366話 掴んだ未来 絶望の先へ(別視点)
※12/31追記
次回更新は今日です。
◇◇◇
「――こいつぁ、どうなってんだ一体……!? 全員寝てる……?」
先程までは激しい戦闘をしていたアレク達一行。一行は和解した後は互いの合意の元ギルドに向かっており、たった今目的地に現着した。
辿り着いた先で真っ先に気が付いた変化は、不気味なほどにギルド全体が静まり返っているということであった。その状況は急ぎ足の一行の足を止めて警戒させてしまう。
「察するにこの辺り一帯にいた人全てが寝てるっぽいな。周りは巻き込まないとは言ってたが……多分ヴァルダさんの幻術か」
安らかな寝息を立てて眠る者達を見ながらアレクが呟く。半ばこの状況は予想はしていたらしく、妥当であると特段驚いた様子は見せていないようだ。
「幻術って……ヴァルダってそんなことまでできるの!?」
「むしろそっちのが本分なんだがな。頭ん中ホントどうなってんのか知んねーけど、アイツはできないと思えることも平然とできちまう奴なんだよ。伊達に『賢者』って呼ばれてた訳じゃねぇんだ」
「っ……」
カイル曰く、ヴァルダをよく知る立場からすればこの程度のことは簡単にやってのけるだろうという認識であるらしい。セシルも長年生きてきたが幻術という言葉にあまり馴染みはない。言葉の意味だけを知るものを力として扱えることに驚くことしかできなくなってしまう。
「異世界人って……やっぱりとんでもないん、ですね……」
そして、それを可能にできるのが異世界人という存在なのだろうと、アンリは思うのであった。
――ただ、普段のちゃらんぽらんな調子のヴァルダしか知らないために、どうしても現実味がないのが本音だったアンリはしどろもどろに言っていたが、ヴァルダが異世界人であることを知ったのは今さっきのことのため無理もない。
「闘技場の方から違和感がするな……多分、そこにいる。――全員覚悟はいいか? そろそろ行くぞ」
あまり無駄な時間を費やしても仕方がない。アレクの急かす声で全員が当初の目的を思い出し、目配せをしたかと思うと再び足を運び始める。
来るもの拒まずな状態のロビーを抜け、向かうは先日の騒ぎで割れている窓の向こうに広がる闘技場。順路を守る理由もなく、勢いよく全員が闘技場へと窓から飛びこんでいく。
すると――。
「あっ! ヒナギさんっ!?」
「皆様!? ご無事でしたか!」
閉所から解放感ある眼光を受けて目を細めたその先……闘技場の中心には既に大勢の先客がいたようだ。どの人物も冒険者の頂点に君臨する傑物達であり、Sランカーに籍を置く者達である。
その中に一人、心配していた仲間の姿を捉えたことで安堵したアンリが思わず叫ぶと、向こうも同様に声を返すのだった。
「良かったぁ……ヒナギさんが無事で……!」
「ご心配をおかけしました。ですが私はこの通りですのでご安心を」
アンリがヒナギにしがみつき気の抜けた声で再会を喜ぶと、ヒナギはあやす様に語りかけて落ち付かせようとする。互いに目立った外傷もないことが一番の安心材料となっており、事が事なだけに大袈裟すぎるくらいが普通の反応と言えた。
「ヒナギちゃんは無事か。ふぅ……一先ず気ぃ楽になったぜ」
「貴方、確か昨日の……」
「ああ、昨日ぶりだな『舞姫』さんとやら。んで……こりゃ一体なんだ……?」
シュトルムがヒナギの無事に落ち着くと、傍らにいるナディアに指を指すモノについてを聞いた。
シュトルムの指さす方向には正体不明な渦巻く光の球があったのだ。空間がひしめき合うように稲妻に似た光を放ちながら渦巻くソレは、闘技場の端で時折強く発光してゆっくりと動き続けているようだ。Sランカー達がこぞって集合していたのもこの物体の正体が不明であることが理由であったことは想像に難くない。
こんなものが闘技場にあるなどということは聞いたこともなく、また先日ギルドに訪れた際にも確認はできていないこともあり、明らかに普段から存在しているものではないことだけは確かである。
