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甲州御庭番劇帖  作者: 蕃石榴
壱ノ巻-第一章『竜驤戴天』
28/57

#28 疎影 序「お山の大将」

時は2031年。

第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。

此処はその天領、甲斐国・甲府藩。


豊かな水と緑を湛えるこの地は今…


その一割を「彼岸」に蝕まれている。

 序 ~お山の大将~


 僕は硯桜華。

 甲府御庭番衆隊員で、藩校に通う中等部七年生。


 東光寺と酒折の二ヶ所を同時に襲撃した二匹の怪魔・大名飛蝗。

 二つの筵が繋がって一つの大きな筵になるという、これまでにない事態。

 大名飛蝗の変異と夥しいバッタの大群によって、一時はかなり追い詰められたけど…

 僕と恋雪の連携プレーが功を奏して、どうにか二体とも討伐することができた。


 僕に対抗心を燃やし続けていた恋雪だったけど、ピンチでいたところを僕が助けに来てからは態度が一変。

 僕のことを先輩呼ばわりして慕ってくれるようになり、一緒のご飯にも誘われた。

 あれ程しつこく申し込んできていた勝負についても、もう僕のことを立派な御庭番として認めたから必要ないらしい。

 どうにか恋雪と向き合いたくて色々悩んできたけど、思いの外あっさり心を許してもらえるようになった。

 正直ちょっと拍子抜けしたけど…仲良くなれるならそれでよし。

 恋雪とはこのまま、お互いに仲を深めていければいいな。


 一方の目白はというと、僕に大名飛蝗を追わせるため、戦いに乱入してきた特種怪魔・空亡を引き受けてくれた。

 いくら丙位の天才剣士とはいえ、特種を相手して大丈夫なのかと心配したけど…激戦の末、なんと空亡を撃破して帰ってきた。

 僕のことを守ると言って憚らない目白だけど、その発言を裏打ちするに足る実力がそこにはある。

 僕も恋雪も大興奮で目白のことを褒めちぎったけど、目白は何故か浮かない顔をしていた…何があったんだろう?


 甲府の平和を守る八人の御庭番。

 僕がこれまで会ってきたのは、蜜柑、目白、恋雪、晶印さん、国音さん、蜜樹さん。

 残る一人は…どこに居るんだろう?


 ──────


 ─2031年3月13日 20:00頃─


 〔甲府城 二の丸 医局・二の丸病院〕


 ここは甲府城の二の丸にある医局。

 主に甲府城に勤める藩士やその他関係者の診療を担い、藩立病院などともに高度な医療対応も可能とする施設だ。


 ブーン…


 処置室に響く小さな振動音。

「いだっ!いだだだ〜っ!?痛いッス〜!」

 そして恋雪の悲鳴。

 涙目で騒ぐ恋雪の左右両側には看護師さんがついていて、患部を動かさないように固定されている。


 恋雪の太腿の傷にペンライトを当て、覗き込んで困った顔をしているのは、少し痩せこけた頬の四角眼鏡の男医さん。

 この人は大沢さん。


「うぅむ…なかなか複雑で深い傷になっていますね…すみませんが、もう少し痛みますよ。」


大沢(おおさわ) 晃朗(てるあき)

