表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
394/531

392話 港町スーラ

 

 ◆◆◆




「……」


 ――今日は朝から文句なしの晴天だった。風は冷たいのに日差しは強く、かいた汗が一瞬で乾いては身体の熱を奪うという嫌味を付け加えたい程のだ。


 ウィルさんと別れて……あれから五日。地に足を付けていようと上を見上げれば青々とした空が広がり、これまでずっと長く身を置いていた薄暗い環境は見る影を失くしている。高く生い茂った森はもう無く、代わりに今度は水平線に果てしなく広がる広大な海が波を立ててうねっている。

 丘から臨むように海が見える町中の通りを歩いていると、時折強く風が運んでくる匂いには海の匂いが含まれていて鼻をつく。合わせて生臭い匂いも蔓延しており苦手な人は苦手だろう。流石に三日も嗅いでいれば多少は慣れたが、飽きる程嗅いでいた緑の匂いが若干恋しくなっている自分がいる。


「おお! 大漁じゃないか。今日はどこも盛り上がってるなぁ」

「そうだな。今日は大当たりだぜ。丁度良いタイミングで群れがこの近海に来てるみたいでな、堤防での釣りも今日はよく釣れるってよ」

「へぇーそりゃいいや。ならここで買わずに自分で釣ってくらぁ」

「あん? 来たんなら買ってけや!」

「ハハ、冗談だよ。買う買う」


 港町に展開したお店の数々からはそれぞれ活気溢れる声が聞こえてくる。店頭に並べられた魚の艶光りした鱗はキラキラと反射し、売り込む声を納得させるかのように際立つ。個人的に若干目がチカチカして薄目にされてしまうのはちょっとストレスには思うものの、眺めているだけでも楽しめるこの喧騒に近い活気に当てられるのはなんだか心地よかった。


「お! そこの黒髪の兄ちゃん! ちょっと今日はこれまた活きのいいのが入ってんぜ。見てかねぇか?」

「すみません。人を待たせてるのでまた……」

「なんでぃ、つれないねぇ――おっとそこの奥さん、今日の夕飯はお決まりで?」


 不意に掛けられる声を適当に流し、軽く会釈をしてそのまま歩く。話にまともに応じてしまえば拘束されて厄介だろうし、こういう時は立ち止まっては駄目な気がしたためだ。

 この読みが当たったのかおじさんは少々不満気なようだったが、俺が顧客にならないと分かるや否やすぐ他の人に目移りして次の客を見つけたらしい。後ろで引っ掛けた人と会話を繰り広げているようだ。


「(こうして見てる分には何もおかしいところはないんだけどな……)」


 道行く人をざっと見ているとそんな考えと気持ちになってしまう。

 俺らもこの会話の輪の中に混じれるし、向こうだって俺らのことを何も知らなければ特段気にしないのだ。一体何が違うんだとため息をつきたくなる。


「ねぇ、あの人……」

「あら、ホントだ珍しい。初めて見たかも」

「……」


 否――気にはしないというのは言い過ぎか。普通に見るだけなら、セシリィよりも俺の方が目立つ要素はある。


 流石に人族はこの大陸では目に付くらしく視線をほぼ常に感じてはいたが、それ以外の要因として俺の黒い髪が人目を引いてしまうようだった。確かに黒い髪をした人はまだ俺も見たことはなく、意外というか割と珍しい部類に入るみたいである。だからかそんな興味めいた声もチラッとだが気こえてくることが既に何度かあったくらいだ。




 ――ただ、俺の見た目自体は平凡そのものなのですぐに見向きもされなくなるのだが。言って悲しいことにこのマイナス要素をマイナスの上塗りで打ち消せているというのがまた……。

 ある意味これで容姿も全て兼ね揃えていれば話は別だと思うが、俺は自慢できる見た目なんてしちゃいない。それに喜ばなきゃいけないとは変な世の中なもんだ。




 そうこうしているうちに、活気が若干薄まるのと同時に海がかなり近くまでやってきたようだ。水面を走る波の起伏も見え、海は非常に穏やかに海岸へと波を打ち上げている。その海岸の岸手前にはお目当ての建物がどっしりと建っており、これから世話になるであろう船も停められているのが確認できた。


 雄々しく、精巧に造られた立派な船だ。数十人の海賊が乗り回していても良さげな程よい大きさで、今はたたまれているが一度紐を解けば風を受け止める大きい帆が現れる。

 渡航者が絶妙な数の需要しかないという情勢下では料金がそれなりに痛手になるが、これに乗れると考えれば妥当とも取れる。ほのかなロマン的な意味で。


 下り坂を進み、少しずつ大きくなる船の細部を見つつ目的を果たすため、チラホラ人の出入りのあるその建物に俺も紛れるようにして入った。




「(意外にも親切設計だ……)」


 建物の内部は外観よりは控えめに落ち着いた内装をしていた。入り口には各案内掲示がされ、待合室に広がる椅子の奥には目的別の窓口がいくつかあって人が並んでいるようだ。


「(――いた)」


 スッと気が引き締まる。

 二つある窓口で働く人をそれぞれ確認し、一方は当てはまらないと判断して目移りし――すぐに確信する。この人で間違いないと。

 聞いていたとおりの体格に癖毛で跳ねた頭。気だるそうに仕事をこなす様子は見て納得の域であり、聞き及んでいた特徴とも合致する。情報屋の人に少しでも疑ったままだったことには申し訳なさを覚え、自然なままにフラッとその列に俺は足を向けて意識を切り替える。


 失敗したら終わりだ……!


