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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
断章 それぞれの決意
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269話 逆鱗

 ◇◇◇




 ヴァルダの店を出て心の準備を済ませた後、お父様との予定の時刻は遂にやってきた。

 遂になどとたった一日で大袈裟かもしれないが、体感では随分と待ったように感じるから仕方がない。


 何の巡りあわせなのだろうか。俺とは縁のある、いや正確にはヒナギさんとカイルさんであるが、2人がデート時に利用したお店に、お父様は見る人によっては腹立だしい程のまったりさを見せてゆったりしていた。店内の隅で1人、ポツンと静かに座っているようだ。

 テーブルには注文した飲み物が湯気を立ち昇らせて霧散しており、お父様はそのカップを手に取って匂いを楽しみ、癒されている。やがて満足すると、今度は静かに口元へと運び、ゆっくりと上品に喉を熱く潤していく。

 そこに、昨日見た錯乱に似た振る舞いは少したりとも見えてこない。ふぅ……と大変ご満悦のご様子で、何処に目を向けているのかも分からない角度で頭を少しだけ上へと上げると、窓枠から差し込む光越しに外の風景を眺めている。




 でも……は? ちょっと待てや。




 ふぅ……じゃないんですけど? こ、この人、あれだけ強気な果たし状を寄越したくせになんてふてぶてしいんだ。

 雌雄を決する気あんの? 隅だけに恥ですよ? 飲み物の匂いでなく戦いの匂いを感じ取ってるんじゃないんかい! 今回に限りジークを見習えよ。

 この店に居ると分かった時はヤケになって昼間から酒を飲んだりしてるんじゃないか心配したというのに、俺の気苦労は一体何だったんだ。


「……あ、どうも」


 早くも身の内に湧き出てくるお父様への不信感を覚えつつ、俺はあまり刺激しないように、まだこちらに気が付いていないお父様に静かに声を掛けた。


「はい? なにk……ぬぁっ!? な、なんで君がここにっ!?」

「昼の鐘がなる時、かの地にて待つって書いてあったので。でも場所が分からないし、昼の鐘が鳴った時に貴方がいる場所がかの地だって思って……」


 店員と間違えたのか、お父様は聞いたこともない穏やかな声色で対応したものの、目を向けて俺だと分かった瞬間に血相を変えてしまう。俺は呆れた態度を出さないようにするのに苦労した。


「もしや僕をストーカーしてたのか!?」

「してないです」


 なんでそうなるし。

 仮に俺が誰かをストーカーするような不審者であっても、お父様のアンリさんへの愛情の方が最早見過ごせない領域だろうに。

 ハイハイ、親子愛が素敵で心打たれるわ~。だから兵士さん、この人です。




 全く、こんな調子で俺は今回を乗り切れるのか不安である。




 お父様との決戦に向かおうにも、昨日危惧していた場所についてが不明であること。これは結局最後までお父様から追加で伝えられることはなかった。お父様自身がそういう行動に出たのだから、俺が今この場にいることに驚くことは不思議ではない。

 俺がこの店にお父様がいると分かったのは、ナナに探ってもらったからに他ならない。ついさっきまで、ナナは俺と共にいた。

 お父様の要求は俺と一対一での相対である。出会う直前までであれば別に誰かがいても問題はないはずなので、文句を言われる筋合いはないだろう。例えズルいと言われても、ハイそうですねと答えるつもりではある。


 そもそも、場所を教えなかったこの人が悪い。

 もしこれがお父様の深~い試練的な何かで、俺がお父様を探し当てることに意味があるのだとしたら、意向にそぐわない形を取ってしまうことになるわけだが……その線はないな。マジでない。


