第13話 百合営業」じゃなくても、またコラボしてくれますか?(後編)
「セキュリティとか生活のクオリティとかに問題あるでしょ。貧乏大学生じゃないんだから。どうしてこんな部屋を借りちゃうかなぁ」
「ほら、配信者もVTuberも、まだまだ職業欄には書きづらいお仕事というか、収入とかの面で入居が断られる場合が多いっていうか」
「私たち企業所属のVTuberでしょ。なんで会社の名前を出さなかったの?」
「……身バレしちゃうかなって」
「気にする所がズレてんのよアンタは!」
真面目な顔でダメ出しされる。
知ってた。
というのも、前にうみたち3期生メンバーを部屋に呼んだことがあるのだ。
その時も同じように全員から叱られた。「なんでこんなボロアパートに住んでいるんだ。もっと良い部屋が借りられただろう」って。
理屈は分かる。
女の子の一人暮らしだ、金を積んでも安全を確保した方がいい。
けれども、生まれついての貧乏性が、一桁違うお家賃を拒否するのだ。
老後のために貯金しろと、内なる自分がささやくのだから仕方ない。
トップVTuberになった今でもそれは変わらない。
「嘆かわしいわ。日本一のVTuberがこんなボロアパートに住んでるなんて」
「部屋を借りた時にはなれると思ってなくて。えへへ……」
「思ってなくてじゃない! どうすんのよこれ! 住所バレしたら、部屋荒らされるレベルよ! というかこの環境で、よく今まで配信事故が起きなかったわね!」
「それは本当にそう」
「他人事みたいに言うな!」
「大丈夫ですよ。周りは住宅街ですし阿佐ヶ谷は治安も悪くないです。すぐそこに交番もあります。大家さんもよく様子を見に来てくれるんですよ。問題ありません!」
「問題があるのはアンタの頭ね」
「ひどいバニ!」
「悪いこと言わない。今すぐ引っ越しなさい」
「嫌ですよ! まだ契約が半年残ってるんです!」
「そんなもんアンタが配信したらすぐに集まるでしょう! 金の使い方が間違ってるのよ! 借金してるわけでもないんでしょ! だったらもっと良い家に住みなさい!」
「いやバニいやバニいやバニ! ばにらは、このばにーらハウスが気に入ってるの! ずんだ先輩とこみたいなお洒落ハウスに住んだら、三日と保たずにおかしくなって、配信できなくなるバニよ!」
時刻は21時過ぎ。
住宅街の阿佐ヶ谷は帰宅の途につくサラリーマンや学生の姿が多い。
大人の女が往来で口喧嘩をしていたらそりゃ目立つ。
繁華街じゃない分、余計に目を惹く。それとなく周囲の家からの視線を感じて、私とずんだ先輩はアパートの塀の中へと移動した。
「もっと防犯と防音設備のしっかりしている部屋にしなさい。でないと――『川崎ばにら阿佐ヶ谷で発見』ってTwitterのトレンドに上がるわよ?」
「……それは、いやバニですな」
「リスナーに『川崎じゃなかったの?』って言われてもいいの?」
「それは『阿佐ヶ谷ばにら』に改名すれば解決では?」
小ボケを返しつつも、真面目に引っ越しを検討した方がいいかもしれない。
ずんだ先輩の目はマジで私のことを心配していた。
「けど、ばにらってば、どういう物件に住めばいいか分からないから」
ただこの場はいったん逃げる。
実際、まだ契約が半年残ってるからね。
敷金が戻ってくるよう、綺麗に使っているのだから尚更だ。
すると、ずんだ先輩が冷ややかな視線と共に私から離れた。
胸ポケットからスマホを取り出すと、彼女はすかさず電話をかける。
なんだろう。
嫌な予感がする。
「あ、もしもしゆきち? 今って暇? 暇だよね、謹慎中だし?」
「ちょっ! ゆき先輩は卑怯バニですやん⁉」
案の定、予感は的中した。
ずんだ先輩が電話をかけたのは、私が最も頼りにする先輩。
現在絶賛謹慎中の「網走ゆき」だ。
ずんだ先輩はゆき先輩をこの話に無理矢理巻き込むつもりなのだ。
お世話になってるゆき先輩に、私が逆らえないのを見越して――。
「ばにらの家だけどさ。うん。そう。あ、知ってるんなら話が早いや」
「ゆき先輩! 違うんです、この人が勝手に言ってるだけで!」
「そう、ゆきちもやばいと思ってたのね。私も今日見たけれどやばいと思った。こんな所に住んでたら、違う事件で有名になっちゃいそう」
「違う事件ってなに! 阿佐ヶ谷は平和な街バニよ!」
「どうせ暇でしょ。ばにらの新居を探すの手伝ってあげて。もちろん言い出しっぺの私も協力するから。はい、決まりね」
ポチッとスマホの液晶をタップして通話を切る。
口を挟む間もなくゆき先輩と話がついてしまった。
ひどい!
横暴だ!
無茶苦茶だ!
ずんだ先輩の配信じゃないんだから!
嘆く私に「してやったり」とずんだ先輩が微笑みかける。
「ということよ。ゆきちと私とアンタの3人で新居を探すわよ」
「いやばに~! ばにらはこの、ばにーらハウスがいいんだバニ!」
「かわいい後輩に変な目に遭って欲しくない、先輩心が分からないかな?」
「そう出られると何も言えないバニですが……」
「ほら、バニバニ言わない。素に戻れ」
「……ふぁい」
しょげる私の肩を叩いてずんだ先輩が笑う。
アバターの顔としっかり重なったその笑顔。
たぶん、ゆき先輩を出されなくても、私はもう彼女に逆らえない気がした。
なんだか気恥ずかしくて私は視線を空へと向ける。
住宅街。ビル街と違って空の広い阿佐ヶ谷。
ずんだ先輩の肩越しに東京のぼんやりとした夜空を私は眺めた。
「それじゃ、私は帰るから。ちゃんと鍵をかけて寝るのよ」
「あ、はい」
「それと『百合営業』の件は私にまかせて。こういうのごねるのは得意だから」
「……あの」
「なに?」
帰ろうとするずんだ先輩を思わず呼び止める。
気恥ずかしくって視線を逸らしたくせに。いったいどういうことだろう。
自分でもちょっと、今の自分の気持ちがよく分からなかった。
呼び止められたずんだ先輩が黙って私の言葉を待っている。
夜風に後ろ髪がさらりと揺れた。
「その、『百合営業』は私も、嫌です」
「当たり前よ」
「そういうの、ずんだ先輩とはしたくないです」
「私も、アンタとはしたくないわ」
「けど! 『百合営業』じゃなくても、またコラボしてくれますか?」
いったい今、私はどんな顔をしているのだろう。
ずんだ先輩が犬にでも噛まれたような顔を私に向けてくる。ぱちくりと瞬きを素早く繰り返す彼女に耐えかねて「やっぱりダメですよね! ご迷惑ですよね!」なんて私が言うと――。
「ダメじゃないわよ」
「……へ?」
「私も、またアンタとコラボしたいわよ。ばにら」
と、青葉ずんだは笑顔で私に言った。
せっかくの美人が台無しのそれは痛快な笑顔だった。
「じゃあ、連絡先交換しておこっか? LINEで大丈夫?」
「は、はい! 連絡先一つも入ってませんけど!」
「……逆になんで入れてんの?」
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百合営業はしない。だが、これからもコラボはする。
それは実質「百合営業」なのでは? しかも汚れなき「真実の百合」なのでは?
そう思った方はどうぞ評価をお願いいたします。m(__)m




