221話 神鳥右翼:黄金の陣②(別視点)
「散開せよっ! 『六の型・皇帝』! 襲われている人を守り、襲う人を拘束せよ!」
リオールへと高速で降りるポポは、その最中で羽兵を展開させる。
『覚醒状態』で通常状態よりも性能の上がった羽兵は、ポポの命令をより忠実に実行することが可能になる。『攻撃しろ』や『守れ』といった簡単な命令であれば口に出す必要性すらなく、もっと細かい具体的な命令を出せるのだ。
今ポポは羽兵達に、襲われている人を守ることと、襲う人を拘束するという命令を2つ同時に出した。この時点でポポの羽兵はポポの指揮下ではあるものの命令主を離れ、それぞれが独立してその命令を果たすために街中に散らばっていった。
「やめてくれっ!? オイっ!」
「トドメだっ!」
眼下で、今まさに殺されそうになっている者達がいる。
ポポ本人も羽兵達が散開していくのを確認すると、空中から見通しも良いこともあり、羽を振るって『羽針』を複数打ち込む。羽ではなく、まるで光線銃に似たそれは全てが別々の軌道で撃ち放たれ、襲っている人の服や装備品の僅かな隙間を縫い、その場から動けなくすることに成功したようだ。
更に……
「ん、『ホーリースフィア』」
セシルもポポの背中から飛び降りて、自らの目に飛び込む情報を一気に把握。特殊な力でポポの捉えた対象を光の檻で包みながら、リオールへと軽やかに足をつける。
高さと速度も相まって衝撃は相当なものであったのにも関わらず、その足取りは軽快だ。セシル自身のステータスの高さが尋常ではないことを表している。
「っ……? え?」
「なんだこれはっ!? ちくしょう……あと少しだってのにっ!」
「何をしてるの? 自分のしてること……分かってる?」
「魔法まで使ってくるのかよっ!」
「?」
檻の中で悪態をついている者は、皆口々にそう言う。あと一歩のところで邪魔されたことに苛立っている様子だ。セシルの声に反抗的な態度を示す。
ただ、やはり様子が変だということが確信に変わったことで、セシルは眉を潜めるが……
「デケェのまで来やがって……なんでいきなりモンスターが攻め込んでくるんだよっ!」
「「は?」」
セシルの元に近寄って来たポポも、喚き散らす者の言葉をセシルと共に聞いて意味が分からなくなった。
自分達がモンスターだと、この者は言っているのだ。
確かに、ポポだけを見たらモンスターと錯覚してもおかしくはない。何せ巨大なのだから。司もそのことで悩むことがあった以上、一般的にそれに近い印象を持たれることは可能性として十分ある。
しかし、セシルの場合はないだろう。今は天使の翼も見せておらず、金髪が印象的な可愛らしい見た目の少女にすぎない状態なのだ。そのセシルすらもモンスターだと口走る者に対し、ポポとセシルは困惑を隠せない。その者の目は鋭い眼光でこちらを見るソレであり、戦意が剥き出しであることから嘘を言っているようには見えないことも拍車を掛ける。
事態への対処に取り掛かったばかりではあったが、街にいる全ての人がポポとセシルのいる地点に集中しているわけもない。取りあえず、ポポとセシルのいる場所に関しては、事態は一時沈静した。
「あ、あなた方は……?」
今まさに殺されそうになっていた男性が、尻餅をついた状態のまま困惑しているセシル達に話し掛ける。
こちらは助かったと安堵してもいるが、急に現れた得体の知れないセシル達に若干恐怖を覚えている印象だ。敵か味方の判断に迷っているような。
「安心して、私達は敵じゃない。今回のこの事態を止めにきただけだから。味方と思ってくれていいよ……こっちの子も害は一切ないから平気だよ」
「あ、はい。といっても難しいかもしれませんが……」
「え?」
身振り手振りはこの状況では少ない方が良い。セシルは隣に際立っているポポも含め、害はないとなるべく優しく語り掛けるだけに留めた。男性の心境が不安定であることが見えていて、下手に刺激や不安を煽れば取り乱しかねないと判断したのだ。
「今、襲われている人は私の配下が救援に向かっています。これ以上の被害が出ることは恐らく無いでしょう」
ポポもまた安堵させるようにそう言うが……
「っ!? ま、まさか殺したりして!? 駄目だそれはっ!」
「え? あの、拘束してるだけですかr「頼むやめてくれっ! アイツらは悪くないんだ!」……えっと……?」
