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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
370/531

368話 受け入れたるは『血』と想い(別視点)

一話分のはずが二話分くらいになりました。

 



 舞った鮮血は飛散して地面に落ち、そこからは滴る水の様に粒となって流れ落ちていく。

 ジークの大半のものを斬り落とすことができるオーラであれば、首も時間差で綺麗にずり落ちるかと思われた。しかし、その時はまだ訪れない。それどころか、ジークの首自体にはむしろ傷一つなかった。


「ぁ……!?」


 それもそのはずである。




「――オイジーク、これは一体……何の真似だ?」

「……」




 首と刃の隙間に差し込んだ手の甲で刃を食い止め、ジークの間近から質問を投げかける……司がいたのだから。振り下ろす直前まで居なかったはずが、瞬間移動したかの如くジークの傍らに立っていたのである。


 手と刃がお互いにギチギチと音を立て、微かに震えて競り合う。例えその行為が自分の手に深く刃を食い込ませることになるのも厭わず、ジークが振り下ろした刃を司は無表情でただ受け止めている。勿論それに伴い滴る血も増えていくがそんなことは気にしている様子ではなかった。

 それどころか、別の部分を気にしているように見える。


 セシルの叫びが間に合わなかったのは確かだが、それはあの時点での話である。

 ジークの突発的な自決行為は失敗に終わった。




「離せ。ケジメだ」

「っ……!」




 ジークはポツリ……司に見向きもせずそう言った。

 するとここで司が無表情から明らかな怒りを見せ始めた。それはジークの取った行動に心当たりがあり、そして非常に気に食わなかったためだ。


「ケジメだぁ? ……ふざけるなっ! 一人で自己完結して勝手に死のうとすることがケジメってなんだよ!」

「……」

「今回の件は俺自身がそうしろってお前に命令しただけだろ! 俺を殺しかけたからなんだよ……全部、狙ってやったことだろうが! 意地張ってくだらない真似すんのはやめろ!」

「……だから何だ? お前が何を言おうが、俺がお前に手を掛けた事実は変わらねぇ。俺の『血』は認めちゃくれねぇんだよ」

「知るか。なら抗え。『血』に認めさせろ」

「無茶言うな……。お前だって知ってんだろうが。『血』には抗えねぇ……理屈じゃねぇんだよ……!」


 司の無茶な物言いはジークを呆れさせた。


 ジークに流れるフェリミアの『血』が持つ呪い……それは『忠誠』なのだ。天使が血に『愛』という呪いを持ち永寿という枷を背負ったならば、フェリミアが背負いし枷は反抗という概念に過敏に反応し、精神と肉体に甚大な苦痛を与えるというもの。その苦痛によって死ぬことも珍しくない程のものなのである。

 フェリミアの一族が古来より自らにとってたった一人だけの王を選定するという風習を持つことも合いまり、近しい性質を持つ風習と『血』が誓約をより複雑化させているのだ。


 つまるところ、ジークにとって裏切りという行為はご法度なのだ。それも、認めた者が相手となれば尚更に。

 そのため、ジークはここ暫くの間ずっとこの苦痛を堪えていた。日常から睡眠時に至るその時も、ずっとこの苦痛を。それでもジークが平然としているように振る舞えたのは、持ち前の生命力と屈強な精神力あってこそである。常人ならばとうに死んでいる。


 ジークは公にしてはいないが、司をセシル同様に既に認めている。『忠誠』を誓った者に刃向かう姿勢を形だけ見せただけでも、例え本位でなかろうが『血』は見逃してはくれないのだ。苦痛から解放されるには、もう死ぬことでしか解放されない。そしてジークも自責の念に駆られて止められなくなっている。


『血』というものの呪いを宿した者は、その身に課せられた誓約を生ある限り果たさなければならない。それが生まれた時から定められているのである。


 当然、司がなんと言おうが到底意思のみでどうにかできるものではない。呪いが理屈でどうとでもなるなら世の中の大半の理不尽は解消されているはずである。




「第一、俺にはこんな末路が当然なんだよ。自分の本能にモノを言わせてこれまで誰かれ構わず傷つけてきた。やりすぎて生涯不自由な身体にしちまった奴もいるだろう……人生をぶっ壊しちまった奴だっているはずだ。中にはただの善人だって……。俺が傷つけてきた奴等も望んでるはずだ。こんな悪人が死のうが誰も文句は言わねぇ」




