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マリー目線です。
「あのお二人、抱き締めあっておられたそうですわよ」
「まあ、いつも一緒にいらっしゃる姿はよくお見かけ致しますが、流石にそこまでされてしまうと、御婚約者の方の立場もありますし、ねぇ」
「そうですわね、せめて人目につかぬように気を配って頂きませんと……」
はっきり『誰』とは言わず、けれども皆一様に誰のことか理解していながら、その噂は水面に広がる波紋の如く、静かに広がっていく。
「あの方の首筋に、印がついていたらしいですわよ」
「そうらしいですわね」
「あら、私は鎖骨の辺りに印が見えたと聞きましたわ」
「……随分とまあ愚かなことを」
そして新たな投石によって波紋は静かに、静かに広がり続けていった。
数々の噂を耳にした生徒たちは、先入観を持ってライアン殿下とシャルロットの二人並ぶ姿を見て邪推することだろう。
適度に噂が広まったところで、一度こちらで噂を流すことを中断する。
噂とは勝手に尾ひれまで付いて広がって行くのだから、今はこれ以上のネタを流す必要はない。
波紋が消えかけた(生徒達の興味が薄れ始めた)時、また新たな投石をすれば良いのだ。
完全に興味が薄れてからでは遅いので、薄れ始めたタイミングを見極めることが大切なのだ。
小出しに時間差で投石することにより、想像力を膨らませ、長く興味を持たせることに繋がるのだから。
◇◇◇
「アビー? そろそろ『はい』と言って欲しいのだが?」
ノア様が、今日も懲りずにアビゲイル様に求婚中です。
私たちは、その間特に気にすることもなくテーブルの上の美味しそうなサンドイッチへと手を伸ばしている。
あら、今日はカツサンドね。
うん、ソースが美味しい!
テーブルの上の食事は各家から連れて来た侍女たちが作ってくれているもので、サンドイッチはアビゲイル様の侍女ミアさんが担当している。
ミランダ様の侍女はパスタとサラダを。
ミレーヌ様の侍女はテリーヌやデザートを。
私は侍女を連れて来ていないので、紅茶などの茶葉を担当させてもらっている。
「何度言われましても、無理なものは無理としか申し上げようがございませんので。……あら、今日はカツサンドですのね。私、ミアの作るカツサンドが一番好きですわ」
アビゲイル様も毎日のように告げられるプロポーズにすっかり慣れてしまったようで、ノア様、御愁傷様です。




