50. 今日のやり取りで、運命が決まるんですね
「すまなかったな、試すような真似をして」
兵士の格好をした魔族は、私に深々と頭を下げました。
「試したってことは、本気ではなかったんですね。
貴族裁判を待たずして、戦争に突入するのかと本気で焦りましたよ」
「普通に本気だったぜ。
……たとえば、ひめさまが命惜しさに人間サイドに寝返ったりしたらな」
「私がヴァルフレア様を裏切るなんてあり得ません」
「そのようだな。
カレイドル男爵令嬢とのやりとりを見て、すぐ杞憂だとわかったさ」
アルテは楽しそうにくっくと笑う。
「それで? 地下牢まで何の用ですか。こう見えても、私は忙しいんですよ」
「まあ、そう言うなって。
貴族裁判に向けて、興味深い話を持ってきてやったんだぜ?」
地下牢の中で得られる情報は貴重です。
私は、アルテに続きを促します。
「まずはアレイドル家について。
当主は、全面的に第二王子派を支持することを決めたそうだ」
「フォード王子の愚かさを思えば当然でしょう。
……怒り狂うお父様の姿が、容易に想像できます」
――私が戻るまで、過激な手段に踏み切らないで本当に良かったです
魔族領への追放後、王家から何の詫びもなかったなら。
冗談抜きにお父様は、王が相手であっても剣を向けたでしょう。そのまま国を割るような争いに発展する可能性すらありました。
公爵家の持つ不信感に気づかないほど、国王も愚かでないはずです。
なぜフォード王子を自由にさせているのでしょうか。
「それで、肝心の貴族裁判の情勢はどうですか?」
「フォード王子は、自らの息のかかったものを裁判官に送り込もうとしてたぜ。
アレイドル家の力で、阻まれていたけどな」
私が黒だと確信していても。
不安からか、私を完膚なきまでまでに叩きのめしたいためか。
フォード王子が悔しがる様子が、目に浮かぶようです。
「カレイドル男爵令嬢は、必死になって偽の証拠を集めて回っているが……。
単純なフォード王子は騙せたとしても、裁判官を騙すのは不可能だろう。
貴族裁判は、十中八九ひめさまの潔白を証明するだけだろうな」
「……フォード王子も終わりですね」
私の潔白が証明されれば、フォード王子は自然と責任を取らされることになるでしょう。
公爵家を敵に回しかねない愚かな行為の代償は高くつきます。
廃嫡を言い渡されても、何ら不思議ではありません。
「そう思っていたんだけどな」
和やかなムードに冷や水を浴びせるように、アルテが重々しく口を開きます。
「報告があがってきている。
この国を戦争に向かわせようとするきな臭い動きだ」
「また、カレイドルさんですか?
この期に及んで、あの方に出来ることなんて何もないと思いますが……」
いくらフォード王子の婚約者だとしても、実質的な権限はなにもないはずです。
ここにきて脅威になるとは思えません。
そんな楽観的な考え読んだのでしょう。
アルテは、首を横に振り楽観的な考えを打ち消すようにこう告げました。
「国王が裁判の拝聴に来る、という噂がある」
「は……?」
どれほどの大罪人を裁くためであったとしても。
王自らが裁判の行方を見に来るなんて聴いたことがありません。
ーーいったい、なんのため?
「いくら王が見に来るとしても。
裁判の行方に影響はありませんよね……?」
「どうだかな。国王はフォード王子を自由にさせていた前科がある。
それだけでなく、カレイドル男爵令嬢の代わりを探すこともなかったどころか――」
アルテは辺りを警戒するように見渡し、誰もいないことを改めて確認。
「これは、本当に一部の者しか知らない事実だがな。
どうやら、陰ではカレイドル嬢の行動を手助けしていたらしい」
「な――?
そ、そんな……。あり得ませんよ」
だって、それではまるで……
「カレイドル男爵令嬢の行動が。
――まるで、国王の思惑通りみたいではありませんか?」
アルテは黙って肩をすくめてみせました。
「警戒だけは怠らないようにな。
たとえ何が起きても対応できるように。
こっちはこっちで、用意をしておくさ」
そのようなことを言い残し、アルテは地下牢を立ち去ったのでした。
◇◆◇◆◇
地下牢での日々は、あっという間に過ぎ。
「フィーネ・アレイドル。
運命の刻だ。裁判所まで同行願おう」
ついに貴族裁判の日がやって来ました。
私を迎えに来たのは、魔族領から帰った私を迎えたフォード王子お付きの兵士たちです。
「そんなに警戒しなくても逃げませんよ」
馬車で移動すること1時間ほどでしょうか。
私が案内されたのは、国内でも有数の大規模な裁判所でした。
国中でも注目度の高い、それこそ歴史に残る多くの大罪人に引導を渡してきた場所。
今日の裁判には、フォード王子の進退もかかっているということを理解しているのでしょう――既に中では大勢の貴族が待っているようです。
――今日のやり取りで、運命が決まるんですね
魔王様、見ていてください。
私は預けられたお守り代わりの宝玉を、ギュッと握りました。
覚悟を決めると、私は中に入ります。
「被告人、フィーネ・アレイドルの到着だ」
私を迎えるのは、ざわざわという囁き声と好奇の目線。
そして……私を陥れようとしているフォード王子とカレイドル男爵令嬢とも目線が合う。
――気圧されたら負けだ。
背筋を伸ばして堂々と、前だけを見つめて。
私は歩き出しました。




