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16.花嫁支度

 あの日、手に取った幸せの象徴。母の遺したドレスに似た純白のウェディングドレスを纏った私がいた。


「アリア様、よくお似合いです。」


 涙ぐむマリー。マリーは、私と共にエスメラルダに残ることにしてくれた。


 バルザックに万が一、私を泣かせたらすぐさま帝国に連れ帰ると宣言して。


「マリーのおかげよ、ありがとう。」


 柔らかな光の溢れる優しい部屋で、幸せを噛みしめながら花嫁支度できるなんて、つい先日まで想像も出来なかったわ。


「アリア様あの時、早まらないで良かったでしょう。泣かないでください。せっかくの化粧が崩れてしまいますわ。」


 微笑むマリーの手が優しく、崩れた目元の化粧を直した。


「ええ。マリー、ありがとう。マリーは帝国に帰らなくて良かったの?」


「アリア様、国に帰っても私に家族はいないのですよ。両親も妹も流行病で亡くなってしまいました。」


 淋しげなマリー。私、自分の事に必死でマリーの事何も知らなかった。


「マリー。」

 ごめんなさい。


「初めてアリア様を見た日。妹を重ねてしまって……。話しかけるなんて任務違反を犯してしまいました。スパイ失格ですわね。」

 

 お茶目な笑顔のマリーが可愛い。


「マリー。」


 だから、あんなに優しくしてくれたのね。私にとっては、姉のような存在だったわ。本物の異母姉はアレだったけど……。


「でも、マリーはエスメラルダからアリア様付きの充分なお手当を頂いておりますし、帝国からもアリア様の護衛手当を頂いているので、かなりの高給取りなんですよ。」


 茶化してニンマリ笑うマリーはいつものマリーだった。マリーが側にいてくれて良かった。


 私に血の繋がった家族はいるけど、結婚式に参列して欲しい人はお祖父様くらいだわ。

 父も、ましてや異母姉には二度と会いたくない。




 そんなアリアの心を嘲笑うように、支度部屋の扉がバタンと開いた。

 


「エスメラルダの王太子妃になるなんて。アリアのくせに生意気ね。公妾から王太子妃になるなんて、その貧相な身体で王太子をどう籠絡したのやら。」


 異母姉ジュリアンナ王女だ。真っ赤なルージュに彩られた唇がニヤリと歪む。


 アリアに無理難題を吹きかけるときの嫌な癖。



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