502話 共闘戦②
「オォオオオオオオオン――!」
「「っ!?」」
その遠吠えが、始まりを告げる合図だった。
「これは……」
「――少なくとも30匹はいそうだね。囲まれたみたいだ……!」
突然俺達の左右に立ち昇る瘴気の渦が現れ、掻き消えると同時にどこから現れたのか無数の狼が群れを成して威嚇している。
比較対象が飛び抜けていて感覚がおかしくなってくるがその大きさは優に馬程度はあり、並の狼の大きさではなく壮観である。
どの狼も牙を剥き出しにして毛を逆立て、共通点として身体中を黒い瘴気で覆っているようだ。瘴気は常に流動しているのかまるで蠢くようで、鎧のように機能している印象を受ける。
「仲間を呼んだのか? いや、召喚した?」
「どっちでもいいさ。これだけ敵意剥き出しなら全部討伐対象だろうからね」
「はは、確かに」
綺麗に決まったかのように見えた俺達の攻撃。しかし、のっそりと再び身体を起こした巨狼はそのデカさに見合うタフさも兼ね備えていたようだ。
アスカさんが頭部を斬りつけた大きな刀傷こそ目立っていたが、致命打を受けたようには見受けられなかった。再び鋭い眼光が俺達を射抜き始める。
「しかし、この小型の方からも嫌な『気』を感じるな……。大きい方からは目が離せないし、ちょっと厄介だぞ」
うむ。確かにそれはそうですな。
意外にも逆上するかと思いきや落ち着いてやがるし。それにこの数は面倒だ。
殴られ斬られと散々な目に遭えば怒り狂ってもおかしな話ではない。ただ、この巨狼はそうではなかったらしい。
幸いと言えば幸いだが、その落ち着いた態度はこちらには不審さを感じさせる要因となった。
意外と冷静な思考力を持っているってのはそれだけで厄介だからな。
知恵が回ると考えたら相手にはしたくない。これは人も一緒のことだけども。
「いいですよ。相手が駒を増やしたんならこっちもその手を使わせてもらいましょうか」
「なに?」
「すこーし揺れますから注意してくださいねー。――頼むぞ。出てこい『土神兵』」
わざわざ不利な状況をそのままにして戦う必要もない。自分達がやりやすいようにしてやればいい。
俺は巨狼の正面に向けて手をかざし、地面に魔力で干渉する。すると、干渉を受けた地面が反応して盛り上がる様に高く持ち上がり、更に肉付けされて巨大な塊へと姿を変えていく。
巨狼とは別の大きな影が地面を覆っていった。
うん。記憶通りの見た目だ。
やっぱりポンコツにしか見えないから間違いじゃない。
「デッカい方はコイツに任せましょう。」
「あ、ああ。……というか、なんだコレ? 土の巨人?」
やがてそびえ立つように完成した土の塊を見て、アスカさんは困惑しながら俺に聞いた。
この見た目に対しての不安があるとかではなく、純粋な意図を問う意味での困惑と信じたい。
「その名も『土神兵』です。ちょっと名前が間抜けっぽいですけどタフさは随一なんで……。全身に土属性付与してあるんで強度ガッチガチですから安心してください」
「そ、そうか……」
アスカさんの間の抜けた返事に俺はその心情を理解した。
あ、これやっぱり規格の割に見た目のショボさに困惑してるやつだわ。
ぶっちゃけ創った俺でもこの見た目どうにかならなかったのかと思うくらいだしなぁ。
俺が創りあげた土の巨人。巨狼にも劣らぬ規格さを誇るその外観はゴーレムと言っても差支えないのかもしれない。
頭部から覗く一つ目の明滅以外、無骨で胴体部分は丸っこく、手足はただ生やしただけのボロ人形のようでもある。
しかしこの粗末な見た目は敢えてこうしたものなのだ。決して俺自身のアイデンティティに基づく設計ではないのが実情である。
俺の中に少し残る記憶を辿るなら、なんでも『残念な見た目なのに実はできる子のギャップって何か良くない?』をテーマにした魔法であるとか……。
これは正直意味分からん。一応考案者の創造魔法だから、使わせてもらっている以上は余計な変更は加えないようにしている。構築に影響与えても嫌だし。
だがもうちっとどうにかならなかったのかね……。
「それじゃデカブツはコイツに任せて、俺達はコイツらの相手をしましょうか」
「了解だ。フリード君、そっちの左の群れは任せた。こっちの右の群れは僕がやる」
「ういッス。そんじゃいきますか――!」
『土神兵』を頼りにしてはいるが、その実溜息を隠せないまま俺は正面を託す。
そしてアスカさんと小さく頷き合うと、左右二手に分かれて群れに一気に飛び込んだ。
それと同時に巨狼が『土神兵』に向かって襲い掛かり、圧倒的な質量同士がぶつかり合う。その轟音は胸を叩くような振動でこちらにそのぶつかり合いの規模を実感させ、三者三様に戦況は動き出す。
俺も今は目の前に集中しよう……!
