#23 囂囂 破「半割」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
破 ~半割~
「ん…にい、さま…」
目を開けると、そこに広がっていたのは暗闇。
気を失ってたのかな…生暖かく湿った空気が肌に張り付いてきて、その不快感で目が覚めた。
床はゴムのように弾力があって、湿っている。
ここはどこ?
私は雲母くんと一緒に長禅寺の入口に居て、突然結界が出てきて兄様と姫様と離れ離れになって、その後すぐに霧に飲まれて…
そして大きな口のようなものが迫ってきて…
そこから先は思い出せない。
気が付くと目の前には、体育座りで蹲った雲母くんの姿があった。
私は慌てて立ち上がり、駆け寄る。
「雲母くん!だいじょうぶ?」
雲母くんのそばに屈んで話しかけると、雲母くんはか細い声で返事してきた。
「うん…大丈夫だよ…」
見たところ特に目立ったケガはないみたい…よかった…
ほっと胸を撫で下ろしていると、雲母くんは私を見てハッと目を震わせた。
どうしました?と私が首を傾げると、雲母くんは私の顔を指差す。
「お姉ちゃんこそ大丈夫?けがしてるよ…」
「えっ…」
右頬に手をやると、ズキっと痛みが走る。
そっか…怪物が迫ってきたあの時、私は咄嗟に雲母くんを庇って…
「僕たち、食べられちゃったんだよ。」
そう言って私の頬に手を翳す雲母くん。
私たちはあの怪物の、大きな口に飲み込まれた…ここはその胃袋の中なんだ。
雲母くんは私の頬を、「バイ」と唱えながら人差し指で文字を書くようになぞる。
少しして雲母くんが手を離すと、徐々に痛みが引いてきた。
「ふふ…ありがとう、雲母くん。」
これは癒術…じゃなくて、雲母くんの能力なのかな。
私がお礼を言うと、雲母くんは俯いて首を横に振った。
「ううん、お姉ちゃんこそありがと…僕を守ったからケガしたんでしょ…」
「母上に教えてもらったよ、顔はいちばん大事なとこだから、傷つかないように守ってあげなくちゃって。」
怪物の腹の中にいて、いつ自分の命に手がかかるかもわからない。
そんな状況でも、この子は他人の私を心配できるんだ…優しい子だな。
気付けば周りからも「助けてくれ」とか「もうおしまいだ」といった声が聴こえてくる…姿はよく見えないけれど、既に少なからぬ人々があの怪物に食べられてしまったんだ。
周りの人が悲観の声を上げるたび、雲母くんはビクッと肩を小さく震わせる。
そうだよね、怖いに決まってるよね。
私は雲母くんを抱き寄せ、笑顔を見せながら頭をゆっくり撫でる。
「大丈夫ですよ、雲母くん。」
「大丈夫…強い御庭番の方々が、必ず助けに来てくれます。」
きっとこの外では、たった今兄様たちが私たちを助けようと、必死に策を講じてくれているはず。
そんな中で今私ができること。
それは、雲母くんに降りかかる恐怖をなるべく取り払って、不安から守ってあげること。
雲母くんは私の服をぎゅっと握り、声を絞り出す。
「わかってる…きっと母上たちが助けに来てくれるよ。」
「でも…それじゃだめなんだ…」
雲母くんの表情はさらに曇っていってしまう。
それじゃダメって、どうして…?
──────
─2031年3月11日 09:20頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺〕
消えない霧、解けない筵。
「どういうことだよ…なんで消えねぇ…!?」
晶印さんは天を仰ぎ、拳をグッと握りしめる。
どう声をかければいいんだろう。
きっと今、晶印さんは激しい怒りと焦りと混乱の中にいる。
すると蜜樹さんが切り出す。
《晶印ちゃん、とりあえず助けに来てくれてありがとう。廿華ちゃんと雲母くんが見つからなかったのは残念だけど、作戦なしでこれ以上この筵の奥へ踏み込むのは危険だと思うわ。》
「畜生ッ…」
晶印さんは苦しそうに呟くと、ガックリと俯いた。
ジャッ!
すると次の瞬間、左手側にある崖の上から金属の音と匂いがしてきた。
《魔力反応複数出現!新手の敵よ!》
振り向くとそこには、自動小銃を構えた黒装束の人影が八人程…石見家の剣客隊だ。
距離は10m以上、黒装束たちは既に引き金に指をかけている…薙ぎ倒そうにもここからじゃ間に合わない!
バババババババババン!
