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第10話 罰ゲームは「相手の質問になんでも答えること」(前編)

 レトロゲー併走配信は壮大に迷走した。


 ワープを使った最短ルートで、ずんだ先輩が果敢に一発クリアに挑む。

 一方で私は、あえて最短ルートを外れ「無限残機」を狙う。


 しかし――どちらもその作戦が裏目に出るとは、配信している私たちはもちろん、画面の向こうのリスナーたちも思わなかった。


「やだ! やだやだ! 死にたくない! でゅやぁあーーーーっ!」


 流石にやりこんでいるだけあってワープを着実に成功させるずんだ先輩。

 だが、一気に難易度の高いステージに移動したことで凡ミスを連発。

 絶叫と共にゲームオーバーを繰り返す。


「え、ちょっと? ここ違わなくね? ワールド5って出てるんだけれど?」


 無事に「無限残機」を私は成功させた。

 なのに、最終ステージへと向かうワープを痛恨の見逃し。

 そこから自力クリアをしなくてはいけなくなってしまった。


 コンスタントに最終ステージへワープするずんだ先輩。

 牛歩ながらも着実にステージを進めていく私。


 そこに加えて――。


「こちら『8-1』♪ お降りの方はボタンを押してくださぁ~い♪」


「はぁっ⁉ ずんだ先輩、もうワープ成功させたバニか⁉」


「おやおや~、ばにらちゃんはまだ『1-2』ですか~? これはもうずんだの勝ちで決まりのようですね~? ばにらちゃんはずっとクリボーと遊んでなさ~い!」


「こいつ、腹立つぅ……!」


 とか。


「ずんだせんぱぁーい? なんか『8-1』で死んだって聞きましたけど?」


「ぎぁーっ! 集中してる所に声かけてくんな! ○すぞ、ボケェッ!」


「すみませぇーん! ちなみに、ばにらは『3-1』で『無限残機』成功しましたんで! まぁ、まだ時間もあるし、ゆっくり追い上げようかな……と!」


「はぁ、『無限残機』使ったのかテメー!」


「なんでもありって言いましたやん」


「でゅぁーーっ! また死んだ!」


 とかとか。


「もしもし、ばにらっちょ? 今、何面におるん?」


「えーっと。やっぱり、ワープを使うのは卑怯かなと思いまして。今、『5-1』を攻略してます……」


「嘘吐け! 『4-2』のワープミスったんだろ! バカがよぉ!」


「しょーがないバニじゃん! まさか真ん中にワープあるとか知りませんって!」


「どうするー? もうこの先にワープないよぉー? 『無限残機』捨てて、やり直した方がよくなぁーい?」


「……ぐぐぐぐ」


「まぁ、ずんだはうまいから、『無限残機』なんてなくても、余裕のよっちゃんですけれどね! きゃははははははは!」


 とかとかとか。


「ばにら、頑張るな! こんな所で頑張ったらいかん!」


「いきなりなにバニ⁉」


「人生は長い! もっと頑張らなくちゃいけない所があるはずなんよ!」


「自分が『1-1』に戻ったからって、ちょっかいかけてくるのやめてバニ!」


「いい、ばにらちゃん。貴方のためを思って言ってるのよ」


「ぜってー違うバニ!」


「マリオやってたら辛い時はある。心が折れそうにもなる。けど、頑張っちゃダメ」


「なに言ってんだアンタ!」


「今マリオで頑張ることで、未来のばにらちゃんの頑張りがなくなる。そう思うと、ここで頑張るのはもったいないとずんだは思うんです」


「うるせーばになんだよ! 早く自分の配信に戻れよ!」


「分かった? じゃあね、ばにら! 辛くなったらいつでも言うんよ?」


「今が一番辛いわ――って、こんなことやってたらミスっちまったじゃねーか!」


「でゅははは! やーい、ばーかばーか!」


 とかとかとかとか。(これが一番ムカついた)


