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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第五章 忍び寄る分岐点 ~イーリス動乱~
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241話 かけがえのない化物

 ◆◆◆




「あともうすぐか――」


 シュトルム宅の窓の外から見える風景は忙しなく動き続けている。今日見るオルヴェイラスはいつにも増して慌ただしい。

 もしかしたら……いや、もしかしなくもないだろうが、復興している時の方が慌ただしかったのだろう。だが俺はそれを知らない。




 陛下と謁見してから早3日。俺達は陛下へと直接伝えるべきことを告げ、互いに了承の元その場を後にした。

 姫様を無事に送り届けたことと、以前『勇者』に言われていた俺へと協力をすることは大きく了承に影響し、陛下はすぐにでも動き出す姿勢を見せていた。この前と態度が違いすぎて正直絶句仕掛ける程に顔を引き攣らせたものだが、良い方向へと風向きが確かに変わったことも確かだ。もっと他にやることはないかという要求を逆にこちらから遠慮し、セルベルティアの訪問は騒ぎにならぬうちに終了した。


 一気に頼みごとをして成功精度を下げるよりも、一つ一つ堅実に成功させていきたいしね。失敗は避けたいのが実情だ。


 そのまますぐにオルヴェイラスへとUターンしたわけだが、せっかくセルベルティアに来たのだから学院長に会うことも考えにはあった。王城から学院に行くのに然程時間は掛からないし、学院長から色々と聞きだしたいことというのは結構あったからだ。

 だが、俺達が皆と約束したのは、陛下へとクリス様を無事送り届けること。そしてイーリスに起こった災厄を直接伝え、その事実を世界に伝達させ緊急事態宣言を行えということである。それ以上のことはしていない。


 これまで皆との約束を破って散々迷惑を掛けたんだから、皆へ話していない決め事以上のことをしようとは思わなかったし出来なかった。いつ何が起こるのかなんて分からない上に、魔力的にも余裕がなかったこともあるが。

 でもそれ以前に街中なんて歩いたら絶対すぐに目立つに違いないというのが一番だ。今はもう顔も割れてしまっていて、すぐにでも身動きが取れなくなりそうな予感がしたから。




 異世界人騒動は……まだ始まったばかりなのだ。ここからが正念場である。




 諍いは増える、俺達の先に待つ展開には正直不安だらけだ。俺の異世界人と言う肩書きは想像以上に厄介な障害となって付きまとうことになるだろう。突拍子もない予想外の対応にも見舞われることになるのはもう目に見えている。

 対策を練るだとか、身の振り方を考えるだとかの試行錯誤も今まで以上に必要になるに違いない。







 ――が、今くらいはそんなことは忘れてしまおう。なんたって今日は、悲しみを乗り越えるための催事があるのだから……。


 イーリス3カ国による合同の催事……要は『宴』。それが今日各地にて開催されることとなっていたが、その日が遂にやってきたのだ。完全に魔力が回復した俺と丁度重なる様な日程となったのは、偶然とはいえ巡りあわせなのかと疑ったものだが。

 催事は一つの場所に集まるということが困難であるために各地で催されることとなり、規模は一見それほど大きくはないように思える。だが、シュトルム達各王による通信を街中に範囲を拡大させることにより、まるで3カ国がすぐ近くに集まったように騒がしくさせられる秘策を用意してあるのだという。


 つまり、遠く離れていようと互いを近くに感じられるような空間をその日限定で形成するんだとか。現在ナナの指導のもと円滑に展開するための準備の仕上げに入っているはずである。

 ……ちなみに、シュトルムはその役をフェルディナント様に一任しているため今一緒にいたりする。


 ナナも凄いが、もはやすべてが凄すぎて何も言えねーよ、精霊の力も凄すぎんだろ。




「なぁ、昨日の段階でほぼ準備なんて完了してるのにアイツらは何をあんなに慌ててんだ?」


 いつものリビングから俺が窓に手を掛けてそれを眺めていると、俺の後ろからシュトルムがひょいと覗きこんでは一緒に見始め、そして口にした。


 何故にそれを俺に聞く? 知る訳ないでしょ。


「俺が知るか。むしろお前何か知らないのか? 指示出してるわけじゃないのか?」

「知らん。昨日準備完了したって報告しか聞いてねぇし」

「もうすぐ始まるのに?」


 ってことは、独断で何か忙しなく動いているということだろうか?


