224話 神鳥右翼:黄金の陣⑤(別視点)
「……」
「(何故倒れない? 痛覚は恐らくないんでしょうけど、肉体はとっくに限界なはずなのに……)」
死んでくれと宣言みたく言い放ったポポであったが、内心ではいい加減にしてくれという気持ちも僅かに存在していた。
先程の一方的な攻防で、大抵の生物ならば原型を留めていないことの方が普通と言っても過言ではないのだ。だから、今目の前で辛うじて存在できているツギハギだった人物はかなり善戦したと言える。
しかし善戦したとは言っても、生物としての限界は必ずどの生物であろうと存在するはずである。目の前にいる存在もまた、血を流し、言葉こそ発さないものの、動けてはいるのだから生きてはいる。ひしゃげた腕に、皮一枚で繋がっているように思える足となった状態を見て、到底立ち上がることが不可能に見えることにポポはある意味背筋が震えた。
本当に生物なのかと。
腑に落ちないことの連続は増々ポポへの疑問を募らせるばかりとなった。
ただ、ここで流れが変わった。
今まで攻撃性を見せ続けていたツギハギの人物の目の色。黄色に変化していた目の色が白く変わった、というよりも戻ったのである。
「――!」
獣としての本能なのか直感なのか、それが戦意の喪失と見て逃げられると思ったポポは即座に反応する。相手が逃げる態勢を整える前にケリをつけなければという思いに駆られて。
ポポは『空中庭園』の一部を引き剥がすように自身の元へと呼び戻すと、胸の辺りに集合させ始める。不自然に空いてしまった穴は虫食いされた後のようで、年期の入った絨毯のようである。
だが元はポポの一部であるのだから、意のままに操ることができてしまうのは当然だ。足場を支える役割から攻撃する役割へと変えただけに過ぎない。
ポポは集まっていく羽を結集させて結合していき、大きな羽へと変えていく。そしてそれを羽柄の部分を重ね合わせて円形の一つの羽へと変化させた後、高速回転させて背を向けて逃げる動作に入ったツギハギの人物に向かって勢いよく射出した。
回転しているのが分かるのは音による判断のみだ。既にその羽は信じられない速度で回っているため、光る円盤がそこにあるようにしか見えなかった。丸い板が直進してきているようなものだ。
「『ボルテックス・烈火風陣』」
かつては自身が回転、突撃して行った技の強化版。規模は小さくとも威力はけた違いなそれをポポは片手間で実行した。
ポポの胸元から離れたそれは、ポポから離れた瞬間から加速を続けた。その軌道上にある全てのものを貫き、有効射程距離内にあった障害に綺麗な穴をポッカリと空けて。
覚醒状態前は対象を削り取って粉砕する印象である『ボルテックス』とはまるで違う。空いた穴を覗いてみれば反対側の景色が綺麗に見えた。その空いた穴の本体は、穴ができたと同時に動きを止め、自身の胸にできたその穴を静かに眺めていたが。
「……」
今確実に心臓を貫いた。だが少し考えていた生け捕りという案は面倒で難しそうだ。
だからポポは迷わなかった。もうこれで終わりにしようと……。できれば今の一撃で終わってくれればよかったが、心臓を貫かれて倒れない時点で最早生物ではないと思えてしまったのだ。
零していた黄色い光から、ポポは赤い粉塵へと切り変える。そして『空中庭園』に空いていた穴をポポはいつの間にか補修すると、2人を包み込むように折り曲げた。……まるで蕾のようだ。
球状となった『空中庭園』の中に閉じ込められる形である。
「(『自爆特攻』……吹き飛べ!)」
その球状に閉ざされた中でポポは粉塵をふんだんにまき散らし……密閉された空間で充満した粉塵に点火、自爆を仕掛けたのだった。
当然その渦中にあった2人にはとてつもない威力の爆風が襲い、一瞬で焦土と化す熱に晒された。
外から見ていた者達には中の状況は分からない。音も衝撃も一切なく、ただ球状となった『空中庭園』しか目に映らなかったからだ。
外と内で引き起こされる情報の違いには、ポポ本人以外は気づけないでいた。
◆◆◆
球状となった『空中庭園』の上部からボフッ……と黒煙が吹き出た。恐らく中で爆発が起こって発生した噴煙やらが僅かに空いた隙間から一斉に吹き出たのだろう。密閉されて抑圧された状態ならば至って自然な現象だ。
噴き出す黒煙の勢いは短時間の間大きな音を立てて続き、やがてその音を小さくしていった。それと同時に『空中庭園』も今度は逆に花開くようになっていき、元の絨毯へと戻っていった。
ポポはその中心にポツンと異彩を放って存在を露わにする、無傷で。もう一人いた人物の姿は何処にもなく、神隠しの様に消え去っていた。
そのことが示すことはつまり、ポポの勝利に他ならない。
ポポは魔力耐性が非常に高いために、魔力を伴った攻撃をほぼ受けつけない突出した力を持つ。ナナが魔力への理解を持っているのであれば、ポポは魔力の否定……抵抗力を備えているのである。
だから今の様に自爆を行ったとしてもそれが魔力によって引き起こされたものであれば何の問題もない。怪我を負うことはなく、相手に一方的に甚大な被害を与えることが出来る。
自爆でありながらそれを何度も行えると言うのは、司が俗に言うチートみたいなものである。魔力ある限り何度でも使えるダイナマイトみたいなもの……それがポポだ。
魔力を否定しておきながら自身は扱うという点は、少々傲慢な印象を覚えそうなものだが。
ポポとナナの覚醒状態がステータス以外も伊達ではない理由はこれである。
