387話 二つの選択
「っ――!?」
心臓が跳ね、咄嗟に立ち上がって辺りを見回した。連打を始めた心臓が噴き出す冷や汗を加速させ、手に汗が滲む。
この時は不思議な声の正体がただただ不気味で、言葉の意味を理解した上ではなく反射的にだったように思う。
「お、オイ!? ……急にどうした?」
「今、声が……!?」
「声? 何も……聞こえなかったと思うのだけど……?」
「え……!?」
ウィルさんとミルファさんが困惑しながら俺の言動に首を傾げている。まるで俺がとち狂ったと言わんばかりの様子で。
どうやら今の声は二人に聞こえていなかったらしい。
「……」
声がまだ聞こえないかと耳を澄まし、意識を集中する。しかしあの声は一切聞こえず風の微かな音が聞こえてくるだけで、時間を無駄にするだけであった。
「ホラ、何も聞こえないじゃないか」
「気のせいじゃないの? まだ疲れてるとか」
「……」
ミルファさんの言う通り気のせい……だと俺も思いたい。だが今の俺に疲れはないし、そもそも疲れていてもあんな声が聞けたことなんてこれまでなかった。気のせいで済ませるには不自然だし突拍子もなさすぎる。
たった今俺達が今会話してたくらいの声量が、獣人の二人には聞こえないで俺だけに聞こえたというのは変だ。
なんで俺だけ……? それに、今のはやっぱり直接頭の中に……?
頭の中でゴチャゴチャと考えて更に難しくするだけの無意味とも言える時間。でも納得のいく答えがどうしても欲しくて、そうせずにはいられなかった。
まるで意味が分からないけど、ハッキリ逃げろって言ってた。あれはどういう意味だ? 何かある……?
「っ! セシリィ……!」
大抵、何の意味も無く何かは起こらない。もしも本当に何も意味がなく警戒するだけ無駄で、要らぬ苦労であったならそれはそれでいい。しかし、万が一という場合がある。
芽生えてしまった不吉な予感を拭うには俺が思う不安を解消することでしか拭えない。この声が何かの警告ならば、俺がやることはただ一つだ。
早く、セシリィのところに行かないと――!
◆◆◆
「っ――!?」
「……」
二人の声も無視し、脇目も振らず一目散にセシリィのいる家へと俺は戻った。戸を壊しかねない勢いで引いたせいで随分な音を立てたことも気にせず、家に上がって目視したセシリィは……規則正しく寝息を立ててまだ眠りこけているようだった。
「良かった……無事か」
家の内部に特段変化はなく、俺が出た時と変わらない。セシリィに実害があったわけではないことに一先ずは安堵である。そう思った途端……身体の緊張が和らぐ勢いで楽になる。
本当に幻聴で要らぬ心配だったのか……? なんにせよセシリィに何もないならそれでいい。
俺の勘違いという結果の可能性が僅かに生まれ、壁に身体を寄せて俺が拍子抜けしそうになったのも束の間――。
「 」
「……?」
、
ウィルさんが村の入り口方向から、大きな声を出しているのが聞こえてくるのだった。
なんだ……? 声デッカ。
「っ――!? 嘘、だろ……!? なんでここに……!?」
何事かと気になり入り口の方を確認しようと思って家蔭から出て――俺はすぐに身を翻して隠してしまった。何故なら村の入り口に、俺達は会ってはならない連中の姿が見えたから。
「急にすまないな。今戻ったぞ」
「そんなことはいいさ!? それより、随分ボロボロだな……全員大丈夫なのか!?」
「幸い、問題になるような怪我を負った者はいないから心配の必要はない」
「良かった……」
焦る気持ちを抑えて家の脇から覗き見ると、やはり連中がいる。忘れることの方が難しいこの前の出来事が思い返され、特に紫のローブの男……隊長と呼ばれていた高圧的な人物に意識が集中してしまう。声もまるで近くで話しているようによく聞こえてくるかのようだ。
もしかして、さっきの声はこれを知らせようとしていたのか!? 本当に危険を知らせる声だったっていうのかよ……!
でも……早すぎる! 確かに命までは奪わなかったけどまさかこんなに早く戻ってくるなんて。
――いや、俺らが悠長にしすぎてただけなのかもしれない、か。
自分の行動を振り返ってみると、俺は単にセシリィのペースに合わせていただけだ。大人数での行動とはいっても大人の足と子どもの足では速度に差が出るのは道理。最初引き離していたと思っていたが徐々に追いつかれていたのだろう。
考えが甘かった……アイツらがここに立ち寄ったことを聞いた段階ですぐに発つべきだったんだ。クソっ……!
「どうやら随分と心配を掛けてしまったようだ……すまない。して、それよりお前達の方こそ平気なのか? 何もなかったか?」
「僕ら? いや、何も……いつも通りだけど?」
「なら良いのだが……」
男はウィルさんに何やら身の安否を尋ねると、その答えを聞いて安堵したようだった。後ろにわんさか控えている奴等もそれに同調して表情に灯りが灯ったのか、陽気な声が漏れ始める。
しかしアイツ、本当に俺が知ってるアイツなのか? あの時とはまるで別人みたいに見えるんだが……。
俺と奴が対峙したのはほんの一瞬だったが、セシリィと俺を前にした時のあの鋭い目つきは印象深いのでよく覚えている。他の連中にしたってそうで、殺気が……細かく言えば嫌悪感すら覚えない雰囲気を放っていること自体が違和感にしか思えないのだ。
「あー……けど今日は今朝からお客が二人来てるけどな」
「……なに?」
マズイ!?