 ジークは自分のこれまでしてきたことを語ると、それに対する償いという意味でも死というのは妥当である考えを述べた。最早『血』がどうこうという話でもなく、人としてそうあるべきだという考えに至っているようであった。




「――だから、何だってんだ?」




 ただ、そんなものは関係ない。




「お前がこれまで人を傷つけてきた事実はもう変えられない。その事実は確かに手を汚れさせたかもしれない。……だけどな、お前は手は汚れてるだけで絶対悪人なんかじゃねぇだろ!」

「っ……」

「全員そんなことはとっくに知ってるし、だから許容してんだよ! お前は一体これまで俺らの何を見てきたつもりだ!」


 もう片手でジークの胸倉を掴んだ司が思い切り引き寄せ、再三に及ぶ激を飛ばす。

 その言葉は仲間と共有する事実。言って聞かないのであれば直接魂に訴えかけるまでだと言わんばかりに、その想いを声にして司は叫ぶのだった。


「それにお前が悪人かどうかを決めるのはお前自身じゃねぇ! ここにいる俺達が決めることだ! お前がどれだけ自分を悪人と思い込んでいようが、俺達はそう思ってねーんだよ! 分かったらとっととこのオーラ消せ馬鹿野郎!」

「……なんで、お前は……」

「お前は『血』如きに負けるような弱い奴じゃないだろうがっ!  そのタトゥーはただの飾りかよ……ジークリウス(・・・・・・)クルスレイド(・・・・・・)の名はとっくに捨てたんだろう!? なら同時に捨てたフェリミアの血なんかに負けてんじゃねぇよっ! お前が負けて良いのは俺だけだ! だから――死ぬなっ!!!」

「っ!?」




 最後の一言はジークに対する命令のようで、その実そうではない力が込められていた。

 この言葉はジークの閉鎖していた心をほんの僅かに揺さぶった。ほんの僅かであっても揺さぶりは共振し、やがて大きな胎動となってジーク自身を突き動かす。




「――好き勝手、言いやがって……! 『血』のことを知ってやがったくせに……無茶な要求までされてここまでしてやったってのに、この仕打ちかよテメェは……!」

「んだと……?」

「お前に何が分かるってんだよ……! 命令だからつって嫌なことやらされて、『血』に縛られて激痛与えられまくって……この苦痛がお前に分かんのか!?」

「……!」


 何かに目が覚めたかに思えたジークだが、それは気のせいだったのか。俯いて自分の心情を吐露するジークは司の手を逆に掴み返すと、強く握りしめて引き離そうとする。




「――だがまぁ……お前にこんなことを言う俺は相当ショボいよな……」




 しかし、司はジークの込める力を抑え込もうとはしなかった。何故なら、それよりも前にジークが脱力したように力を解いてしまったから。

 力を込めた時の力は確かに本物の感情を感じるものであったが、ほんの一瞬だけの高ぶりに過ぎなかったようだ。司もジークの胸倉を掴むことを止め、その手をおろすのだった。




「死んだら……何の意味もなくなるんだよな。アイツはだからこうして戻ってお前を……。お前らが味わってきた苦痛と比べりゃ……俺のなんてカスみたいなもんか」


 司が抑えていたオーラをジークはここでようやく消した。この行為が示すこととはつまり、投げかけられた言葉の数々を受け入れたということである。


「そうだよ、お前はそうであってくれよ……頼むから……。酷なことを言ってんのは分かってる……けど俺らにはお前もいてこそだ。こんな途中で欠落して欲しくなんてない……だから死ぬな。もっと一緒に馬鹿やろうぜ……」


 激とはかけ離れた弱弱しい司の声。頼み込むように、懇願するように……寂しさを堪えた表情は本気の想いを表している。

 ジークに死なれるのは嫌で、そして駄目だったのだ。その生きるという行為自体がジークを辛くさせるのだとしても。嫌で嫌で仕方がない……もう二度と仲間を死なせてたまるかという司の情が溢れ出していた。

