19.最終話
「アリア、すまない。怖い思いをさせた。大丈夫か?怪我は?医者を呼べ。」
バルザックがアリアを抱き締める。アリアの下にしかれた分厚いクッションに気付き、胸を撫で下ろした。
バルザックに包みこまれてアリアは自分が震えていた事に気がついた。
久しぶりに見たジュリアンナ王女が強烈に恐ろしかった。いや、今まで喪って怖いものなどなかったのだと気がついた。
ようやく見つけた幸せをジュリアンナに奪われると思った時、底しれぬ恐怖を感じたのだ。
先日バルザックの元を離れようと逃亡したというのに、離れることなど出来ないと思い知らされた。
想像するだけで、魂が引き裂かれるようだ。
「バルザック、私を離さないで。」
「ああ、アリア。一生離すものか。」
2人は口づけを交わした。
エスメラルダ大正教会。かつての王が番の為に作ったと言われる白亜の荘厳な教会。
王族のみが婚礼に使うことの出来るその教会で今日アリアはバルザックと生涯を誓いあった。
美しき花嫁衣装を纏って。
母の遺した花嫁衣装を着ることは叶わなかったが、マリーが心を込めて縫い上げたそれはアリアの清楚な美しさを際立てていた。
その格調高い式には、アリアの祖父である帝国皇帝も臨席していたが、レジオン国王夫妻は急病により急遽欠席することになったらしい。
療養はレジオンより医療の発達した帝国で行われる事になったという。
「帝国の医学でしたら、父も安心ですわね。」
淋しげに微笑むアリアに、バルザックはそうだねと優しく頷いた。
アリアには真実を告げることはない。
今回の件で怒り心頭の皇帝がレジオン国王夫妻を暗殺では飽き足らず、帝国に連れ帰って人体実験をしいるなどと……。
アリアの母が嫁いできた時からレジオンは帝国の属国だったのだ。国王夫妻が帝国でどんな目に遭おうとも、レジオンは抗議出来まい。
ジュリアンナ王女も初めから素直に公妾として来ていれば、贅沢放題の生活が保証されていたものを。
まあ、己の番を気に入らないからといって嬲り殺しにする女こっちから願い下げだが。
それに、そのお陰で大切なアリアを手に入れることが出来たのだから感謝すべきなのか。
今まで贅沢に暮らしていたジュリアンナにとって質素倹約を旨とする修道院生活は地獄であろう。
番が生きていれば救い出してくれる光明もあっただろうが、どこまでも墓穴を掘り続ける馬鹿な女だったということか。
バルザックは冷酷な施政者としての顔を隠して、穏やかにアリアに微笑みかけた。
「アリア、私の番。私の生涯をかけてあなたを幸せにしよう。」
エスメラルダ正教会の鐘が高らかに鳴った。




