43話 湧き上がる激情
「ツカサ君。大丈夫だったかい?」
放心していた俺にクルトさんが話しかけてくる。
へい、身体に異常はありやせん。ちょいと困惑しているだけです。
「はい…縛られた以外に特に問題はありません」
「そうか…なら良かった。スマンな、ここでは少し問題があってね…」
「そう…ですか」
「とりあえず、朝食はまだだろう? カウンターで受け取って来なさいよ」
「はい」
言われるがままにカウンターに行き、朝食を受け取る。
そしてクルトさんのところにまた戻ってくる。
「席はどこでも平気だから好きなところで食べればいい。朝食の後学院長の所に行くんだろう? 早く食べた方がいいんじゃないか?」
その言葉で我に返る。
「あ。そうでした」
「初日なんだからしっかりしなさいよ…。じゃあ儂はこれで失礼するよ」
クルトさんが呆れながら食堂を出て行く。
さーせん、気を付けます。
そして俺は適当に席に座り、とりあえず朝食を食べ始める。
あの騒動のおかげで結構時間を潰してしまった。さっさと食べないと…。
焦りを感じながら急いで飯を食べる俺だったが、周りの違和感に気がつき、食事を中断する。
…なんか生徒から変な視線を感じる。
不思議に思って辺りを見回すと、ほとんどの生徒がなぜかこちらを見てヒソヒソと話している。ちょっと陰湿な感じで…。
一体なんだ…?
その状況をよく理解できない俺の所に、1人の生徒が近寄ってくる。
俺を食堂に連れてきた奴だ。
「隣、座るぞ」
生徒は俺の返答を聞く前に席に隣の席に着く。
講師と分かってていきなりタメ口かよ…。
本当にどうなってんだ…。
「アンタ、今回の臨時講師だったんだな」
「まぁね、それで俺に何か用か?」
「用があるってわけじゃないけど、ここに連れてきたわけだし。話でもどうかと思ってさ」
「そうかい…」
う~む、何か様子が変な気がするぞ…。
講師に対する生徒の反応があまりにも冷ややかじゃないか? 俺の勘違いかもしれんが…。
でもまぁ、少し聞いてみようか。
「なぁ、なんか皆の対応が冷たい気がするんだけど、何か知らない?」
「…ああ、気づいたか。それは多分去年のことが関係してると思う」
「去年?」
朝食を食べながら生徒は言う。
な~んか嫌な予感…。
「去年来た講師がさ、講師の最終日にちょっとヘマをしたんだよ」
「ヘマ?」
「ああ。まぁヘマと言えるかは分からないけどな…。確かにその講師はしっかりしてて実力もあったんだけど、ある生徒が模擬試合を持ちかけたんだ」
「…それで?」
…なんかだんだん分かって来た気がする。
「その講師は負けたよ。それも惨敗だ。あの負け方は酷かったと流石に思ったよ。なんせ1度も相手に有効な一撃を当てる事さえできなかったんだから。プライドを傷つけられただろうな…」
「…」
「しかも全身ボロボロにされて…。装備していた武器や防具も全て破壊されてたな。何もかも奪われたってのはああいうことを言うんだろう」
そんなことがあったのか…。
昨日、ギルドマスターが言っていたことを思い出す。
『少し前までは誠実なやつだったのだよ。Cランクになった辺りで、どんどん腐っていってしまったがな…』
ドミニクが腐っていった理由って…このことが原因なんじゃないか?
自分の力に自信を持っていたが、生徒に屈辱的な敗北をしたことで腐っていってしまった…。そんな気がする。
そうすると少し前というのにも納得がいく。1年など、少し前という言い方をしてもおかしくないはずだし。
………。
俺の考えを他所に、生徒の話は続く。
「その結果、この学院の生徒は冒険者を軽く見るようになった。全員がそうじゃないけど、大半は冒険者を大したことのない存在だ…俺達、私たちの方が強いという風に認識するようになった。…強さだけが冒険者のすべてじゃないハズなのにな」
ドミニク…。お前…辛かったんだろうな…。
お前が俺に対してやったことに関しては許すわけではないが、お前の気持ちは全てとは言えないが理解はできる。
…。
お前ほどじゃないが…過去に似たような経験が俺にもあるし…。
………。
「一応ここの学院はこの大陸じゃ一番レベルが高いところだし、自分の力に自信を持ったやつが大半だ。それも拍車を掛けてるんだろうよ」
環境も影響してるのか…。
「それが今でも根付いているのが現状。それで今回、すごいショボそうな奴が来たわけだ。そりゃ無理もないよ」
直球だなぁ、オイ。すげぇ酷い言われようだ…。
ショボイは言い過ぎじゃないですかねぇ? 見た目に関しては否定はしないが、強さだけなら他に類をみないのは保障するぞ?