 戦いでは勇猛果敢になろうが、何かひとたびあればこうしてへっぴり腰のようにもなってしまう司を見かねたのだろう。ジークは言い分に納得しつつも、自分だけでなく全員が認める司をいつも通りに戻すため、自分がまずは元に戻って強気に言う。


「ハッ、マジで世界一になったくせに、それと同じくれぇ甘っちょろさも増してんじゃねーのかぁ? 俺を許そうだなんてお前等全員馬鹿しかいねーのかよ。……ったく、そんでお前は一番馬鹿で我儘な王だ。――一つ、ここで誓え」

「なんだ?」

「お前にそこまで言わせたんだ……キッツイが耐えてやるよ。だから代わりに見せてみろ、お前が歩むその先を。足掻いて望んだ別の未来を……新たな世界を! 俺達に必ず、お前自身の手で見せてみろ……! それ以外を俺は認めねぇ」


 ここでジークが面と向かって司に言った言葉は、別の未来があるならまさに歴史的瞬間と言っても過言ではない。

 元フェリミアの一族長候補……その証を持つ者が、己の魂に誓って認めるべき者を真に見つけた瞬間であった。


「ああ、アイツが(・・・・)……未来の俺らが(・・・・・・)見れなかった別の道、それを俺が見せてやる! お前等は誰一人として死なせない……。遅れずについてこい。目を逸らさずにただ前だけ見ろ。躊躇する暇があったら理想の未来だけ見据えてろ。――だから迷わず、黙って俺についてこい。ジーク……!」


 ジークの真意を汲み取った司もまた宣言し、誓いを立てる。恥ずべき者とならぬように、誓いを破らない……今後ジークの誇りを傷つけない者であることを胸に抱いて。


「初めてお前の口からそれっぽいこと聞けたな……やりゃできんじゃねーかよ。さっさとやっとけ……ボケ」

「……?」


 司を罵った直後、ここで突然ジークがナターシャのように片膝をついて跪く。右手の拳を胸に当て、意味ありげな行動だとは思ってもどんな意味があるかまでは分からなかった司は何事かと首を傾げていると――。


「全員見てるから丁度いい。コレを俺なりのケジメにすんぜ」

「……そうか。分かった」


 ケジメ……この態度がジークにとって必要なことなのだと悟るのだった。


 ジークにとっては自分達だけの誓いで済ませるのでは足りないと考えたらしく、仲間全員へ向けた誓いということで今ここですることを決めたのだろう。司とジークの間に神妙な雰囲気が漂い、この雰囲気は周りに伝達して感覚をこの場の皆が共有できる程であった。




「我、其方に遥かなる忠義をここに誓う。例え共に歩む足が地獄の底へ行こうとも、死が別つその時まで並ぶ者であり続けよう。流れし血の盟約を今――「あー待て待て」……あ?」

「いらねーよその部分は(・・・・・)。血は捨てた……だろ? 俺は『ジーク(・・・)』の言葉しか聞き入れるつもりないぞ」




 スッキリした気持ちで臨んだはずが、途中で横やりを入れられ中断した誓いの儀式。正式な場であれば一族から反感を買うのは必至であった司の無粋な言葉ではあったが、生憎と今は正式やしきたり、そんなものは関係のない無礼講そのものの場だ。

 自分らのやり方で構わない……ジーク自身の己を賭けた誓いの方が重要だと司は考えたようだった。


「……そうだったな。悪ぃ悪ぃ、どうも無意識に思わず言っちまった。――なら精々見させてもらうぜ。不甲斐ない真似しやがったら俺がぶっ飛ばすから覚悟しとけ!」

「ハッ、もう二度と見せねーよ。そのために此処にいるんだからな」


 一族のしきたりを捨てることは出来ても、完全に『血』からは解放されてないのだと今一度理解したジークは苦笑し、謝った。

 早速『血』に負けているようでは先が思いやられるとしか言いようがない。ジークは三度目の正直な気持ちで司以外に負けないことを改めて誓うと、ハッキリとした司の返答をもらって互いに笑みを浮かべるのだった。




