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35. え? 私、戦場に連れて行かれるかの瀬戸際だったんですか。二日酔いを醒ますためだけに?

「それにしても、ひめさまの力はとんでもなかったな~」


 改めて、この場にいる魔族の集団を見ながらブヒータさん。

 リリーネさんにこってり絞られたのもあり、キリッと表情を引き締めています。

 もっとも今更すぎて、飲んだくれのイメージが消えません。


「そこまで言うほどですか?

 別に怪我を治したわけでもないです。

 いくらでも出来そうな人はいると思いますが……」


 ここで「魔族に対して」という断り書きが付くと、一気に希少性が上がりますが。

 癒しの力自体は、微々たるものです。



「これまで怪我とかされた場合、どうしていたんですか?」


 ふとした疑問。

 私たちの国では、戦いに赴いた兵士を癒すための専門の組織がおり、兵士の治療に当たっていました。魔族たちはどうしているのでしょう。

 医療専門施設がどこかにあるのでしょうか?

 


「自らの生命力に感謝しながら、酒飲んで寝る!」

「ひめさまが困惑しているので、ブヒータさんは少し黙って下さいね。

 悲しいことに、あながち間違いではないのですが」


 ――何をおっしゃる、この酔っ払い?


 と思った私に、リリーネさんが補足説明を加えます。


「ご存知のとおり、魔族には聖属性の魔力が毒ですから。

 魔法による治療なんて、まず不可能なんですよ。

 いまだに魔族の強靭な生命力に任せ、自然治癒で済ませることが多いんです」


 特に出先での治療は限られ、たまたま手に入ったハーブで応急処置する程度。

 だから癒しの魔法が効果を発揮しただけで、あんなに喜んだのですね。




「ひめさまのさっきの力、まだ使えるのか?」


 何かを見定めるように、ブヒータさんがそう尋ねてきました。


「ええっと……。初めてのことでしたので加減も分からなかったので。

 今すぐ同じことをやれと言われたら、さすがに厳しいです」


「効力を弱めたらどうだ?」

「それなら、使う魔力を絞れば何回でも使えると思いますよ」


 私は、考え込むブヒータさんをおずおずと眺めます。

 飲んでいたときの陽気な表情は影を潜め、その豚面は何の意図も読み取らせません。

 少しは有用性を見出してくれていると良いのですが……。



「どんな説得をしても、無駄だと思うけどね。

 魔王様がフィーネちゃんをどれほど大事にしてるか、知らないわけじゃないだろ?

 戦場なんて危険な場所に連れていくことを、許可する筈がないね」


 リリーネさんが唐突に切り出します。

 え? 何故そんな話になったのでしょう。


 と驚きますが、ブヒータさんは「そうだよな~」と未練がましい表情。


「え。私、戦場に連れて行かれるかの瀬戸際だったんですか。

 二日酔いを醒ますためだけに?」

『ひめさま~? 二日酔いから離れようよ……。

 魔族相手にも効く癒しの魔法。もう少し自分の力を自覚するべきだよ』


 アビーが呆れたように言いました。

 やった! ブヒータさんに癒しの魔法の有用性を認めさせる、という目標はバッチリみたいですね。


『効果がある癒しの魔法ってだけでも、喉から手が出るほど欲しいのに。

 これほどの効果を持つなんて。誰がここまでやれと……』

「ええっと……? 私を持ち上げても、何も出てきませんよ」


 それとも冗談?

 魔族の兵士に囲まれ緊張していた私の、気を紛らわせようとしてくれてるとか。

 リリーネさんの迫力が凄すぎて、緊張なんて吹き飛んだのでもう大丈夫です。


 困惑する私をよそに、ブヒータさんは真剣な表情で語り続けます。


「これまで俺たちは、足をやられたら終わりだった。

 助けを求めて叫ぶ仲間を見捨てたことだって数え切れない。

 いざという時は、見捨てられる覚悟だって出来てる。そういう職なのさ」


 兵士を束ねる立場にいるブヒータさん。

 その地位に立つまで、数え切れないほど口にしたような経験があることを伺わせます。


「そんな状況を変えられそうな、まさしく奇跡としか言いようのない力だ!

 それなのに、我慢しろっていうのかよ!?」


 血を吐くように紡がれたブヒータさんの言葉。

 宴会で大騒ぎする姿は、兵士としての覚悟の現れでもあったのでしょう。

 生きてるうちに、楽しめる時に楽しみを味わいつくそうと。



 そんなブヒータさんが縋った奇跡と言った力。

 そこまで大層ものでは無く、明らかな過剰評価ではありますが。

 それでも、そこまで言ってもらったなら――



「申し訳ありませんが、戦場に着いていくことはできません」


 まずは一言。

 明らかに落胆した表情を浮かべるブヒータさんたち。

 

 少しは考えてほしい。

 私は、これまでおしとやかな令嬢として育てられたただの人間です。

 医療班が兵士に着いていく体制が整っているならまだしも、今この状況で付いていっても足を引っ張るだけでしょう。


「ですがみなさんが無事に戦場から帰って来られるように。

 そのお手伝いはさせて頂きたいと思います」

「どういうことだ……?」


 わずかな期待をのぞかせた目。


 多くは自然治癒に任せ、ハーブを使った応急処置が良いところ。

 そんな魔族の医療事情を聞いたとき。

 私が、もし役に立てる部分があるとしたら――

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