#18 奔騰 急「デッドロック・ヒート」
時は2031年。
第22代江戸幕府将軍の治める太陽の国、日本。
此処はその天領、甲斐国・甲府藩。
豊かな水と緑を湛えるこの地は今…
その一割を「彼岸」に蝕まれている。
急 ~デッドロック・ヒート~
─2031年3月5日 10:30頃─
〔徽典館 本館屋上 花壇広場〕
ドカアァーン!
突然の爆音に僕と仙太は飛び跳ねる。
「な、なんだよ今の…ば、爆発かよっ!?」
「下の階から聞こえましたよね…まさか蜜柑と目白が向かった先では…!?」
もし二人が向かった先で爆発が起きていたとしたら、それはもう片方の管狐の仕業かもしれない。
二人とも連絡が取れているであろう蜜樹さんに、急いで訊く。
「蜜樹さん!二人の方では何が起きているんですか!?」
《管狐のもう片方の子は言霊師だったわ〜ん!場所は本館五階西側の音楽室前!言霊で爆発を起こしたのよ〜ん!》
「やっぱり爆発…二人は大丈夫なんですか!?」
《心拍の反応はキャッチできてるわ!少なくとも命は無事よ〜ん!ところで金瓢箪を持った子はどうなったのかしら〜ん?》
「それが─」
ハッチにはダクトを通じて逃げられたこと、そしてハッチの能力について、蜜樹さんになるべく簡潔に伝える。
すると通話口からカタカタ…と何かキーボードを操作するような音が聴こえ出す。
《今校内の防犯カメラ映像をこっちのモニターに繋げて、館内空調の通気口あたりに何か映ってないか探してるんだけどぉ〜…いたわ!いたいた!》
《通気口越しに何か物体が通過してるのが三箇所のカメラで確認できたわ!場所と時間の関係からして向かってる方向は─》
蜜樹さんから情報を聞いた僕は、先程のダクトの通気口に駆け寄る。
すると仙太も慌てて駆け寄ってきた。
「何する気だよ桜華!」
「何って…ハッチを追い掛けるんですよ?」
きょとんと首を傾げる僕に、仙太はずっこける。
「いやいや…それは見りゃわかるよ!でもどうやってダクトの中を通って行くんだよ!」
唾を飛ばす仙太の顔の前に、僕は一寸ボーイの術巻を取り出して見せる。
「仙太がその“どうやって”を教えてくれたんですよ?」
僕は仙太にウインクすると、磊盤に月光水龍伝と一寸ボーイの術巻を入れ…
「あっ、そうだ…来てください、水桜〜!」
ひょこひょこと爪先立ちで上下しながら手を振る。
実は校舎内への武器持ち込みは原則禁止なので、刀剣の類は建物入口のロッカーに納めることになっている。
もちろん今は任務中なので聖剣を使用しても問題はない…ということで、水桜の名を二、三度呼び掛けると、階段の方から水桜が飛んで来て足元に突き刺さった。
「わぁっ!?」
〈一度呼べばよいものを…何度もしつこいぞ…〉
「それならどうして一回で来てくれなかったんですか…」
〈…〉
そしてその乱暴な飛んで来方、道中の物も壊していそうなのでやめてほしいな…
「『忍風』!」
気を取り直して、水桜を抜刀して聖鎧に武装。
左胸から左腕にかけての装甲は、紫色の下地に青の茶碗のマークが描かれたデザインになった。
〈水桜快刀!一巻増巻・一寸ボーイ!〉
蜜樹さんからの情報によれば、ハッチは館内空調のダクトを通って、蜜柑と目白のいる五階西側に向かっているらしい。
その先にはもう一匹の管狐がいる…合流されるのは厄介だ、阻止しなくては。
