表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喪失者の道中  作者: 法相
一章=少女との出会い=
2/49

一章-1 病院にて

 以前のプロローグとまとまった形で出しています。まだ主人公の名前は出ませんが、近いうちに出します。

 目を覚ますと知らない天井が目についた。俺は身体を起こして辺りを見回すと見慣れない部屋にいた。見慣れない天井に見慣れない部屋、どうして俺はここにいるのだろうか?

 とりあえず部屋を観察するとここは病院と呼ばれるものであり、俺はその中にいるということを知識から絞り出す。しかしここが病院ということのせいか消毒液の匂いが強く、不快感を覚える。人によってはこの匂いは落ち着く者もいるらしいが俺にはどうも理解できそうにない。

 どうしてここにいるのだろうか、と頭を悩ませるが答えは出ない。

 ズキン、と胸元が痛みだす。どうしたものかと思い、服を引っ張って胸元を見てみると大きな傷がついていた。これは鋭利な刃物によって斬られた、あるいは刺されたものだと俺は推測する。でなければ十字傷などにはなっていないだろう。

 一体なにをしたらこんな大きな傷がつくのだろうか。自分の身に起こったことながらまるで把握できないのには不安が残る。そもそも何で俺はこんな病院で寝ているんだ?

 と、ここで俺は一つ重大なことに気がついた。そう、忘れた宿題に気づくように唐突に思い出したのだ。

「俺は、誰だ……?」

 俺は自分の名前をわかっていなかった。思わず頭を押さえて、かきむしる。

 俺が自分の名前を必死に思い出している最中、誰かが入ってくる。

 音がした方向に振り向く。その先には白衣をまとっていた恰幅のいい医者と一人の看護士がいた。とりあえず「どちらさまですか?」と尋ねた。今のところ俺がわかるのは向こうさんがこの病院の医者だということくらいだ。

「目を覚ましたのですか。よかったです」

 と医者は言った。見当違いの台詞が帰ってきたために俺は少しムッとした表情で返した。

「俺の質問に答えてください。どちらさまですか、と聞いているんです」

「おっと、これは失礼しました。見ての通り私はこの病院のしがない医者です」

 ハハ、と医者は笑いながら男に近づく。いや、医者なのはいいんだがせめて名前を名乗れよ。まさか医者というのが本名じゃあるまいし。

「医者、が名前というわけではないでしょう」

「当然です。ですが、私は先ずアナタの名前からお聞きしたいのです。ほら、人に名前をいうときは自分からと言いますでしょう?」

 思ったよりも正論をはく医者だった。

「……確かに。ですがもうしわけないですが、俺は自分の名前を思い出せないんです」

 少々バツが悪いが、真実なのでしょうがない。これを聞いた医者はホッホッホと笑いながら「気にしなくても構いませんよ」と答えた。

「しかしふむ、つまり記憶喪失でしょう。ですがいずれ元に戻るでしょう」

「なぜわかるんですか?」

「記憶喪失とはえてしてそんなものです。というのは冗談でキッカケ次第ですよ」

 医者のいうことに俺は「そういうものですか?」と不服そうに返す。医者はそれにどうじることもなく「そうなんですよ」と返してきた。どうも医者の説明によると俺の記憶喪失は一時的なものらしく時間経過によるもので解決ができるパターンが多いらしい。

 ただ最後に「百パーセントではないので安心してはいけませんけどね」との言葉を残していく。期待させといてそれかよ。まぁ現状自分の名前を思い出せないことに対してデメリットを感じることはないが、この先を見据えるのなら仮称でも名前が必要だろう。

 医者はお大事にとだけ残して病室を出ていく。

 そして俺はまた部屋に一人だけ。物事を考えるのにはうってつけの環境となった。

 さて、まずはなぜ俺がこの病院——鬼柳病院というらしいのだが——ここにいるのか? まぁこれにはおおよその予想がつく。この胸の傷だろう。

 十字傷にこめられた怨念はよほど強かったのか、あるいは最近切られたばかりだからなのかは知らないがくっきりと鋭い傷跡が残っている。まぁおそらく両方の理由ととってみてもいいだろう。

 なにぶん、まだ身体に痛みがあるし恨みがなければこんな十字傷をつけられたりはしないだろう。どれだけの恨みを買っていたかは知らないが、こんな傷を残していくくらいだからな、そうとう深い恨みなんだろうということが容易に想像できる。今は記憶を失っているが全てを知ったとき、俺ははたしてまともにいられるのだろうか。不安である。

