第57話 インドネシアから来た少女(前編)
りんご先輩との配信を終えると日付が変わっていた。
連日スパチャ読みのスルーはまずい。
りんご先輩が落ちたので、私もすぐにスパチャ読みに移行しよう――と、思ったのだが、この地下ハウスでログアウトするのは危険だ。
いたずらに気づいたあひる先輩が、どんな報復を仕掛けてくるか。
貴重な装備を持っていることもあり、私は三期生ハウスまで戻ることにした。
その道中――。
「ファッ⁉ なにあの白いお城⁉ めちゃくちゃ綺麗⁉」
私はとんでもない建造物を見つけた。
小高い丘の上に立つ白亜の城。
屋根はネザーレンガ(黒レンガ)。
壁はクオーツブロック(光沢のある白いブロック)。
敷地は石レンガの壁で囲まれ、入り口の扉は高級感溢れるダークオークだ。
どれもこれも、ちょっと冒険しただけでは手に入らない素材。
特にクオーツブロックは、モンスターで溢れる『ネザー』という場所に行かないと手に入らない。しかも、これだけの数を集めるとなると大変だ。
いったい何時間プレイしたんだろう。
素材だけではない。
建築センスもずば抜けている。
マインクラフトは「四角いブロックを積み上げる」ことしかできないと思われがちだがそうではない。階段ブロックというものがあり、置き方によって様々な形状に変化する。これを自在に使いこなすことで、凝った建造物も建築可能なのだ。
実際、建造物の作り方をレクチャーしたまとめブログや動画も多い。
攻略本と一緒に指南書なんかも売られているくらいだ。
だが、この丘に建っている城は、ブログや指南書に載っているものとは一線を画している。あきらかに作者の高い技量とオリジナリティが感じられた。
時刻は深夜一時に差し掛かろうとしている。
連日の深夜配信に眠気もしんどい。
けれど、白亜の城の誘惑に抗えない――。
「みんな、ちょっと中見て来てもいいバニか? これだけ見たら、スパチャ読みに入らせてもらうから! ほんとごめん!」
私はリスナーに謝ると石レンガの階段を駆け上がった。
両開きの扉を開けて城に入れば、そこは一面シラカバの床。
通路を現すように赤いカーペットが敷かれ、天井にはランタンが吊されている。
外観だけでなく中身もしっかりと西洋のお城だ。
正面には高級感のあるクオーツブロックの階段。
その階段を上れば、壁沿いに360度ぐるりと廊下が続いている。
廊下を支えるオークの原木がこれまたいいセンスをしていた。
「ふぁあぁ、すごい! ゆき先輩のお城もすごかったけど、こっちもすごいバニ! いったいこれ、誰が作ったバニか?」
私の疑問にコメント欄が反応する。
まさかリスナーが知っているとは思っていなかった。
だが、なにより驚いたのは――。
「NEENAちゃん……って、誰?」
出て来た名前を私が知らなかったことだ。
になというメンバーは私の知る限りいない。
時々、ゲーム内のアバターにVTuber名と違うHNを使うメンバーもいるが、その中にも「にな」「NEENA」という名前はなかった。
私の知らないDStarsのメンバーがいる?
そんなことってあるだろうか?
リスナーたちにからかわれているのか?
その時、詳細な補足を書いたスパチャが飛んできた。
【スパチャ 10万IDR: DStarsIDからデビュー予定の、ニーナ・ツクヨミです。今日、DStarsIDの公式チャンネルで、テスト配信をしております。今もログインしています】
自動翻訳をかけたような文面にぎょっとする。
しかし、何が起こっているのか一発で理解できた。
前に美月さんと話をしていた海外勢――インドネシアからデビューするメンバーのことだ。近々デビューするとは聞いていたけど完全にノーマークだった。
そうか、今日テスト配信をしていたのか……!
「ニーナ・ツクヨミちゃん? インドネシアからデビューする新しい後輩? へぇ、その子がこれを作ったバニか! これはとんでもない大型新人の登場バニね!」
実際、この建築能力はすごい。
マイクラ建築という一芸で天下を獲れる気がする。
もし今後、DStars内でマイクラブームが来るなら――彼女とコネクションを作っておいたほうがいいかもしれない。そう思うくらいの腕前だ。
まぁ、コミュ障の私には無理だけど。
そもそも英語もインドネシア語も話せないバニですしね。
捕らぬウサギのなんとやら。
「新人なのにこんなすごい城を建てちゃうなんて、DStarsサーバーはどうなっちまうバニ! ニーナちゃんが正式デビューしたら、ぜひお話してみたいバニ!」
そんなことを言いながら階段正面の絵画を見上げる。
羊か豚かよく分からない動物を抱える少女の肖像画。
階段の中央にこれを置いちゃうセンスもすごい。
なんて思いながら肖像画に近づいた私は――。
「……へ?」
勢い余ってそれに体当たりする。
すると、肖像画をすり抜け、その裏にある穴へと落下した。
隠し通路だ。
肖像画をで通路を隠すという、マイクラではお馴染みのギミック。
古典的なものなのだが、まったく気が付かなかった。
一気に穴を落下する私のアバター。
落下ダメージをなくすための水の上へと着水する。
どうやら落ちたのは格納庫。
室内には大量にラージチェストが並べられている。
さらに内容物が分かるよう、アイテムを貼り付けた額縁まで付けられていた。
再び、IDの新人のマイクラセンスに脱帽する。
するとその時、ドタドタとなにやら騒がしい音がヘッドフォンから聞こえてきた。
まさか、そんな。
確かに「今もログインしている」と言っていたけど。
「え、ちょっと待って待って! この音! もしかして――ニーナちゃんいたりするバニか! え⁉ ちょっと、ばにーら配信テストに出ちゃって大丈夫バニ⁉」
回線を一時切断してでも離脱するべきか。
それともサプライズゲストとして登場するべきか。
迷っている間に、この城の主は私の前へとその姿を現わした。
月の女神のような青紫の髪。
大人びたナイトドレス。
マインクラフトのアバターなのに漂うこの気品はなんだろう。
DStarsIDの新人――ニーナ・ツクヨミは、作業中だったのだろう、手にツルハシを持って私の前に駆けつけた。握りしめたツルハシが、最強の装備『ネザライト』のツルハシ&エンチャント済みというのを見て、私はますます確信する。
とんでもない新人がDStarsに入って来た。
そして、衝撃に思考が持って行かれてしまったのだろう。
『vanira: hey! neena!』
(ヘイってなんだバニよ! ナンパか!)
ゲーム内テキストチャットでかけた第一声は、とんでもなく酷い英語だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ばにらのパッションイングリッシュ講座!
はじまるよー!(はじまりません)
出会ってしまった「ばにら」と「ニーナ」。
日本とインドネシアの架け橋になる――かもしれない二人のはじめての出会い。
DStarsIDのトップバッターとして、期待されているニーナちゃんに、はたしてDStars現トップのばにらはどう対応するのか。そして、この出会いがどんな波乱をこの物語に及ぼすのか……!(元ネタ知ってる人は想像つくと思います)
第二部に入ってから、「りんご」に「ニーナ」と立て続けに新キャラを引き寄せていくばにら。これがDStarsトップの実力なのか。天然無自覚ひとたらしなのか――と、ばにらのモテモテぶりに、「しばけあげるぞ! ずんだと百合営業するでな!」とずんさんみたいにオコな方は、そろそろより返しがくると思いますので、楽しみにお待ちください! あと評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m