「……ハッ!? そういえばソフィアが君は男すらも虜にする野郎と言っていたような。なんということだ、ぼ、僕すら標的にするつもりか!?」

「いやいや、いきなり何を言い出すんですか。俺はそんな変な趣味してないです」

「失礼な! 悪かったな変な奴で!」

「なんでそうなるんですか……」


 会って早々だというのに、まるで暫く話し込んで盛り上がっている中高生のような勢いだ。お父様と俺の心の温度は今対照的になっている。


 開始早々めんどくさい人だ。アンリさんのお父様と思っても擁護しきれない。

 もしかして俺が何か口開いたら全部こんな感じの対応されるのか? 何だよその罰ゲームは。罰ゲームはヴァルダだけにして欲しいものだ。




 ゴーン……ゴーン――。




 今、正午を知らせる鐘の音が鳴った。

 この瞬間よりお父様との約束の時間は始まりを告げたが、俺は鐘の音を気にすることもなく会話か分からぬやり取りを続けていく。


「くっ……!?」


 お父様は歯をギリッと鳴らすと、俺の登場で慌てていた顔をやめて俺を見る目が変わっていく。恐らくは鐘が鳴ってしまったことに対してだろう。

 まるで俺の予想外の行動力を見たとでも言いたげであるが……それはこちらの台詞である。お父様程のアクティブな父親を俺は知らない。


「ちっ……時間も守れないような無礼な奴にするつもりだったのに……」

「は、ハハハ、なんかすいません」


 作戦が失敗したことが心底機嫌を損ねてしまったのか、お父様は若干俺から視線を外して舌打ちする。

 舌打ちにしては随分と大きく聞こえはしたものの、一瞬の音は秒を経ずして消えてしまう。……が、俺の脳内ではそれが繰り返しリピートされてしまう。


 一体何を画策してるんだ。だったら果たし状に場所の指定すらないことは無礼ではないのか? こちらを貶めるための嫌がらせが露骨すぎる。舌打ちにしたって、するのは構わないけどもう少し抑える努力をしてもらいたいもんだ。お父様が今俺に感じているように、俺もお父様に敵意しか向けられなくなるのも時間の問題だぞこのままでは……。

 こちらを陥れようとしているのが見え見えだな。ここまでくるといっそ清々しいまでの嫌われっぷりだ。

 さてさて……どうしたもんかね?


 お父様の言葉に苦笑いで対応しながら、一応は謙虚な態度を示しつつ対面に座る形を取る俺。座ったことに関しては特に何も言われなかったので問題ないのだろう。……というか常に何か言いたそうな顔をしているため判断がつかないのが実情だが。

 席に腰を付け、昨日中途半端に観察していたお父様の容姿を今一度俺は確認してみる。


 ふむふむ、お父様への苛立ちは一先ず置いといて……。


 茶髪の髪はアンリさんとは全く異なる色合いで、後ろ髪を一部伸ばしている部分を除いてヴァルダと少し似ている印象を受ける。髪質はツヤツヤ……とは言えないがチリチリでもない曖昧な感じで、しかし不摂生や不潔と言った悪いイメージは一切ない。男性としてサッパリしている見た目である。

 体格は我がパーティメンバーの平均身長よりも少し高めだ。細身でいて適度に中身の詰まっていそうな身体つきは女性受けしそうで、自分と比較して恵まれた身体をお持ちなようで……と自分を卑下したくなりそうだ。というかしてます。

 その腕でアンリさんを育ててきたんですねぇ……それに関してはほっこりしますなぁ。




 ……って、俺は何を考えてんでしょうか? お父様の親の立場みたいな考えしてたわ今。


 とまぁ、お父様はカッケーやんこの人……ってのが感想です。そしてスッゲー残念だとも。

 ……顔ですか? カッケーって思うくらいだからそれ相応に決まってるでしょ。ラルフさん相当ではないけど、若々しい姿は俺も歳とってもこうでありたいなぁと思う。


「君がまさか僕を見つけてしまうのは予想外だったよ。……まぁいいさ、君を抹殺するための準備とイメトレはしてあるしね。本当は昨日ころs……話し合い(・・・・)をしたかったんだが……悪く思わないでくれて結構だ」

「本人を前に物騒なこと言わないでくださいよ」


 途中で自分の発言の過激さに気が付いたのか、お父様は言いかけた言葉を訂正して口ごもる。カップを手に取り啜ることで誤魔化しているがもう遅い。


 話し合いじゃなくて殺し合いの間違いですね? 言い変えなくてもいいですって、分かってたし()る気満々でむしろなによりです。

 あと、悪く思わないでくれて結構って……どんな言い方だよ。


「フンッ、君に選択する余地を与えようじゃないか。アンリと別れて死ぬのと、僕に殺されるの……どっちにするんだ?」


 殺し屋の割には随分と真っ向から仕掛けてきますねぇ。

 う~ん。清々しいくらいの笑顔で言うことじゃないんですがそれは……。


「……どっちも選ばなかったら?」

「うん、勿論死ぬね。そんなの当たり前だろう? 異論があるのかい?」


 アハハハハハ…………うん、Fuck You(ファッキュー)

