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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
503/531

501話 共闘戦①

 

「……」


 蝕むような敵意が近づく。それは肌を擦るように傷め、徐々にだが腫れ上がらせるように痛みを増していく。


 現状これまでに感じた記憶のない敵意だ。やけに気色悪い。

 身体中をベタベタと触られ舐められている気分で不快感しかない。


 ざっと二千ってところか……?


「……? 急にどうしたんだ? 下なんか見て……」

「……何かいる……」

「え?」


 流石にアスカさんの感知範囲ではこの敵意を拾えていないらしい。

 遥か地の底と呼べる距離なのだから拾える方がおかしいのだ。無理もないことである。


「……妙だな。なんでちょこちょこ感知が途切れるんだ……?」


 感知にも相性みたいなものがあり、魔力波によって扱いやすさが変わってくる。

 そしてこの敵意の存在は主張が強く、感知を逃す方が難しい部類だと言えるだろう。

 だが感知した傍から一瞬姿を見失ってしまうのだ。しかしすぐにまた感知することができ、先程からこの繰り返しが何度も続いている。


「……嫌な予感しかしない……! それに明らかにこっちに向かってきてるな……」


 まだ遥か彼方ではあるが、最初勘付いた時から比べると明らかに距離を詰められている。

 その加速力は地中での移動でと考えるなら異常な速度と言えた。


「アスカさん、手合わせは一旦中止だ! 一先ずこっちへ――!?」

「っ!? な、に……!?」


 アスカさんを呼んだ時だった。感知が消えて再び感知するその間のことだ。

 敵意がすぐ近くの地表まで瞬間移動し、その圧を真下から俺らに食らわした。

 アスカさんも急な敵意を感じたのだろう。足元に目を向けるや否や、反射的にその場を飛び退いていた。


「なんだコイツ……!?」

「っ……!?」


 俺らのいた地面に亀裂が入るとすぐさまぽっかりと割れ、地表が砕けた。そして地の底から深い闇が覗き出し、その中にもう一つ闇の姿があった。

 闇の中で真っ赤な二つの光が浮かび上がると、ギョロリと動きを合わせて赤い色が動く。

 生き物の眼だった。


「ギャオオォオオオオッ――!」


 音圧の凄まじい雄叫びを上げた化物は地表へと躍り出ようとする。

 割った大地を丸ごと飲み込みつつ押し上げて伸びる巨体。それは――大きな獣の大顎だった。


「『アースパイド』」


 突然すぎるイレギュラーに思わず咄嗟に魔法を俺は放っていた。

 割れた地面を囲うように展開し、十数の岩の杭を全て連結させるように噛み合わせて進出を食い止める。更に岩から小さな棘を槍のように生やして伸ばすことで密度を上げ、蜘蛛の巣のように複雑に絡めとった。

 すると化物の動きが止まり、隙間からその黒く不気味な巨体が顔を覗かせていた。


 まるで不服とでも言いたげな雰囲気が、黒い瘴気と共に目から溢れ出ていた。


「アスカさん、早くこっちに!」

「ありがとう!」


 食らいつきを免れたアスカさんが地上に落ちるよりも前に空中に氷の足場を作り、アスカさんを拾う。


「ガァアウッ! ガルルゥッ……!」


 再び大きな跳躍で後退し戻ってきたアスカさんと並んで奴を見ると、化物はガジガジと俺の作った岩の杭をかみ砕こうとしている最中のようだった。

 生やした牙は余程強靭なのか削れたり欠けたりする様子は見られない。杭も牙もお互いに欠けぬまま耐久戦を続けており、化物の挙動が苛立ちを募らせるように徐々に大きくなっていく。