 我流の儀式は呆気なく、一瞬で終わりを迎えた。これが明確に変化を引き起こすわけでもなく、非常に地味と言えたのかもしれない。

 しかし本人達からすれば決して短くはない時間であった。それだけ本気で向き合い、濃密な時間を過ごしたという事である。


「つっても、まだ『血』がうるさいのは面倒だよな? ジーク、ちょい動くなよ」

「ん? 何するつもりだ?」

「いいから見てな」


 儀式が終わってもジークが跪いた体勢は丁度良い位置関係だったのか、不思議がるジークを取りあえず宥め、この状態を利用してジークに向かって司が手をかざす。


「流石にお前は規定オーバー(・・・・・・)でシュトルムみたいに潜在能力を引き出してやることはできないけど、逆ならまだ可能だ」

「は? ――っ!? (嘘だろ……暴れる感覚が静かに……!?)」


 司に何を聞こうとしたところで言葉が追いつかず、それよりも先に自身に訪れた変化に意識が集中してしまうジークは驚きを隠せなかった。

 これまで気が狂いそうになる苦痛を与えていた血のざわつきが、急になくなったのだ。それもポッカリとその部分だけ。自分の胸を見つめて一時的なものかと疑ったものだが、苦痛が再び起こりそうな予兆や、起こる直前の感覚も全くしない。


「(なんで……いや待て、まさか……!?)」


 それもそのはずだ。この謎の答えはすぐ目の前にあったのだから。胸に手を当てて抑える司の姿を見れば嫌でもすぐに分かってしまうことだった。


「ぅ……結構キツイのな……これ。でもこれで、お前の血の呪いは俺が引き受けた。……大丈夫、効力が切れりゃ自然と消えっから」


 ジークにあった血の呪いは消えたのではなく、そのまま奪われたのだ。司の力によって。


「ここにきてなんつーご都合主義だ……そいつは『技』か? それとも『同調暴走(シンクロバースト)』の応用か? んな使い方アリかよ……!」

「アイツの知識と記憶があるからこそできた荒業だな。条件もあるし、本来なら俺はまだこの域には達してない。――けど、お前の血の呪いを完全に奪えたわけじゃない。奪えたのは今回でできた苦痛だけ……お前の生き血までは流石に奪えないからな……。根本的な解決にはなってねぇってのが残念だ」


 司は力が及ばなかったと思っているのか、申し訳なさそうな表情を浮かべて自分の掌を見つめている。


 あくまで奪ったのはジークを苦しめていた部分のみであり、『同調暴走(シンクロバースト)』のように全てを奪った訳ではない。もしもステータスも全て奪われていたなら、ジークは急な低下に身体が追い付かずにまともに動けなくなっているはずである。

 そうはならないように部分的な力を良し悪し関係なく自由に奪い、そして最終的には消してしまえる。司が為したこととはそういうことである。


「お前をここまで追い込んだのは俺の責任だ。これは俺が背負うべきもんだろ。――あと、お前すぐ忘れそうだからこの傷も追加で残しておくかねぇ……」


 ジークの抱えていた苦痛は自分が背負うべきものである。更に刃を受け止めたことで流血した右手も自分の罪とし、司はそのまま残す考えであるようだった。

 右手の甲にパックリと空いた傷口を眺めてはぷらぷらと振って苦笑する姿は自分を戒めての表情か……。ただ、その度に血があちこちに飛び散っているのはご愛敬なのだろうが見ていて気持ちの良いものではない。苦痛を奪われて半ば放心していたジークハッとなると、そこについての感性はどうなっているんだと困惑するのだった。しかし、今更なことな上に司だから仕方がないと割り切り、勝手にしろと言おうと思うのであった。