「何かあったのかねぇ?」

「いや、別段そういうわけでもなさそうだがなぁ……」


 どうやら街の人達が忙しなく動いている理由をシュトルムは知らないらしい。何か問題が発生したことによる雰囲気ではなさそうなことだけは分かるが、俺達は不思議に思いながらその光景を少しの間ぽけ~っとして見ていた。




 色々と考え抜いたに違いない。だが心当たりのなかったシュトルムは、諦めたように別の話題を俺へと振ってくる。


「まぁ好きにさせといていいだろ。それよりも……セルベルティアは動いてくれてんのかの方が今は気になるな」


 シュトルムが俺へと振った話題とは、この3日の間再三に渡って繰り返したものであった。

 今回の事態をしっかりと重いものだと判断しているシュトルムからすれば、他の国も自分達と同じ思いをさせたくない気持ちが強いのだ。だから、早くこの事実を広めたいことも分かる。


「姫様もいるしすぐに動いてくれんだろ、そういう契約だし。後は待つだけだって……ふわぁ~…………ねむ……」


 それが分かっているから特に邪険に答えることはしなかったが……流石にくどくないかと思い始めてきた。俺の気持ちと呼応してなのか、俺は窓に差し込むポカポカした陽気に当てられて眠気を誘われてしまい、欠伸が反射的に出てしまった。


「……お前この前までは結構気にしてたくせに、どういう心境の変化だ?」

「んー? 慌てた所でしゃーないしな。やることやったんだから、後は姫様達……セルベルティア次第だろ」


 シュトルムは今俺を訝し気な目で見つめているに違いない。毎回この返答をするたびにそんな顔をされたから振り向かずともそれくらい分かる、分かってしまう。

 だが、世界へと情報を拡散させることは俺にはできない。なら、それが実行できる者達へと任せるしかないのだ。そしてそれがセルベルティアである。


 心境が変化云々については……俺は俺の役目を果たしたから。それに尽きるんじゃないかな。




 俺がそれに答えようとしたそこに――。


『おーいシュバルトゥム~! こっち準備整ったよ~』


 俺達のいる場所で、女性の声が突然聞こえて来た。最早見知ったこの声の主はリーシャだ。


「お? リーシャか。あいよ、そのままちょっくら待っててくれや」

『それと、ハイリもなんとかなったって! 後はそっちだけだよ、すぐにでも始められる!』


 要所で端折ってはいるが、内容は通信空間の形成の準備が整ったことで、『宴』を開始できることになったということだろう。残るはこの地、オルヴェイラスだけとなったようだ。

 俺は通信の邪魔にならぬよう、静かに事を見守ることにする。


「案外早かったな……分かった。こっちももうすぐ終わるだろうから、開始の合図はこっちでやらせてもらうが構わないか?」

『へ? それはハイリの役目じゃ……まぁいいんじゃない?』

「助かる。悪いけどこれハイリに伝えといてくれるか? 俺も今からやることあるしよ……」

『はーい。じゃあ開始の合図待ってるね~』


 通信が終わり、リーシャの声はそれ以降聞こえなくなる。それを入念に確認でもしたのか、シュトルムは暫く無言のまま黙り、そしてようやく口を開いた。


「いよいよだな……今日くらいは久しぶりに皆の笑顔が見てぇもんだ」


 感慨深く心境を吐露するシュトルム。家族のように大切な民に笑顔がないことを心配していたのだから無理もない。待ち望んでいた笑顔が今日見られることになるのだから、安心と嬉しさも誰よりも強いものなのは間違いない。