 まぁそれはそれとして、これは今わかる問題ではないのだから深く考えるだけ損だろう。そもそも思考はなぜ病院いるのかというところから始まったのだから見当違いもいい脱線である。後々にはこの傷の意味も知る必要があるかもしれないが、少なくとも今は無用である。

 それとこの病院についても情報を収集せねばならない。助けてもらっている以上、恩を感じないわけではないがここが悪徳病院でないとも限らない。

 ……こんな考えをする辺り俺という人間はひねくれているのだろうか。

 とはいえ、本当に記憶がないのはまずい。正直に話すと今の俺は自分の名前どころか自分の年齢すらもわからない。見た目である程度の年齢は判断できるだろうと考え廊下に出ていきトイレを探して中に入る。鏡に映った俺の姿は二十代中盤といったところだろうか、長い黒髪と中性的な顔立ち、ちょっとキツくつり上がった目が特徴だった。一見すると女性のように見えなくもないが安心するべきか俺は男だ。

 と、別の男性の入院患者が入ってくる。するとどうだろうか、少し驚いた顔をして口を開いた。

「お嬢さん、ここは男子トイレですよ?」

「あいにく男です」

 女に間違われてしまった。まぁ自分でも女顔に見えた以上仕方あるまい。ここは割り切ろう。とりあえず年齢は二十八(仮)ということにしておくことにする。後は常識を覚えているかどうかといったところだが、これは後々どうにでもなることがらなので放置することにしよう。

 と、そうだ。せっかくだからこの人からも情報を収集させてもらおうか。

「すいません、この病院なんですが……」

「ここ? ここは鬼柳病院だけど、それがどうかしたのかい?」

「それはわかるんです。実は俺さっき目を覚ましたら記憶喪失になってたみたいで……自分がどうしてこの病院にいるのかもわかってない状態でして、よろしかったらこの病院のこと教えていただけませんか?」

「記憶喪失ねぇ。それじゃ君が数日前に運ばれた患者さんか。どうりで見ない顔だと思った」

 数日前。どうやらここに俺の情報が眠っているようだ。

 詳しく話を聞くと数日前の夜遅く、血まみれになった俺が病院の前に倒れていたので運ばれてきたらしい。

 そうとう重傷だったせいか当時の俺はひどく衰弱していたらしい。ここで自分の胸の傷を思い出し確かに、とうなずく。あれを重傷といわなかったらなんというのだろうか。確認の取りようはないが、とりあえずおびただしい量の血が流れていたのは違いあるまい。

 当然、そんな輩が倒れていたのだから病院の患者も相当パニックになったらしいのだが、ここで俺を病院に最初に運んだというのが一人の少女だったそうだ。服が血で汚れるのも気にせずに俺を病院の中に入れてくれたとのことだった。

 それから緊急手術が行われ、俺の命は救われたというわけだ。いやはや、その少女にはきちんとお礼を言いたい限りだ。一体どんな娘なのだろうか。

「その娘ならよく病院に来るからね。見かけたら教えてあげよう」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。それとこの病院のことだったね。まぁいたって普通の病院だけど、君みたいな患者は基本的に料金を払わなくていいかもしれないってことくらいかな?」

「いや、それ十分普通じゃないでしょ」

 思わずツッコミをいれてしまう。なんだ? 記憶喪失になれば医療費が免除されるシステムでもあるのか? 俺の驚いた顔を見て男性は「これは失礼」と笑いながら返す。

「いや、ここの医者親子はおおらかな人でね。よくお金がない人には無償で看てあげてるんだよ」

「そうなんですか。でも、手術ですからそこまでうまくはいかないでしょ」

 それもそうか、と男性も呟きお互いに笑い合う。

「まぁこの病院は貧乏暇なしを地でいってるようなところだから格安になるかもはしれないよ」

 それはありがたいことだ。だけど記憶喪失ついでに所持金があるかどうかも怪しいところ、部屋に戻ってから財布があるかどうかも調べなきゃな……それ以外にもこの病院は山口の田舎にあるところということ、またこの病院にはよくやってくるのは老人やお金のない若者たちという情報を得た。

 俺はお礼をいい男性と別れ、病室に戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