 ~甲府城 御典医 / 二の丸病院 医局長~


 二の丸病院の院長で、自ら最前線に立って藩士の診療にあたっている。

 専門は産婦人科と小児科…らしいけど、大名お抱えの御典医という立場故か、だいたいどの分野でも診療ができるという。

 その昔、病弱だったお母様の日常生活や妊娠出産をサポートし、僕を取り上げてくれたのも大沢さんだ。


 痛みに泣き喚く恋雪を、目白が後ろから諌める。

「恋雪、痛いのはわかるが少しは我慢しろ…危ねぇぞ。」

「わかってるんスけど〜…痛いもんは痛いんスよ〜!口内炎にレモン汁かけて、それを思い切り噛み潰したみたいな激痛なんスよ!」

「とりあえずめちゃくちゃ痛いってことはわかったよ…」

 僕や目白はケガこそしたものの、体のあちこちにガーゼを貼られる程度で済んでいるけど…

 バッタの群れに腹や太腿を深く齧られた恋雪は、その傷をさらに浄化瘴気で汚染されてしまっていた。


 浄化瘴気は一度曝露すると基本的に除去できないけど、大沢さんのソウル能力なら例外的に除去できる…

 故に、浄化瘴気に汚染された人は、大沢さんによる除染処置を受けることになっている。

 怪魔との戦いにおいて、大沢さんはなくてはならない存在なのだ。


 浄化瘴気の曝露を受けた時の表現しがたい痛みは、僕も体験したから知っている。

 大沢さんによると、浄化瘴気による痛みには、麻酔も効きづらいらしい。

 僕の時は体の表面だけで済んだけど、恋雪のように体の奥深くまで汚染されると相当苦しいだろう。


 振動音が止まると、大沢さんは顔を上げて呪文を唱える。

「『鬼術・四十二番』」

「『北の山 錦斑(にしきもだら)()れば 玉オリ姫に捕しょうな 阿毘羅吽欠蘇婆訶』」

「『被瘍(ひよう)』」

 恋雪の抉れた傷口の上に、ラップ状の膜が覆い被さる。

「ひえぇっ!傷が丸見えッスよ!怖いッス!」

 大沢さんは片手で眼鏡を直し、説明する。

「一般的に浄化瘴気による中毒は、汚染が骨まで達すると重症化します。」

「今回の恋雪さんの傷は、汚染が骨まで達しかけていました。」

「私のソウル『マーシ・シート』は浄化瘴気の大部分を除去できますが、完全に除染しきれるとは限りません。」

「そのため今回は、少しの間傷の経過を観察し、それ以上汚染の影響がみられないようであればそのまま縫合することにします。」


「痛かったですね、よく頑張りましたね、恋雪。」

 僕が恋雪の頭をポフポフと撫でると、恋雪は涙目のままコクコクと頷いた。


「骨への汚染についてはたぶん大丈夫だとは思いますが…恋雪さんには、縫合後も最長一週間程は安静にしていただく必要があります。」

「えぇ〜!一週間もッスか〜!?」

 要するにドクターストップ。

「桜華くんと目白くんは傷も浅く、汚染もほとんどありませんが…明日くらいはゆっくり過ごしてください。」

 しょげる恋雪に苦笑していたら、僕と目白にも釘が刺された。


 ──────


 ─2031年3月13日 21:00頃─


 〔夢見山山中 硯邸〕


「おかえりなさいませ、兄様!」

 戸を開けて一番に飛び込んできたのは、ぱぁっと花が咲いたような廿華の笑顔。


「ただいま、廿華。」

 頭を撫でると、廿華はえへへと嬉しそうに笑ってすりついてくる。

 ここのところ大変なことがずっと続いてるけど、廿華の出迎えがあると今日の苦労が全て報われた気分になる。


「こんな遅くまで待ってくれていたんですか?」

「はいっ、今日は夕方から任務とのことで、疲れてるでしょうから…ゲッコー師匠とごはんを作って待ってたんです。」

 僕のために…疲労と空腹のせいか、廿華の言葉がやたらジーンときてしまう。


 廿華に導かれて靴を脱ぎ、荷物を置いて、手を洗って食卓へ足早に向かうと…


「おー!桜華!今日はご苦労だったなぁ!お前の好物をたんまりと作ったからよ!いっぱい食えよな!」

 僕の視界に入ったのは、満面の笑みで両手を広げるゲッコー師匠と、山のように盛られた清太だった。


「あっ…これは…」

「おっ?なんだ?具合でも悪いか?」

「え、えぇ…いや、いやいや!嬉しくてつい固まってしまっただけです!ありがとう師匠、いただきますね。」

「おうおう、そりゃよかった!食堂とかで同じもん食ってたらどうしようかと思ったけどよ〜、その心配はなさそうだな。」

「あ、あはは…」


 たぶん明日の僕の体は、半分くらいがじゃがいもでできていそうだ。


 ──────


 ─2031年3月13日 23:00頃─