 必要ないかもしれないが、俺は景気づけのようにシュトルムに後押しの声を掛けた。


「――見れるさ。お前が笑えば皆も笑う、それがこの国だろ? ……家族の絆と繋がりで結ばれた特色溢れる……良い国だ」


 随分と柄にもないキザな台詞が出ちまったもんである。でもこれが自然と出たんだから、キザとかカッコつけは関係ないと思いたい。

 純粋な俺の気持ちである。


 ただ――。


「あ……しくったな……今のは……(ボソボソ)」

「は?」


 ボソボソ言いながらシュトルムが頭をガリガリと掻き、若干眉間にシワを寄せる。

 いきなりどうしたんだと思った俺は無意識に反応してしまう。


「いや、何でもねぇ……ちっ」


 なんだろうか? 勿体ないことでもしたような顔してるんだが……。

 それとも俺の台詞を気持ち悪く思ったりしたんですかね? 自分でも実際そう思うし無理もないだろうけど。


 俺の疑問を他所に、シュトルムは割り切ったように真面目な顔へと切り替え、俺へと言葉を投げかけてくる。


「それとよ、宴が始まる前にお前に言っておくことがある」

「ん?」

「従魔になったことについてだ」

「っ!?」


 突然だった。『宴』がもうすぐ始まるというこの空気の中でいきなり真面目な話を切り出すことは予想外過ぎた。


 今日くらいはそういう話を一切忘れようと決意したというのに、お前の方からそれを切り出してくるとかないわ~。


 だから俺は――


「……今日くらいは別にいいだろ、その話は。俺もしたいと思ってたけど明日でも「いや、今しとくべきだ」……」

「今、しておくべきだ」

「……」


 今しなくてもいいだろ……そう言おうとしたところに否定を二度繰り返し、シュトルムは強引に俺へとそう告げてくる。

 内容が内容なだけに、ここまで強行しようとするその姿勢には何か理由があるのだろう。俺は自分の決意を帳消しにしてその要求を受け入れることにし、押し黙る。

 俺とシュトルムに合わせて、随分とこの部屋も静かになったかのようだ。音が一切感じられなくなった気がする。


 というか、シュトルムの真剣な目など珍しすぎるしな。なら仕方あるまい。


「いきなりどうしたんだと言いたいとこだけど、『宴』の前に済ませとこうって算段か?」

「まぁ、そんなとこだ」

「そっか……分かったよ」


 そこまでを聞き、俺はだらしない姿勢を正してシュトルムと向かう形を取る。親しき中にも礼儀ありの如く、俺も真筆に向かい合う必要がある。


 俺の姿勢が整ったのを確認し、シュトルムは単刀直入、聞きたかったことを先制で伝えてくる。


「俺とお前は今主従の契約を交わしている状態だ、それこそポポとナナみてぇに。それは今も変わらないよな?」


 シュトルムは真面目そうな顔は変えていないが、その声色は意外にもいつも通りの軽いものであった。軽い話ではないのに、まるで世間話でもするかのように肩の荷が下りた状態で気楽に話していた。

 だがそれと同時に、今のこの状態を本当にもう受け入れているのだとも思った。いや……態度からして無関心とでも言えば良いのかもしれないが。


 俺はダメ元で一応聞いておくことにする。シュトルムの選択を……。


「……あぁ。早く切ってもいいんだぞ? あの時は、仕方なかったし……」

「はぁ? 何馬鹿な事言ってんだお前は。もうお前も分かってんだろ? 俺がこれを解除する気はサラサラねぇってことを……。契約は互いに了承を得て初めて成立される、その逆も同様だ。お前の従魔になったことに何の不満も後悔もねぇし……解除する必要がないだろ」


 案の定、シュトルムの返答は俺の予想するものと同じだった。これは『影』を倒した際のシュトルムを見てそうだとしか思えずにいたため、言質を取ってしまったことと変わりない。


 まぁ、覚醒状態になれるから大幅な戦力アップだし他の恩恵もあるからなぁ。分からんでもない。


 だが――。


「お前は……それでいいのか? 従魔になったってことは口外したりしなきゃバレはしないだろうけど……お前の全てを俺はいつでも奪える状態でもあるんだぞ? それは……」


 見えぬ鎖で縛りつけているような錯覚を俺が覚えるのもまた事実だ。頭では分かっていても、事実上そうなっている現実から目を全面的に背けることは出来る訳がなかった。


「お前に奪うつもりがないなら何の問題もねぇ、そして俺はお前が奪うことはないと断言できるくれぇお前を全面的に信用してる。……これが全てだろ、つーか例え奪われても構いやしねぇがな。そんときゃ何かしらの理由がある以外にあり得ないからよ」

「……」


 でも俺のそんな考えは全て見透かされたように返答されていく。


 フロムさんに俺の保護者だとか抜かしていたこともあったが、今まさにそれっぽいなと思うよ。お前は……俺のことをよく分かってる。

 そもそも信頼してくれてなきゃ主従関係は築けてないしな……今更か。


「それに、お前は誰かから信用されたりするのを信じ切れてないような節あるからな。……だったら、この主従関係はお前が信用されてる証にさせてくれよ。俺がこの状態である限り、お前は嫌でも信用されるに値する存在だってことになるだろ?」

