442話 『神眼』
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「「……」」
アイズさんの開きっぱなしだった口が閉じられ、話しに一度区切りがついたらしい。
俺はずっと聞きっぱなしだったこともあり、そのまま眉に力を込めたまま腕組みして無言を貫いていた。
向こうからしたら俺の態度には細心の注意は払っているのかもしれないが、ぶっちゃけると情報過多でお腹が一杯な気分というのが本音だ。
俺としてはこの区切りは有難みを感じるし、ある意味で小休止を与えられたように思える。
「……」
まだアスカさんが目覚めていないところを見るに、大して時間も経っていないのだろう。実際説明も重要な部分だけを端的に言っていた気がするので、これは俺の気のせいに違いない。
「(こんな異能を隠してたのか。一体どこぞの強キャラだっつーの)」
しかし、そうだというのにこの身体にどっと押し寄せる疲労感は誤魔化しきれそうもない。
これは恐らく違うのだろうが、先の話にあったアイズさんの異能が使われているんじゃないかと疑いたいくらいだ。
弱者のフリをして実は強者だったわけだ。それなら俺が感じていた寒気も当然だったのかもな。
滲んでいた汗は既に垂れ落ちて乾いている。
止まっていた会話に、ここで俺は自分から切り込んでいく。
「これで五つ目……。それがアイズさんの持つ、異能の全てだと?」
重い空気の中、これ以上の隠し事はないかとアイズさんに確認する。
「ハイ。これで私の情報は手打ちですよ。……隠していてすみません」
「別に……。言いふらすようなものでもないでしょうし」
アイズさんが困ったような声で、若干気落ちした雰囲気を纏って答えてくる。俺はその返答の真意を踏まえ、ただ自分の未熟さ故の恥ずかしさを隠すためにぶっきらぼうに受け答えしてしまったことに内心舌打ちしたくなる。
なんでこんな言い方しちまうかなぁ……。馬鹿か俺は。
話を聞くうち、最初優勢だった俺の威勢は今や飾りに成り果てた。
自分が嫌になる気持ちを引きずったまま、まだ変われないまま俺は続けていった。
「よくもまあこんなに属性過多な力を持ってたもんですね」
「私の手には余るものばかりですがね。どうせならフリードさんみたいな人が持ってた方が良かったんでしょうけど……」
馬鹿言うな。それこそ属性過多だ。
「俺が? ……冗談はよしてください。こんな異能の数々、俺にだって手に負えませんよ」
アイズさんの冗談の押し付けには拒否の姿勢で俺は返答する。
こんな大それた力を俺なんかが持つとは厚かましい。
俺も方向性は違うが同じく馬鹿げた力を持っているのだ。それを客観的にようやく見ることができた気がしたくらいである。
ま、俺の場合俺自身の力は誰かに譲りたいなどと思ったことはないけど。
既にこの力がなきゃ死んでた場面は何回かあるし。
相手の力量を見抜いて善悪が分かる力。
物事の認識を変えて正否を不明にする力。
強制的に相手を金縛り状態にさせて拘束する力。
目に見えない不可視の存在をも捉えて見通す力。
相手を洗脳して自由自在に操ることのできる力。
アイズさんが話した異能の正体は要約するとこうだった。
全て自身の『眼』を用い、使う異能によって発動方法が違う他制限もある。
強力……いやそんな生易しいものじゃない。凶悪と言っても差し支えない分、多用出来ないのは当然か。
それを補って余りある効力を発揮することができる、まさに神の如き『眼』。
アイズさんが天より授かった力というものを俺はそう称してもいいと思う。
こんなのを全て扱えるとなれば最早なんでもアリだ。そしてそれを実現できる人が俺の目の前にいる。確かな事実として。
