[6-16] ALL Glitches
チープな制服にすら見えてくる、均質な黒衣。
青白い肌に、赤く光る目。
そして、牙。
「……オオオオオオオ……」
「……血……血ヲ……」
黒い血の池から這いだしてきたのは、死せる者の軍勢だった。
「吸血鬼だと……!?」
「どこから、こんなに沢山!?」
運悪く、その出現を目の当たりにしてしまった敵兵が、恐怖のあまり凍り付いた。
ルネが召喚したのは、言うなれば、廉価量産型の吸血鬼。
命令に従って戦闘を行えるだけの知能と機能を持つ、という意味では、ゾンビやスケルトンと大して変わらぬ。だが、強さは桁が違う。
しかも、何らかの異常な力によって、エッセンスのみを小瓶に詰めて持ち歩ける状態となっている。ルネが持つ小瓶の中に詰められた吸血鬼は何万か……下手をしたら十万を超えるのだろうか。原理は不明。おそらくは何らかの邪悪な奇跡の産物であろう。
これこそ、“深淵の女公爵”から受け取った『援軍』だった。
さらに吸血鬼の出現と同時、日の光が陰り始めた。
墨でも塗ったように、太陽が黒く澱む。
……とは言え本当に太陽が黒く染まったわけではないし、UFOが攻めてきたわけでもない。ルネの力だ。
砦の上空に、黒い波紋を立てて揺らぐ次元の断層が生み出され、日の光を遮っているのだ。この状態なら日中であっても吸血鬼を動かすことができる。
「……行きなさい」
ルネが命じると、命無き命の群れが、動き出した。
苛烈に、怒濤の如く。
その挙動は獣のように野生的でありながら、武器の使い方だけは心得ている。
吸血鬼たちは血から生み出した槍で、敵兵を胸甲ごと貫き、獲物を襲う狼のように組み付いて、間髪おかずに首筋にかぶりつく。
敵兵は下等吸血鬼にならず、そのまま骨灰となって散った。敵は死体を奪われぬよう、簡易なものではあるが加護を施しているようだ。
攻撃しながら兵を補充できないのは、ルネにとっては残念な話だが、一方で聖気の爆発を起こして心中するほどの威力も無し。死の軍勢は止まらず突き進む。
城壁を越えた先は、立体迷路の如き有様だった。
壁で区切られた歩廊や小塔が配置され、砦の中心の、いわゆる『本丸』へ攻め入る道は限られている。
そして各所に、聖水矢の射手や、防衛兵器を操る繰機兵も配置されている。皮膜の翼で飛行し、壁を乗り越えようとした吸血鬼が、即座に射貫かれて消滅した。
幾重にも構成された防衛ライン。
固く閉ざされた門に、防衛側が待ち伏せて効率的に集中攻撃を行う、多重の迎撃地点。
そして、砦全体を覆う大障壁を越えても、その先には区分けされた小結界がいくつも配置されて侵入者の道を阻む。
防衛側にとって戦闘続行の根拠となる、地脈の魔力溜まりを囲って守り、容易には到達できぬようにしているのだ。
効果的に時間稼ぎをしつつ、防御側より多くの被害を攻撃側に負わせ、受け潰す。もしくは援軍の到着まで相手を疲弊させつつ守り抜き、反撃によって磨り潰すのが防御側の狙いとなる。
対する突入部隊はまず城壁を制圧し、巾着の口を絞る如くに、全周囲から攻め上っていく。全体に圧力を掛ければ、防衛側の一点集中攻撃を防ぐことができる。
数で勝るからこそ可能な、多少の犠牲を厭わぬ強硬な攻撃。速攻狙いの『力攻め』だ。
ルネは、突入部隊の一つを率いる格好となる。
そんなルネの行く手に、光のバリケードで守られた石造りの小塔あり。
聖水に浸した矢をつがえ、バリケードの陰や、小塔の矢狭間から兵士たちがこちらを狙っていた。
さらには結界によって聖気も撒き散らされており、魔物……ことにアンデッドが正面から突っ込もうものなら、足止めを受けている間に蒸発しかない。
この布陣をどう破るか。
正攻法としては、被弾を覚悟で突撃し、攻城兵器やそれに類似する魔法、あるいは傑出した英雄の一撃にて魔法の壁を打ち破ることとなる。
正直に突っ込んだら被害甚大。吸血鬼は必要なら使い捨てるつもりだが、いくら沢山居るとしても無駄遣いは避けたい。
ルネは単身、突撃した。
「単騎だと!?」
「いや、あの銀色は……ぜ、絶対に近づけるな!」
小塔上の定置魔弓から乱射される光の矢が。
防衛兵の番えていた、聖水に漬した浄化の矢が。
スコールの如く、ルネ一人目がけて叩き付けられた。
ルネは走り続けた。
そして、矢が。
自分に命中する、瞬間。
ルネは足下に『門』を開き、ずぶりと沈んだ。
星の海みたいな異空間にルネは潜行し、短い宇宙遊泳をする。
そうして、次にルネが顔を出した場所は、自分を狙っていた防衛陣地の小塔の屋上だった。
「なんだ、消えたぞ!?」
「一体どこに……」
ルネは、眼下に狙いを付けながら訝る兵士たちの首を、背後から撫で斬りにして刎ねた。
何が起こったのか分からないという表情の首が飛んで、転げて落ちた。死体は清い骨灰となって散った。
この小塔は、砦の機構の一部であり、魔法に対する『狙い逸らし』の力も備えている。