「うーん……ワタクシ達にもちょっと……」
「分からないのです。私達も別の場所に転移させられてしまって……今しがたここに来たばかりでして。カミシロ様達だけが恐らくここに取り残されたのではと思いますから、多分……」
説明しようにも自分達にもサッパリであるためナディアは返答することが出来なかったらしい。そこへヒナギがシュトルム達が来たのとそう変わらない状況であることを簡素に説明すると、せめてこれが一体何と関係しているのか……その予想だけは伝えるのだった。
「ま、間違いなく全員あの中にいんだろうな。ありゃナターシャの力だが――うーん……」
しかし、その疑問に答えられそうなのかカイルとアレクが一歩光に近づいて前に躍り出る。直接光に触れられそうな距離にまで近づくと、腰に手を当てて難しい顔で唸ってしまっているようではあったが。
「カイル……何か分かんのか?」
「いや、何回か似たのは見てっから多分だけどな? 恐らく『龍気法』を使ってんだろ。それも現在進行形で」
断言こそできないがほぼほぼナターシャの力であるとカイルは分析したようだ。それ故に危険を恐れず触れられる距離にまで近づいたらしい。
「アイツらの馬鹿げた力が外に漏れりゃここら一帯消滅しかねないからな。別空間に隔離して事を運んでるんだと考えて……アレク、さてどうすっか?」
「ちょい待ってくれ。取りあえず安易に手を出すのはやめた方がいい気がする。まだ向こうで戦闘が続いているかも不明だし、下手に出ると俺達即死だぞ」
「だよな。俺も同意見だ」
仲間の作り出したモノに対し、自分達はどうすべきか? 何をしたところでコレをどうにかすること事体難しいものではあるが、やれないことがないわけではないのだ。しかし、だからといって無策に行動に出てもその先を考えねば始まらない。まずは意見を集める安全策に出てはみるも……すぐに膠着状態になる羽目になるのだった。
後ろで大勢の人物がカイルとアレクを見守り、その重圧が二人の緊張を高めていく。滲む汗は擦り減る精神の跡のようであり、じっとりと肌に染みていく。
「(パッと見じゃ異変が起きてんのかすら分かんねーな。腹括ってどうにか中に侵入するか、それとも暫く様子を見て変化を待つか……微妙なトコだ)」
まだ力が継続して残されているということは、中で全てが終わっていない可能性が極めて高いことを示す。内部が桁外れの力を持つ者だけが踏み入ることができる領域であることを知っているアレク達は、自分らの安易な行動で取り返しのつかない結果になることを恐れているのだ。
ただでさえ例のイレギュラーが発生し、段取りと違う展開がまさに起こっている最中だ。触らぬ神に祟りなし……最も良い行動はなにもしないことと言っても過言ではない。
しかしその状況下で何故危険である内部への突入の案がアレク達の考えの中にあるのかというと、その理由はこの場に居合わせている者達の存在が大きい。
アンリ、ヒナギは恋人として。シュトルムは母国の救世主かつ従魔になる程の信頼を置く者として。そしてセシルは、心の底では諦めつつ、だが会いたいと望んでいた人物との奇跡的な再会になるのである。
そのため、全員が慕うリーダーがすぐそこにいるというのに、ここでただ待たせるだけの行動に果たして我慢ができるか不安があったのだ。特にセシルは気が気じゃないはずである。
「――ん? ……っ、全員すぐに離れろっ!?」
「「「「「っ!?」」」」」
アレク達の次の言葉を一同が待つ中、それはまさに不意打ちのようなタイミングで起こった。
何もしていないにも関わらず、突然光の球にヒビが入ったのだ。その変化にすぐさま気が付いたアレクだったが時は既に遅く、咄嗟の伝達は虚しくも間に合わない。光の球は爆散して光と衝撃を生み、その勢いは全員を問答無用に吹き飛ばしてしまう。
「うわっぷ!? な、なに!?」
「この光は……!?」