思わず目を瞑った、その時…
「『忍風』!」
ガギギギギギギギギン!
「えっ…晶印…さん…!?」
晶印さんは聖鎧に武装しながら僕と蜜柑の前に仁王立ちすると、発射された弾丸を悉く胸で受け止めて見せた。
「しょ、晶印さん!大丈夫ですか!?」
僕が慌てて叫ぶと、晶印さんは正面を向いたまま口を開いた。
「なーに言ってんだぁ?こんくらいなら蚊に刺される方がよっぽど痛いぜ。」
シューっと煙を立てながらも、晶印さんの聖鎧は確かに凹み一つもついていない。
たじろぐ黒装束たちに、晶印さんは太鼓のように空気を振るわせる大声で、威勢よく啖呵を切る。
「オレは嵩取る悪から甲府を守る“盾の筆頭”!持ってんのはそんなオモチャだけか?」
「そんならよぉ…いっぺんお家に帰って、支度し直して来るんだなぁ!」
晶印さんはそう叫ぶと、積土をグルグル回し、思い切り横に振りかぶる。
「『大・横・断』ッ!」
同時に巨大な腕と積土が天から現れ、崖上の黒装束たちを一薙ぎで吹っ飛ばした。
「仕方がねぇが今は何もかんも後回しだ!一旦撤退するぞ!」
僕らは筵の壁穴を潜って侵入してきたギッシャーに飛び乗ると、長禅寺の筵を後にした。
──────
─2031年3月11日 09:40頃─
〔甲府城 天守閣 天守広間〕
僕たちから事の顛末を聞いた夕斎様は、腕を組み顔を顰めた。
「そうか…怪魔は倒したのに、筵が消えぬとはな…」
「あの、晶印さんっ。」
僕は蜜柑とともに晶印さんの方へ向き、声をかける。
怪魔を倒しても筵が消えないのは、これまでの怪魔になかった傾向…だから予想できなかったのは仕方のないこと。
でも、それは廿華や雲母くんを攫わせてしまったことの言い訳にはならない。
晶印さんからの頼み事とはいえ、僕らが任された仕事だったんだ。
「晶印さん、僕が居ながら…雲母くんを守りきれなくて、申し訳ありません!」
僕が床に頭をつけそうな程頭を下げたのに続いて、蜜柑も深々と頭を下げる。
「私からもお詫びさせてください!あの時少しでも早く気付いてさえいれば、こんなことには…」
すると晶印さんは何も言わずに立ち上がり、僕たちの前まで来ると、ゆっくりしゃがみ込んだ。
「顔を上げな。」
晶印さんの言葉に僕らが顔を上げると、グローブのように大きな手が頭の上にどしっと乗っかり、わしゃわしゃと髪を掻き回してきた。
「お前らはなぁ…なーんも悪くねぇよ!」
晶印さんはそう言うと、ニカッと笑って見せる。
「筵の発生機序はいまだに解明されきってねぇ…だからいつどこで発生するかなんて予測はできねぇんだ。」
「だから今回のことは仕方ねぇんだよ、オレだってその場に居たら雲母を守りきれたとは言い切れねぇ。」
「それに桜華…お前は見たんだろ?筵の発生直前に出現した、不審なヤツの姿を。筵が人為的に発生することはわかってても、これまで誰がどうやって展開させてるかはわからなかったんだ…お前の証言が解明に繋がる一手になるかもしれねぇ。」
「そして二人とも、雲母と廿華ちゃんを助けるために、すぐに筵に侵入した…しかも相手は乙種だぜ?よくやってくれたよ。」
「二人とも無事でよかったぜ…よく頑張った!だから胸を張りな。」
「なぜ雲母を守れなかった」と、そう責められて然るべきだと思っていた。
だけど晶印さんはそれどころか、僕たちを褒めてくれた。
自分の家族がいつどうなるかもわからない状況なのに、僕たちの心配までしてくれていた。
盾の筆頭の器の大きさを、僕はよくわかっていなかったみたいだ。
「桜華よぉ、お前こそ…廿華ちゃんが攫われて、本当は居ても立っても居られねぇんだろ?」
晶印さんの言葉に、僕は思わずビクッと鳥肌を立ててしまう。
廿華を攫われた瞬間の衝撃は、言葉にしづらいし、あまり思い出したくもない。
三而に湧いたあの“黒いドロドロ”と同じ気配を感じて、敢えて考えないようにしていた。
廿華は今どこにいるんだろう?どれだけ怖い思いをしているんだろう?考えるだけで胸騒ぎが治らない。
焦りに頭を支配されてはいけない、でも一刻も早く助け出したい…!