「ま、待ってくれよ!目白や姫様は?助けに行かなくていいのかよ!」
足踏みして不安がる仙太の肩に、そっと手を置く。
「確かに二人のことは心配です。心配ですが…僕の任務はあくまでハッチの捕獲です。」
「僕が仙太のおかげでピンチを切り抜けたように、おそらく二人もどうにかして危機を脱しているはず…これは僕の希望的観測、というか信頼です。」
「だから…だからこそ今、僕は自分のすべきことに集中します。あの二人もきっとそうしているように。」
仙太は少しの間きょとんとした後、ブルッと首を振って勇ましい表情に戻った。
「同い年のくせに一丁前なこと言ってくれやがって…わかったよ!桜華!それなら俺にできることを教えてくれ!」
──────
─2031年3月5日 10:33頃─
〔徽典館 本館5F 廊下〕
管狐の女の子が「爆ぜろ」と言霊を発して、私と目白くんはなす術なく爆発に巻き込まれた…
はずなのに、なぜか熱さも焦げ臭さも感じない。
恐る恐る目を開けてみると、私と目白くんの前に琳寧が立って、小指を折った左掌を逆さまにして前に突き出している。
そして、その前の通路は、ゆらゆらと周囲に呪文の浮かぶ、青白い防火扉で塞がれていた。
「まったくもう…天下の御庭番様が二人して動けなくなるなんて、呆れたものね。」
琳寧がクスッと笑って振り返ると、通信機から蜜樹さんの歓声が上がる。
《おおぉ〜!琳寧ちゃんナイス!…だけどコラ〜!教室待機なのに抜け出しちゃダメよ〜ん!》
「あらやだ怒られちゃった。でも間に合って良かったわ、私のソウルのおかげね♫」
琳寧はテヘッと舌を出して笑う。
仙太くんと同じように抜け出してきたのかな?お転婆娘なんだから…
この青白い防火扉は、琳寧のソウル「ブルー・アルバム」によってできたもの。
自分の出す魔力に触れた物体から“情報”を抽出し、そこから元の物体の質量や性質を完全に模倣した“模造品”を生成する能力だ。
「悪いな琳寧、助かった…けど気を付けろ。」
目白くんが眉を顰めていると、琳寧の作った防火扉がドンドンと音を立てて歪んでいく。
防火扉の向こうからは「爆ぜろ」という女の子の声が、微かながら繰り返し聴こえてくる。
「ちょ、ちょっと!?これでも防ぎきれないの!?どういう威力してるのよ!」
一転して焦りを見せる琳寧。
このままだと防火扉が壊されて、今度こそ私たちは爆発に巻き込まれてしまう。
なんとかしなきゃ…!
言霊…音…言葉…ここまでに出てきたワードを頭の中で絡め、急いで回転させる。
言霊は、言葉に宿った呪詛が、相手に届くことで発動するもの。
その呪詛はどうやって相手に届く?
呪詛は言葉に乗り、言葉は音になって…
その音が届く先は…
思考の回転の末に生まれたその閃きを、私は急いで目白くんと琳寧に伝える。
「目白くん、琳寧!わかりました…言霊の攻略法が!」
─2031年3月5日 10:35頃─
〔徽典館 本館5F 西側 館内空調ダクト内部〕
狭く真っ暗なダクトの中。
一寸ボーイの能力で握り拳大まで縮んだ僕は、イクチに乗って五階のダクト内を西へ進んでいく。
ほとんど何も見えないけれど…僕にはもう一つ“眼”がある。
〈そのまま進め…あと2mで辿り着く。〉
水桜の生物探知機能だ。
あと少し…あと少しで届く!
