは、君たちVTuberの負担になるのではないかと考えていましたが、今回の件で少し認識が改まりました。いつも同じメンバーと絡んでいても、面白いことはなかなか起こらない」


「……それは、まぁ」


「ニーナくんとのコラボも、ずんだくんやりんごくんが乱入してきて、普段起こりえない関係性に発展したからこそ、ここまで大きな話題を呼びました。閉塞性を打開するためにも『百合営業』をいつものメンバーで固定するより、幾つも同時に展開した方が、会社にとっても君たちにとっても、いいことなのかもしれません」


 意外とすんなり彼は受け入れてくれたのだった。


 それ以上の話は、私が考えることではないので口を噤んだ。

 会社が『百合営業』をマルチに展開するのか、それとも「このカップリング」と決め打ちで展開していくのか、それは社長を含めた上層部が決めるだろう。

 ただその時に「事務所所属のVTuberの意見」として、私の声が届いてくれるのを切に願うばかりだった。


 とまぁ、そんな社長とのやり取りを終え、私はさっそく家に戻ろうとした。


「あ、すみませんばにらくん。今日はもう一つ、別件の用事があるんですよ」


「ふぇ?」


 席から立ち上がった所を社長に呼び止められる。

 すぐに隣に座っていたBちゃんが立ち上がり、「それじゃ着いて来てください」と要件も告げずに社長室を出た。


 聞いていない仕事に困惑する私に、社長が不敵な笑みを投げかける。

 どうやらまた、面倒事を押しつけられるようだ。


 とほほ、企業所属のVTuberは辛いよ。


 急いで、私はBちゃんの背中を追いかけた。


「Bちゃん、ちょっとどういうことバニ? 今日は先日のDStarsIDの件についての報告だけって……!」


「すみませんばにらさん。私たちも今回の件は厳重に動いていて。ちょっとでも、情報漏洩が起きないようにと、直前まで伏せることにしたんです」


「……情報漏洩?」


 Bちゃんと一緒に4階の事務フロアから出ると階段で5階へ。

 レッスン場&配信スタジオに入れば――。


「お! 来たかばにら! 遅かったじゃんか! 社長に絞られてたのか?」


「ばにらっちょ! お疲れだよぉ~!」


「ばにら、おつかれさま。エンドラ討伐コラボバッチリだったね。私の用意した装備、ちゃんと使ってくれて嬉しかったよ。ありがとね!」


「うみ? しのぎ? えるふ? どうして……」


 そこにはうーちゃんを除いた三期生がなぜか勢揃いしていた。


 いや、三期生だけじゃない。

 その部屋にはまだ人がいた。


 事務所で一度も見たことのない女性たちが。


「んもぉ~! いつになったら、説明会はじまるんですかぁ~!」


 四人掛けのソファーを独占してごろりと寝転がっているのは小柄な少女。

 お嬢様のような編み込みのセミロングに白ゴスファッション。頬をぷっくらと膨らませた彼女は、ばたばたと素足でソファーを蹴っ飛ばす。


「まぁまぁ、ちょっと落ち着いてぇ~。先輩たちも、忙しいところをわざわざ私たちのために、きてくれてるんだからぁ~」


 東北方面の訛りのおっとりとした声。

 ソファーでばたつくゴスロリ少女をやんわりとなだめたのは、これまたストリートファッションの女の子。


 サマーパーカーにぶかっとしたカーゴパンツ。

 黄色いキャップに星型のサングラスをかけている。

 金色に染めた髪はお団子にして、キャップの後ろにぴょこりと出している。


 私とは真逆の陽キャパリピ。

 けど、おっとりとした口調が陰キャに威圧感を与えない。


 もしや噂に聞く、オタクに優しいギャルという奴⁉


「うみ、ごめんね。先輩なのにお世話させちゃって?」


「なーに、いいってことよ。可愛い後輩のためならこれくらいどうってことないさ。それより体調は大丈夫か? 問題なさそうか?」


「うん、平気だよ。だいぶ落ち着いてる」


「無茶するなよ。病み上がりなんだからさ」


 中でも、うみと一緒にいる少女は異彩を放っていた。

 車椅子に座った彼女はゆったりとした地味なワンピース姿。

 茶色いセミロングの髪は、清楚さと一緒にどこか儚さを感じさせる。


 うみとの意味深な会話が頭の中を駆け巡る。

 身体の調子、病み上がり――いったいどういう素性の娘なんだ、彼女は?


