37. 今日のお茶会、本当に楽しみにしておりました
魔王城に戻り、リリーネさんにドレスの着付けを手伝ってもらい。
私は、魔王様とお茶会を約束した部屋の前に立っていました。
「そんなに緊張しないでも大丈夫ですよ。
魔王様、1日ソワソワしてましたから。
首を長くして待ってますよ」
「は、はい……」
そう言われても、緊張するものは緊張します。
粗相しては魔族領での居場所がなくなる、という不安から来るものではありません。魔王様にどう思われているのか、やはり気になりますね。
リリーネさんは呆れたように微笑むと、「フィーネ様を連れてきましたよ」と言いながら扉をノック。
「う、うむ。入ってくれたまえ」
との声を聞き、私を部屋の中に案内しました。
魔王様は、いつになく落ち着いた雰囲気で微笑を浮かべると、
「よ、よく来てくれたな。
人間のことは未だに分からないことも多いが、リリーネやアンジュにも聞いて配慮したつもりだ。良き語らいの場としよう」
と堂々たる出迎えの挨拶。
その後、真剣な表情でこちらを眺めていたかと思えば
――今宵のドレスも、よく似合っている
しみじみと、そう言われました。
腹の中では何を考えている分からぬ貴族のお世辞ではなく、それは素直な感情の発露とでも言えるもので。
柄にもなく、少しだけドキリとしてしまいました。
「お褒めいただき、ありがとうございます。
魔王城のドレスは、どれも素敵で目移りしてしまいます」
ドレスの端をちょこんとつまみ一礼。
「今日のお茶会、本当に楽しみにしておりました。
人間に対する、その心遣いにも感謝を」
その後、促されるままにテーブルに付き。
リリーネさんが持ってきた魔族領の特産品だという紅茶を頂くことになりました。
色、良し。
香り、良し。
味、文句の付け所もなし。
さすが魔族領の特産品と豪語するだけのことはあります。
私が紅茶の味を楽しんでいると
「うむ。してリリーネよ?
『お茶会』というのは、次は何をするのだ?」
魔王様が、気を遣って扉の傍に控えていたリリーネさんにそう尋ねました。
「魔王様。
そうして、いきなり私に話かけるのは論外でしょう……」
――あとは二人で自由に話せば良いのですよ
と、じとっとした目でリリーネさん。
それはもう、見事なグダグダっぷりでした。
人間のお茶会のマナーに則ったやり方だとは思っていましたが、どうやらリリーネさんが魔王様に色々と教えていたようですね。
だとすると、先ほどのドレスの褒め言葉もマナーに従っただけ?
そう思うと面白くないですね。
「あの、本当に気を遣って頂かなくても大丈夫ですからね。
郷に入っては郷に従えと言います。
魔族領での流儀に従いますよ?」
「この地には『お茶会』なんて文化はないからな」
困ったように苦笑する魔王様。
注がれた紅茶を口に運びながら、不安そうにひと言。
「先ほどから、どうにも不機嫌そうだな。
余は、何か失敗したのだろうか。
人間領での文化には、まだまだ疎くてな。
余の態度が原因なら謝らせてくれ」
「マナーの問題ではありませんよ」
ドレスを褒めるのは、マナーに従っただけ。
私もそれに対してお礼の挨拶をしただけ。
お茶会でのお約束に則った型通りのやりとりです。
マナーの一環だと知って。
拗ねてるんですかね、私は?
「ええ、何でもありません。
ヴァルフレア様は何も悪くありません」
ちっとも何でもなくなさそうな口調になってしまいました。
少し気まずくて、紅茶を黙々と口に運びます。
はあ、とため息をつきリリーネさんは、
「魔王様。今日フィーネちゃんが着ているドレスは、それはもうフィーネちゃんが悩みながら一生懸命選んだんです」
「ちょっと、リリーネさん!?」
背中から撃たれた気分です。
いきなり何てことを言い出すのでしょうか?
「どう思いましたか?」
「歓迎パーティーの時とはガラッと雰囲気の違うドレスで。
もともと、フィーネ嬢は癒しの魔法を使いこなす伝承の女神のような美しさだ。
何を着ていても似合うのは当然なのだが。
場が華やぐような、派手でいて。主張はし過ぎず、嫌な感じが全然しない」
ええっと、魔王様。
カヤの外に置かれたまま、べた褒めされても反応に困りますよ……。
こんな場合、どんな顔をして座っていれば良いんですかね?
これまで教わったマナーは何の役にも立たず。
平常心、平常心。
私は表情を隠すように、黙って紅茶の入ったカップを口に運び続けるのでした。




