270話 東からの来訪者
今回文字数少なめですがご容赦を。
◇◇◇
「ツカサが、キレた……?」
「お、オイオイ、ちっとマズくねぇか!?」
セシルとシュトルムの不安気な声が重なる。
『安心の園』の一室、セシルが使用している部屋では、司とアンリ父のやり取りを見守る……もとい覗き見するために集まっていたメンバー達に動揺が走っていた。
言わずもがな、司が怒りを露わにした事実にである。部屋の中心にはシュトルムの作り出したシャボン玉のようにも見える小さな空間が存在している。そこに司とアンリ父が対面している姿が映し出されていたが……突然、状況が一変したらしい。司がアンリ父にあからさまな敵意をむき出しにし、大声を張り上げている。
司の多少な怒り程度なら何度か見てはいるものの、これ程の激烈な怒りはイーリス以来である。あの時の司に対し、この場にいる者はアンリとシュトルムを除いて戦慄を覚えた経験があるため、当時を思い出してしまって動揺が走るのも無理はない。
それ以外にも、パーティ内の身内に対し、あの司のことである。甘さこそ見せれど怒りはあり得ないに等しいと思っていたことも動揺を強める一端になったと言える。
「あちゃ~……まさかご主人の逆鱗に触れちゃうとはなぁ。運が悪いというか……」
「どっちもどっちですけど、ご主人に対しては特に駄目な失言でしたね。困りましたねぇ……」
「ど、どういうことなの?」
皆が動揺を示す中、ポポとナナだけが困惑した様子で空間を覗いている。司が怒ったことには理解はありつつも、抑えるべきだったと完全には擁護は出来ない様子で。
そこに、それまで父親に嫌悪しか覚えない姿を見ていたアンリは、司の今の姿に動揺しつつも説明を求める。
「ご主人はさ、両親のことめっちゃ尊敬してるんだよね。多分……いや、間違いなく普通の人よりも遥かになんだけど」
「だから、今アンリさんのお父さんがご主人のご両親を持ち出したのが癪に障ったんでしょう。そうじゃないとご主人があんなに怒るわけないですし」
「そ、そうなんだ……。……っとに、お父さん人のこと言える立場じゃないでしょもう……! 最悪……」
ポポとナナから知った事実に、アンリは司には申し訳ない気持ちで、腸が煮えくり返る思いになった。父親の軽率な発言と、それまでの司に対しての態度を恥ずかしく思っているようだ。
椅子に座って膝に組んでいた手をきつく握りしめ、小刻みに震えてその力の強さを物語らせる姿は、アンリの心境を強く醸し出していた。
「どうしよっか? ご主人一回怒ると止まらないし、傍観しようと思ってたけど今回介入しないとマズそうかも」
「……それが懸命かもしれませんね。ちょっと私先行しますよ。ナナh……おや?」
「あれ?」
空間に映る光景には、司がアンリ父に更に激を飛ばす姿が映っている。
一先ず、司に歯止めを利かせるのが最善だと判断したポポとナナは、その方向で意見がまとまったらしい。お互いに顔を見合わせて確認し合うと、最後は頷いて各々で動き出す。
しかし、ポポがいざ向かおうとした矢先、チラリと空間に目を向けては足を止めて見入ってしまう。その不自然な挙動に全員が再び空間に目を向けると――。
「えっ!? 何故ここに……!?」
移り込む人物にアンリを除く全員が驚きを見せたが、その中でもヒナギは特に驚きを隠せずに目を見開いてしまう。
あの日以来、久しく見る姿がそこにはあったからだ。
◇◇◇
俺達の会話が喧しいのは元からであったが、今の大声はその比で収まるものではなかった。怒気を含んだ明らかな怒りの感情を抑えきれず、俺は反射的に叫んでその場に立ち上がっていた。
その時テーブルに同時に叩きつけた両手が、少しずつ熱を帯びていくのが分かる。机は何度か叩いたら壊れてしまいそうな音を立て、一つだけ置かれているグラスを中身ごと大きく揺れ動かした。机の揺れは止まり、中身の液体だけが少し過剰な動きを見せるのみとなると、一切音のしなくなったこの店内の静けさが妙に主張されて纏わりついたような気がした。
時が止まったような静けさに店内は包まれていたが――。
『へーへー、その遠慮はいらねーよ。息子は黙って親のご厚意に甘えてろっての。お前のためになることをするのが親の役目だ。そのためだったら身をすり減らすのなんて屁でもねぇ』
『ホラ、私達が司の帰る場所になるって言ったでしょ? 家族はね、そういうものなのよ。理屈とかじゃないの』
そんなこと、知ったことではなかった。
親父と母さんの言葉が脳裏をよぎり、そのまま焦がす勢いで脳裏に残って離れない。あの時の言葉を思い返せば返す程に、今言われた発言を見過ごすことは出来ない。
何も知らねぇくせに……!