「はい次の人ー」


 目の前の人が振り返り、俺とすれ違った。呼ばれて目の前にはカウンター越しに目的の人物が待ち構え、こちらに見向きもしないまま忙しなく手を動かしているようだ。

 ただ、この人の素性を知っている手前適当に忙しそうなフリをしているだけの印象を受けてしまう。大方少しでも相手をする人を減らしたいと思っているのかもしれない。


「……ヒュマス行を二名でお願いします」


 指を二本立てながら用件はシレッと伝える。


 冷静に……至って平静を装え。自分の行いに何もおかしいことはないと思いこめ。気の迷いは余計な疑念を相手に抱かせ、自分の首を絞めることになる。

 教えられたとおりにやればいい……それだけだ。


「はいはい。支払いはどうする?」

「これで一括でお願いします。ちなみにお釣りは結構です。それと――」

「っ!? ――はいよ。承った(・・・)


 後ろに並ぶ人には聞こえぬよう、言われた通り提示する通貨とは別に余分な通貨を追加で提示して相手に押しやる。こちらに関しては勿論銀貨ではなく金貨で出し惜しみはしなかった。すると、ぶっきらぼうな対応と口調をしていたくせに、最後だけ畏まった言い方をされて俺も安堵するしかなかった。


 どうやら問題は突破できたようだ。俺らの一瞬の取引は無事成立した。

 一瞬、といってもほんの僅かにだが動きが固まったように見えたのは気のせいにすぎなかった。受付人である男は僅かに口元を卑しく歪曲させると、俺の差し出す金貨を自らの懐にサッとしまい込む。掻っ攫うようでいて目で追いきれない程ではない動作は洗練されていて、その手の対応には随分手慣れているのが俺にも分かるくらいだった。


 昨日はこの人が休みだったため今日手続きにきたのだが、まだ船が定員に達していないようで助かった。達しているならそれはそれで別の手段があったので問題はないが余計なリスクはできるだけ背負いたくない。まぁこの額なら裏工作でどうとでもなるとは聞いてはいたが……。




 俺がこれからやろうとしているのは所謂違法的な渡航である。余分に渡した通貨は手数料という名の賄賂で、受付の人物はこんなナリをしてはいるがその実裏社会にどっぷりと通じている人だ。

 この非正規の行動が良いか悪いかで言えば間違いなく良くないだろう。犯罪行為に言い訳などいらない。結局はやったかやっていないかだけが重要になるだけなので、この行動は自分の中の戒めにさせてもらおうとは思う。


 当然だがわざわざこんな手を取らずに済むのであれば俺もすることはなかった。しかし、俺らの目的のためにも今回はこの人を頼りにする行動を取らざるを得なかったのが現状だ。







 ――俺らがこの港町に着いて真っ先に確認したことは、ちゃんと船に安全に乗れるのかということだった。

 何分ウィルさんが言っていたからとはいえ、この辺りの常識や知恵が足りていないのは薄々分かってはいたのだ。これは記憶を失くす以前から俺が大した経験もしていないということの表れでもあるのだろう。

 そして案の定、軽く情報を集めた段階で普通の乗船の方法ではまず正体がバレる可能性が非常に高いという現実にぶち当たってしまった。これは予想はしていたものの非常に厄介と思う他ない。今後にもかなり影響する問題であった。


 渡航するためには個人個人で各種検査が必要となってくるのである。経歴や身分は必要ではないが、長期に渡って乗船する関係上特に身体検査は必須項目に該当していた。これは主にテロや船の乗っ取り行為を防ぐためだと思われる。

 このご時世、武器の持ち込み自体は出来なくはないが盾や鎧といった殺傷性が低いと判断できる武器以外はかなり制限されるようだ。武器と呼べるもの全般は乗船中は倉庫に保管という形をとることになっており、緊急時以外での使用はご法度とのことらしい。倉庫自体も屈強な人が見張りをするようで、体裁上はこれで安全を謳ってはいるようだ。