おそらくここはもう廊下の上。
この大きさまで縮んでもギリギリになるくらい、管内は狭くなっている。
流石の管狐のハッチでも、あのピーキングOとかいうソウル能力を使わなければ、素早く駆け抜けるのは難しいだろう。
強い風が吹き抜ける中、イクチを飛ばして、飛ばして、とにかく飛ばして─
辿り着いた先には、ダクトの管内に詰まって動けなくなった、管狐のお尻があった。
「な…なんで…体が…」
そう呻くハッチの体の表面はネバネバと短い糸を引き、ダクトの内壁に貼り付いている。
「あなたはもう…進むも退くも叶わない。」
そろそろ種明かしといこう。
「僕のソウル『水龍奏術』は僕の魔力から生成した水を利用する能力…一時間にバスタブ二杯分くらいしか水を生成できません。」
「一方で式神のイクチは、僕の生成した水ではなく、周囲にある水を集めて噴射することで推力を得ています…たとえば空気中の水も。」
「仙太には、先に五階西側の換気スイッチをなるべくオンにしてもらいました。僕がイクチに乗ってきたのは、あなたに接近するためだけじゃない。」
「僕がイクチで水を集めて噴き出して、その水は風でダクトの外へと流されて…管内はどんどん乾いていく。」
「あなたの能力は謂わば白玉みたいなもの。表面が適度に濡れていればツルンと通り抜けられるけど、周りが乾燥するとベタベタしていって…最終的には貼り付いて動けなくなる。」
ここまでの僕の言葉が聴こえているのかわからないけど、この鬼ごっこはチェックメイトとして諦めてもらおう。
初対面にもかかわらず、僕の提案にここまで必死に走り回ってくれた仙太に感謝しないと。
──────
─2031年3月5日 10:40頃─
〔徽典館 本館5F 廊下〕
「来て!火麟!」
私が大声で呼ぶと、火麟は壁を避けながらスルーッと飛んで来て、手に収まった。
「準備はいい?解除するわよ!」
私と目白くんが頷くと、琳寧が左手を握り込み、それと同時に防火扉がパッと消える。
そこに再び女の子の「爆ぜろ」という叫び声が聴こえて、爆炎が迫ってくる。
「『気炎万丈・猛れよ“火麟”』!」
始令とともに爆炎を吸い込んでいく火麟。
火麟には燃焼で発生する炎を、音などのエネルギーとともに吸収する機能がある。
「今だ琳寧!壁を!」
「OK!」
目白くんの掛け声に応え、琳寧はすぐそこの音楽室の壁に向かって右掌を差し出し、引っ張るような動作をした後、すぐに左掌を構え直す。
そして再び通路を塞ぐように生成されたのは…小さな穴がたくさん空けられた壁。
壁が生成された途端、女の子の声はピタリと聴こえなくなった。
「音楽室の…有孔ボードっていうんだっけ?確かにこれで声は防げたけど、いずれまた爆破されたりしないの?」
琳寧は少し冷や汗を流し、ため息を吐きながら問い掛けてくる。
「たぶん大丈夫です、こちらに言霊は聴こえてこないので。」
「聴こえなかったら問題ないわけ?」
「はい!言霊というのは、言葉に乗せられた呪詛を相手に“聴かせる”ことで発動する能力です。防火扉で塞いでもなお爆発が続いたのは、少しでも私たちの耳に言霊が届いていたからです。」
さらに私は解説を続ける。
「瓶の飲み口に息を吹き込むと、瓶の中の空気は圧縮されて押し返す力が働く…今琳寧に用意してもらった音楽室の有孔ボードの場合、壁に空いた一つ一つの穴の中でそれが起きています。」
琳寧は首を傾げる。
「それの…何が音を妨げるわけ?」
すると目白くんは少し俯いて口元に手を当てた後、ハッと顔を上げた。
「そうか…『ヘルムホルツ共鳴』か。」
琳寧はますます首を傾げる。
「へる…むほ…なんて?」
「蜜柑の言った通りの現象だ。壁の穴に音圧が加わって空気が押し込まれると、圧力の上がった穴の中からは、逆に空気を押し返そうと圧力がかかる…そうやって穴で空気の出入りが繰り返されることで、摩擦によって音は熱へと変換されていく。音楽室の有孔ボードは、そうやって歌声や楽器の音を吸収してるんだよ。」
