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第44話 DStars 夢のVTuberタッグバトル(後編)

 阿佐ヶ谷駅に着いたのは午前11時過ぎだった。


 運転手さんにお礼を言い、うみと近々コラボをする約束を交すと、阿佐ヶ谷駅前のロータリーに降りる。そのまま愛しのばにーらハウスに――すぐには戻らず、北口正面の商業ビル地下の『YORK FOODS』に入った。


 朝ご飯を食べる余裕がなかったのでここで調達。

 寝起きに優しいこんぶのおにぎりと、特売のペットボトル入りのお茶を買う。

 エコバックにそれを放り込むと、今度こそ家を目指して歩き出した。


 タクシー内で足を伸ばしたおかげだろう疲労感は言うほどない。


 ただ、まだまだ残暑の厳しい季節。

 歩いているだけなのに汗が止まらなかった。


「あ、そういえば、ネコのエサを買うの忘れてた……」


 ふと、ばにーらハウスの裏庭に住む、ノラ猫のご飯がないことに気がつく。

 三匹の顔を思い描き「どうしよう。猫のためにご飯を炊こうか。けど、夕食はカップ麺の気分なんだよなぁ……」なんて思い悩むうちに、私は自宅に到着した。


 阿佐ヶ谷駅から徒歩15分(不動産屋調べ)。

 光回線開通済み。個室トイレあり。お風呂なし。

 入居者一名のみ(VTuber)。


 木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。


 鉄筋の階段をスニーカーで踏みならし、私は自室の202号室へと向かう。

 玄関の鍵を開けて部屋に入ると、靴を脱ぎながら台所の小窓を開けた。入り口正面の遮光カーテンを引くと、磨りガラスの窓を開いて部屋の中に風を通す。


 荷物を座卓に置き、私はその横のパソコンの電源を入れる。

 ボロアパートに場違いな高性能ゲーミングPCは、ボタンを押すとすぐに立ち上がり、Discordを液晶モニタに表示した。


 特に緊急のメッセージは来ていない。

 うーちゃんからの「ライブおつかれさま♪」のメッセージが地味に嬉しかった。


「さて、今日も今日とてトレンドチェックと参りましょうか……」


 誕生祭ライブの翌日ではあるが、短い枠で配信をしようとは思っている。

 何かあった時のためにと、Twitterでの配信告知こそしていないが――この調子なら、夕方から夜にかけて配信できそうだ。


 登録チャンネルの新着動画を流し見して傾向を確認する。

 すると、美月さん――ずんだ先輩のチャンネルに「りんずんオフコラボデート♥」というサムネイルを見つけ、また胸が痛んだ。


 どうやら今日のデートをネタにするらしい。


「別に、私を連れて行ってくれてもいいのに……」


 ビジネス百合の「ずんばに」に、燃料を投下してどうするんだ。

 無意識の自分の発言に、私はうんざりとした気分になる。


 私と美月さんの百合はあくまでビジネス。

 会社から言われて仕方なくやっている。


 だからオフコラボデートもしないし、お泊まりしない。旅行配信もしない。

 やったらやったで、良い数字が出るのは分かっているけど――。


「ライブ終わって疲れてるんだから、今日は休めばいいのに。ほんと美月さんて、タフだなぁ。やっぱり元芸能人だけあって、私たちとは基礎体力が違うのかも……」


 前に「アンタもジム通って身体を鍛えなさい!」と言われたのを私は思い出す。


 ジムでコラボ配信なんて、斬新で面白いかもしれない。

 ちょっとエッチな声が入ってもセンシティブにならなさそうだし。


 ぼんやりと私は美月さんとのトレーニング配信を妄想する。

 すると、エコバックと共に座卓に置いた手提げ鞄でスマホが鳴った。

 この着信音はDiscordじゃない。


 あわてて鞄からスマホを引きずり出す。

 スマホにはLINEの通話画面と『美月さん』の文字が表示されている。

 すぐに「通話」のボタンをタップして、耳にスマホを押し当てた。


 はたして私の耳に聞こえたのは――。


「もしもし、美月さんですか? どうしました?」


『ハローハロー! 僕だよばにらちゃん、元気ぃー?』


 通知された人物とは別人の声だった。

 頭がついていけず、液晶モニタを眺めてぽかんとする私。


 そんな私の耳元で――泥棒ネコが愉快に笑う。


『ずんさんがスマホのロック外したままおトイレに行っちゃって。あ、そうだ。今、ずんさんたちとレストランでご飯食べてる最中なんだ。ここ、オムライスがとっても美味しいんだよ。今度、ばにらちゃんも一緒に食べようよ』