「ギャオオオオォオオオオッ!!!」

「つっ……!? うっさ……!」

「耳がキーンとするなぁ……!」


 アスカさんと俺は思わず耳を塞いだ。至近距離でなら鼓膜は無事じゃ済まされない程の大きい雄叫びは流石に堪えるというものである。

 音圧で身体が若干押されているのがその証明だろう。


 生物とは思えない不気味な声。しかし響き透きとおるようで重く、どこか機械的なようでもある。

 視認できるのは大顎のみでその全容はまだ測れないが、形容しがたい鳴き声はやけに記憶にも耳にも残る。


「っ! フリード君あれ……!?」

「えぇ……一体どんな顎してんだよ……。結構強めに張ったつもりなんだけどな……」


 アスカさんに言われるまでもなく俺も見ていた。

 その光景に驚きは当然ながら、ますますこの化物の不自然さを感じずにはいられない。


「「……」」


 いつの間に顎周りから滲み出した黒い瘴気が岩の杭に纏わりつく。その瘴気が触れた瞬間から杭は黒く変色するとすぐさまひび割れ、やがてはボロ屑のように粉々に崩れていく。

 拘束を解いて自由を得た化物は瘴気をまるで触手のように利用して自らの口に引き寄せるように捻じると、砕かれた杭を貪るように食い散らし始めた。


「ねぇフリード君。あれ……岩を食べてるよな?」

「……はい。普通に食ってますね。岩が主食の生物ってここらに生息してるんですか?」

「いるわけないだろ。そんな危ないモンスターがいたらこんなところに村なんて作れないさ」

「ですよねー。俺もそんなの聞いたことないですし」


 アスカさんに現実逃避の冗談を言ってみるが、予想通り直視は免れないようだった。目の前にいる特異な個体は普通ではないことが見てとれる。

 砕いて飛び散る岩の破片が俺達の元まで飛び散ってきており、その間豪快に噛み砕く音は鳴り止まない。


 オイオイ、それガッチガチの岩だぞ? ボスキャラは歯が命ってか? カルシウムキメすぎだろ。

 こんなミネラルもなさそうな土をまぁ美味しそうに……。随分な健啖家でいらっしゃりますねぇチミ。


「あ、出てくるぞ……。前足ってことは、獣型か……?」

「……へぇ? てっきりワーム系統かと思ってたけど違ったか。四足歩行の癖にやけに器用に這い上がって、きます……ね……?」


 やがて岩を食して取り除いた化物は大穴からの這い出しを始めたらしい。

 その大顎故に全容が図れなかった化物であるが、まずは前足の二本が見えたことで四足歩行型の獣と俺達は予想していた。

 そして実際にそれ自体は間違っていなかったのだが――。




「グルル……!」

「「……」」




 やけに日陰の増えた盆地で、俺達は呆気に取られたまま頭上を見上げていた。

 言うなれば放心していたとでも言うべきか。


「これ、ワンちゃんなんですかね?」

「これをワンちゃんって言うかい? 僕らの方がその立場になってると思うんだけど」




 あのぅ……で、でかすぎません? 結構な大型になるブラッドウルフよりも二回り以上はデカいんですけど……。


 目の前で地中から這い出て君臨した巨獣。それは最早他に類を見ない程に巨大な狼であった。

 どっしりと構えて俺らを見下し、大きな大顎と赤い眼光がこちらへ向く。体高はセルベルティアを囲む外壁よりも高く、国が総出で討伐するような大きさを誇っている。


「うーん……これは多分俺達餌みたいに思われてるんだろうなぁ。それにしても狼が地中から出てくるのなんて俺初めて見ましたよ」

「何悠長に言ってるんだ! 狙われてるぞ!」


 アスカさんがそう言うと、即座に頭上が更に暗くなった。

 その行動を例えるなら猫パンチならぬ犬パンチだろう。羽虫を潰すかのように右足が降りかかり、アスカさんと共に後ろへ大きく回避する。


「……ペッ! おー怖ぇ怖ぇ……!」

「くっ……ただの振り下ろしでなんて威力だ……! 潰されたらひとたまりもないぞ!」


 目は奴から逸らさず、口に入ってきた土や砂を唾と一緒に吐き出す。

 奴にとっては些細な行動の一つに過ぎない。しかしその威力は爆発でも起こったような爆風を生む程のものであった。

