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65. 私たちの目的は、あくまで人間と魔族が共存していくことです

「まったく騒々しい、揃いもそろって何の用かね?

 貴様たちにもう用はない。

 引き取りたまえ」



 玉座の間に辿り着いた私たちを、泰然と迎える国王。

 その脇にはこの国の第二王子である、テオドール王子が控えていました。



「ふざけたことを言いますね。

 今この国の分水嶺に立たされていることが、どうして分からないのですか?」


 この国王の余裕は、何なんでしょうか?



「もはや交渉の余地はないであろう。

 ここで魔王を殺し、教会にいる魔族どもを根絶やしにする。

 それ以外に人間が生き残る道はない」


 国王は燃えるような視線で、魔王様を睨み付けています。


 どこまでも意固地に魔族を否定してみせます。

 こうしてフォード王子ですら、前を向いて歩き始めたというのに。

 まるで歩み寄る姿勢を見せない国王は、もう未来を見ることはないのでしょう。



「どうしてそうなんですか?

 私たちは、ここにあくまで話し合いに来ただけです」

「魔王をここまで連れてきておいて、よく言う……」



 国王は、憎々しげにこちらを見つめます。


「……ヴァルフレア様は、あくまで付き添いですよ。

 交渉するのは、私とフォード王子ですよ」


「その通りだ。

 私は、父上のふるまいを見過ごすわけにはいかない」



 決意を新たに、国王と向き合うフォード王子。

 しかしフォード王子に答えたのは国王ではなく――



「僕も同じですよ。

 兄上こそ、どこまで恥をさらすつもりですか?」


 第二王子・テオドールでした。


 クリクリっとした瞳に、幼さの残る顔立ち。

 チョンと跳ねたくせ毛が、愛らしい印象を与えます。

 しかし正義感からか、その瞳は燃えるようにフォード王子を睨みつけていました。




「テオドールよ。

 顔を合わせるのは久しいな」


 テオドール王子とフォード王子。

 二人は、次期王の椅子を争うライバル同士でした。

 私を追放した後には、まともに顔を合わせることもなかったのでしょう。



「……さて、このような緊急事態ではありますが。

 国のこれからを決めるために、相応しい人物が揃いましたね」


 パチンと手を合わせて。

 私は場に集まったメンバーに、ゆっくりと視線を送りました。




◇◆◇◆◇


「ま、待ってください。

 まさか、魔王を話し合いに参加させるんですか……?」


 威圧するように、魔力をまき散らす魔王様を恐れたのでしょう。

 怯えたように、テオドール王子が口を開きました。



「国王のことは、これっぽっちも信用できないのでな。

 フィーネの身を守るため。

 当然、余も同席させてもらおう」


 腕を組み、ガンとして譲らぬ魔王様。



「テオドール様。『魔族だから』なんていうのは、関係ありません。

 これから、人間と魔族の未来を話し合うんです。

 その長である魔王様が同席するのは、当然ではありませんか?」


 停滞を選ぶ国王を、説得するのは困難でしょう。

 なんとしてでも、まずはテオドール王子を味方に付けなければなりません。



「わ、分かりました。

 たしかに、その通りかもしれませんね」


 私の返答を受け、テオドール王子は小さく頷きます。

 そしてそのまま流れるように話を進めるのでした。



「ここまで魔王を連れてやって来たんです。

 ……フィーネさんたちの要求は何ですか?」


 警戒するようなテオドール王子の視線。

 私は、できるだけ相手を安心させようと笑みを浮かべます。



「私が要求するのはただ1つ。

 私たちの国と魔族で、不戦条約を結ぶことです」



 それがこの国に戻ってきた理由でした。


 一貫して、これしか言っていませんね。

 たったそれだけのことが、どれだけ難しいことか。



「ただの口約束では、あまりに実効性がない。

 これまでの歴史が『互いに信頼関係を結ぶのは容易ではない』ということを、証明していると思いますが?」

「おっしゃる通りだと思います」


 悲しいですが、それは事実。


 人間と魔族の溝は、それほどまでに深いもの。

 長年にわたっていがみ合って来た二種族が手を取り合うのは、容易なことではありません。

 ここで和平交渉が成立し、かりそめの平和が訪れたように見えても。

 些細なきっかけで、あっさりと均衡が崩れかねません。



「聖誓の儀式魔法を使おうと思っています。

 互いに命を代償とする誓約術式です。

 ……二種族の領土を、決して冒さぬように」


「誓約術式ですか……」


 形のない約束など、一瞬で無に返ります。

 だからこそ、儀式魔法のような形に残るものが必要になります。

 この話を、自然な形で持ちだせたのは本当に有り難いです。



 魔王が目の前にいる状況にも関わらず。

 テオドール王子は、堂々とした振る舞いを見せます。


「そのような条約、魔族が従うとは思えませんが。

 ……魔王も、同じ考えなのですか?」


 決して魔王様が怖くないわけではないのでしょう。

 それでも自らの役割を、必死になって果たそうとしているように見えます。



「余は和平交渉に関して、フィーネに一任している。

 フィーネならば、魔族に不利になることはしない。

 そう確信しているのでな」


 魔王様の信頼が、重たいです。



「もちろん、人間に不利になるような真似もしませんよ。

 私たちの目的は、あくまで人間と魔族が共存していくことです」


 私の言葉を、テオドール王子は少しだけ吟味するように沈黙していましたが。



「……僕としては。

 あなたの言葉は、非常に疑わしいと言わざるを得ないですね」


 テオドール王子の口から出てきたのは、否定の言葉でした。



「どうしてそう思うのですか?」


「僕たち王族は、すでに魔族に生殺与奪権を握られている。

 僕らが生かされているのは、まだ利用価値が残っているから。

 そうではありませんか?」


 テオドール王子の口から出る不安。

 それは、国王のように停滞に身を預けたものではなく。



「狙いは分かりませんが、目的がその『儀式魔法』だとしたら。

 要求を呑むわけにはいきません」


 変化することを考えたからこそ、出てくる不安のように思えました。

 



「ここで『聖誓の儀式魔法』を使うことは、魔族に何の利もないでしょう。

 見返りを要求された方が、よほど納得できます」


 目の前に圧倒的な力を持つ魔王がいる、という絶望的な状況。

 私の提案は、むしろ有り難いものでしょうにそれに飛びつくこともない。


 テオドール王子は、相手の言葉を冷静に見極めようとしています。



 ――その姿勢は、非常に好ましいものなんですけど

 ――どうすれば信用を得られますかね




「せっかくなので兄上の考えを聞かせてください。

 魔族は、なぜこのような契約を迫ってきているのだと思いますか?」


「なぜって。

 これが魔族にとっても、非常に有意義な契約だからだろう?」


 何を当たり前のことを、というようにフォード王子はそう答えます。



「魔族と言えば、これまで人間と争ってきた宿敵ですよ?

 冷静に考えて下さい。

 今この状況は、魔族に圧倒的に有利な状況なんですよ!?」


 魔族にとって、最大戦力が魔王であるように。

 人間にとって、王族の使う魔法は「切り札」と言えます。



「こんな状況で不戦条約を持ちかけてくるなんて、おかしいじゃないですか!?」



 やっぱり信じられない、と不信感を露わにし。

 私の方を睨みながら、テオドール王子は噛みつくようにそう言うのでした。

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