相手を意のままに知り尽くし、操ることに長ける力。それがアイズ・マーロックの持つ力の正体だ。
もしもこの人にもっと一般的なスペックが備わっていたら、多分状況は全く変わってきているだろう。最初の邂逅の時点で場合によっては全員お陀仏という可能性もあった。
その点を踏まえると、アイズさんの身体と異能のアンバランスさはこれはこれで均衡が取れていたのかもしれないな。
「……一つ、いいですか?」
「ハイ」
「アンタのこの異能のことを知っているのは……他に誰がいる?」
これまた分かりきってはいるが念のため聞いてみる。
うっかりでは済まされない内容だ。突出した一個人の力が周りからはどう思われるのかは俺が一番よく分かっている。
「誰も知りませんよ。教えてませんし、とても教えられるものじゃありませんから」
「そうですか……」
誰も知らないと、本人の口からも聞けたことで安堵は確かなものへと変わる。
「このことを話したのは貴方が初めてです。ロアノーツさんは勘付いてるかもしれませんが異能の詳細までは知らないでしょう」
そしてこの駄目押しの一言である。
もう、俺にとっては十分過ぎた。
「……それをなんで俺に話したんですか。俺を前に、そんな真似はリスク高すぎやしませんかね?」
俺は腕組みを解いて身体を楽にし、両手は石机の上へと置く。
硬さの取れたこの格好はアイズさんにも伝わったようだ。若干肩の力が抜けたように身体が揺れ、張り詰めていた雰囲気のガス抜きになった。
今の俺の状態が既に術中に嵌められてしまっている後という考えもあるが、それだったら最初からこの人は力を行使しててもおかしくない。
それに使う場面はいくらでもあったはずなのだ。それなのにアイズさんは使っていないし、俺には到底及ばないと事前にも忠告のように言ってくれていた。
そもそもの話、俺やアスカさんに対しては直接的な有効打がないことが分かっている前提でこの話を切り出してきたのはアイズさん本人だ。
この行為自体がアイズさんの誠意そのものだろう。
もう……答えは分かってるのにな。なに聞いてんだろ俺。
しかも全部気を遣われてただけっていうオチとか酷いもんだ。
「リスク? ……フフ、フフフ……! なぁに言ってんですか貴方は。いやいやゼロに等しいじゃないですか。だって貴方相手ですよ?」
アイズさんが馬鹿馬鹿しいというように、軽快に笑い飛ばして俺を指差す。その指先に俺の視線は集中し、言われたことの意味をしかと受け止めるだけだった。
「貴方の秘密を知り、全部視てしまった上でもう一度言いましょう。貴方程の善人なんか早々いないんですよ。――というかいてたまるかってツッコミたいくらいです。まず傍にいるセシリィちゃんの存在がそれを証明していますからねぇ」
「……」
「セシリィちゃんが信頼を置く、という意味は非常に大きいですよ? なんたって天敵である我々は天使にとって恐怖の対象だ。敵対関係となる構図が普通です。そのあるべきはずの構図に堂々と逆らえる……それが貴方だ。世界のこの情勢の中でそれこそ冗談みたいな話です」
「……」
「フリードさんには心を隠す術がない。それはつまり、普段心を曝け出している状態でセシリィちゃんが無害と感じる域の人だということを示します。……私には警戒する理由が見当たりませんねぇ」
流れるように過ぎ去る言葉の数々は、俺がセシリィ以外の誰かからこの俺らの関係を認めてもらったようだった。
オルディスはともかく、全部知らせた上でまだ意思の影響下にいる人に言われた意味は大きい。
「……そういうアンタも、見たトコ天使に対して何も思ってなさそうなのは……気のせいじゃないって思っていいので?」