私よりも簡潔な説明…さすが目白くん、情報をまとめる能力が高い。
よくノートを覗かせてもらうけど、私よりも授業の要点をわかりやすくまとめてるものなぁ…
「そうです!その通りです!流石は目白くん!」
私が目を輝かせて飛び跳ねると、琳寧は腰に手を当て呆れた顔をした。
「あんたらねぇ、どっちも博識だからそのテンポでいけるんだろうけど、ちょっとは置いてかれる側のことも考えなさいよ…」
言霊を防ぐ壁ができたのなら、あとは…
「目白くん!お願いします!」
「わかってるよ…秒速で終わらす。」
バリバリッ
目白くんがクラウチングスタートの構えを取ると、目白くんの肩から稲妻が沸き立ち、音を立てながら脚へ向けて走っていく。
「…はぁっ!」
次の瞬間、目白くんは床を強く蹴飛ばすと、右肩から有孔ボードにぶつかった。
有孔ボードは目白くんの体当たりとともに、女の子の方向へと風を切る速さで廊下を進んでいく。
「今です琳寧!壁の解除を!」
「まったくもう…人使いが、荒いわねっ!」
琳寧が左手を握って有孔ボードを消すと、目白くんと女の子は息のかかりそうな距離で対面。
女の子は再び口を大きく開いて、何かを言おうとするも…
「無駄だ…『鬼術・二十番』、『蜘蛛の巣編み』!」
目白くんはそう唱えると、左手から蜘蛛の巣のような魔力を飛ばして、女の子の口を塞いだ。
その間わずか1秒未満。
驚いて後ろへ倒れ込む女の子の背を、目白くんはそっと優しく支え、やれやれとため息を吐いた。
「まったく…うるせえ口は塞ぐに限るぜ。」
──────
─2031年3月5日 10:55頃─
〔徽典館 本館5F 廊下〕
音楽室前の廊下には、遺物の錠で捕縛された、狐の耳と尻尾を生やした少年少女が二人。
この管狐たちは兄妹で、妹の方は「ソウカ」というらしい。
二人とも首から麻の手袋をぶら下げているけど…よく見ると、ソウカの手袋は一対揃っているものの兄のものより大きく、ハッチの手袋は片方しかなく妹のものより小さい。
僕と仙太はあの後、ダクトからハッチの詰まった部分を切り出し、金瓢箪を接収。
ソウカを捕まえた蜜柑・目白・琳寧と合流し、管狐の兄妹から事情を聞いていた。
「けほっ、けほっ…」
口から血を垂らしながら咳込むソウカに、目白は片手で九字を切り唱える。
「『鬼術・四十七番』」
「『釈迦先に 弥勒後に 我中に 南無阿弥陀仏を笠に着る 阿毘羅吽欠蘇婆訶』」
「『鐘馗の鋒』」
鬼術の十~九十番代はそれぞれ、下一桁の数字が大きくなる程難易度が上がり、藩校でも全員が教わるのは五番代までで、六番代以降は難易度がかなり高くなる。
九番代に至っては、必殺技といわれる程強力な分、一流の魔法使いですら扱いきるのは難しいという。
目白は癒術の七番代も扱えるんだ…四歳の時点で基礎となる零番代の礎術を使いこなしていたし、その才能の高さに改めて驚かされる。
「にしても…あたしたち、ソウカにはほとんど手は出してなかったのに、どうしてそんなに傷付いてるのかしら?」
琳寧が心配そうな顔で呟くと、目白はソウカに手を翳しながら答える。
「自分が口にした言葉っていうのは、強ければ強い程自分にも返ってくる…言霊っていうのはそういう魔術だ。強力な言霊を使う程、本体へのリバウンドは増大していく。こいつは『爆ぜろ』なんて言葉を何回も言い放ったんだ…」
するとソウカの真っ白な仮面が、顔文字の書かれたものにパッと入れ替わる。
「(lll __ __)…」
顔文字で…しんどいって言いたいのかな?
《なるほどね〜ん?言霊は発動制御がとても難しくて、日常会話の思わぬ所で暴発するリスクがとても高いんだよ。それにちょっと使っただけでも凄く消耗するから…自分や周りの人をうっかり呪詛しないように、言葉の代わりに変面と顔文字で意思表示をしてるのね。》
追い詰められたとはいえ、そこまで危険な言霊をたくさん使ってまで、ソウカは蜜柑たちを迎撃した…どうしてそこまでしたんだろう?
