435話 作戦会議⑥
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「――では、その手筈で進めます。何か質問はありますか?」
「「「……」」」
アイズさんの声に無言で俺らは返答する。
第一案、第二案と全体の概要を確認した後、俺らはどちらの案を採用すべきなのか。また新たな案の提案があるかを確認するために時間を割いた。
始めてからかれこれ既に一時間程は経過していたので既に質問や懸念は出尽くしており、これ以上は絞り出そうとしてももう難しいところまできていた。
「なら後は実行する準備を進めるだけですねぇ。なんとかまとまって良かったです」
「ええ。後はやってみないと分からない部分も多いですから、多少の誤差なら無理矢理押し通すしかありませんよ。リスク前提の案ならその程度のリスクは被っても仕方ない」
「おおー……なんとも強引で頼もしいお言葉。その時はお願いします」
「はい」
俺はアイズさんに向かってそう伝えておく。
世の中完璧な計画など存在しないのだ。高望みは欲が過ぎるというものだろう。
考えた結果、リスクを取ってでも『剣聖』さんが今後安寧の日々を送れるようにすべきだと俺は決めるに至った。その為アイズさんの提案した第二案での作戦実行に賛成する意思を示したところ、アスカさん以外は第二案に挙手してくれたのでそのようにまとまった形である。
セシリィは自分では決める意思が弱いと、どっちつかずになりそうだから人数から外して欲しいと自分から言ってきたため含んでいない。この時このままでは票が完全に割れるかもしれないからという理由も述べていて、俺はセシリィはやっぱり賢いのだと思ったりしたものだ。
なんにせよ、二対一が多数決の結果となって今に至る。
「……」
アスカさんの表情を少し伺ってみると、俺が最初意思を表明した時と変わらないしかめっ面のままだった。
言うまでもなく、決まった方針について納得しきれていない様子だ。
全員の意思が一致していないのは誠に残念だが、多数決とはそういうものなので割り切ってもらう他ない。ここでうだうだ足踏みしていては何も始まらないし何の結果も得られないはずだ。
それに……これは最初に俺が掲げていた目標でもあったからな。
アスカさんには悪いがその良心故の苦しさは甘んじて受け入れてもらいたい。これは俺の意地でもある。
「決まった後で言うのも変ですけど、フリードさんは第二案で本当によろしいんですか? 正直フリードさん達の今後を考えると結構リスキーだと思うんですけど……」
――と、アスカさんの立場を想像して同情していると、アイズさんが俺の内心の声に混ざるように聞いてくる。
「変装はしても結局一番正体が露見しそうなのは俺。もしバレたら一生追い回されるかもしれないってことですか?」
「ええ、まぁ……」
今回の第二案での懸念事項として、一番正体が晒される危険性が高いのはメインの俺だろう。
セシリィとアスカさんは裏役に徹するので顔バレの心配はそこまで必要ないはずだ。しかし、俺は違う。そちらに意識が向かないようにするための陽動というのが俺の役目であり、連合軍の全ての注意を引き付け、今回起こす騒動に対しての全責任を被る役目を背負うのだ。
変装するとは言っても顔を隠し服装を変える程度だ。そんな役目を担う俺は当然注目の的になるわけで……姿を偽っても何の拍子に誰に正体が知られてしまうかも分からない。
目に見えるものだけを偽っても安心はできない。アイズさんのように通常目に見えないような部分を視ることができる人もいることが分かっている以上、特殊な異能で知られたら変装など無意味に等しい。
幸いにもアイズさんからは自分以外に変わった異能を持つ人物は知らないとは聞いているが、あくまで異能など言いふらすようなものでもないため万が一は存在するとのこと。
ただ――。
「バレなきゃいいだけの話でしょう? イレギュラーはともかく、単純な身バレくらいは俺ならそこに意識を十分割けるだけの余裕があるはずです。現状思う程最悪の想定をする必要はない気がしますよ」
「そうですか。それならいいですけど……」
そんなイレギュラー的存在を危惧していたらキリがなくなってしまうというものである。そのリスクは現状切り捨てて考えるしかない。
「というか俺ありきでの案なのに、俺以外で最善の役者いますかね?」
「いないですねぇ」
「でしょう? 心配してくれてるのは分かりますが」
そう、どうせ俺しか実行役はいないんだ。俺がここで嫌だと言ったらこの案はそれまでになってしまう。もとより辞退する気はサラサラないが、今更そんなことはできるはずもない。