 大した奴だ……そう思って。




「ハァ……大したy「あ、ちょっと待って。つっ……や、やっぱ痛いから治してもいい?」

「……」

「いった……! え……ちょ……意識したら何コレめっちゃ痛いんですけど……!?」

「……馬鹿だろ、お前」


 ジークがもしそう言えることができたなら、この話は綺麗にまとまっていたはずである。仲間と手を取り合い一件落着、次の段階へ向けて行動を開始できたに違いない。


 しかし、ジークが己を乗り越え清々しい表情をしていたのが一気に崩れ去って冷めたものへと変わっていく。

 目を向ける相手は当然司だ。つい先程までどこか神聖視したくなる姿のようにさえ見えていたのに、今は一人痛みに慌てふためいて情けない姿を晒しているのだから無理もない。


「なぁにがこの傷は残しとく(キリッ)、だよ。言った傍から覆してんじゃねーよボケ」


 最後までビシッと決めろとジークは今言いたくなっていた。

 現実はそう上手く運ばないという他ない。綺麗に事が運んでいたと思った矢先のこの事態はジークをこれまでにない落胆に貶めてしまったらしい。そのせいか自然と司を馬鹿にする発言が飛んでしまう。


 飛び火は新たな火を作り、一気に広がっていく。


「あ? うっさいなぁ……痛いもんは痛いんだからしゃーないだろ!? 見ろよ、こんな血ぃ出てんだぞ!? 大丈夫かの一言くらい言えや!」

「うっせーよ! 近くで大声出すな! 死に掛けても悲鳴の一つも上げなかったくせになんでこの程度の傷で喚いてんだ! 唾でも付けときゃ治るだろそんなもん!」

「はぁ? お前の人外体質みたく怪我がすぐ治ったら苦労しねーよ! つかちったぁ心配しろよ! こっちの辛さ汲み取れし!」

「汲み取れしってなんだよ!? 言葉おかしいだろ!」

「んなもんそれとなく察しろ! 馬鹿でも意味くらい分かるだろ!」

「あ? やるかコラ!」

「上等だオラ! 不敬罪でぶっとばしてやる!」

「やれるもんならやってみやがれ!」

「抜かせ!」


 二人の絆の上昇が見込めた筈の場面から急転し、逆に減少する場面へと一瞬で切り替わる。

 周りも気にせず本気の取っ組み合いを始める二人は誰にも止められない。その様相は煙に包まれて無茶苦茶に暴れまわる獣同士の喧嘩のようであり、しかし何故か見ていて安心のできるただの喧嘩だった。




「「「(えぇ……)」」」




 何故こうなったのか……当事者以外の者達は一様にこう思ったことだろう。


「むぅ……。ナタさーん、 (「うぉらぁあ) (あああっ!」)なんかあの二人 (「見えてんだよ、) (当たるか鈍間!」)すっげ楽しそうなんですけどぅー。混ざってもいいかな?」

(「右手で殴んな!) ( きったねぇ!」)やめときな。 (「なら当たってんじゃ) (ねぇええええっ!」)もっとややこしいことになるだろうに。それに……アレがあの二人には必要なことなんだろうさね」

  (「「死ねぇええ) (えええっ!!!」」)


 しかし、その光景を見守る二人はというと、司とジークのいつものコミュニケーションかとむしろ安心するのだった。不穏な台詞をバックにしながらであっても。

 司とジークは喧嘩をしているというのに、どこか楽しそうに殴り合っていた。その表情が語る今の時間がどれだけの価値を持っているのか……二人は分かっているのだ。


 喧嘩であろうがヴァルダはその輪の中に悪ふざけで加わりたそうにしており、今は遠慮しろとナターシャに止められる程である。だが止められなければ喜んでその輪の中に飛び込んでいったことだろう。意味が分からない行動と周りから言われたとしても当人達には意味がしっかりとあるのだから。


 変に畏まった態度も、スムーズに全てがまとまる展開も。この集まりを前には大した価値などないのが実情なのである。


 ジークが今回の件を終えた時、死のうとしていることをナターシャ達は知っていた。それが抗えぬ要因によるものだということも……。それでも何もせず放置していたのは、きっと司ならばそれすら覆してみせると信じていたからだ。

 そして今、実際に司はやり遂げて見せた。及ばぬ部分は誰かの手を借り、多くの想いが紡ぎ合った果てにこの今の光景は存在している。本人達がこれで良いと思えたならこの結果こそが最も正しい結果なのだ。