 そんな驚きも、そこそこに――。


「うーん! ようやくこれで全員揃いましたネー! みなさーん! それじゃ、これからミーティング兼親睦会を始めまショー! よろしくおねがいしますネー!」


 背後から『聞き覚えのある声』が響いた。


 駆け巡るのはVTuber『川崎ばにら』になる前の記憶。

 ニコ生配信者として、底辺をうろうろしていた私が目標にしていた人。


 ハーフという生い立ちからくる『一度聞いたら忘れられない独特の口調』。

 そんな特徴的な口調から繰り出される過激なネットスラング。

 プレイするゲームも特徴的かつ個性的ななものばかり。

 だが、それが彼女を唯一無二の配信者たらしめている。


 英語と日本語を使い分け、国内外に多くのリスナーを持つ彼女。

 YouTubeのチャンネル登録者数は、DStarsの平均を遙かに超える――70万人。VTuberにならなくても配信者でやっていける実力者。


「……うそでしょ? MAKIさん?」


「OH! その声、もしかして貴女が『川崎ばにら』パイセンですか?」


 さっき私とBちゃんが通った扉から姿を現わしたのは、金髪グラマーな長身女性。

 ブロンドのロングヘアーをまるで侍のように結い上げた彼女は、彼女の代名詞であるアディダスの黒ジャージに身を包んでいた。


 間違いない。


 おどろく私に彼女は、いかにも挑発的に微笑んで手を差し出してきた。


「はじめまして! 私、今度DStarsの4期生に加入することになりました! ニコ生配信者のMAKIと言います! ばにらさん、ご存じですか?」


「し……知ってます! というか見てます! うわぁ、すごい!」


「それは光栄です。けど、これからはDStarsのメンバーとして、前世は捨てて頑張っていきますから。あまり表で言及しないでくださいネー?」


「はっはい! 分かりましたバニ!」


「ばにらパイセンってば、日常会話でもバニバニ言ってるんですね! ンー! ベリベリキュートデース! このままお持ち帰りしたいですネー!」


 彼女は急に私に抱きついてきた。

 特上のマシュマロオッパイが私の顔を包み込む。


 すごい! これが、持つ者の力だというのか!

 ふかふかのぱふぱふに頭がニフラムしそう!


 私が気を失う直前にMAKIさんはハグを止めた。

 そして、屈託ない笑顔を向けてくるのだった。


 フラフラする私をそっと後ろからBちゃんが支える。

 そしてようやく、この状況の説明がはじまった――。


「みなさん、よくお集まりくださいました。これよりミーティングの本題に入らせていただきます。と言っても、うみさんは既に気づいていらっしゃるみたいですが」


「いいからBちゃん! 早く回しちゃって!」


「この部屋に集められたのは他でもありません! 今やトップVTuberとなったDStars3期生のみなさん! そして、年明けからその先輩達の背中を必死に追いかけることになる、DStars4期生のみなさんです!」


 4期生って?

 彼女達が私たちの後輩ってこと?


 けど、デビューは年明けの予定。

 どうしてそんな彼女たちと、こんな所で引き合わされるんだ。


 なんだろう――嫌な予感がする。

 美月さんとの『百合営業』以上の厄介な気配が。


「みなさんに集まっていただいたのは他でもありません。ずばり、三期生のみなさんに四期生の新入社員研修をしていただきたいんです」


「「「新入社員研修⁉」」」


「そうです! 貴方たちの手で、後輩達にVTuberとしてのいろはを、徹底的に叩き込んであげてください! また、それに伴って主担当者――三期生と四期生のペアを勝手にこちらで決めさせていただきました!」


 そう言うと、Bちゃんは四期生の説明と共に、彼女達を主担当として指導する三期生の名を淡々と告げた。


 まず、ベッドで寝ていたゴスロリ少女。


「んあ~! 鳥羽レーヌなので~す! よろしきゅ~!」


 彼女のVTuber名は鳥羽レーヌ。

 名前の通りお姫様系VTuberらしい。

 活動方針はゲーム配信と歌枠配信。といっても、歌はそれほど上手くなく、ピアノやヴァイオリンなどの演奏の方に才能があるのだとか。


 彼女には音声周りに詳しい『石清水しのぎ』が主担当として付けられた。


 続いて、ストリート系ファッションのギャル。


「はじめまして! 高円寺ラムといいます! よろしくぅ!」


 彼女のVTuber名は高円寺ラム。

 由来はちょっとわからないが、羊をモチーフにしたVTuberらしい。

 活動方針は歌枠と雑談。特に歌唱力には自信があり、うちの事務所の歌ウマVTuberとして知られている『新潟おこめ』が太鼓判を押したんだとか。


 どこかふわふわとした彼女には、しっかり者の『五十鈴えるふ』が付けられた。


 続いて、うみが車椅子を引いていた少女。


「はじめましてぇ! DStars4期生の東山ごりらです!」


 名前が全部持っていく系VTuber。

 東山ごりらて。こんなに見た目は可愛いお嬢さんなのに……。

 名前は完全にネタ枠だが、ガワは天使モチーフのものを用意されるらしい。

 特技はゲーム配信で、どうも私と同じゴリ押しタイプのプレイをする娘とのこと。あと、とある一芸を持っているらしいが――そこについては伏せられた。


 古くからの知り合いということで、当然のように担当は『八丈島うみ』になった。


 ということはだ。


 ということはだ。(汗)


「みなさんどうもはじめまして! ニコ生配信者MAKI改め、DStars4期生の横須賀らむねです! どうぞよろしくおねがいしますネ!」


 超人気配信者MAKIさんの転生体。

 横須賀らむね。


 横須賀ということでミリタリー。ガッチガッチの女軍人なガワになるらしい。

 たしかに彼女のキャラに合っているような気がする。

 配信内容は主にゲーム配信。どうやら、既に大型企画を準備中らしい。


 はたして、三期生全員がビビり散らかす、超大物新人の担当になったのは――。


「彼女には『出雲うさぎ』に主担当でついてもらいます。うさぎさんも彼女からいろいろ学んでもらいたいところですね」


 まさかのうーちゃんだった。


 あれ?