それに連合軍がいかに力を持っていようと、世界中の力が集結しているわけじゃない。数ある力の集中した場所の一つを相手にするだけだ。後れを取るつもりなんてない。
一応そこら辺もアイズさんも分かってはいるんだろうけど、やっぱり気持ち的な遠慮を感じてるんだろうな。
……ま、正直この人にその配慮があることに驚きたいと思うのは失礼極まりないかもだけど。
――でも今はそれよりも、だ。
「セシリィ」
「……?」
時間がなかったとはいえ、このような流れになってしまったことに対し俺は一番話を通しておくべきだったセシリィを蔑ろにし過ぎたと思う。
遅ればせながら隣にいるセシリィに意思と謝罪とを伝え、合わせてセシリィの意思も確認するため顔を向き合わせた。
「いきなり難しい話ばっかりに付き合わせてゴメンな。勝手に色々と決めちゃったわけだけど」
「いや、そんなことないけど……」
セシリィのつぶらな瞳にはこの状況に対しての不満の意思は読み取れない。急に声を掛けても受け答えに困惑しているというわけでもなさそうで、話を理解していないというわけでもないのだろう。
この歳の割に落ち着きがありすぎるのがセシリィの凄いところでもあり、俺としては困ったところだ。
どちらかというと俺はセシリィの純粋な感情を優先したいのに、それが出来ないことが多々あって困る。セシリィは普通に無理を隠そうとしてくるし。――今朝の件は別として。
「俺がもしポカでもしたらさ、ここから先の旅はもっと危険なものになるかもしれない。これまで以上に慌ただしく、連合軍に付きまとわれて厄介に巻き込まれるとか、セシリィも怖い思いをすることが増えることになるかもしれない」
「……うん」
セシリィと俺は一蓮托生の身。俺が何かヘマをすればセシリィの身に危険は及ぶし、セシリィが何かしてしまっても俺の負担は増える。
そのため、一つ一つの行動に自分だけじゃなくお互いのことを考える必要がある関係で一人勝手に話を進めたのは正直よろしくない選択でしかなかった。
ホント今更だな……。
「もし……もしもだ。仮にそうなったとしても許してくれるか? 勿論そうしないようには勤めるつもりだけど」
「いいよ。お兄ちゃんがそう決めたなら。――お兄ちゃんを信じてるし、そうなっても平気」
……ま、セシリィがなんて言ってくれるかは分かってたわけだが。
分かってはいても直接声で意思を確認したい。そう思うのは俺が小心者なだけなんだろうか。
「悪いな。どんな結果になってもセシリィの身の安全は保障する」
「ありがと。私もお兄ちゃんが失敗しないって保障してるよ」
これまたなんと頼もしいお言葉か。
こうなったらとことんやり尽くして役目を全うしてやるっきゃねぇわな。
笑みを浮かべて頷くセシリィ。こちらが許可をもらうだけのはずが激励までもらってしまった。
「でも君達は良くても僕の心境としてはなぁ……。素直にありがとうって頼み込むのはとてもできないんだけどね。」
衝動的にセシリィの頭を撫でたい気持ち抑えていると、水を差すとまでは言わないが一人困った顔をするアスカさんが心境を吐露したようだ。一瞬蚊帳の外にしていたがアスカさんも現状黙っていられるような性格はしていない。
アスカさんからしてみればこのままだとおんぶにだっことも言える流れへと進むだけだからな。その心境たるや複雑であると言わざるを得ないだろう。
――しかし、だ。
「そうでもないと思いますよアスカさん」
「ん?」
「そんな気にしないでくださいよ。どのみち俺達のことは心配する必要がない要素があるからある程度は割りきってもらえるとは思いますよ?」
そんなアスカさんが少しでも気持ち的に楽になる……かもしれないことがあるとしたら、これだけだ。
無料で手に入った期限間近のチケットを有効利用しておかない手はないぞアスカさん。チケットは使われるためにあるんだからよ。
悠長にしていられるのも今の内だけだ。仮初の平穏はもうすぐ終わる。
「どうせ俺達にはとある事情で時間はないんです。ここでは言えませんが、いずれ俺達はこの街には二度と来れなくなることは確定してますから」
「なんだって?」
「そしてアイズさんとアスカさんもその時が来れば俺らと一緒にいることはあり得なくなるかもしれない。……ならそれまでは精々暴れてやりますよ。その時が来るまでは何も問題はない……と思います」
セシリィが天使で、俺が連合軍に喧嘩を売ったことが発覚すればどうなるかは分からない。まだ明確に何が豹変するトリガーになるかはハッキリしていないし、一般とは随分異なる認識を持つ二人でもどのように影響されるかは不明なのだ。