するとハッチが口を開いた。
「赤珊瑚の簪…それを頭に着けてる奴、飯石蜜柑を見つけたから…だからソウカは言霊を使いまくったんだ。」
「そいつがおれたちの、おっとうとおっかあを殺して…魂をその瓢箪に入れて持ち去った犯人だからだ!」
蜜柑が犯人…?蜜柑も僕らも唖然とする。
「おい…どういうことだ?そんなことがいつどこで起きたっていうんだ?」
目白が訝しげな表情で問い掛けると、ハッチは叫ぶように声を荒らげて答えた。
「一昨日の朝!浅利の稚児落とし!いきなり来やがったんだよ!─」
ハッチの話によると、ハッチたち管狐の一家は人里から隠遁してきた一族。
一昨日の朝、寝ぼけたハッチは虫を追いかけて、家族の住む寝ぐらから離れた所にいた。
しばらく遊んでいると、寝ぐらの方から悲鳴が聴こえ…駆け付けると、そこには見知らぬ人影と、散乱したガラス、そして全身に獣の爪のような引っ掻き傷を追って生き絶えた両親の姿があった。
寝ぐらには火が放たれ、ハッチは襲われそうになっていたソウカを連れて命からがら逃げてきた…手袋の片方が無くなったのもその時だったそうだ。
その時にハッチは、割れた赤珊瑚の簪を見ていて、その持ち主である蜜柑を犯人と考えたらしい。
そして昨夜に夢見山を訪れた目白の後をつけ続けて、藩校に侵入…禁庫の錠はソウカが言霊で破壊したとのことだ。
目白は、ハッチから接収した金瓢箪を手に持って見つめながら話す。
「“浅利の稚児落とし”は大月にある場所だ。同日同所に、たまたま俺は怪魔討伐の任務から戻る時に通りかかった。」
「そこで見つけたのは妖狐と思われる大人二人の焼死体…さらに遺物の浄化瘴気で汚染されていた。」
「浄化瘴気で汚染された魂は、正常に成仏することができない。だから持ち帰って除染するために、この金瓢箪に封じ込めたんだ。」
「これは保護。決して盗んだ訳じゃない。」
続いて蜜柑がゆっくりと口を開く。
「ハッチさん…一昨日の朝、私は甲府城にいて、その後丸の内二丁目に出現した怪魔の討伐に向かっていました。」
「大月には一度も足を運んでいません。簪については…私もよく知らないんです。」
「この二又の簪の片割れは、生まれて間もなく保護された、その頃に持たされていたらしいので…」
蜜柑は生まれて間もない頃、笛吹で発生した住宅火災の中から、偶然通りかかった夕斎様によって助け出された子供。
簪は、その時におくるみに挿さっていたらしい。
ハッチは瞳を震わせ、項垂れる。
「う、うそだ…うそだ…!人間の侍は妖魔を見つけたら殺すって!そう教わってきたんだ!だから俺たちもとうとう妖魔だってバレて、だから…」
すると今度は、蜜樹さんが通信機越しに語り掛ける。
《ハッチくん…君のご両親が山の中で隠れて暮らしていたのは、きっと先々代の将軍が定めた妖魔排斥令を受けてのことだと思う。当時の妖魔は、人型種族であっても四民の外とされて、人間以下の獣として迫害された。》
《でもね、今は違うの。普通の人と同じ教育を受けて、同じ仕事に就いて、同じように生活できるようになったのよ。》
《そうなったのはもう三十年以上も前のこと…でも私たちは、まだ差別を恐れて隠れてきたキミたちのような人々を全員助けることはできていない。》
《見つけてあげられなくて、ごめんね…》
ハッチは激しく体を前後に揺らし、喚き散らす。
「じゃあ…じゃあっ!ここにいるみんな、誰も悪くないんだっていうんならっ…!おれは…おれたちは…!何に怒って、何を憎んだらいいんだよぉっ…!」
「家も、家族も、みんな燃えて無くなったのにっ!この悔しさを、どこにぶつけりゃいいんだよぉっ…!」
泣きじゃくるハッチ。
隣のソウカからも「ひぐっ…ひぐっ…」と嗚咽が聴こえ、仮面の下からたくさん涙が流れ落ちている。
校内に侵入したことも、禁庫から金瓢箪を盗み出したことも、人の法では犯罪になる。
でも…この二人は家も家族も失って、それでも自分の両親を安らかに眠らせたくて、金瓢箪を取り戻そうとした。