アイズさんは俺が何を話そうが一切変化した様子が見られなかった。主に天使に対する態度や、滲み出る雰囲気などが。
オルディス曰く、これは理屈で抑えられるようなものではないそうだ。自発的に違和感を覚えて僅かにでも疑問に思う人は意思の影響が低いらしく、以前のウィルさんのように自分の意思を保てはする。
しかし、大半は疑問に思うことなく意思の支配下に置かれ、意思の隷属に成り果ててしまうだろうと。
だから、多分アイズさんは……。
「……貴方達にそう思っていただけるのなら。貴方に話したのも、私が今後貴方方に敵対しないという意思表示でもありますしねぇ。しかし実際判断基準なんて分かりませんから、それはフリードさん達の采配にお任せしますよ」
「そう、ですか……」
俺達次第、ね。
こんな言葉、自分を厭わない人が使いそうな言葉だ。
所詮は協力関係と思っていたのは間違いだったようだ。
「セシリィちゃんが天使ならこの『眼』はあの娘を悪と定めるのが普通です。だって世界はそれを普通とし、我々を異端と認識するのでしょうから」
「……」
俺への安心のためか、アイズさんが語り出す。
何が正で何が否なのか。自分の力を頼りに、今見ている光景を。
「でもね……悪と思ってないんですよ、この『眼』は。時折何食わぬ顔で歩いているこの街の一部の人の方がよっぽど悪と見定めている始末です」
善悪を見抜く力によるものか。
「連合軍内にもいます。天使打倒を掲げる知り合いもいますが、同じ目標を掲げる人でも善悪に違いが存在する。……恐らく、意思の力関係なしにこの『眼』は善悪を見抜くんでしょう。要はその人の本質を問うようなものです」
上っ面を覆い隠している人はこの人にどう思われているのだろうか。
――否、むしろこの人はどう思っているのかと言うべきか。セシリィと近しいものを視ている以上は。
「再三にわたりますが、私は自分の『眼』は信じます。だから最初から貴方方の言葉を無条件に信じられるんです。何故なら貴方方はちっとも悪人なんかじゃないんですから」
アイズさんは感情で動かなそうな人だ。そうなれば妥当かつ合理的な判断なのだろう。
「悪人と善人のどちらの言葉を信じるのかなんて……そんなの決まってるでしょう?」
「……そうですね。大抵善人の言葉を信じるでしょうね。……というかそうだ」
アイズさんの問いを、俺は噛みしめるように言葉にして返す。
自分で言っていてむず痒い気持ちになるが、肯定された気持ちも相まって多少はマシに感じた。
「はあ……」
空回りしていたエンジンが切れたように、溜息になって俺の身体から熱が出て行く。
この溜息にはほぼほぼ俺の自爆した部分の疲れが、恥ずかしさと共に噴き出したようなものだった。
少し冷静さを欠いていたようだ俺は。いつもそうだ、すぐに直情的になって周りの事が見えなくなってしまう。
俺がちっとも進歩しない改善すべき部分だなとつくづく実感する。これではいつか取り返しのつかないことに巻き込まれるとも限らない。
「何の抵抗もなく全部打ち明けてくれるってことは、やっぱりそういうことですか」
「この場にセシリィちゃんはいませんけど、信じてもらえるんですか?」
皆まで言わずとも、アイズさんが俺の言いたいことを汲み取って聞いてくる。
そりゃあ……な。その考えに至る要因が節々にあったのは事実だしな。俺にも思う部分はある。
「信じてもらいにきたんでしょう? 今のアイズさんの状況的に、嘘を言ったところでメリットはないですし……しかも俺相手ですし」
「ハハハ」
なにわろてんねん。
そういう性格故にってのは分かってるが、こっちは最初マジびっくりしてたんだからな?