「ゲコッ(でもここからどーするの?筵が壊れてないってことは…たぶん怪魔は生きてるんじゃないかなぁ?)」
顎に手を当て首を傾げるアズマ様に、蜜樹さんは困った表情で答える。
「でもねぇアズマ様〜…生体反応はホントに消えちゃってたのよ〜ん?だからあの時点であの怪魔は死んじゃってるのよ〜ん…」
僕なりに疑問に思ったことを言ってみる。
「四叉野槌…でしたっけ?そもそも野槌って何の生き物なんでしょう?」
すると蜜柑がすぐに答えてくれた。
「一説には蛇といわれています。もとは野山に棲む怪物で、兎や鹿を丸呑みにしてしまうんだとか。色んな呼び方をされていて、ツチノコも野槌の呼称の一つなんですよ。」
〜〜〜〜〜〜
「ぬわーっ!蛇などではなーいっ!失敬な奴めっ!」
〜〜〜〜〜〜
「…だとしたらなぜ、彼は蛇呼ばわりされてあんなに怒っていたんでしょうか?」
天守広間に居る全員が、うーん…と首を傾げる。
しばらくして、晶印さんが口を開いた。
「なぁ…馬鹿みてぇなこと言うようで悪いんだけどさぁ…」
「“蛇っぽいだけ”って線はねぇか?」
蛇っぽい生き物?
すると蜜柑がポンと手を打つ。
「なるほど!たとえばタラバガニは、実際はヤドカリなのですが、見た目がカニなので“カニ”と呼ばれています。水族館に時々いるカブトクラゲなんかは、クラゲとは全然違う生き物ですが、こちらもやはり見た目がクラゲっぽいので“クラゲ”と呼ばれています。」
そうなんだ…僕はよく水族館に連れて行ってもらっていたけど、どっちも知らなかった…
晶印さんはパンと手を打ち身を乗り出して、両手指を蜜柑に向ける。
「そうそう!それだよ姫様!あの怪魔のヤロー、もしかしたら蛇っぽい何か別の生き物なんじゃねーのか?」
すると夕斎様はますます顔を俯けて唸る。
「うーむ…そうと言うならば、なんだ…?蛇っぽい生き物とは…?たとえば何がある…?」
再び皆んなでうーん…と考え込む。
「ミミズとかどうかしら〜?」
蜜樹さんの提案に、晶印さんは首を横に振る。
「いやぁ…ミミズにしちゃぁ、ちゃんと顎があったような…」
「変化球でヌタウナギとかいかがでしょう?」
それはだいぶ変化球ですね…!?
でも確かあの怪魔の口が開いた時、見えたものは…
「たぶん違いますよ、蜜柑…四叉野槌の口の中には、びっしりと牙が生え揃っていました。」
蛇っぽい別の生き物だとして、それがどのくらい攻略の手掛かりに繋がるかもわからない…どうしたものか。
暗礁に乗り上げたかと思ったその時、アズマ様が何か閃いたのか鳴き出した。
「クククッ(ねーねー、逆に考えてみない?蛇はともかくミミズやゴカイって、切ったら二匹に増えるのもいるっていうよね?)」
「はい、いるにはいますが…私たちが見たのは顎や牙があったと先程…」
「ゲコッ(顎や牙があって、蛇みたいな姿をしていて、それで再生力の高い生き物…いないのかな?)」
そんな生き物いるのかな…?
話はもはや僕にはわからない所に到達している…なので僕は、目線を蜜柑の方へ流した。
「えっと…そんな生き物…います!心当たりがあります!」
「ほ、本当にいるんですか?」
蜜柑は驚く僕に対して頷くと、スマホを取り出して何やらポチポチと画面を打ち、検索結果の写真を表示した状態で皆んなの前に差し出した。
そこに映っていたのは、四叉野槌の首そっくりの、黒いミミズのような生き物。
「“アシナシイモリ”といいます。カエルやイモリなんかと同じ両生類の生き物で、足がなくミミズや蛇のような見た目をしているのが特徴です。」
「再生力については情報があまり無かったのですが、そもそも両生類は高い再生力を持っていて、たとえばサンショウウオの仲間は足を切断されても完全に生えてきたりしますし、心臓や脳すら再生できることもあるといいます。」
「一般的に妖怪というのは、人々の“イメージ”が吹き込まれることで成立するもの…『両生類だから再生力が高い』というイメージが吹き込まれてる可能性はあります。」
「あります…けど、アズマ様、どうして再生力なんて仰り出したんですか?」
確かに…アズマ様はどうして「逆に考えてみよう」と言ってから、再生力の話題を持ち出したんだろう?