ここで自然と受け身を取れた者と取れなかった者がそれぞれ分かれるが、全員が真っ先に見たモノは同一のモノであった。周囲に光の破片がガラスが割れたように欠片となって散らばり、小さな粒に溶けながら幻想的に空へと立ち昇る光景……それに尽きるだろう。
身体に走る痛みも気にならなくなる神聖な光景は皆の目を奪い、そしてアレク達が悩んでいた時間を解消させることとなるのだった。
「うぉっ!? く、空間が……どうしたネズミ!?」
「ゴメンよ、流石に耐えられなかったみたいさね……!」
「あっぶねっ!?」
アンリ達とは別の組……新たな別人の声が三つしたかと思えば、光の球があった地点に『転移』で移動してきたかのようにパッと人影が現れる。
ジーク、ヴァルダ、ナターシャの三人である。こちらも突然の出来事であったのか体勢がまちまちであり、ヴァルダに至っては肩から地面に落ちる程の体勢だったようだ。両手だけは上に向けて死守するように地べたを転がった。
「ジーク!? ヴァルダも!?」
「なっ……お前等、なんでここに!?」
お互いが驚き合う形で再会を果たすも、驚きの大きさには酷く差があった。アンリ達はジークらの見た目に言葉が詰まり一歩引いてしまう。
シュトルムやセシルも激しい戦闘による消耗はある。土や汚れが付着してほつれた服に傷ついた肌、そして身体の過度な疲弊。その部分は見た目に分かる形で表れてしまっている。
「ジークさん……!? だ、大丈夫、なんですか……!?」
しかし、ジーク達三人の見た目は消耗などという認識を既に超えていた。目に光は失ってはいないものの憔悴してやつれた目つきに、今にも破れ取れそうな程穴の開いた服装と……付着した血の跡。一体どうしたらこの三人がここまでの有様となるのか戦慄が走る程だったのだ。
一番そう思わせるのはその服に付着している夥しい程の血の量だ。誰が見ても致死量をとうに超えている跡は有無を言わさずまずは一旦黙らせてしまう。例え、実際はヴァルダの魔法で見た目とは対照的に傷が治癒され血が補填されていようと、流血の跡……事実が無くなる訳ではないのだ。アンリ達はまだこのことを知らない。
「い、今手当するから!」
「平気だ、怪我はねぇし跡だけ残って――っ!?」
「「「え――」」」
何も知らないセシルがすぐに駆け寄って治療を施そうと試みるも、その声はジークの制止の声……更には一帯を覆った影に止められることになる。
その存在感はこの状況的に凄まじい印象を与えただろう。
「何が、起こった……?」
「うっそ……!? これ……冗談か何かじゃないの!?」
「なんだってこんなところに……!」
「竜!? それも純白の鱗の竜だと……!?」
影を作り出した正体……それはクーであった。その巨躯故に光を大きく遮断する遮蔽物のように現れたクーは、景色が移り変わったことに戸惑いを見せているようだった。
ジーク達は至って平常でいられたが、何も知らない者らからすれば何事かと思える規模の存在感であることは間違いない。ジーク達とクーとの関係性を知りもしないSランカー達は、まさかこれ程の至近距離で聞いたことも見たこともない純白の竜が現れたことにただ慄くだけであった。
「……クー……?」
唯一と言っていい程、クーが現れても極めて落ち着いた者が一人いる。――否、落ち着くというよりは放心しているようなものに近いと言えるのかもしれない。その純白の鱗を目にしただけで忘れもしない日に見た昔の記憶が彷彿と蘇り、自分の全ての行動が奪われる。それ以外何も考えられなくなるくらいに、フリードと連なる存在を認識してしまう。
「まさか……母、上……?」
セシルだけではなく、クーも同様だった。父親である司とは切っても切れぬ繋がりがあること、またイーリスの一件で生存が確認できたことが原因で、司の存在しかこれまで頭には入っていなかった。しかし、何も感じ取れずとも忘れることなどできない見た目ですぐに理解してしまう。幼き頃の面影の残る顔立ちをしたセシル……母親もこの場に居合わせているということを。
