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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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464話 『剣聖』救出作戦:第二段階④

遅れて済まぬ。

 



「カリン……」

「アスカ……久しぶりですね」


『剣聖』さんをゆっくりと腕から下ろし、弱った足腰から崩れてしまわないように支える。


 手筈通りなら、アイズさんによってもう結界自体は今頃メンテナンスを装って全解除されているはずだ。

『剣聖』さんはそんなことを知らないだろうが、アスカさんは当然知っている。俺らを別つ結界がない以上このまま駆け寄ってもなんら問題はないはずだが……予想と違い、アスカさんが動く気配がなかった。

 結界が消えても別の見えない壁に阻まれてでもいるかのような。手を伸ばせばすぐそこにいるのに、近くて遠い。そんな焦れったい態度を取っているのだ。


 どうしたんかね? 俺としては早く直に触れ合って本当の再会をして欲しいと感じてしまうんですが……。




 第三段階の開始は、俺が東棟を襲撃したと演じた瞬間から始まる。

 そのため開始自体は俺の動き次第ではあるのだが、気絶させた人達に気が付いた人が騒ぎ出す危険性は時間を増すごとに増大してしまう。また警備の影が薄いのも長くは保たないだろう。

 ここまで良い運びで作戦が進んでいるのに、最高の結果ではなく中途半端な結果に作戦が仕上がるしかなくなってしまうのは躊躇われるところだ。俺としては出来る限り早く実行に移行したい気持ちが強い。


 あんまり時間は掛けてられないぞ……アスカさん。

 丸投げした俺が言うのもあれだけども。


「その……身体は平気なのか?」

「心配は要りませんよ。軟禁はされていましたが丁重に扱って頂けていましたので。少々運動不足気味ですけどね」


 よそよそしくアスカさんが『剣聖』さんの容体を心配すると、『剣聖』さんは心配をかけまいと表情を和らげて応対した。


 食事は少なからず出されていたらしいし、痩せこけていると言う程肉付きは落ちていないとは思う。

 ただ、さっき抱えた時こんなに軽いのかと驚いたくらいだ。大人の女性の基準値を下回るのは確かであるし、それが見た目に出ていると思える時点でお察しだ。

 心配されるのは当然だな。


「そうか……。それなら、少し安心したかな。今までカリンの状況が何も分からなかったしな……」


 ついこの前にアイズさんから様子を聞いてはいても、むしろ聞いてしまったことで心配する気持ちが強まっていたことだろう。

 アスカさんも少し肩の力が抜けたように、表情を和らげた。


「心配をかけてごめんなさい。皆に連絡も出来ず、不自由の身になっていたことは謝ります。――ただ、私はこの通り平気ですから……率直に言いますね。今ならまだ間に合います」

「……何が?」


 ――が、二人の和らいだ表情が再び強張った。


「私のことは放っておいて、このまま去って下さい。誰にも姿を見られていないのなら、今日の件は全て私の罪にできるはずです」

「……」


 やっぱりか。

 雰囲気でどうにかなるもんじゃないと思ってたけど、その意思は固そうッスね。


『剣聖』さんの意思は俺が聞いた時と変わらずだった。あくまでここから離れる意思はないらしく、このまま残る選択を取るとのこと。

 俺らの目的が破綻しかねないこの意思に対し、アスカさんは狼狽えることはせず口を噤んで『剣聖』さんに面と向かったままだ。


 恐らく、この返答を察していたのだろう。『剣聖』さんのことを深く知っている間柄故に。


 地下道に反響していた声が一時止まり、流れる水音だけが耳へと届く。

 その時間がいくら続いたかは分からないが、アスカさんの開口と共に、止まっていた時間は再び動き出す。


「そう言うと思ってたさ。昔から君は頑固だもんな……。――またそうやって、一人で背負い込もうとしてるのも分かってるさ」

「……」

「全く……一体何を言ってるんだか。何のためにこんなことまでしたと思ってる?」

「貴方こそ何故このようなことをしでかそうとしたのですか。軍を敵に回してしまってはもう、今後安息の日々はありませんよ? どのみち全てを絶たれる末路を辿るのは想像がつくはずです」


 アスカさんと『剣聖』さんの会話は、続くにつれてやや言葉の圧が強くなっていく。

 お互い見つめ合っている目が、徐々に険しくなるのを雰囲気と共に俺は感じ取った。


「そうならないためにこれから手は打つ。そしてそれが出来るだけの、信頼できる協力者がいる」


 アスカさんがここで、俺らを見た。

 そこにはこの場にいないアイズさんもきっと含まれていることだろう。


 ……含まれてるよね? あの人も相当な要だもんね? ね?