 私の担当は?

 もしかして、私だけ担当しなくて良いってこと?


 だったら助かる!

 人見知りコミュ障の私に、新人教育担当なんてできるはずない!

 DStarsのトップを務めさせていただいてるけど、なにも教えられないから!


「Bちゃん、もしかしてだけれど、ばにーらって余っちゃった?」


「余ってませんよ」


「いやいやいや! 四人しか四期生いないじゃん! 余ってるでしょ!」


「余ってません! 四期生は五人です! ほら、よく部屋の中を見てください!」


「部屋の中をって……」


 Bちゃんに言われて、今一度私はレッスン場兼配信スタジオを見渡す。

 すると――機材の山に紛れて縮こまっている少女を見つけた。


 黒いパーカーに白いショートパンツ。

 黒いストッキング穿いた少女は、パーカーのフードを目深に被っている。

 さらに、持ち込んだ携帯ゲーム機でゲームをしていた。


 三期生・四期生の新人研修の説明中だというのに、一向に意に介さない。


 ゴーイングマイウェイ。

 完璧な問題児だ。


 まさか、あの娘が――。


「彼女の名前は種子島かりん。小悪魔系VTuber……の予定です」


「どう見ても引きこもりバニなんですけどれど?」


「それでも、FPSの腕前は折り紙付きです。APEXレジェンズの前シーズンの『マスター』ランクです。すずさんやいくさん、ぽめらさんに次ぐ、ゲームつよつよVTuberですよ」


「そうかもしれないけど、性格に難があったら……」


 どうやらキルされたらしく、かりんちゃんがゲームから手を離す。

 天井を仰いでなにやらブツブツと呟いた彼女は、それからしばらくして、ようやく周りの様子が変わったことに気づいたらしい。

 被っていたフードを脱ぎ、その中に忍ばせていたヘッドホンを外す。


 ショートヘアー。

 前髪にメッシュを入れた姿は意外にお洒落だ。

 けど、一言も発さない辺りに、ひしひしと陰の気配を感じる。


 そんな彼女と視線が合う。Bちゃんの「ちょっとこっち来てください」という、手招きに応じて、彼女はとてとてと小走りで私の前にやってきた。


 私も身体は小さい方だが、彼女はもう一回り小さい。

 華奢な少女という感じ――。


「種子島かりんさん、貴女にはうちのトップVTuber『川崎ばにら』を、新人教育の主担当として付けます」


「あ、やっぱり、ばにらが担当なのばにね」


「貴女に足りていないのは圧倒的なコミュニケーション能力! しかし、コミュ力がなくてもトップに立てるのは、このばにらさんが証明済み! 無理に自分を変える必要はありません、このダメ先輩から学んでVTuberとして大成してください!」


「おいBちゃん! そりゃいくらなんでもあんまりじゃねーの!」


 誰がコミュ力がなくてもトップに立てるじゃ。

 たしかにばにーらはコミュ障だけれど、ちゃんとやるべきことはやってるバニ。

 やらなくちゃいけないことから逃げてるような娘と一緒にされたら困るバニ。


 まったく厄介なことになったと私が肩を落とす。

 すると――。


「……よろしく、ばにらちゃん」


「…………お、おうバニ」


 種子島かりんは私の服を摘まんで、顔を赤らめてお願いしてくるのだった。

 むぅっ、ばにーらはこんな事で騙されないし、絆されないバニよ――。


 けど、本当に厄介なことになった。

 陰キャコミュ障の私に、新人VTuberの教育なんて――できるの?


【了】


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ということで、ここで四期生投入です。

 第三部へのヒキとして「やるならここしかねぇ!」とやってみました。


 ……書いてる暇、あるんか。(原稿がけっこう忙しい感じ)


 というわけで、りんごとずんだを巡る第二部はこれでおしまい。

 またしばらく台詞系で場を繋ぎつつ、第三部「四期生加入編」をやっていこうと思います。はたしてばにらは、ちゃんと後輩を教育することができるのか……。


ばにら「ばにーらを少しは敬え! こっち先輩やぞ!」


かりん「こっち後輩やぞ!」


 みたいなことになりそうですね。(元ネタ的には、かりんが言われた方ですが)

 という所で、ここまでのおつきあいどうもありがとうございました。よろしければ最後に、評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m

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