「そらよ!」
「ギャンッ!?」
群れの中心に飛び込み、まずは一匹の首に手刀を振り下ろす。
瘴気の鎧がどんなものなのかの確認もあったが、首の折れる感触があるところを考えるに普通の狼とそこまでの違いはないように思う。
だらしなく舌を出して絶命した狼が力無く地面に身を投げ、そこに沈んだ。
「――『棘氷柱』」
「「「ッ……!?」」」」
途端に中心に飛び込んだことで一斉に狼達が飛びついてくるも、そこは透明な氷柱の針を周囲に構えることでその胴体に突き刺さらせ、噛みつかれるのを食い止める。
この光景を目の当たりにしたからなのか後ろに控えていた狼は飛びつくのを躊躇すると、威嚇しながら俺の周囲をゆっくりと回り始めて慎重さを見せていた。
一瞬で数匹やられても取り乱さない辺り、かなり統率が取れてるな。
親玉はあのデカブツなんだろうが、まるで獲物は絶対に逃がさんって言ってるみたいだ。
一瞬だけ『土神兵』の方を見てみると、身体を巨狼に押し倒されながら齧られ、引き離そうと奮戦している最中のようだった。
若干押され気味なのは否めない。だが、『土神兵』は元々俊敏な性能はしていないので仕方のないことである。狼とでは機動力に天と地の差があるのは無理もない。腕や足の可動域の狭さだってあるのだから。
それに攻撃能力自体もそこまで高くなく、その巨体を活かした重量をぶつけることしかできないのが『土神兵』なのだ。
だから簡単な命令を与えば後は勝手に動いてくれるくらい単純な構築をしてるわけで……。
一番のポイントはタンクとして滅茶苦茶優秀って部分なんだよな。時間さえ稼いでくれれば十分すぎる働きだ。
消費魔力も破格の少なさだし。これで上級程度はお安すぎるわ。
「来ないならさっさと片付けさせてもらうぞ。――終わりだ」
――閑話休題。
統率が取れてようが掛かってこないなら俺を自由にするだけだ。その時間の分だけ俺が何か用意する時間が生まれるってことでもある。
俺は自分を中心に大地から波のように押し寄せる棘を生やし、周囲へと押し出す。
狼を覆って蠢く瘴気とは違う蠢きで押し寄せる棘の波は、狼の群れに一瞬で到達すると瞬く間にその胴体を串刺しにしていく。狼の鳴き声と共に黒い血飛沫が飛び散り、身体をビクンと跳ねさせる狼の死体があっと言う間に出来上がり、一瞬にして一帯の狼の気配が消え失せた。
あんまり気持ちのいい光景じゃないけど、やっぱりコイツら純粋な生き物じゃないっぽいよな。黒い血だし。
なんにせよ、俺の方はこれで片付いたか――。
「「「「「グ……グル、ル……!」」」」」
「うん?」
大して心配などしていなかったがアスカさんの方はどうだろうかと視線を向けようとした時だった。
突然消えたはずの気配がそこら中から蔓延するように現れ始め、咄嗟に辺りを見回した。一体何事だと。
「え、ちょっ、待って? 流石にこれは困るんだけど……」
串刺しにしたはずの狼達には異変が起きていた。
発動したまま放置していた棘はいつの間にか制御不能寸前にまで魔力が枯渇しており、絶命したはずの狼達が何故かしきりにもがいている光景が目に入ってきたのである。
「ガルルゥッ!」
「あ、またかよ……!?」
一匹、氷柱で突き刺していた狼がずるりと地面に落ち、すっくと起き上がる。
胸に突き刺したはずの穴は消え、滴っていた血の後さえもない。氷柱も俺の意思とは関係無しに消え失せており、練って放出した魔力ごと全て跡形もなくなっているようだった。
また制御を外された……? 今の俺の状態で制御を外されるなんてのは早々に起こらないはずだが……。構築は簡単に見えて結構複雑にしてるし。
なのにそうなるってことはつまり――。
「お前ら……もしかしなくても魔力を食ってやがるな?」
復活した狼の群れを相手に、俺は辟易した気分で振り出しに戻った気持ちにさせられてしまった。
魔法の根幹は魔力そのものである。その根幹事体が食われるようなことがあれば、発動に影響が出るのは必然。俺が制御しているのも魔力が主体なのだから、それを司る魔力が食われでもしたら制御も糞もない。
コイツらがどれくらいの捕食力を持っているかは分からないが、それは向こうを確認すればすぐに分かるか――。
「……あちゃー……折角の『土神兵』すら駄目かよ……!」
デカい者同士の戦況に再び目を向けると、最初に見た光景とは別の光景が広がっていた。
巨狼の牙が胴体に食い込み始めており、強化構築したはずの身体は既にはがされかけている。タンク役と言えど、弱点中の弱点を突かれればひとたまりもなかったようだ。
動けるのも最早時間の問題と思える程、最初に比べて抵抗が弱々しい。これはどう見ても敗戦一色である。