「なんの用ですかりんご先輩」


『用って? 用がないと電話しちゃダメ?』


「ていうか、それずんだ先輩のスマホですよね! 勝手に弄っていいんですか⁉」


「いいよ~。僕とズンさんの仲だもの~、笑って許してくれるって~」


 電話をかけてきたのはりんご先輩だった。


 というか、よくかけてこれたな?

 私、LINEのIDは本名で登録しているのに。


 本当に勘の鋭い人だ。


「それでさぁ、ばにらちゃんの大事な美月さんのことなんだけれど?」


「……ッ!」


 そしてどうやら、私たちが本名でやりとりしているのも勘づいたらしい。


 そりゃそうだ。

 電話に出るときに私が「美月さん」って呼んだんだから。


 美月さんとの浅はかならぬ関係がバレたことに私は焦る。

 そんな私と裏腹、りんご先輩はマイペースに話を進める。

 まるで彼女の配信のような口ぶりで――。


「今日さ、どうしても配信するって、ずんさんが聞かないんだよね。ライブの後で、疲れているハズなのに、無茶しようとしてる。僕も、『デート報告はまた今度にしようよ』って言ってるんだけど、聞いてくれなくて」


「へぇ、そうなんですか、幸せそうでよかったですね(棒)」


「ぜんぜん! そんなんじゃないって! こっちは本気で困ってるんだよ~!」


「それで、美月さんのスマホを使って私に電話までかけてきて、いったい何をしたいんです? 私から美月さんに配信するのを止めるように言えと? 美月さんが素直に、私の話を聞くと思います?」


「思わないねぇ。そもそも、ばにらちゃんてば交渉が下手くそだし」


「そうですね。今も話しててイライラしてます」


 りんご先輩が美月さんを心配しているのは分かった。

 私も、正直に言って同じ気持ちだ。


 ライブの後くらい、ゆっくり休んでいただきたい。


 ライブに来てくれたファンと交流したい気持ちも分かる。

 けど、無理をしてまですることじゃない。

 ファンだって心配してしまう。


 美月さんは配信にストイックすぎる。

 そこが良い所でもあるが、行きすぎたらやはり周りが止めてあげないと。


 先に言った通り、私にはできないけれど。


「でさ。ずんさんの配信を止める方法を、僕も考えてみたんだよ」


「あるんですか、そんな方法が?」


「あるある。ずばり――『デート報告配信』より、重要な配信の予定があればいいんだよ。そしたら、ずんさん真面目だから、素直に休んでくれると思うんだよね」


 それはつまり――。


「コラボ配信をしろってことですか?」


「そういうこと!」


 りんご先輩プレゼンツ『ずんばに百合営業』。

 それをしろという脅しだった。


 断わる理由はない。

 彼女の思い通りに動くのは癪だ。

 けど、それで美月さんが休んでくれるなら、私のプライドなんて安いものだ。


「……構いませんよ。いつにします。明日、それとも、明後日」


 だから、私はうっかり約束していたしまった。

 そしてまんまとハメられた。


「明後日かな。それなら僕も都合がいいし」


「……僕?」



「うん、僕とずんさん、ばにらちゃんとうみちゃん! 四人でコラボしよう! 初代大乱闘スマッシュブラザーズで――チーム対決だ!」



 美月さんとのコラボではなく、りんご先輩とのコラボの約束を。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 泥棒猫『津軽りんご』に翻弄されっぱなしのばにら。

 まさかタイマンコラボではなくグループコラボのお誘いとは。本当に、人を転がすのが上手い。こんな先輩にはたしてコミュ障のばにらは敵うのか――。


 はやくも直接対決、四人の『初代スマブラ対決』が気になる方は、ぜひぜひ評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m

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