 どうしたもこうもあるか、徹底抗戦してやろうじゃないか。


 自分の感情を抑えようと思っていても、俺は純粋に心の中でそう叫んでしまった。酷く傲慢すぎる態度と笑顔のダブルコンボ。ここまで辛辣な言葉を言われるのは案外初めてのことだった。


 あぁ、俺の『直したいこの笑顔シリーズ』に新たな名が刻まれそうだ。その人物はお父様。

 名誉無き記念すべき1人目であるクローディア様は、シュトルムに対してのだらしない笑顔で注意程度の気持ちを抱いた程度だったけど、お父様の笑顔も直したいなぁ……物理的に。


 テーブルに遮られて見えていないのが幸いしたもので、俺は無意識にだが静かに指の骨をパキパキと鳴らしていた。もし聞こえていても全く構わないが。


「あ、ありありですよ、俺の未来はそれしかないんですか……?」

「そうだよ。抗うと言うなら私を殺すか……死んで人生をやり直したまえ」

「できるかっ!」


 殺せるもんなら殺してやろうかこの野郎。それができたら苦労しねぇよ! 


 お父様を物理的に殺すのは選択肢としてあり得ない。となると、俺が死ぬ以外の選択肢が何処にもないということになる。一体どんな冗談だと言いたい。


「あのですね、もう少し落ち着いてくださいよ」

「娘に手を出しておいて何を言う。これに落ち着かない親がいるわけないだろう! アンリの純粋無垢な世界一の笑顔を奪った癖に!」


 お母様は落ち着いていたらしいと聞いてますが何か? 落ち着いてないのはお父様だけです。


 お父様は笑顔をやめて発狂したように俺を睨むと、体勢をやや前のめりにした。威圧的な姿勢は俺への明確な敵意の表れだ。俺を萎縮させる魂胆、もしくは自身の感情を抑えられないことからくる咄嗟の行動だろう。

 本来であれば普段怒らなそうな人であるし、そういう人ほど怒った時のギャップ差が大きくて怖いなんて話はよく聞く。


 ……が、これまで幾度となく多様な人物達から威圧の態度を向けられることの多かった俺だ。最早たかがこの程度で驚き縮こまるというのは無理である。正直何も威圧を……というか圧そのものを感じない。

 俺は恐怖の感情を失ってはいないものの、それを揺さぶるに全く至らなかったようだ。酷い言い方をするなら、何かした? みたいなものである。

 1人暴走しているお父様の発言には納得のいかない部分が一点あったため、俺はその勘違いを正すことにして反論する。


「お言葉ですけど、アンリには俺手を出してないですから。命に代えてもいい」


 そう、俺はアンリさんと交際する関係に手は出しても、その先の段階には手を出していない。

 命に代えてもだなんて軽々しく口にするのは命を蔑ろにしていると思われそうだが、実際そうなのだから文句は言わせない。

 ヒナギさんに対しても勿論で、あの手この手でこれまでその危機を俺は回避している。




 ……あ、ちょっと待って? 先の段階にキスは含まれると言うなら……キスはその、アレだ。ゴメン、許せ。あと添い寝も。

 それと胸チラして無防備な時にほっぺをツンツンしたり、胸に手を伸ばそうとしたりなんてしてたけどしてませんから!?


 あるぇ? 俺もしかしなくてもとっくに……ア・ウ・ト?

 い、命に代えてもって言ったのやっぱ無しで。お父様ゴッメ~ン、テヘペロリン☆


「何だと!? 貴様あの娘の何処が不満なんだ! 世界一可愛いのに……君はそれでも男なのか!」

「えぇ……」


 自分の発言に対して訂正を求めたい気持ちはさておき。

 俺の言ったことに押し黙るかと思いきや、見当違いの怒りを見せるお父様は俺を糾弾する。


 めんどくせーなこの人。心配してんのかしてないのかどっちかにしろや、理不尽。

 俺がアンリさんに本当に襲い掛かってもいいのか! なんで俺がこんなこと考えなきゃならんのだ。

 アンリさんゴメン、この人もう無理、潰したいわ。


 ん? いや待て……別に謝る必要はないのか。徹底的に潰せって依頼だったし。


「それに、他にも付き合っている人がいるんだろう? 聞けばあのヒナギ・マーライトだって言うじゃないか」

「……はい。俺は確かにヒナギさんとも付き合っています」

「恥ずかしくないのか! それに、アンリに申し訳ないと思わないのか!」


 『恥ずかしい』。


 お父様は俺達の関係性に対しそう言った。主に俺に焦点を当てての発言だろう。

 男1人が2人の女性と付き合っているのだ。他者から見れば俺は愛を軽んじている安い男に見られても仕方のないことと言えるだろう。俺はそのつもりはないが、俺が言ったところで説得力は皆無である。