突然身寄りを失った、明日なき絶望的な状況の中…自分たちなりに考えた、命懸けの親孝行だったのだろう。
廊下に響き渡るハッチの慟哭に、胸がギュッと締め付けられる。
「犯人ならよ…」
すると仙太が兄妹の前にずいと出てきた。
「顔くらいなら、俺の能力でわかるぜ。」
《仙太くん…捜査上とても重要な情報になるから…お願いしてもいい?》
「任せやがれってんだ!今日の俺の活躍…換気扇点けまくったくらいだからな…」
そう言って、ハッチの手袋に触れる仙太。
そういえばさっきは出番がなかったけれど、仙太の能力って…
「示せ…『ファイヤー・ワークス』!」
仙太が唱えると、全身が色とりどりのブロック玩具で出来た人型のゴーレムのような式神が現れ、次の瞬間ガシャーンと音を立ててバラバラに崩れた。
そして崩れたブロックは再び集まっていき…人の頭の形に組み合わさっていく。
「人間も動物も…この世の生き物ぜーんぶ、触れた物にはわずかな魔力の残滓が遺る。俺のファイヤー・ワークスは、そこから魔力を遺した主の人相を割り出し、そいつをブロック工作の形で出力する能力だ。…ちょっと時間かかるけどな。」
犯人の人相書をブロック工作の形で念写できる能力!
だから蜜樹さんは、追跡に便利とも、重要な情報になるとも言っていたわけだ。
「あーあー、いい加減機種変とかできないの〜?あんたの能力ってまだるっこくてソワソワするのよね。」
「文句言うなよ〜…ちょっとくらい待ってろってば。機種変なんてできねーし。」
琳寧と仙太が小言を言い合う中、僕はもう一つ残っている疑問を兄妹に投げかけた。
「二人とも、どうして簪の持ち主が蜜柑とわかって、その仲間が目白とわかって…そして金瓢箪のこともどうやって知ったんですか?」
するとハッチは、いまだにしゃくり上げながらも、なんとか言葉を紡いで答えてくれた。
「それは…教えてもらったんだ…あっ…」
ハッチが驚いた顔で、僕の背後を指差す。
振り向くとそこには、ファイヤー・ワークスの念写が完了し、犯人と思われる者の頭部模型が作り出されていた。
髪を中央に分けた、口元に傷のある、丸眼鏡をかけた老け顔の男。
ハッチは慌ててその男の模型を指差す。
「そいつだ!そいつが教えてくれたんだよ!簪のことも金瓢箪のことも…全部!」
ソウカも面を入れ替えて必死に頷く。
「Σ(・□・;)」
「おいおいおいおい!犯人が触れた手袋に付いた魔力残滓から割り出した人相だぞ!」
動揺する仙太。
目白も冷や汗をかいて呟く。
「つまり犯人は…この二人の両親を殺した上で、その怒りを利用してわざと藩校に誘導した…」
犯人の狙いは何?
もしかしてこの藩校は…兄妹の両親を殺した犯人に、狙われている?
──────
─2031年3月5日 11:10頃─
〔丸の内一丁目 JL甲府駅舎屋上〕
屋上階から望遠鏡越しに桜華たちの様子を眺めているのは、口元に傷のある、丸眼鏡をかけた老け顔の男…石見三而。
「はぁ…所詮は狢の戯事に過ぎなかったな。」
三而はため息を吐いて望遠鏡を下ろすと、紙巻煙草を咥え火を点ける。
「だがお陰で“仕込み”は済んだな…あとは良き頃合いを待つだけ。」
三而はフーッと煙を吐くと、顔を片手で押さえて不敵な笑みを浮かべる。
「硯家の“残り一匹”…お前を消せば、念願の“根絶やし”だ…!」
〔つづく〕
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〈tips:ソウル〉
【soul name】ピーキングO
【soul body】ハッチ
パワー-C
魔力-C
スピード-B
防御力-D
射程-E
持久力-D
精密性-C
成長性-D
【soul profile】
管狐の少年・ハッチのソウル能力。
自身の体や式神が触れた物体を、溶けたチーズのように柔らかくする。
柔らかくなった物体の粘性は、周囲の湿度に依存する。
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