睨むのは止めたがアイズさんに内心小言で文句を言いつつ、自分が落ち着いた理由については一応触れておく。
口にしなければ個人的に認めていないような気がするというのもあったからだ。
「これだけの異能であっても俺自体は視られるだけでちっとも脅威でもない力みたいですからね。……効きもしない俺相手に全容を話したってことはただの自殺行為に等しい。それは……俺を信用してくれてたってことでしょう? それくらい馬鹿の俺でも分かりますよ」
「ええ。それが全容を話した私にできる一番の誠意でしょうからねぇ。ちゃんと分かって頂けたようでなによりです」
『眼』の力について、欠点とも言うべき制限がアイズさんの誠意を裏付ける。
というかここの部分をクリアできないと異能は持っていても意味のない力に成り果てると言っても過言じゃない。
アイズさんと俺の力量とでは天と地の差がある。
なんでも、アイズさんの『眼』の力は何を基準となっているのか微妙に不明だが、特に強い者には効果を発揮しないのだという。
この強い者というのが曖昧なのだが、それは武術に優れた簡単な形であったり、特殊な技能を持っている形であったりと様々だ。
ただ、あくまでその傾向が強いというだけで必ずしも当てはまるものでもないし、まだアイズさんにもどの部分に起因して効く効かないに別れるのかは明確に分かっていないそうだ。
不明点の追求は調査中のためこれ以上のことは分からない。
そのため、異能が効かないという点ではアスカさんも同様だ。だからアイズさんは異能を駆使することなく、直接的な手段を用いて眠らせる行為に走ったらしい。
「――大体、天使への憎悪も理屈じゃどうにもならないものだ。もしかしたらアイズさんも何かしらのきっかけで豹変してしまうのかもしれないですけど、これまでそうじゃない人もいた」
ウィルさんのような人もいる。天使だと知っても、セシリィのその姿を見ても、自分で自分がおかしいことに気が付いてあの人は俺達を逃がして抗ってくれた。
アイズさんはまだセシリィの全容を見たことはないが、現状ではその中の一人だと推測するに値するだろう。
「だから、アイズさんもきっと同じだと思うんです。意思の影響を殆ど受けていない僅かな内の一人ですよ」
ここまでされていざ豹変されたら……その時はもう仕方のないこととして割り切るしかない。
ここまで善意で近寄られて後はどうしようもない部分の働きが起こったらそれは本人の意思でもないのだ。責めるのは間違っているし、容認した以上はこちらも受け止める覚悟もできるというものだ。
「フフ、それは光栄ですねぇ。でも安心はまだできないかと……。私には私なりのトリガーとやらがあるだけかもしれませんし?」
自分が自分でなくなるかもしれないというのに、アイズさんは大して怖くもないように茶化す。
その意味がなんとなく分かった気がして、俺もその時はその時で躊躇することなく手段に踏み切るだろう。
この人をただの敵にしないために。
……どんだけ信用されてんだろ俺。やっぱり狂ってるよアンタは。
「ああ。その時は全力でアンタを止めるさ。それができるかできないかはアンタが一番分かってるんじゃないですか? ――一瞬だ」
「ハハ! これは頼もしい。やはり本物は言うことが違いますねぇ」
「何が本物ですか。俺もアンタも、どっちも本物でしょうが」
意思の影響を受けていないという事実に違いはない。
俺もアイズさんも、間違った世界で普通に正しくいられただけの少数派だろ。そこに格の違いなんてモンはねーよ。
「世界の意思に左右されず、今自分のハッキリした意思でこの場に立ってるんだ。今日も明日もそれからも、何をしようとするかは全部自分の意思で決められる……。この実際は糞みたいな世界で、俺達はその事実だけは自信を持って言えますよ」
俺にセシリィやアイズさんみたいな視る力がなくてももう分かる。
やっぱアイズさん、狂ってるが良い人だ。狂いすぎて判断付けられないくらいではあるけども。
ここまで話した人は俺も初めてだよ。
「アイズさんみたいな人がいてくれて良かった。あの娘も一緒だと思いますよ」
「だと良いですけどねぇ」
あと数日で大勢の人が敵に回ろうとする中、その日を迎えようとも連合軍内で敵に回らないこんな人がいてくれたことに、俺はどこか有難さと嬉しさを覚えていた。
アイズさんが軽快に笑いながら俺の言葉を受け流したが、俺はちゃんとこの意思が届いたように思えた。
※6/2追記
次回更新は4日頃を予定しています。