「彼らですか……」

「そうさ。君だって身をもって知ったはずだ。ここまで誰の目にもつかずに君を連れ出せる人が他にいるかい?」

「早々いないでしょうね。先程も多種多様な武芸を見させていただきましたから。この方が傑物であることは分かっています」


 二人の視線が俺に集まり、多少むず痒い気持ちになりそうだった。


 自画自賛になるけどいないやろなー。

 いたとしても多分俺が一番適任なんじゃないですかねー? 


「他にも、軍の協力者の方がいるのですよね? それなら難しいでしょうが……可能なのかもしれませんね」

「可能さ。軍に刃向かうなんて馬鹿げてるとは思う。でも、絶望的な状況で巡ってきたこの運を手放すわけにはいかない」


 それでいいぞアスカさん! 

 変にはぐらかすよりもハッキリ言い切ってしまった方が伝わるとも。

 男は黙ってストレートよ。変化球なんて逃げ腰は恰好がつかんぜ。


 アスカさんは深く頷くと、自分の周りに集まった力を説明し、自信を持って『剣聖』さんへと説いた。

 ここまでアテにされていると分かると、俺も自分が少し誇らしげに思えるというもの。この化物染みた力も悪くないと思えるから肯定されたような気になりそうだった。


「段取りは全て整った。もう君が囚われている必要はないんだよ。――一緒に帰るぞ、僕らの故郷に。皆カリンの帰りを心待ちにしてる」

「……」


 アスカさんが『剣聖』さんへと手を差し伸べ、その手を取るのを待つ姿勢を取った。

 自分からその手を取りに行かないのは『剣聖』さんの意思を理解し、踏ん切りがつかない部分も大いにあることを分かってのことなのだろう。


 だから、あくまで自分の意思でその手を取らせようとする。

 ただ助けるだけならこの場は楽だ。だがその後は辛いだけだろう。

 普通に逃げきり、平穏に生き延びていくには……この人の性根は正しすぎる(・・・・・)のだ。


 なんせ、天使に被害を及ばせないために捕まってもいたわけだからな……。


「本当に、全て整ったと言い切れますか?」

「どういうことだ?」


 一瞬だけ、アスカさんの真っ直ぐな眼差しに心動かされたのか。『剣聖』さんの手が少し動いたような気がした。

 しかし、その手は結局アスカさんに伸ばされることはなかった。動いた先は自身の胸にでああり、承諾の示唆ではなかった。


「私達の故郷は私達の手で守れるかもしれません。ですが……他に被害を被る方がいると知っていながら、その手を私が取れると思いますか? それも手が届かないところでです」

「他のっていうのは……天使のことだろう?」

「っ……ええ。知って……いたのですね」


 アスカさんの方から天使という言葉が出たことが予想外だったのか。『剣聖』さんが少し動揺していたようだが、どうにか取り繕いながら受け答えをする。

 アスカさんは、『届かないところ』、の辺りで察したのかもしれない。『剣聖』さんが天使のことを気にかけていることを。


「私が連合軍への加担を拒否すれば、天使への敵対行動を更に過激にすると言われているのですよ。その時は村の皆も無事でいられるか怪しい。私のような者を排出した忌まわしき土地として、制裁が下される懸念は十分に考えられる」

「……」

「連合軍は甘くありません。噂で各地での不穏な動きは耳に入っていますし、今は猶予を与えられていたようなもの……。私が今の状況から動いてしまうことが一番問題なのです」