最悪一切の関係が立たれてあっという間に崩壊するのかもしれない。それだけの可能性を秘めた不確定要素が俺らにはある。
「なんだ、それ……」
「ふむ……? フリードさん達に時間がないという理由はともかく、遠慮が要らない要素があるのであれば好都合と言えるのかもしれません。時間がないのは確かに事実ですからねぇ」
「は?」
アスカさんが俺の言葉の意味を捉えるよりも早く、アイズさんが口を開く。
まるで俺達だけじゃなく他にも時間がないと言うかのように。
そしてそれは間違いではなかった。
これまでは表面に出てこなかった影響がいよいよ顔を出そうと、忍び寄るように迫ってきていると俺は焦りを覚えることになった。
覚悟が出来ていただけマシだったかもしれない。
「このままモタモタしていれば我々は挟撃されるでしょうからねぇ。そうなったら作戦どころではなくなると思いますよ?」
「挟撃? 誰か近づいてきてるのかい?」
「なんですかその話」
まさに唐突だろう。
「この情報は方針が決まってから話すつもりではあったのですが、どうやら各地に派遣している部隊の内、アニムに派遣していた我々特殊部隊の一つが何者かによって壊滅的被害を受けたみたいでして。『英雄』達は後追いという形で別件も兼ねて向かっていたみたいなのですが……その事態のせいで急遽部隊と合流した後こちらに戻って来ることになったようです。今朝に軍に連絡が入ったとかなんとか」
アニム……部隊の壊滅……?
え……それって……。
脳裏をよぎる自分の行い。そして忌まわしい記憶と悲劇の中出会ったセシリィとの最初の時間が思い返されていく。
連中を最後数日は動けないくらいに足止めしてやったこと。それは怪我がないとはいえ到底無事とは言えない打撃と一緒だ。完全な無力化に見舞われたことはある意味壊滅と呼ぶに値するといってもいい。
文字通り手も足も出ない程の差を見せつけてやったのだから。
「あまり詳しい話が聞けたわけじゃないですしまだ軍でも極秘段階の話なのですがねぇ。――ちょっと耳を疑う話もありまして、真偽の程はまだ不明ですが部隊の者達は天使と遭遇したとか……」
「っ……!?」
「天使だって!? 生き残りがアニムにいたのか!?」
「さぁ? まだ事実確認はできてないのでなんとも……」
ヤバい!? 間違いなく俺らのことだ……!?
連合軍に刃向かう奴なんて普通いるわけがない!
身体が強張っていくのを感じ、寒気すら覚える気分だった。
途端に襲ってくるのは、行き過ぎた憶測による確証のない不安だ。
口ではこう言っていてもアイズさんは一体どこまで知っているのか分からない。もしかしたら既に俺達に感付いているのかもしれない。
そう思うと……迂闊にこちらから口は挟めなかった。
「っ……」
セシリィを横目で覗く。本当に僅かにだが緊張した顔になっているようで、どこかぎこちない。
大きく取り乱していないのは今の話が本当であるからなのか、それとも嘘だからこそ驚きですくんでしまっているのか。その判断がつけられない。
とにかく、すぐにでも話を逸らしたいところだが今は少し間が悪い。
口は挟まずとも下手にセシリィをフォローしたら怪しまれてもおかしくない。まだここでメンバーの崩壊を招くわけにはいかないため、俺は我慢する時間だった。
天使へのフォローはしないのが当然の世界である以上、ここは俺も平静を装ってやり過ごすのが得策か。
クソッ……! 急展開すぎるだろ。焦れったい……!
「……天使のことはさておき。現在ロアノーツさんだけでもかなり厄介な状況です。そこに『英雄』達が戻ってきたら当初の救出目標の達成見込は限りなくゼロに近づく。あの人達は全員厄介な人達ばかりですからねぇ……私の手には負えない。ロアノーツさんまで揃えば間違いなく世界でも最強のパーティでしょう」
世界最強のパーティ――その一言が告げる警戒度は語るまでもない。
アイズさんをして最強と言わしめるのか。そりゃ厄介極まりないだろうな。
しかも手に負えないとまでとなると何かしらの異能持ちなのかもしれない。
「連絡があったのはアニムを発った頃。ここから最寄りの港まで到着するのが早くて二日。そして更にここまで足を運ぶのに約四日から五日は必要と考えると……早ければここへは約一週間後には戻ってくるでしょう。それまでに作戦を実行する必要があります」
目の前には連合軍とロアノーツという人の壁、後ろからは最強の団体さんの強襲が迫り来る、か。
こりゃチンタラしちゃいられないか。
※3/27追記
次回更新は明日です。