 回避によって距離を取れたことが幸いし、そこでようやく狼の全身が確認できた。


「さてさて……なんですかねコイツ? 見たところ全身黒い瘴気? いや靄? で覆われてるっぽいですけど……」

「うん。やっぱりそう見えるよな……。でも、これじゃまるで……!」


 そこまで言って、アスカさんがその続きを濁した。

 立ち合い前に話した例の話。アスカさんのお父さんが亡くなった元凶が俺は真っ先に頭に浮かんでいたが、アスカさんもそう感じていたようだ。


 俺らの目の前にいる黒き巨狼はそれを彷彿とさせる。


「フェンリルも顔真っ青な巨躯。いや真っ黒なんだけども……。まぁ岩食う程の大食いならここまで育ちもするか」

「……」


 試しに軽い冗談を言ってみるもアスカさんは反応しなかった。

 やはり奴の正体を気にしているらしく、意識が散漫しているような印象だろうか。隣で見ている分にはそう感じる。


「ウウウ……! ガウッ――!?」

「そう急かすな犬っころ。お座りして待ってなさい」


 俺らのことはお構いなしに跳びかかろうとしてきた巨狼だが、身を屈めたところに俺は頭上から『アスタリスク』を突き立てることで未然に防ぐ。

 すると上手く首を挟むように『アスタリスク』が嵌まり、巨狼が地面に頭を垂れた。


 今アスカさんとお喋りしてる最中でしょうが。

 邪魔せんといて!


『アスタリスク』の放つ極寒の冷気が暴風になってこちらにまで伝わってきており、徐々に周囲の地面に霜が出来始める。


 動きは制限したし、水ならすぐに氷結させてしまう冷気に晒されれば生物なら動きは鈍くなるはずだ。

 これで暫くは――。


「グゥウウウッ……! ガァッ!!!」

「げっ。もしかしてそういう系かお前!?」


 安泰……と思った所で、突如『アスタリスク』の発動が解ける。

 それを機に崩れていく『アスタリスク』の枷を外した巨狼が待ちわびたように飛び出し、その大きな前足にある爪で俺らを削ぎに来る。

 アスカさんの一閃の鋭さとは違い、ただ力のままに薙ぐように振るわれる爪は剛風を伴っていた。

 俺はアスカさんが心配ではあったがその必要はなかったらしく、なんなく回避しているところを見るに杞憂であった。


 いやいや、アスカさんのこともだけど取りあえずはコイツの対処をどうするかが先か。

 コイツ……多分魔法に何かしらの耐性か対抗手段を持ってるっぽいし。今の俺にはやや不利な相手だな。


「こんなデカい上にこんな能力まで持ってるのはズルいな……!」


 思えばさっきの『アースパイド』の時も不自然さは感じてた。正直今の俺が至らない状態(・・・・・・)であるのは分かってはいるけど、それでも破られるとは微塵も思っていなかったのが本音だ。

 こんな特殊能力を持ってるんじゃ対処は限られるし、そもそも対処できる人自体が限られてしまうだろう。


 それでも俺達なら――!


「コイツどうしますか? アスカさん」

「どうするって言ったって……戦うしかないだろ。こんなやつを野放しにはできない……! ここでなんとか討伐しよう!」

「ん、了解ッス。そんじゃさっさと狩る方向で……!」


 二人同時に答えを待つより前に準備を済ませ、臨戦態勢を取る。


 周りから見えている光景はさぞ滑稽なものなのだと思う。怪物と見紛うような巨狼に挑むは矮小なる人二人なのだ。対峙しているという発想にすらならないと思われても仕方のない光景である。


 ――そう、だから結果は言わずとも分かるのが自然だ。


「「デカいのは厄介だけど、(アスカさん)がいるなら心配要らないな!」」


 アスカさんと声が重なり、意思が一つにまとまった。そして同時に巨狼に向かって駆け出す。

 俺らは呆ける巨狼の眼前に一気に詰め寄ると、俺は拳、アスカさんは愛刀を思いっきり振るって力のままにぶちかます。


 俺らが餌と思ったら大間違いだ。

 食らいやがれ!


 重なった攻撃によって巨狼の頭が天に向かって伸びて仰け反ると、まるでスローモーションのように緩慢に、轟音を立てて巨狼が仰向けに倒れ込んだ。

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