 さて、来たぞ最難関。

 アスカさんの故郷の人達をも巻き込むかもしれない問題はどうにか納得できても、こればっかりは当事者達がいないから憶測でしかモノを言えない。

 当事者のみ答えを知る問題だから、結論が出ない。出るわけがないのだ。

 語れるのは各々が持つ心の感性のみ。それも、世界の意思によって全て狂わされた感性も含めてだ。


 軍に不信感は抱きつつも、自分の置かれた状況を説いてこのまま一緒に逃げることはできないと。『剣聖』さんはそう告げるのだった。


「「……」」


『剣聖』さんは目を伏せがちに、アスカさんは険しい顔つきのままで。それぞれ口を閉ざした。

 二人の中にある気持ちがぶつかり合い、どう作用するのかはまだ俺には分からない。

 それでも、ぶつかったとしても二人は互いのことを見たままではあった。

 だからこれが完全にぶつかり合っていることではないと思いたい。


『剣聖』さん、アスカさんにこれを切り出すのは辛いだろうな。しかもこの場で。

 元を辿れば、何もかも全部が意思のせいなんだよな……。


 本当に苛立ちしかない。

 世界という大きな観点から見たらただの調整にすぎないのかもしれない。オルディスも言っていたように全てはバランスの上に成り立つ以上、意思による作用は必要な措置ではあったのだろう。


 だが問題はそのやり方だ。俺達小さな個という観点から見れば冗談じゃない真似をされたようなもんだ。

 この糞みたいな世界の意思のせいで、天使はおろか善良な人までもが無駄な不幸に繋がっている。

 俺達の無益な争いによる不幸が世界を満足させるための肥やしになっているのかと思うと、それに尚のこと腹が立つ。


「世間的には天使は排他の象徴だ。例え……天使相手であっても、君はそう思ってたってことだろ?」


 内心この諍いの発端を思い出してしまって熱くなっていると、どうやらアスカさんが動いたらしい。

 これまでと変わりない話し方で『剣聖』さんへと投げかけた。


「っ……はい。世間が天使をどう疎んでいたとしても、私には……それがどうしてもできなかった」

「そうか……」


『剣聖』さんの声が、僅かに震えていた。


 今まで口にできなかったことを伝え、その内容がこの場ではなくても金輪際拒絶されかねないレベルの話なのだ。

 幼い頃から長い時間を一緒に過ごし、互いの気心を理解している間柄だからこそ、この滅びの言葉の重みも凄まじいことだろう。

 どれだけ苦痛に耐えることができる精神力を持っていても、かけがえのない存在を失うことは耐えがたい。


 それは例え、『剣聖』であってもだ。

 いや、慈愛とまで言われる人だからこそ、感じている痛みは人一倍大きいだろう。


「天使の方々も私達と同じく人です。なら私の自由のために、多くの天使の方々に余計な矛先が向けられて言い訳がない。それを分かっていながら人道もない選択を取ってしまっては……! 私はこの先、どう過ごしていけばいいのですか……!」


 天使は淘汰されなければいけないという意思と、極めて稀な意思の影響を受けない者の意思。

『剣聖』さんのこの苦しみの吐露は、口に出していなくても十分に俺にも伝わってきていた。それがこうして肉声として、本気の感情を前面に押し出されていると、上手く口を挟める余地もない。


 この終わりのない問題を収束させることができるとしたら……きっとそれは――。


「『剣聖』さんは……本当に優しいね」

「え……?」

「セシリィちゃん?」


 ……あのー? 俺、別に前振り的な感じで思ったわけじゃないんですけどー。


 内心少し困っていた状況であったが、時間を必要とし、長引きそうな雰囲気で満たされていた空間を切り裂くように、タイミングよく小さな面影が介入した。

 俺は驚きを覚えつつ、セシリィの方を注視する。


 まさかアスカさんじゃなくて君がここで動いちゃう? セシリィ様よ……。

 子どもながら君の優しさも大概だと思うぞ俺は。


「こんな見ず知らずの天使のことまで、本当に真剣に考えてくれてるんだもん。お兄ちゃんみたいな人がいるって分かって、少し安心したよ。その……だからね? 本当にありがとう」

「え……?」


 それがセシリィの選択か。嘘偽りない心を視たからもう、その必要がないんだな?


『慈愛の剣聖』顔負けの微笑みを向けられ、当の『剣聖』さんは何を言っているのか分からないような声をあげていた。その気持ちはアスカさんも同様だろう。

 まさか、そう思うはずがないのだから。


「でももう、十分だから。そんなに自分だけで背負おうとしなくても、平気だから」


 一瞬目が合ったセシリィは、俺の方を見て小さく頷いて何かを伝えようとしていた。当然、俺はその意図は感じ取れた。


 この前、泣いている声を聞いて小さな子を助けに行っちゃうくらいだから、こうなる気はしてたんだが……ハハハ。やってくれるよ。

 まさか俺が望まずに一番説得力ある行動に出てくれるとは思わなかったな。

 これも全部、ここに集まった人達の真っ当さの賜物か。


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