「ゲコッ(怪魔は一度は本当にやっつけたんじゃないかな?でもその後で、魔力や栄養を使って蘇ったとしたら?)」
夕斎様がポンと手を打つ。
「確かに…筵は怪魔を礎として成立する結界、故に筵が持続しているということは、怪魔の本体が別の場所にいる…あるいはまだ生きている可能性が考えられる…か。」
さらに話を進めていく。
次に蜜樹さんは、タブレットを操作しながら状況を報告してきた。
「長禅寺周辺の被害状況は完全に把握はできてないけど、既に廿華ちゃんや雲母くん以外にも人が巻き込まれた報告は入ってるわ〜ん、もしかしたら怪魔に攫われちゃってるかも…」
あまり考えたくないけど、僕は推測を話す。
「接敵時に現場付近の廿華や雲母くんの匂いを辿ってみたのですが、四叉野槌の居た場所の近くで途絶えていました。言い伝えられている野槌の生態が本当なら、被害者は野槌に丸呑みにされている可能性があると思います。」
蜜樹さんは口元に指を当てる。
「うーん…食べられた人たちはどこに行っちゃうのかしら〜?牛鬼丸みたいに、お腹の中に圧縮空間があって、そこに獲物を収めてるっていうなら説明がつきそうなものだけど〜…それなら晶印ちゃんが倒した時に、何も出てこなかったことの説明がつかないのよね〜」
すると晶印さんが口を出す。
「あのさ…それって、胃袋だけ別んとこにあったりしねぇか?」
「なんつーか…どっかに胃袋があって、口で飲み込んだモンをそいつの中に転送して、胃袋の中にいる人たちの魔力あるいは生命力か何かを糧にして再生する…とかいうのだったらシャレにならねーぜ。」
今僕たちが話していることは全て憶測に過ぎないけど、もし本当だとしたらあまり時間に猶予はない。
「早く見つけないとまずいですね…何か大きな生体を探し出す方法は…」
困った表情をする蜜柑に、僕は水桜を持って見せる。
「大きな“水の塊”を探せばいいんですよね?それなら水桜を使えば見つけ出せるはずです。」
現場周辺は地形が複雑だけど、空を飛べば障害物や起伏を無視して、反応のある方向へ向かうことができるはず。
蜜柑は引っ張って行けそうだけど、晶印さんは持ち上げて行けるかな…?
再出撃予定時刻は10時ちょうど。
それまでになるべく話を詰め、作戦を練っていく。
──────
─2031年3月11日 09:50頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺周辺〕
ここはあの大口の怪物の胃袋の中…たぶん。
ここの地面は起伏が激しく、あちこちから硬いオブジェのようなものが生えている。
傾いた場所に居続けるのは体に良くない…私たちはなるべく平らな場所を探して、そこで休むことにした。
雲母くんは私の肩に寄りかかって、すーすーと寝息を立てている。
こんな環境だけど、とにかく寝れるならよかった…体力はなるべく温存するに越したことはない。
「それじゃだめ」
必ず助けは来ると励ました私に雲母くんが打ち明けたのは、また別の不安…もとい恐怖だった。
雲母くんはもっと小さい頃に、一度野山に迷い込んで捜索願が出される程の騒動を起こしてしまったことがあるらしい。
最終的にはお母さんが匂いを辿って、一晩かけてようやく見つけることができたそうだ。
お母さんは決して怒りも責めもしなかった…けれども、とてもとても悲しそうな顔をしていたという。
雲母くんの実の両親は、雲母くんを捨てて間もなく亡くなったらしい。
その理由はわからないけれど、雲母くんはこれまでその過去を引き摺ってきたそうだ。
これ以上お母さんに悲しい思いをさせたら、お母さんも自分をいよいよ見捨ててしまうのではないか…またあの悲しい顔を見るのが怖くて、助けに来られるのも不安だという。
家族と血の繋がりがないのは私も同じだけど、そんな恐怖、これまで感じたことなかったな…
私は兄様やゲッコー師匠に可愛がってもらうのが当たり前で、それが失われてしまう恐怖を現実に感じることなんて、一度たりともなかったからだ。
いざという時、心配するのは簡単でも、信頼するのは案外難しい。
私はどんな時でも兄様をどこまでも信じているけど、雲母くんのように不安を抱く人だっているんだ…
兄様…今何をしてるんだろう?