まぁ、それはさておき…。
ドミニクに対し、余計な問題残しやがってアイツ…とは言わない。
いや、言えない。
そんなのは仕方のないことだ。ギルドマスターはドミニクのことを誠実な奴だと言っていたが、俺はギルドマスターのことは基本的に信じている。
少なくとも去年のドミニクは、冒険者として真面目に活動していたのは多分間違いないはずだ。
真面目に行動して、その結果悲惨な目に合った。
程度はあれど腐るには十分な理由だ。
そしてこの学院の生徒に問題を残してしまった。
真面目に行動した結果そうなったと言うのであれば文句はない。
筋を通しているのであれば俺はそれでいいと思う。それは地球にいたときも思っていた考えだ。異世界に来てもそれは変わらない。
「まぁ、俺はそういう考えは持ってないけどな…。対峙した生徒がたまたまその冒険者に対して有利な力を持っていただけだし。…ぶっちゃけ嵌められたんだろうな」
「…そうか」
俺は自分の中に渦巻く感情を抑え込んで、そう答える。
あんなに毛嫌いしていたハズなのに、ドミニクに今は同情しか湧いてこない。
柄じゃないが、ドミニクの残した問題は俺が尻拭いをしようとさえ思っている。
それくらい俺はドミニクに同情していた。
ただ単純に気に食わない…。
「ま、そういうわけだ。だからアンタも気を付けろよ?」
「…ああ、そうさせてもらうよ。でも、君は特に敬語を使ったリしないんだな?」
「まぁ、厳密にいえば先生じゃなくて講師だからな。別にいいだろ? どちらにせよ、俺は敬語使ってないけどな」
「あ、そうかい…。まぁ別にいいや」
最初に会話したのがこの生徒で良かった。敬語はともかくとして、この生徒は他の生徒とは違う考えを持っているらしい。
もし違ったら怒鳴っていたかもしれないが…。
もういい、遠慮なんてしねぇ。
学生だから未熟という部分もあるが、真面目に…本気で事に取り組んだ奴をバカにするような真似は許容できない。
必要とあらば徹底的に打ちのめしてやるさ。
この時、司は自分でも考えられないくらい激昂していた。
本人は気づいていないが、元々司は真面目な人間である。そんな奴が、他の人間を…ましてや真面目な人間の行いを馬鹿にされて、怒りの感情を覚えないのはありえないのだ。
それが例え、自分に敵意を向けている人間であろうとも…。
司は、自分の考えとは裏腹に他人を許容することのできる人間である。
簡単に言えば優しいのだ。
自分にどれだけ敵意を抱かれたとしても、最終的には相手に対し甘えを見せてしまう。
それが司だ。
今回のドミニクの問題に対する考えも、それが深く関わっている。
そういった面が司の長所であり短所であるということに本人が気づくのはまだまだ先の話。
「そいつ…、その冒険者を嵌めた生徒の名前は?」
「ヴィンセント・アルファリア。…今3年の…貴族だ」
そいつが元凶…ついでに貴族か…。碌なことしねぇな。
とりあえず…ヴィンセント・アルファリア…ね。
よし、覚えた。
「ありがとう。…ところで、まだ聞いてなかったんだけど…君の名前は?」
「俺か? 俺はハンス・ストーラフ。この学院の2年だ」
とりあえずこちらの名前も確認。
「よろしくな、ハンス君」
「ああ。アンタは?」
聞かれたので俺は、決意と自信を持って答える。
「ツカサ・カミシロ。お前らの想像を超えた力を持った冒険者だよ」