「っ! ……っとに、なんでもお見通しかよ……くそ……」


 今、シュトルムを心底化物のようだと俺は思った。強さだけで化物呼ばわりされるのも確かに一理ある。だが、そうじゃない化物も確かにここにいたのだと……。

 俺に自己犠牲をやめろと説教垂れた一人でもある奴が、そんなことを言うなとこの時少し思ったものだが、怒る気はおろか嬉しさしか俺には込み上げて来なかった。

 従魔はほぼ奴隷と同義である。例え従魔を解除されても、風評被害でまともな生活を送れなくなったという事例も聞いたことがある……シュトルム本人の口から。

 自分でそれを分かっているのに、その忌避すべき境地に立たされることになってまで俺を想い、その決断に踏み切ることのできるコイツは……化物以外のなんだと言うんだ。


「……ぷっ! オイオイ、泣くなよ……」

「ぇ? ぁ……ホントだ……」


 知らぬうちに、頬を涙が伝っていたらしい。シュトルムに言われて頬を拭うように手で擦ると、一筋の水痕が手の甲に映る。

 俺は無意識に泣いていたらしい。その事実に気付いた所で涙は止まることは無く、ゆっくりと……だが確実に雫となって零れていく。


「なんだなんだ? 俺が従魔になったあの時もお前泣いてたけど、そのせいで涙腺でも緩んだのかよ? お前……ちゃんと泣けたんだな?」


 今の俺はみっともない顔なのか、すかさずシュトルムの茶化しが入って来る。その茶化しが俺をどこか馬鹿にしたように感じ、ムッとなって咄嗟に反論した。


「あ、当たり前だろ! 俺だって人間なんだから泣くことくらいあるわ!」

「ハハ、そりゃそうだよな。だってお前は化物なんかじゃないからな。化物なんかになっちまってたら……泣くなんて真似は出来ねぇしな」

「……」


 可笑しそうに、でもどこか安堵したような顔でシュトルムは俺を見ながら笑う。俺が泣けるという事実がそうさせたようである。


 思えば俺はこの世界に来た時から泣いたことなどただの一度もなかった気がする。勿論、反射的な涙や睡眠時での無意識な涙を流したことはあったが、意識のある中で泣いたのは初めてだ。

 随分と久しい感覚だが、今までの感覚とはまるで違う別物のこの涙は俺も過去に一度しか経験した覚えはなかった。


 信用というものが形となったこと。そしてそれを受け入れるのを拒む俺にわざわざ伝え、気づかせてくれたシュトルムの行動が嬉しかった。

 俺は涙をとにかく拭って早く止まれと心で思う。この泣きは悲しくはないが、ちょっと恥ずかしいから。


 涙が止まるまで、俺はほんの少しの時間を必要とした。その間シュトルムは俺に言葉を掛ける真似はしなかった。







「……なんでだろうな。久しぶりだよ……うれし泣きなんてしたのは……」

「……ま、今のは俺は誰にも口外しないでおこう。……というかする必要性もねぇし」

「あぁ、そうしといてくれ。ここ最近情けなさを盛大に皆にぶちまけてばっかりだから……そこですぐにこんなことになってんのがバレたら嫌だ」


 やがて涙が止まった俺は話を仕切り直す。俺の思惑が分かったのか、シュトルムも話の路線をズラそうとしてくれたようだ。


「取りあえず、分かったよ。この繋がりはそのままにしとく。……ありがとな」

「おう、そうしといてくれや」


 お礼なんて要らないのだろう、どうせコイツは。でも俺はお礼をせずにはいられずそう口にした。


「……でも、そんなお前とももうすぐお別れ、なんだけどな……」

「ん?」


 しかし、それと同時にこんな良い奴(ばけもの)が今後いなくなってしまうことを思い出すと、非常に残念に思えてならなかった。

 いなくなると考えてから初めて分かったシュトルムという存在の重み。なんやかんやいつも事を見守っててくれていたのだと心底思う。ヒナギさんの時なんかは特にそうだ。

 だが、今回オルヴェイラス3カ国が災厄に見舞われた以上はそれも叶わないことも想像がつく。


 別れは……避けられない。







 たださ、俺のその残念に思ってた気持ちをどうしてくれんのよと今では言いたいッスわ。







「あー、それなんだけどさ……」


 はて? 


「俺、此処には残るつもりないぜ?」

「……は?」


 んん~? 何言ってんのコイツ?


「俺、お前らについて行くことに決めてっから」


 ……あれ~? 僕、君が何言ってるかちっとも分かんない。


「だから別にお別れなんかじゃねぇけど?」

「……」


 おうそうかいそうかい。シュトルム君、ちょいと表出ようか? 僕にたっぷりと教えてくれや、その理由。




 …………。




「……えっ!? なんで!?」


 どうでもいい冗談はさておき、シュトルム君……どうやら此処に残る意思はないようです。

 意味が分からん……。

次回更新は木曜です。

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