 〔夢見山山中 硯邸〕


 すーすーと寝息を立てる廿華を背に、僕は縁側に腰掛ける。

 僕はあまり寝つきが良くなく、眠れない時はこうして特に何の意味もなく夜空を眺めているのだ。


「なんだ桜華、また眠れねぇのか?」

 するとゲッコー師匠がやって来て、僕の隣に腰掛けた。

「はい、とっても疲れてるんですけどね…」

「おう、そっちの方はどうだ?大きなケガはねーみてぇだがよ。」

「ええ、擦り傷や打ち身程度で済みました。明日くらいは休めとのことでしたが…」

「ならよかった、甲府の御典医は優秀だからな…手放しで任せられるぜ。」

 そう言うゲッコー師匠も、とても優秀なお医者さんだ。


 僕がゲッコー師匠と出会ったのは十年前。

 甲州事変でお父様とお母様が何者かに殺められ、僕も瀕死の重傷を負って山の中に倒れていた。

 そこに偶然通りがかったゲッコー師匠は、脈もほとんど止まりかけていた僕を急いで医療設備のある自宅まで連れ帰り、必死に手当てをしてくれたそうだ。

 死んでないのが不思議なくらいのケガだったらしいけど…奇跡的に僕は助かって、その三日後に目を覚ました。


「お父様はどこ?お母様はどこ?」

 四歳の僕には、両親の死をすぐに受け入れられる力などなかった。

 一夜にして幻のように消えて無くなってしまった、愛する家族と帰る家。


 目を覚ました僕は、まず一週間ぎゃんぎゃん泣き喚き続けたという。

 さらに次の一週間は、どんなに辛くても絶対泣かないようにした。

 そしてその二週間で、僕はようやく理解してきた。

 どんなに泣いても、どんなに良い子にしても、家族も家も、もう二度と戻って来ることはないことを。


 両親を亡くした僕を引き取ってくれたのは、他ならぬゲッコー師匠だった。

 師匠は小さい子供の姿の妖魔だけど、懐は、それこそ夕斎様に並ぶくらい深くて、最初の二週間も一つの文句も言わずに付き合ってくれた。

 それどころか、毎日の料理の味をなるべくお父様の料理の味に近付けようと試行錯誤してくれたり、僕が野山に遊びに行く時は毎回必ずついて来てくれたりした。


 お父様とお母様の居ない世界は、襲い来る恐怖や絶望から逃れる術のない、明日なき世界のはずだった。

 そんな世界に優しい火を灯し、寄り添って守って来てくれたのが師匠だ。


 今でも両親のことを考えると、悲しくて胸が張り裂けそうになることがある。

 でも、心細い気持ちにはもうならない。

 今の僕には、もう一人の親が…ゲッコー師匠が居るからだ。


「お前さぁ…本当は食堂でも清太食わされたんじゃねーのか?」

 僕はギクっと肩を震わせてしまう。

「やっぱりな…それならそう言ってくれりゃよ…無理して食べるこたぁなかったんだぜ?」


「なんでお見通しなんですか?」

 僕が少し頬を膨らませて抗議すると、師匠はガハハと笑って僕の頭をわしわしと撫でた。

「これまで十年間、誰がお前を育ててきたと思ってんだ?」

 師匠のお眼鏡には敵わない。


「なあ桜華…記憶はどのくらい戻った?」

 そう言って一緒に夜空を眺め出す師匠に、僕は答える。

「幸い僕を知ってる人と次々に会えたおかげで、御庭番衆の方々のことはだいぶ思い出せたと思います。」

「でも、お父様とお母様のことは、まだ全部思い出せていません…あと、目白のお父さん、新閃目黒さんのことも…」

 夕斎様や二大筆頭、あと天貝先生からも逸話はよく聞くものの、なかなか思い出せない存在の一人に目黒さんがいる。

 目白や蜜樹さんから話を聞けば、思い出せることもあるかもしれないけど…

 目黒さんは、九年前に石見家の捜査に出て以降現在まで行方不明のままで、生きているかどうかもわからない。

 取り残された目白や蜜樹さんは、九年間ずっと計り知れない不安や悲しみを抱えてきたはずだ。

 正直とても気まずくて、聞くに聞けないまま一週間が過ぎてしまった。

 そんな事情を話すと、師匠は腕を組んでうーんと唸った。

「そりゃ悩ましいなぁ…お前が訊いたところで怒ったりはしねぇだろうが、お前としちゃそういう問題じゃねぇだろうし…」


 すると師匠は、ポンと手を打って僕に訊いてきた。

「そういや桜華よ、俺は少し出張してたからお前の話を聞ききれてなかったが…もう御庭番全員には会ったのか?」

「いいえ?あと一人、会っていない方がいます。」

「おぉそうか、それってもしかてよぉ…“山伏(やまぶし)八戒(はっかい)”だったりしねぇか?」

 やまぶしの…はっかい?