「――父上? あの~……」

「「んぁ?」」




 喧嘩がヒートアップし、揉みくちゃになりながら息を乱す司とジークを呼び止める声が入った。二人は互いに頬を引っ張られた変顔を晒しながら上を向くと、ヌッと首を差し出して現れたクーを眼前に捉え動きをようやく止めたようだった。

 父親の見せた理解不能な行動に加え、酷く間抜けな顔に持っていた尊敬の念を若干失いつつ、戸惑いある声でクーはチラリと目をずらす。その先にいるのは、母親であるセシルの姿がある。




「セシリィ……」

「……チッ、この続きはまた後だ」




 司がセシルをそう呼んだのを聞いたジークは服についた土を払うと難しそうな顔で司を一瞥し、潔く司と距離を取ってヴァルダらの元へと戻っていった。

 流石にこの問題に関しては邪魔する気はないらしく、二人の間に割って入るのも、逆に割って入ろうとしてくるのも止める気にはなれなかったためだ。


 戻ってきた以上は避けられぬ二人の邂逅。二人の王のその瞬間は忠誠を誓った者として必ず見届けねばならない気持ちしかなかったのである。




「「……」」




 司とセシルが相対し、無言のまま数メートルにまで距離を縮めた。セシルは泣き顔は収まってはいたが不安そうに口を固く結び、司は気まずそうに視線を逸らしている。


 戻って一番早く会って謝るべき女の子が……すぐそこにいる。だが司の身体は重しが掛けられたように微動だにしない。

 というのも、この時司は竦んでしまっていたのだ。何故ならセシルと相対することが怖かったからである。実際のところ、クーやジークよりも後回しにしていたのはこれが理由による。


 セシルが会いたいと願っている気持ちと同じくらい司もセシルに会いたい気持ちは確かにあるにはある。セシルが恋焦がれていたというなら司は後悔と謝罪の気持ちを元に。だが約束を反故にしておいて一体どの面を下げて会えば良いのか? それはいくら考えても分からなかったのだ。


 セシルと交わした約束は千年という時を経たことでただの約束の話ではなくなっているのである。その数字は実際に相対した時に初めて重責という重みを知らしめ、途方もない想いと力であると思わせてしまう。


 司は今や世界中の誰にも負けない力をお世辞抜きにも持っている自信があった。

 だがどんなに力を持とうと、神を殺すまでに至っていようと、想いではセシルに届きはしないとしか思えなかったのだ。久々に味わう力の上下感覚の下の部分を間近にし、セシルと直接対面することはこれまでにない程恐ろしく感じていた。




「っ……」

「っ!? ぁ……」




 その無駄に深く考えていた司の杞憂は尽く打ち砕かれる。視線を背けていた隙に胸にぶつかった重みがポスンと、たったそれだけのことで事は足りてしまったのだから。

 一度緩んでしまえば解けるまで時間は掛からない。背中に回された手が次第にキツくなり、決して離れないように二人を拘束する。密着したことで伝わる温もりとよく知っている感触はただ、恐れていた気持ちを止めどない気持ちへと……伝えたかった言葉へと瞬く間に変えていく。


「本当に会えた……っ……!  夢じゃない……!」


 胸で涙を溜めたセシルが司の顔を見上げて見つめる。そこまでされて司もセシルの背中に手を回し、そのままセシルの顔を自らに押し付けるようにして抱きしめた。

 全ての想いを伝えるつもりで……ただその一心で。




「俺にできる償いならなんでもする。一人にしないって約束を破ってゴメン。あんな形で一人にして……本当にゴメンな……」

「ううっ……えぐっ……っ……!」




 司の言葉に返答できる余裕はセシルにはなかった。安堵の嗚咽は絶えず司の胸を叩き、その胸を濡らしていく。

 声を掛ける者など誰一人としておらず、当人達ですら声を掛けることが出来ない。二人の気が済むまで、その光景は大勢の者に見守られていた。


ボルカヌ編これにて終了。

お疲れ様でした。


※1/6追記

新章開始は9日です。


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