廿華は、あなたの助けが来ることを信じて待っています…
──────
─2031年3月11日 10:00頃─
〔甲府藩 甲府市 中央二丁目〕
作戦会議が終了し、出撃命令を受けて長禅寺へ向かう道中。
普段と違って浮かない顔をし続ける晶印さんに、僕が理由を尋ねた時のこと。
「今もし一つ、オレの心に枷をかけてるものがあるとすりゃぁ、それは“不安”だな。」
晶印さんから、らしくない一言が漏れた。
「不安…ですか?」
僕が問いかけると、晶印さんは少し苦笑いして返す。
「おうよ、オレとしたことが怖えんだよ。」
「オレはな、御庭番に任命された時に誓ったんだ…お前の親父さんみたいに、甲府の子供たち全員を守り、憧れられるような強え侍になるってな。」
「だが今のオレはどうした…愛息子すら目の届かない所で攫われて、攫ったソイツすら自力で倒せず子供たちの力を借りてる。」
「人にゃぁできることとできねぇことがあるのはよく知ってるつもりだ…それでもよ…」
「んなことでクヨクヨするたぁ、不甲斐ねえ母親だよな…せっかく慕ってくれてる雲母にも合わせる顔がねぇ…」
「雲母はあの怪魔の胃袋の中でちゃんと無事でいてくれてる、そう信じてぇが…それすらもよ…」
晶印さんは図太くて何があっても挫けないと、僕はそう勝手に思い込んでいた。
でも本当は、そんなに繊細な悩みを抱えてたんだ…知らなかった。
僕は一呼吸置くと、俯き顔に影差す晶印さんに言葉をかける。
「ねえ晶印さん、あの時、僕も廿華を助けることができませんでした。」
「不安ですよ…廿華は怪物の胃袋の中で、今どんなに苦しくて怖い思いをしてるんだろうって。」
「でも、それでも僕は信じることにしました…廿華は僕を信じて、心を強く保って待ってくれているって。」
「いざという時、心配することは簡単でも、信頼することって結構難しいと思うんです。」
「だから僕は今、頑張って信頼することに集中してます。」
すると晶印さんは一転、目をまん丸にする。
「そうか…信頼するのは案外難しい…か…」
そして晶印さんはフッとため息を吐くと、目元を緩ませて微笑み、僕の背中を強くバシッと叩いてきた。
痛みはないけど、すごい衝撃…!思わずバランスを崩しそうになる。
「お前に説教される日が来るたぁな、桜華…大きくなったな。」
晶印さんはそう言ってガハハッと笑う。
「行くぜ、桜華、姫様!みんなを助けによぉ!」
雲一つない、いつもの豪快な晶印さん。
そんな晶印さんからの檄に、僕と蜜柑は声を揃えて答えるのだった。
「「はいっ!!」」
そして筵を前にした僕たちは、この時まだ気付いていなかった。
背後から軋む骨の音、這い寄る毒虫の羽音。
魔の手が忍び寄る足音に。
──────
─2031年3月11日 10:05頃─
〔甲府藩 甲府市 愛宕町 長禅寺付近〕
筵の壁を見上げる桜華たち。
その背後の建物の陰から、虫の脚のように黒く鋭い、太い骨のような手が伸びてくる。
続いて現れたのは、昆虫の頭と人の頭蓋骨を合わせたような、異形の顔貌。
怪物は真っ黒に染まった剥き出しの歯を、ギリリッと噛み締めて笑みを溢す。
「ヘヘッ…水に炎に土の聖剣…氿㞑の言った通り、随分良いのが揃ってんじゃねぇかよ。」
「骨身が騒ぐぜ…!」
怪物はどこからともなく剣を抜くと、桜華たちの背後へゆっくりと歩み寄っていく…
〔つづく〕
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
〈tips:聖剣〉
聖剣No.8
【怒巌剣・『積土』】
世界の楔となる20本の聖剣の一振で、土の聖剣。
現在の所持者は雁金晶印。
始令は「千巌万壑・ブッタ斬れ〜」。
全長2.5m程の両剣の外観で、刀身の紋様は亀甲模様。
100kg超の超重量・新幹線の追突でもビクともしない超耐久を誇り、突き刺した地盤を固定することもできる。
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ここまで読んでくださりありがとうございます!
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今後ともよろしくお願いいたします(o_ _)o))