「相性悪すぎか。折角魔力特化の状態なのに滅茶苦茶天敵じゃねーか」
この時今の俺は奴等にとって餌みたいなものだと自分でも思う程だった。
そりゃ食いたくなって地中の奥底から出てくるわな。こんな栄養価高い餌なんて中々いないだろうし。
食えりゃ当面は安泰だろうよ。
「――咲け! 『百華繚乱』!」
「おっとっと!? スタイリッシュに決めるじゃないですかアスカさん」
そんな折、後方に飛び退きながら空中で乱舞を放つアスカさんは執拗に追い回してきていた狼を仕留めると、華麗に着地して俺の背後に降り立った。
図らずともお互い背中合わせの状態となり、それぞれの分担した群れに再び囲まれる構図が出来上がったのは当初予想もしていなかったものの、タイミングとしては絶妙ではあった。
「気づいてると思うけど、この狼は生物の形をした何かだね。奴らから感じる『気』には生物特有の生気が感じられないんだ」
「え? そうなんですか? 生気って言われても俺にはよう分からんのですけど、アスカさんがそう言うならその感覚を信じますよ。どちらにしろあれは止めないと駄目な部類ですし」
「うん。生き物じゃないなら、多少は気休めになるかな?」
「ええ、それは確かに」
それを聞いて少し気持ちが軽くなるのを俺は感じた。
討たねばならないと分かっていても、好き好んで手荒な真似に踏み切っているわけではないのだ。この気持ちは俺もアスカさんも同様だ。
害意のあるモンスターでも生物である以上は殺めることに少なからず抵抗はある。大体の人はその感性をもつはずだ。
「それと、こっちの状況って見てました? 奴の能力についてですが――」
「うん。どうやらマナを食らっているみたいだね。それならさっき岩を食べてたのにも説明がつく」
みなまで言う必要はなかったらしい。
俺が言いたいことをアスカさんは既に理解してくれている様子で口にしていく。
「話が早くて助かります。それじゃあ何なら効果的かももう見当ついてますよね?」
「……『気』だろう? 明らかに君よりも僕の一撃に対しての耐性がないみたいだからね。僕の方は一匹も回復していないみたいだし」
「みたい、ですね……」
アスカさんは『絶華・柳』を、俺は『龍の脚撃』で向かってくる狼を薙ぎ払い、退ける。
アスカさん陣営の方面を覗くと、横たわったまま動かない死体が幾つもあちこちに点在しているようだ。その結果が俺とアスカさんの違いを、奴等の特性をハッキリと映し出している。
「さて、魔力が食われて回復されんのも面倒だ。地道にやるのもいいけど、保険で回してある『否定』の力は今回少ないし……温存するやり方の方が確実か……?」
「なんだ急に? 何か考え付いたのかい?」
「まあそんなところです。――今回、俺はあんまり役に立ちそうにないかもです」
「え?」
やがてアスカさんが分担していた狼の群れは全て片付いたようだ。対する俺はまだ十匹以上匹も残っている有様で、俺は一歩前に躍り出ると、そのまま加勢に入ろうとしてくれたアスカさんの前を塞いだ。
これは作戦変更の為である。
「今の俺じゃコイツらと奴の相手は効率が悪い。……なので、ここからは俺が囮役をメインでやりますよ」
「なに?」
俺が攻撃するにしても魔法はあまり使えない。使うとすれば補助系の魔法がメインになるが……そうなると火力はかなり落ちたも同然だ。決め手に欠ける。
そうなるくらいなら補助に徹してアスカさんを活かす方が良い。折角共闘しているのだしバランスは考えたいと思ったのだ。
それに、数少ない戦闘経験は無駄にしたくなかった。
「身体を張るのには慣れてます。だから俺を盾とでも思っててください! 俺が隙を作りますから奴に『気』の力を……!」
「っ……分かった! 君の案に乗らせてもらう! 」
「なら手始めだ――! 『バインドクロス』!」
「「「「「ッ!?」」」」」
残った狼の群れの中心に軸を置き、俺は即『バインドクロス』を発生させる。地面から伸びた黒い帯が狼の数の分だけ伸び広がり、一斉に動きを封じにかかった。
狼達は突然のことに対応が出来ていないのか無理矢理動こうとしていたので、俺はその隙を見逃さず『転移』で奴らの頭上へと移動する。
全部で十七匹か……。それでもアスカさんなら一気にいけんだろ。
「今だアスカさん――!」
「――冥華転用。『絶華・枯柳』!」
頭上から狼それぞれに小粒の氷をぶつけて一瞬だけ意識を逸らすと、アスカさんが同時に動き出す。
刀で絶華の技である衝撃波を放ち、『バインドクロス』ごと狼の群れは駆け抜ける斬撃の嵐に身体を晒され吹き飛ばされていく。
逃げることも耐えることも出来ず、狼の群れの脅威は一瞬にして幕を閉じるのだった。