「うん…?どなたでしょう?」

 僕が首を傾げると、師匠はにししと笑う。

「あーやっぱりな、お前が一番最後に会ってないのはたぶんそいつだよ。」

「あんにゃろ、最近は山地が特に騒がしいっつって、全然里に降りて来ねーんだ。」

 再び腕を組んでうーんと唸る師匠。


「お知り合いなんですか?」

 僕が訊くと、師匠はハッとした表情で返答した。

「あっ、それを言うの忘れてたな!八戒には呪薬(じゅやく)の取り引きでけっこう世話になっててな。」

 呪薬というのは、魔力や術式が籠められた医薬品のこと。

 一般的な医薬品に比べ複雑で高い効果を示す分、製造には高度な技術と高い費用がかかる。

 だから普段の医療現場では比較的簡素な呪薬をちらほら見かける程度だけど、古式の呪術医でもある師匠の部屋には様々な呪薬が置かれている。

 どれも有効性や安全性は認められたものとのことだけど、今までどうやって入手しているのか訊いても「色々」としか教えてもらえなかった。


「どうして今になって、呪薬の取り引き相手を教えてくれる気になったんですか?」

 僕が訊くと、師匠は後ろ頭を掻きながら苦笑する。

「いやぁ、そりゃあお前が御庭番になったからよ…藩の機密情報ってわけじゃねぇが、御庭番が兼業してる個人取引に関しちゃ藩士以外にはあんまり知られたがらないのさ。」

 御庭番衆のメンバーは総じて名が知られているのに、八戒という名前だけはほとんど聞いたことがないのは…人目につくことを嫌っているから?


「話は少し逸れちまったが…なんでもあいつ、昔は風の二大筆頭の後をつけまくってたらしいからなぁ…そういう筋から新閃目黒の話を聞いてみるってのはアリかもな。」

 二人の後をつけていた人…確かに、新しい話が聞けるかもしれない。

 思い出の中で僕を生かしてくれた人たちを、僕もまた思い出の中で生かしていきたい。

 その思いは変わらない。

「ありがとうございます師匠!明日さっそく…」

 興奮のあまり縁側から立ち上がると、突然脚から力が抜け、ガクッと崩れ落ちた…。


 目を開けるともう翌朝で、僕は布団の上に居た。

 師匠によると、やっぱり僕の任務疲れはひどかったようで、崩れ落ちた後気絶するように眠ってしまったらしい。

 問題はケガだけじゃなかった…ちゃんと大沢さんの言う通り、一日しっかり休むことにしよう。


 ──────


 ─2031年3月15日 09:00頃─


 〔甲府藩 甲府市 切差(きっさき) 太良峠(たらとうげ)


 今日の甲府は雨模様。


 ブウウウウン!ブルルルルン!


 山道に響くモーターの駆動音。


 鬱蒼と茂るしっとりした森の中を、僕と蜜柑は真っ黒な荷車に揺られている。


「どうしてこんなことに…」


 時はつい一時間前まで遡る。


 昨日大沢さんに勧められ、初めて御庭番と藩校の休暇を取った僕は、丸一日硯家の皆んなと一緒にゆったり過ごした。

 その翌日、僕は夕斎様に山伏の八戒なる人物について、どんな人なのか・どこに居るのか尋ねてみた。


 〜〜〜〜〜〜


 ─2031年3月15日 08:00頃─


 〔甲府城 天守広間〕


「ほう、八戒のことか。」

 パッと顔を上げる夕斎様。

「そういえば、桜華くんへの紹介が遅れていましたね。」

 ポンと手を打つ蜜柑。

「ゲコッ(あの子は仕事でも仕事じゃなくても山籠りが大好きだから、大事な会議とかがない限りは滅多に来てくれないんだよね〜。)」

 厚畳に鎮座したまま喉を鳴らすアズマ様。


「あいつは桜華が御庭番衆に加入したことは知っておる…顔も見せてたがっておったわ。…だがの、彼奴の居る山は今、少々厄介なことが起きておってな…」

 顔を顰める夕斎様に、僕は首を傾げる。

「厄介な…こと?」


 バンッ!