目元の筋肉を目一杯使い、そのままクソ野郎を俺は睨んだ。
「俺を馬鹿にするのはいい。ガキだし無浅慮で、誰かに迷惑掛けてばかりの俺だ。恨まれても馬鹿にされても文句は言えないし、その自覚だってあるからな。――だが、アンタ今自分で言ったよな? 『会ったばかり』なのにってよ。そっくり返させてもらうが、見たことも聞いたことも、会ったこともないくせに……俺の親を馬鹿にしてんのはどういう了見だオイ。今の俺の行動に親の責任はない! 俺が自分で判断し、自分なりに考えた結果が今の俺達の関係を作ったんだ! ――分かった気になって人の親を持ち出すなよ……! 今の言葉、訂正しろ」
「う……」
今の俺に言葉遣いを気にする余裕なんてない。只々侮蔑の言葉に腹が立って荒々しくしない方が無理だった。
俺の豹変振りに度肝でも抜かれたのか、クソ野郎が初めて萎縮した姿を俺の前に晒した。
今の俺に言葉遣いを気にする余裕なんてない。只々侮蔑の言葉に腹が立ち、荒々しくしない方が無理だった。
「「……っ!?」」
「す、すみませんっ!?」
ガラスの割れるような音が、いきなり耳を刺激した。普段聞き慣れず、むしろ聞き慣れていない方が良いとも言えるその音は、咄嗟にその音に対して強制的に意識を向けさせる力を持っている。
音のした方である後方に目をやると、床に刺々しく変貌したガラスの凶器が散乱している。傍らにいた女性の店員さんが慌ただしく一言謝ってはせっせとガラスの破片を拾っており、どうやらグラスを落としてしまった音であったようだ。
「あ、う、えっと……!」
店員さんは若干パニック状態に陥ってしまっているようで、言葉にならない単語を口にしている。それを表すように動きも随分と無駄が目立ち、手際が良いとは言えなかった。
グラスの破片とは別に、入っていたはずの飲み物も一緒に床にこぼれてしまっているようで、器物破損に飲み物を無駄にしてしまったりと大参事だ。店員さんはてんてこ舞いという表現が正しい状態になっている。
これは全て俺が招いてしまったことであることは明白だった。
「ぁ、ごめんなさい!?」
「い、いえっ……!?」
「なんてお詫びしたらいいか……」
「そんな、私がボーっとしてただけですから……っ」
つい先程まで怒りに囚われていた俺は、幸か不幸かグラスが割れた音で現実に戻された気分だった。幾分か怒りはマシに、自制できるくらいには落ち着いたらしい。
――だが、ハッとなったところでもう既に遅かった。
今、別の気まずく重苦しい空気を感じるが、それを作ったのはまたもや俺だ。また、やってしまった。
店員さんが気まずそうにしながら、近寄る俺を恐る恐る見ながら手を動かしている。その店員さんは、よく見ると以前ここに厄介になった時も注文を取りに来てくれた人だった。顔を青くしており、気分を悪くさせてしまった事実に自分に対して嫌悪感が湧いた。
こんな他人の下らないことで迷惑を被るなんてことをさせたいとは思わない。今更遅いが、ガラスの破片で手を怪我させてしまってはもっと申し訳なくなってしまうと感じ、すぐさま掃除の役目を変わろうとしたのだが……。
「――ふむ。なんだかあまり良い雰囲気ではないようだな? ここは少し間を取り持たせてもらおうかな」
「え……なんで、ここに……?」
俺よりも早く、拾う役目を女性に変わって担う男性がいた。恐らくは店内にいたお客の1人だろう。最初店内に入った時に全体を軽く見渡したが、何人かは元々いたはずだ。もしかしたら注文していた品を俺によって台無しにされた人で、そのせいで無関心ではいられなくなっての行動なのかもしれない。
でも、そう思ったのも一瞬だ。
俺はそれ以上に驚かされてしまった……その人の姿をしっかりと捉えたことで。予想だにしない人が今この場にいることに身体が動かず、ジッとその人が作業を終えるまでの間凝視してしまっていた。
「――さて、大方これくらいで十分だろうか?」
「は、ハイ! 申し訳ありませんでした。す、すぐに新しいのをお持ちしますので……!」
「ハハ、慌てずとも結構だよ。気楽にしなさい」
長いようで短い掃除が終わる。短いやり取りを店員さんと交わした男性は、一連の流れで溜まってしまったであろう緊張をほぐす気遣いの言葉を投げかけると、バックヤードへと戻っていく店員さんを見送った。
この辺りではあまり見ない少し独特な恰好、男性であるのに肩まである割と長めの黒髪を持つ。髪が長いだけなら男性でもそれなりに心当たりはあるが、特に際立っているのが黒髪である点だろうか? これだけでまずここらに住む人は違和感を覚えるはずだ。
今、男性と目が合った。
「やぁ、久しぶりだなツカサ殿。少々雰囲気が変わったように見えるが……息災そうで何よりだ」
「トウカさん、なんでここに……!」
紳士な振る舞いを今見せていたのは、ヒナギさんの父親であるトウカさんであった。知人にでも出会ったかのように声を掛けてくれるが、色々と分からない点がありすぎて反応に困る。
「実はとある者から連絡を受けてな……まぁそのことは後でゆるりと話すとしよう。それよりも、まずはそちらの方との問題の方が急がれるだろう?」
トウカさんが何故ここにいるのかは俺には全く分からない。トウカさんはクソy……もといお父様に視線を向けて、俺達の会合に介入してくるのだった。
話、相変わらず進まないなぁ……。
次回更新は土曜です。