 まぁそんなことはどうでもよくて、だ。


 一番の問題は乗船項目に身体検査が含まれているという点。これがある限り俺らは身動きが取れないも同然である。

 ならば他の手はないのか? あまり悠長にも出来なかったため、手っ取り早かったのが様々な裏技に通じる情報屋を介しての渡航……まぁ密航と言って差し支えない。


 セシリィが翼を隠すために纏うローブでは内側に何を隠しているのか怪しまれるに決まっている。一応種族によって……特に魔族なんかは身体的特徴が顕著に出ることもあり、道徳的観点からある程度の規制緩和は為されているがそれ以外の種族は含まれていない。セシリィは天使だが見た目はほぼ人族と変わらないため念入りにチェックされてしまうことだろう。


 それでは駄目だ。一度でも見られたら終わりだし、触れられただけでアウトになり得るのだ。安全を確保するためには違法手段を取ってでも念には念を入れておきたい。




「そうか……連れと一緒にヒュマスへ帰るのかアンタ」

「ええ」

「人族がアニムまでわざわざ来るなんて変わってんなー。……ここはどうだった? この街はまぁマシだろうけど、他のところは生活様式が全然違ったろ?」

「大分困惑する部分もありましたけど、でも随分楽しめましたよ。色々と勉強になりました」


 適当に、向こうも手続きを進める間は暇なのか、それとも他の人に怪しまれないためのカモフラージュなのかは不明だ。それでも話を振ってくるのでこちらもそれに乗る。

 俺もこの人もこの一件がバレたら終わりなのだ。そうならないために最善を尽くすなら当然と言えた。


「そうか……ふーん? でもアンタ……行きはこっちからじゃないよな? 来る人は結構顔を覚えてる方なんだけど、どこから降りたんだ?」

「はい。ファラムから降りてこっち側まで来たんです」


 嘘だ。既に嘘を塗り固めようとしている手前この程度は気にすることでもないが。


「え、反対側からこっちまでか!? そりゃ長い道のりだっただろうに。それによく無事だったな? というかそんな奴早々いないぞ」

「腕に覚えはありますから。――とは言っても、アニムの獣の獰猛さは厄介でしたけどね。服も随分ボロボロにされましたよ」

「だろうな」


 獣じゃなくてスライムにですけどね。恥ずかしくて言えんけど。


 ただ、やはり実際に半分程度は移動してみて分かったことだが大陸の横断をする人は早々いないようだ。地上は使わずに大分ショートカットしたとはいえ、相当な距離を飛ばして移動してもウィルさん達の村からこの町まで時間にして丸二日を必要とした程だ。




「凄いなぁ……見かけによらず大したもんだ。……お疲れさん。また後でな(・・・・・)




 割と大目に賄賂を渡したからか随分と機嫌が良さげな声で、一先ずは準備が整ったと告げられる。

 ただ通常業務をこなしただけのようでいて実際はとんでもないことをしているというこの奇妙な感覚。それを直に体感しながら手渡された書類を確認する。

 サッと目を通してみると一般に交付される乗船証は勿論、注意事項と検査項目を記した書類と詳細の紙が一点ずつ。そして必要な書類の裏に隠すように添付された一枚の便箋があり、それには今後の俺らが取るべき手順が詳しく書かれているようだった。流石にここで口頭で説明するわけにはいかなかったのだろう。宿に戻ったらセシリィと一緒に確認する必要がありそうだ。


「ほい次の人~」


 自然に窓口から離れて建物から出ようとすると、背後からは俺を呼んだ時とはまるで違う声色の案内が聞こえてきたので困惑してしまった。そして流石に賄賂を渡しすぎたのかという不安に後悔したくもなる。


 ……正直、普段気だるそうにしている人物の機嫌が良かったらそれだけで周囲の目に付きそうと思わないでもなかったりする。

 こんなしょうもない理由でバレたら洒落にならんぞオイ。




 ◆◆◆




「(――ん? なんだこの人だかり……)」


 書類を抱えて外に出ると、港町の空気はそのままに入った当初とは違った光景が目に入って足を一旦止めてしまった。明らかに岸辺付近にいる人の数が増えており、丘の上からはまだ続々と人が下りてきているのが確認できたからだ。中には走ってくる人もいる程で、これから何か始まろうとしているかのようだ。


「……船?」


 この大勢の人達が何故こんなに集まっているのかは誰かに理由を尋ねなくてもすぐに理解することができた。全員が一斉に見つめている先……沖合に浮かんだ遠目からでも分かる巨大な一隻の船がこちらに先端を向けているのが見え、皆それを見るためにやってきたようである。



 別の大陸からお偉いさんでも来たのか? それとも有名人か?

 ……ま、それがどうしたって話なんだけどな。俺らは今それどころじゃないんだ。気にしている暇があったら書類の確認をする方が大切に決まってる。


 どれだけの人が興味を持っていようが知ったことではない。興味もなければそんな暇もなかったこともあり、俺は丘を上ってセシリィの待つ町中へと戻った。




 今にして思えば、これが当時の俺にとっては最善であり悪手だったことは当然知る由もない。


※6/27追記

次回更新は明日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