 すると突然、真横の襖が勢いよく開き、黒い装束に長いモールのような尻尾を伸ばした忍者が二人現れた。


「なっ、なんですかっ!?」

 驚き慌てる僕に、二人の忍者は夕斎様の方を見て頷いた後、揃って黒い布を持って駆け寄ってきた。


「『鬼術・二十四番』」

「『黒い海原 漆の夜空 包み捕えよ』」

「『烏巾着(うぎんちゃく)』」


 鬼術の二十四番…縛術だ!

 僕は咄嗟に後ろへ退こうとするも間に合わず、黒い布に包まれてしまう。


 ブモモモモ〜!


 この低い牛の鳴き声は…ギッシャー!?

 視界が真っ暗になった僕は、何が起きているのかわからないまま、強い衝撃と風圧でコロコロ転がされるのを感じる。


 もしかして僕…攫われた…!?


 〜〜〜〜〜〜


 …ということで、ついでに蜜柑も攫われて、今僕ら二人は甲府市北部の山間地の奥深くへと連れられている。


「わーっ!いつも通り快速で気持ち良いですーっ!」

 窓から顔を出して気持ちよさそうに声を上げる蜜柑。

 攫われているのに、まるで知り合いの車に乗っているかのような反応だ。


 少しすると蜜柑は車内に引っ込み、僕の方に振り向く。

「おっとっと…お話しするのを忘れていましたが、桜華くん、この方々は悪い人ではありませんよ!」

 僕らの隣の座席には、先ほどの忍者二人が俯いたまま座っている。

 僕は蜜柑に怪訝な顔を向ける。

「悪い人じゃないなら、急に黒い布を被せて連れ去ったりしないと思うんですけど?」


 すると蜜柑は苦笑する。

「あはは…すみませんね、それがここの方々の遊び心といいますか…」

「私の隣に座っている方はワンタイさん、君の隣に座っている方はショッカイさんです。」

 すると二人の忍者は顔を上げ、目を笑わせこちらに手を振ってきた。

 意外とフレンドリーな…


「二人は八戒さんが率いる猟兵団(りょうへいだん)・『桃山組(ももやまぐみ)』の組員で、それぞれタイワンザル・カニクイザルの獣人です。お二人は一卵性の双子なんですよ!ちなみに桃山組はみんな鮑の干物が好物で、本拠地にはたくさん吊るしてあります!」

「今私たちが乗っているギッシャーは、桃山組専用の車両です。名前をヒレちゃんといいます、三歳の女の子です!」

 蜜柑の説明に補足情報がついてくるのは慣れっこだけど、相変わらずギッシャーの名付け方がひどくないですか?

 僕らが任務出動時に使うギッシャーも、名前がサーロインだったし…

 甲府城所属のギッシャーの一部は、姫君が直々に命名しているらしい。

 このギッシャーについては蜜柑は特に明言してないけど、名前を聞いただけでネーミングセンスから命名者は容易に察せられる。


 キキイィッ!


「わわっ!」

 突然体が前方へ持っていかれる…急ブレーキが掛かったらしい。

「くそっ…また現れたのか…」

 何かを察し、顔を顰めて呟くワンタイさん…ショッカイさん?どっちだっけ…?


 僕らが窓から顔を出すと…ギッシャーの前には、目と口のような穴が彫られた高さ2m程の銀色の木が、道路上に不自然に立っていた。


「オロロロロロロロ!」


 木は口から不気味な咆哮を上げると、周りの地面から根を伸ばしてくる。

 僕はギッシャーの車窓を開けて飛び出すと、地面に落下しながら指鉄砲を構え、水鞠を四発撃つ。

「『水鞠・波繁吹』!」


 バシバシバシバシィッ!