 折りにつけての罵り合い。

 激しいプロレス(空気を読んだ上での喧嘩腰の会話)が緊張感を煽る。


 どちらが勝つか分からない。

 たった1時間の併走レース&泥仕合なのに配信は大いに盛り上がった。


 同接数は先日の金盾配信に迫る勢い。

 Twitterにも「ずんばに突発併走コラボ」がトレンド入り。

 DStarsの他のメンバーも見守り実況をはじめるほどだった。


 そんな中、ついに併走終了を告げるタイマーの音が響く。

 白熱するバトルの結末は――。


「ばにらちゃ~ん? 今、何面にいるのぉ~?」


「……ずんだ先輩。ばにら『8-1』のゴールまで来てたんです」


「すごいねぇ! 『8-1』のゴール前まで来てたの!」


「……けど。なんか、空から急に甲羅を投げつけられて」


「知ってる。それ『ジュゲム』って奴の仕業だよ」


「アイツマジなんなんすか。ストーカーバニですじゃん」


「分かるよ。大変だよねぇ」


「……ところで、ずんだ先輩はいったい何面に、いらっしゃるんでしょうか?」


 スゥと息を吸い込んで後ろを振り返る。


 HDMIケーブルでパソコンに接続されたミニファミコン。

 曲面ディスプレイの右端に表示されているゲーム画面。

 中央上部には「WORLD 8-2」の文字。


「今ねぇ~、ずんだは『8-2』にいるよぉ~! 惜しかったねぇ、あとちょっとで追いつけてたのにぃ~! ごめんね、ごめんねぇ~!」


 顔を半分だけこちらに向けて私を見たずんだ先輩。


 その口の端がつり上がる。

 DStarsの「氷の女王」がはじめて破顔する。


 アバター越しに何度も見たはずの彼女の笑顔がなぜか私の胸を高鳴らせた。


(この人、こんな顔もできるんだ……)


 配信であれだけ魅力的な表情をリスナーに見せるVTuberなのだ。

 そりゃできて当たり前か。


「はーい! ということで負けたばにらちゃんには罰ゲーム!」


「……えっ? ちょっと、聞いてないバニよ!」


「言ってないからねぇ~! けど、なんかしないと面白くないでしょ~!」


「それは、そうバニですけど」


「そうバニ! そうバニ! 大人しく罰を受けるバニ!」


「……お、お手柔らかにお願いします」


 急に振られた罰ゲームという単語に私は再びカメラの方を向く。

 サイドテーブルのノートパソコンで、「どうしよっかなぁ」と和装の犬耳少女が肩を揺らして楽しげに微笑む。


 はっと目を見開いて彼女が口にしたのは――。


「それじゃあねぇ、ずんだの質問に一つ答えてもらおうかなぁ!」


 なんとも塩梅の難しい内容だった。

 けれど、断る権利は敗者にない。


 アバターをうなだれさせて「分かりました、どうぞバニ」と私は告げた。


「ずんだのこと、ぶっちゃけどう思ってるの?」


(どう思ってるって、そんなの……)


 どう答えるのが正解なのだろう。


 後輩として先輩を立てる回答をするべきか。

 それとも、VTuberとしてウケを狙った回答に走るべきか。


 やさしくも厳しく、柔らかくも鋭い、絶妙な質問。

 まさに罰ゲームにふさわしい。


 少し間を置いて私は答えた。


「ずんだ先輩のことはとっても尊敬しているバニ。DStarsの先輩としても、配信者としても、すごい人だなって思っているバニ。ばにらも、ずんだ先輩みたいな配信者になれたらなって、この仕事をはじめたバニよ」


「やだぁ! ばにらちゃんたらぁ~! かぁいいんだからぁ~!」


「あの、真面目に答えたので、そういうのやめてもらっていいですか?」


「そんな恥ずかしがらなくていいんよ! ほら、かわいいばにらちゃんには、ずんだがチッスしてあげる! んまんまんまんま! ちゅっちゅっ!」


「ちょっ、やめろ! 音が艶めかしいバニよ!」


「でゅははははは!」


 最後の最後まで突発併走コラボは笑顔で終わった。

 負けたにもかかわらず多くの祝福の言葉をおくられた私は、久しく味わったことのない達成感を胸に配信を終えた。


 金盾配信にも勝る充実感がこの配信にはあった。


 ずんだ先輩とコラボしてよかった。

 心の底から、そう思ったその時――。


「で、現実の私のことはどう思っているのかしら?」


 私の背中を冷たい声が貫いた。

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