 お父様のこの言葉は今までの俺だったら勿論そう思うし、自分のしていることに非を覚えるはずだ。言われても無理はない、事実は事実である。


 だが――。


「思いません」

「なっ!?」


 最初は違ったが……でも今はもう違うのだ。


 俺にだって常識は中途半端にだが身についている。この世界では今の俺達の関係性は許されざることではないと。――ただ、それを好ましく思わない人がいることも知っている。世間一般の常識が全員に当てはまるから常識なのではないことくらい、俺にも分かる。

 お父様に関しては、そこに当てはまらないだけなのだろう。それか、元々2人以上と付き合う、囲うなどするのが許されているとはいえ、そんな人達自体が少ないという事実もあるし、親として大切な存在である自分の娘が、自身の経験のない関係に身を置いていると分かれば心配するのは当然だ。

 あまり例のないことというのは、比較的忌避される傾向が強いのだから。


 お父様の驚愕した顔を尻目に、俺はそのまま続ける。

 お父様が愛情を矛として俺に向かってくるなら、俺は今ある2人への想いと自分の持てる全てを矛としよう。

 盾など要らない。守りの姿勢に入った段階でお父様には何も届きはしないと考えて……。


「俺達は今の自分達の関係を自ら望んで築いています。俺が2人を好きなのを2人は受け入れ、2人が俺を好きなのを俺は受け入れた。……あの2人が俺を認めてくれたんだ、俺が恥ずかしいとか申し訳ないと思うことは2人への裏切りです。それこそ2人への最も申し訳なく情けない考えですよ。……愚問ですね」


 開き直っているだけだと怒りをまたも買うだけかもしれない。それでも俺は譲れなかった。


 アンリさんは俺のためを思い、自分には出来ないことを苦しく思いながら、ヒナギさんが俺と付き合うことを受け入れた。

 あの時放った悲痛な叫びを俺は忘れない。泣きそうな顔もそうだ。そう思わせた、そうさせたのは俺で……俺よりも大変で苦しい想いをしているのは2人なのだ。この程度で俺が少しでも2人を裏切る真似ができるわけがない。


 アンリさん、ヒナギさんのあの時の言葉の数々を無駄にしないためにも、俺はここでお父様の言葉をそのまま受け入れるわけにはいかないし、そのつもりもない。


「……」


 俺が最後愚問と言ったのが癇に障ったのかもしれない。それまでの発言がどこか挑発めいていることは自覚していた。だが、最後のそれが引き金となった可能性は高そうだ。




 しかし、お父様の発言もまた俺の引き金を引くこととなる。




「会ったばかりの僕にそれを示せるとでも? 口では何だって言えるさ。――全く、一体どんな教育を受けたんだ君は。異世界人の世界では生涯1人の者と添い遂げるんじゃないのか? なのに……親の顔が見てみたいもんだ。さぞかし、君以上に好き勝手のたまう人達なんだろうね」




 あ゛?




「君はまだ若いからそう豪語する気持ちも分かるけど、現実は難しいことを知った方が良い。気持ちだけで何とでもなると思ったら大間違いd「黙れよ」


 このクソ野郎の髪を掴んでテーブルに叩きつけ、せめて1発殴り倒してやりたい思いだった。

 何故なら、論しているのか知らないが、自分の言ったことを即座に否定した口弁をしやがったからだ。


「ん?」

「好き勝手言ってんのはどっちのことだ? あ?」

「え……?」




「俺の親を、馬鹿にするなっ!!! アンリの父親だろうと本気で潰すぞ……!」




 この世界に来てから1位、2位を争う大声が、自分の口から出たのが分かった。

次回更新は多分水曜になります。

いよいよ時間が取れなくなってきた……。

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