 怪物は根を引っ込めて少し仰け反る…けど、手応えが薄い…かなり丈夫なようだ。


「桜華くん、大丈夫ですか!」

 すぐに蜜柑も飛び降りてくる。

「私も加勢に…って、そうだ!雨が降ってるんでした!」

 一人ノリツッコミ。

「蜜柑…」

 僕は苦笑で返す。

 蜜柑の火力なら多少の雨が降っていても問題ないものの…今は雨脚が強く、しかも敵も木材の体にたっぷり水を含んでいるから、炎は通りにくいはずだ。


「仕方ないですね…ならば私の炎で温度を上げ、熱湯にして茹らせて…って、雨が降ってるんでした!」

「蜜柑?」


「もうどうしようもありません…かくなる上は、私と火麟の炎で焼き尽くして…って、雨が…」

「降ってるんですよ!?」


 そんなやり取りをしているうちに怪物は目標を変え、根をギッシャー目がけて飛ばす。

「あっ…そっちはいけません!」

 蜜柑が反応するも一足遅く、根がギッシャーに触れかけたところ…

 荷車の屋根の隙間から突然、穴だらけのマントを着けた木偶人形の式神が飛び出し、伸びてきた根をまとめて掴む。

 すると根はグニャグニャと萎びてその場に落ち、木の怪物もまた一緒にグニャグニャと萎び始めた。

 さらに次の瞬間…


「『爆 ぜ ろ』」


 少女の大きな声が谺して、木の怪物は爆炎を上げて木っ端微塵に砕け散った。

 その場に残ったのは、焼け焦げた太い根の残骸だけ。


「あなたたちは…」

 僕がそう呟くと、こちらに向かってぴょんぴょんと跳んでやって来たのは、二つの狐耳を生やした人影。


「危なかったな!ケガはないか?」

「( -`ω-)✧」


「ハッチ!ソウカ!」


 管狐兄妹のハッチとソウカだった。


 ──────


 ─2031年3月15日 09:10頃─


 〔甲府藩 甲府市 切差 帯那山(おびなやま)山頂〕


 ここは甲府盆地の北に聳える、甲府名山の一つ・帯那山。


 その山頂にある、古い神社のような屋敷の屋上には、目付きの悪い青年が楊枝を咥えながら腕を組んで立っている。


 青年はボンと爆音の鳴った方を向くと、ニィッと鋭い牙を剥いて笑みを浮かべた。


「さっそくハデにやってんなぁ…こっちに着くのもそろそろか…」


「首を長くして待ってるからよ…来な!硯桜華!」


 青年の名は八戒。


 人呼んで「毒猿の八戒」。


 〔つづく〕


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

〈tips:ソウル〉

【soul name】千変万化(ミッドサマー)

【soul body】硯 廿華

 パワー-E

 魔力-E

 スピード-E

 防御力-E

 射程-E

 持久力-A

 精密性-A

 成長性-A

【soul profile】

 桜華の妹・硯廿華のソウル能力。

 体積・質量を問わずあらゆる物体に変身でき、外見だけでなく構造や機能まで精密に再現される。

 変身できるのは「他人が望んだ物」であり、自分が望んだ物には変身できない。

 人の望みに反応する性質の副産物として、相手の欲しいと思っている物を読み取る読心術のような芸当も可能。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

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― 新着の感想 ―
今回の話では懐かしいメンバーが揃っていて頼もしいしやっぱりみんな好きだなぁってなりました…医療系の話も面白いな…恋雪ちゃん早く怪我治るといいなぁ〜師匠が桜華くんのこと本当にわかってて頼もしい…ハッチと…
ゲッコー師匠にハッチ、ソウカと久々に登場してくれて嬉しい 今回は管狐兄妹が活躍するのかしら、楽しみ〜
もう1人の父親ゲッコー師匠…父親代わりとしてどこまでも桜華君を大事に思っている感じで、2人のやり取りを見るだけで心が温まりますね… そして管狐兄弟再登場!健やかそうで嬉しい!!めちゃくちゃ活躍してくれ…
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