大雑把に岩の塊をぶつけたりはできるが、テレポートで直接乗り付けるような繊細な『狙い』を付けることは不可能なのだ。
砦全体にその機構が存在することを、ルネは知っていた。砦の防御構成は概ね事前に把握している。
そのため、転移魔法以外の手段でくぐり抜けることにした。小異界を操るルネの能力は、奇跡に属する力だ。魔法的なルールでは止まらない。
しかし同時にルネは、全身を苛む激痛を覚える。
防衛拠点からアロマディフューザーのように撒き散らされる、聖気の力だ。
白い肌に赤い水ぶくれができはじめていた。想定よりもしっかり備えられている印象だ。ルネだからこそ耐えているが、並みのアンデッドならこの時点で消滅しているかも知れない。
時間を掛けたくはない。
ルネは最速で階下に降りるため、赤刃で床を切り裂いた。
小塔屋上の分厚い石床は、切り分けられたパイみたいにバラバラになって、ルネはその穴から降下。
床を斬る。降下。
床を斬る。降下。
防衛陣地の小塔の一階は、まるごと小結界発生装置になっていた。
中心に鎮座するのは、魔術的な回路を刻んだ、コア・クリスタル。
青白く輝くクリスタルに、ルネは真上から飛びかかり、貫いた。
蒼白なスパークが周囲に部屋中に乱舞し、そして、すぐにそれは鎮まった。
「5番障壁、破壊!」
『お見事にございます』
遠話を通じて、ルネは後方の本営に戦況報告をする。
応じた声はマニオという若き騎士だ。僭王ベーリの死後、ルネに死人として忠誠を誓った某『東側』諸侯の次男で、彼自身は生者である。父の生前は不義の子として疎まれ、座敷牢状態の暮らしだったそうだが、新体制下で才能を評価され取り立てられた男だ。此度は『北翼』軍を預け、砦攻略の指揮を執らせている。
ルネは亡国最大最強の戦力で、戦場に立ってこそ輝く象徴である。後方から全体を見て指揮を執るというのは似合わない。この戦いも名目上の指揮官はルネだが、実質的な指揮官を別で置いている格好だった。
周囲の聖気は薄れつつあった。ルネは身体の状態を確かめる。
熱湯でも掛けられたように肌がただれていたが、損傷軽微。戦闘続行に支障なし。少し待てば回復するだろう。
しかし砦の中心の方からは、まだまだ嫌な気配が漂っていた。
最終的にはルネが飛び込んで、地脈の魔力を制御する龍律極を破壊すれば、通常の攻城戦より遥かに手っ取り早く片付く予定だが、そのためには今少しの『下ごしらえ』が必要そうだ。
おそらく砦の地下は、人間でも吐き気を催すほど濃厚な、聖気の缶詰状態になっているはず。普通に考えたら過剰で非合理的な備えだが、『ルネの単独侵入を防ぐ』という唯一つの目的のためにそうしているのだ。
実際、効果はある。故に、もどかしくても、皮を剥くように砦を攻略していく必要があった。
「小結界の攻略状況は?」
ルネが随行する『スカイフィッシュ』の腹を突くと、ホログラム状の砦見取り図が浮かび上がった。
それを見ながらルネは話す。
『1番、4番、5番破壊。2番沈黙。それから、えー……
見取り図における7,8番の中間に、未確認の小結界が発見されました。呼称を9番とします』
「9番の西側の壁を破るわ。五分くらい援護できそう?」
『可能にございます。御意に』
ルネが小結界を破壊したことで、この防衛陣地はほぼ無力化されている。
残った敵兵を吸血鬼の群れに任せ、ルネはきびすを返して別方面へ向かった。
時間を掛ければ隣の砦から敵の援軍がやってくる。
最初に到着するのは、早馬と騎獣による先遣隊だ。一般的に馬が全速力で走れる時間は数分と言われているが、魔法薬をがぶ飲みさせて身体能力を底上げし、自壊していく体組織を回復させ続ければ、とんでもない速度で動く乗り物になる。どこかの惑星の内燃機関搭載車にも匹敵するだろう。『早馬』と呼ばれるのは、それだ。まして魔物を手なずけた騎獣なら、基礎能力は更に高い。
亡国側は、敵の援軍が来るまでに戦局を決定づける作戦だった。予想では、猶予はおよそ20分。砦攻めとしては常識破りの速攻だが、可能だと判断されたからこそ実行している。
曲芸的にギリギリの、指先で突くだけで崩れそうな無茶な作戦であることは、承知だが。
『姫様!』
空中を泳いで銀の軌跡を描き、ルネに随行している『スカイフィッシュ』が、マニオの声で急に叫んだ。
『敵の増援……いえ、そうなのかどうか分かりませんが、その!』
「何事!?」
混乱した様子の声が響く。
実戦経験が浅い将と言えど、これほどに狼狽する理由がどこにあるのか。
……マニオ自身が説明する前に、ルネは悟った。
頭の芯を金槌で打つような、強烈な重圧が降ってきた。
力強い羽音が、地を薙ぎ天を覆う。
雲よりも遥かに色濃く黒い巨影が、日を陰らせる。
「……ドラゴン……」
雲を裂いて飛ぶ数頭のドラゴンが、真っ直ぐこちらに向かっていた。
通りすがり、という雰囲気ではなかった。