お互いの声は余りに小さく聞こえていたかは定かではない。それでも互いを認識しあっていることは疑いようもないことであった。
そして――。
「……」
「……ぁ……ぁぁ……っ……!」
クーとセシルを繋げる存在もまた、両者を認識する。いつの間にかそこにいた者と一瞬だけ目が合ったセシルは声が思うように出てこない。造り物でもなく、彼が本当に生きているのだと分かったためだ。
寒くもないのに身体が静かに震え、半開きの口は閉じてはくれない。早く言葉を投げかけたいのに、その言葉は喉奥で押し寄せ合い、詰まってしまって出てこなかった。
「……フリー……ド……っ……!」
目尻に涙を溜めて辛うじて絞り出せたのは、その人物の持つ名。自分が付け、自分が愛し、自分が生涯忘れることのない名であった。
最期別れた時の姿のままのフリードの姿を捉えたことで、朧げとなって明確に思い出すことができなかった記憶が……思い出させることをさせなかった心は思い出していく。
セシルにとってフリードの存在は最後の支えだった。死ぬ寸前にあった自分を救い、見捨てることなく常に寄り添い見守ってくれた……言わばフリードはセシルの全てである。そのフリードを喪うということが当時のまだ幼いセシルにとってどれだけのトラウマであったことか。愛を重んじる種族である天使には耐えられない程致命的な出来事だったのである。
そのため、セシルの天使としての血はフリードの存在を忘れず、だが自我の崩壊や自決を防ぐために記憶を朧げなものとしていた。思い出してしまえば絶望したセシルの身に死という危機が迫ると身体の防衛機能が判断して。
皮肉なことに、セシルがフリードの素顔を思い出せなかったのは、愛が強すぎたために身体がセシルを死なせないために朧げな記憶にしていたためだったのだ。それが今、フリードが喪われることなく実在したことによって機能は失われたようだった。
◇◇◇
『カッ……!? ォ……ッ……!』
「しぶとさはともかく、やっぱ記憶風情だったな。本物に微塵も及んでねぇ」
神気を纏うエスペランサ―を片手に、今にも消え入りそうに燻る黒い塊を足で踏みつけ地面に擦り付ける司が冷めた様子で呟く。先の一撃によってもう抵抗するだけの力もないソラリスは何も出来ず、司がただ足を置くだけで微塵も動けなくなる有様であった。今も傷ついた身体から絶望が漏れ出ており、少しずつ小さく縮んでいるようだ。
ソラリスの欠片という存在の成れの果て……その最期の姿だった。
『ォ、覚エデ、イロ゛ォ……! オ前ニハ必ズ……全霊ノ絶望ヲ与エ、デ……ヤル……!』
「やってみろよ、それでお前が満足ならな。……次は根こそぎ消してやる。お前こそ覚えてろよ――!」
『……!? ゥギッ……!?』
どちらの表明も言葉だけでもおぞましい圧を孕み、血の気の冷める空気を作り出している。ソラリスの最期の吠えに対し司は挑発的かつ決意を持って言い返すと、躊躇することなくエスペランサーでソラリスの目玉を一刺しする。刺した傷口から途端に溢れ出す最後の力は塊をみるみる小さくさせ、消滅へのカウントを刻み始めた。
『(カミシロ・ツカサ……。我ガ道ノ最大ノ障害ト認メヨウ……!)』
ソラリスの目は最期を予期して見開かれ、司のその姿を満遍なくその瞳に焼き付ける。
唯一自分を傷つけることができ、恐怖を覚えさせた存在。欠片と言えど神殺しを果たした宿敵と定めて……。
「お前を消すのはこの俺だ……! 一片たりともこの世にお前の証が残ると思うな……精々怯えて狭間で待ってろ! ソラリス……!」
『……!』
身体が黒い霧となり、更に薄れては風に流され、景色に溶け込み消えていく。絶望の気配すら感じ取れなくなったことが示すのはたった一つだけだ。
司の声明を最後に、この瞬間記憶から生まれたソラリスは完全に消え去った。
一時は絶望によって壊滅に陥るかもしれなかった難も去り、最早ここにあるのは安らぎ覚える平和のみ。運命の分岐点を突破するというフリード達の途中目標であり悲願は、無事達成を果たしたのだった。