村には何も異常は起こっていないが……俺らが村に滞在しているのはいつもと違う変化の内に入る。ウィルさんがその事実を口にした途端、男の目つきが急に変わった。なんとなくだが、あの男は俺らの存在を危惧している……そんな気がした。
一時の間、呼吸を忘れて頭の中が熱くなる。
「その客人の特徴は?」
ヤバい。
「特徴? う~ん……それなんだけどな……。あんまり驚かないで欲しいんだが、一人は多分アンタよりも強い奴、かな。もう一人はこれくらいの小っちゃい可愛らしい女の子だ」
ヤバいって。
「そ奴らは……何処に?」
ヤバすぎるって!
「あの空き家を貸しててさ。今そこで休んでるはずだぞ?」
「そうか……。全員、手筈通りの配置についてくれ」
「「「はい」」」
っ――! ジッとしてる場合なんかじゃない! 早くセシリィを起こして逃げないと!?
連中はウィルさんとミルファさんを押しのけるように前に出ると、ウィルさんの指差した俺らがいる家に向かって近づいてくる。いつの間にか険しくなっている顔つきは俺の知っているあの時のもので、その足取りは決して早くはないが迷いを感じさせない。
まるで使命を果たす……そんな意思を感じた気がしてしまう。
「んぅ……どーしたの……?」
「起きてたのか!? いや、ならいい! セシリィ、取りあえず早く逃げるぞ!」
「ふぇ?」
覗き見するのをやめて家の中に戻り、早速セシリィを起こそうとすると、どうやらセシリィは目を覚ましていたらしい。ただ、寝ぼけてはいるようだったが。
「何かあったn「シッ!」っ!?」
セシリィが普通の声で話そうとするのを手で押さえ、それ以上は喋らないように指を口元で立てる。最初セシリィは俺の手に驚いていたようだが、寝ぼけもここで一気に覚めたのかもしれない。取り乱すことなく、困惑はしつつも状況が悪いことを察したようだ。この時ばかりは聡い子であることに感謝したくなる。
「……チッ、さてどうしたもんかね……」
セシリィは無事起こせた。あとはバレる前に逃げるだけ……と行きたいところではある。しかし、どうやら既に手遅れであったようだ。すぐ近くで、聞き耳を立てる必要もない距離で声が聞こえてきてしまっては。
連中は……もうすぐ傍まで来ている。
「なぁアンタら、一体どうしたんだよ? 今休んでるだろうから会うならあとにしてやってくれよ」
「その者らは黒髪の男に金髪の女の子どもなのだろう?」
「へ? なんで知ってるんだ?」
「――ならば確定だ。正体を知らねば分かるはずもないが、金髪の子どもの方は天使なのだ。そしてもう一人はあろうことか人族の男……だと思われる」
「っ!?」
「え……? それ……冗談、よね……?」
「冗談であって欲しいのだがな……」
外から聞こえてくる会話には口出しできるものならしてやりたいくらいだった。だというのにするにできず、事と状況が悪くなっていくのを見守ることしかできないのがもどかしいし悔しくもある。
やっぱり俺らと断定したか。ウィルさん達に肯定されたらそりゃそうだろうけど。
しかしこれでウィルさん達ももう味方じゃなくなっちゃったか。……なんだろうな、この虚しさは。折角結構仲良くなれたと思ってたのに……姿と言葉一つで一瞬で全て奪われるこの気持ちはさ。
「――セシリィ、ちょっと怖いかもしれないけど俺がいるから安心してくれな?」
「どういう、こと……?」
「怖かったら俺の背中にくっついてろ」
セシリィの質問を流し、俺は適当に頭を撫でて誤魔化してやった。
状況はかなり悪い。位置取りは酷い上これでは逃げ場もない。あの人数では多分家は取り囲まれているだろうし、策を講じて華麗に切り抜ける段階はとっくに過ぎている。
恐らくこの前の初対面時の影響もあって対話の余地ないのは明白。俺としてはあの時に聞けなかったことを問いただすチャンスではあるが……自分の肉親達を殺した相手を前にセシリィが耐えられるかは分からない。それ以前にそんな酷なことをさせたくもないし判断に迷うところである。
諍いを起こしてでもここで更なる情報を引きずり出すのか、セシリィの身を案じて今は逃走を図るのか……。
まぁなんにせよ、正面突破以外の行動しかまともにできないことは確かだ。
切羽詰まっているのにすぐに判断できないのは情けないどころか同伴者失格だろう。だからまだ、俺に馬鹿げた力があって本当に良かった。
どうせ意味もないんだろうが、せめてもの言い訳の余地は作らせてもらうとするかねぇ。予想せずとも分かるけどそっちが先に仕掛けてくるなら精々それを利用させてもらうとするさ。
意地が何でも絶対にこっちからは手を出さない。あくまでも敵対の意思はないことを示してやる。それでもそっちがその気なら戦ってやるが、命までは奪うつもりはない。
所謂舐めプともいえる所業だが、これくらいの力の差を見せつけてどう判断してくるかという反応も今の内に知っておきたい。
さぁ……来るなら来やがれ。
※5/17追記
次回更新は今日か明日です。