なんにせよ、対に近い能力をポポとナナは持っているのである。
ちなみに、修業時代ポポに魔法では傷を与えられないのをいいことに、ナナはポポのことなぞ気にもしないでポポごと巻き込むように魔法を使っていたりする。
その時は協力という二文字など皆無で、そのナナの遠慮のなさに複雑な心境を抱いていたのをポポは胸に抱えている。
「(結局、一言もしゃべりませんでしたね)」
戦闘を終えたポポは、終始言葉を一切口にしなかったツギハギの人物のことを考えていた。
奴は……何者だったのだろうかと。突然気配もなく頭上から現れ、機械の様に無機質な表情で感情を露わにしない。腕には仕込みナイフを持ち、痛覚すら持たない様子だった。それを今一度思い返す。
今にしてみれば一挙一動全てが不気味だった。仮にこれで自我があったのだとしたら凄まじい精神力のもと散っていったことになるが、とてもそうは思えなかった。
そして最も驚くべき点は無詠唱魔法と昼間での『ダクネスガン』の発動だ。結局死体すら残らない結果となってしまったとはいえ、奇妙な情報を得ることができたのは良かったのかもしれない。
司への報告内容ができたことをひとまずは喜んだ。
「(……『白面』の差し金でしょうか? ……ん? 何でしょう、これは……? ――!?」
煌めく『空中庭園』の一点に、黒い点が一つ見えた。ポポはそれが目に付いて気になり歩を進めて近づいてみると、それは楕円形の小さな黒い物体だった。
軽く裏表を見返して確認しても特に何の変哲もないものだ。どうやら非常に融点の高い鉄製の物体なのか焦げ目が見られるだけでまだまだ使えそうではある印象を覚えたポポは、これはツギハギの人物の所有していたものだと思いつつ、焦げを何気なく取ろうと擦ってみると――。
「ふむ? 何か書いてありm……」
焦げが取れて銀色の部分が顔を出した辺りでポポの表情が次第に険しくなっていく。そして完全に銀色の部分が空気に触れることまでできるようになると……その口を噤んで黙ってしまった。
ポポが今拾い上げて磨いたものは、所謂ネームプレートと呼ばれるものであった。大きさからして装飾品か装備についていたものだと予想できるが、それだけで驚くようなポポではない。ポポが驚いていたのはそのプレートに刻まれていた者の名……ではなく、その横に掛かれたある称号である。
「貴方は、犠牲者、だったんですね……」
『オスカー・クライアン』
この世界の文字で、古ぼけながらもその名が彫られていた。そして横に小さく、だが確かな名誉ある称号を刻んだ文字も。
それは確実に、だが決して見えはしない威厳を放っていた。
『・S・「光陰」』
ネームプレートの先に刻まれているのはSランクの冒険者だということ。そしてそれに続くのはこの者が持つ二つ名だ。
あのツギハギの人物は『光陰』と呼ばれるSランク冒険者だったようだ。
「まさか、生きた人をベースに、造られた人だったん、ですか……?」
全身がツギハギであったのは恐らくそういうことだろう。人体改造を施されていたのだと。
身体から仕込みナイフを出してきたのもそれの一環であり、あの目の色の変わりよう、攻撃態勢に移行する様子などから脳も弄りまわされていたのだとポポは思った。痛覚を感じないのも頷けた。
そして脳を弄るということに関して心当たりがあるのは……『白面』だ。
ポポはこの街の人達に洗脳を掛けた人物はセシルの疑問もあったために一度度外視したが、今相対したツギハギの人物にだけに関してはある人物しかあり得ないと思った。……関与しているのは『白面』だと。
「っ――!」
ポポの中で言葉にならない感情が芽生え、這うように心を蝕んだ。
恐らく罪にはならないだろう。そもそも遺体すら残らず犯人が誰かの証拠すら残っていないのだ。その状況で犯人を突き止めることはほぼ不可能であるし、現場も自分が展開したこの場であるため、現場検証も出来るはずもない。
だがポポは今の事実を隠そうとは考えていない。ハッキリと敵対され、明確な殺意を向けられたから対処しただけであるし、冒険者同士のいざこざには基本的にギルドは関与しない方針であることを知っているからだ。
勿論Sランクともなればいざこざで済ますわけにはいかなくはなるだろうが、あくまで向こうから仕掛けて来た形となればポポに罪はない。
だが例えそのように考えてはいても、殺めた事実はポポの中に悔恨として残ってしまう。人を殺す覚悟があるとはいえ、それは『ノヴァ』に連なる者に対するものである。今の様に『ノヴァ』に利用されただけの人を殺すべきか殺さずにいるべきかと言われれば、ポポは問答無用で殺すなどと口が裂けても言えない。
もしかすれば助け出すことができるかもしれない希望がある以上は助け出したいし、極力人殺しは避けたい思いはあるためだ。主人同様に元が優しい性格をしているために、非情になりきれないのである。
気落ちし、そのためか先程と比べて著しく光度を欠いていたポポだったが、決意したように口を開いた。
そして光度は元通りに輝きを取り戻すのではなく、代わりに赤い粉塵がこれでもかという程にポポから溢れ出す。
「生命活動ができなくなるまで動き続ける殺戮マシンを造るのですか、人の身体で。……いいでしょう。それなら私は、お前ら限定で殺戮マシンになってやろうじゃないですか……!」
この時を持って、ポポの中にあったタガの一つは……外れた。
獰猛なポポの怒りの笑みに、空気が一瞬身震いするように震えたのだった。
次回更新は火曜です。