その好意も虚しく、結局は取り乱して喚く男性。それもポポに何か不備でもあったのか必死の形相で。いきなり飛びかかるようなことはなかったが、癇癪を起こしたような声には顔を曇らせる以外になかった。
「――お、オイ……アンタ達、何者だ?」
――と、そこに別の人物の声が。セシルとポポは喚く人は一旦放置し、そちらに目を向ける。
そこには、セシル達によって助かった者達がいた。幼さを残したあどけない顔立ちの少女や少年含め、どこか怪我でもしているのか、痛みに耐えたような青年、老人等が。こちらの騒ぎの声が気になったのかすぐ近くまで寄ってきていたようであり、少し離れた位置からセシル達を伺うように見つめている。
目の前で喚く人では今は話はできないと考え、セシル達は話し掛ける対象を変えてみることにした。
「ちょっと事情を聞かせてもらえませんか? オルヴェイラスから来たんですけど……この事態の詳細を知らないんです、私達」
「何故急に此処へ来た? それもこのタイミングで。こんな偶然あるか! 嘘に決まってる! オイアンタ、早くそいつらから離れろ! コイツらが原因かも知れねーぞ!」
「ぁ……っ!?」
1人の男が発したその言葉で一気に青ざめて怯え、後ずさりを始める喚いていた男性。喚きは止まり、今度は震えが止まらない状態になってしまったようだ。
「(うわ~、嫌な方向に向かってるなぁ)」
「(マズイですね。言い分は確かですし)」
コソコソと小声で会話しながら、ポツンと取り残されるセシル達。別段慌てることはなく、むしろ予想していたような反応だ。まずはどうすればこの誤解を解いて切り抜けられるか、それを悩んでいるようだった。
「(……仕方ないかな。ちょっと強引だけど)」
「(強引?)」
避けたい事態が避けられなくなってしまったのなら、別の手段を講じるしかない。問題を放置するなど論外であり、右も左も分からないままでこの事態を解決できるとは毛頭思えない。
セシルは何か策でもあるのか一歩無事だった者達に近づくと、何か口の中を動かしてから……話し掛けた。
「『そんなに怯えないで。私達は敵じゃない』」
その瞬間、その声を聞いた者達は皆身体の自由を奪われたように硬直する。
ポポには、今セシルの言葉がエコーが掛ったように聞こえた気がした。まるで頭に何度も直接響いてくるような、普通ではない感じ。
セシルの声は浜辺に何度も押し寄せる波のように、直接脳へと可憐な声を届けていく。
「「「ぁ……」」」
セシルに釘付けになり、口が半開きになった者達をセシルもまたジッと見つめる。そしてフイッと視線を逸らすと、今度は最も近くにいる男性に向かって口を開く。
「……『貴方も……大丈夫だから信じて。私達は味方だよ』」
「(おぉ……)」
セシルが見せる柔和な笑みと合わさる声は、それだけで心を和ませてしまいそうなくらいの威力を秘めていた。ポポは間近でそれを見て、セシルの存在に一瞬見惚れてしまった。
普段見せている姿と、今まさに魅せている姿は全くの別物。セシルの新たな一面を見ることができた。
「っ!? ……あ、あぁ、済まない。動揺して疑ったりしてしまって……」
「ん、気にしないで。突然のことだから無理もない」
「(あ、普通に戻りましたね)」
セシルのエコーがなくなり、ポポはハッとなる。エコーがなくなったと気付いた時には男性も冷静さを取り戻している様子から、もう取り乱すような懸念はなさそうである。
ただ、今セシルが何をしたのかは未だ不明だ。それを確かめるためにも、ポポは男性との間に割って入る形で屈み、セシルへと小声で尋ねる。
「(セシルさん、今何したんです?)」
「(ん、今ここで敵対されたら面倒だから、ちょっと力使わせてもらっただけ。この人達には半強制的に私の言うことに納得してもらったの)」
ポポ以外には顔が見られないように手で隠しながら、嫌そうな顔で言うセシル。その顔でポポは察した。力をこんな形で使いたくはなかったのだろうと。
今自分が聞いた事実は正直驚きを覚えたものだが、それはセシルの顔を見て内に留めることにしたようだ。本来なら至る所で自分の思うままに事を運び、暗躍することができる異常な力なのだから……。用心深く、心の捻くれている者でなくとも、自分も知らず知らずの内に密かに使われていると疑ってしまいそうな力。
ただ、ポポはセシルがこの力を悪意のままに利用せず、やむを得ない限りで使用しないことには安堵ではなく、誇りを覚えるだけだった。
「それじゃあ改めて、話聞かせてくれない?」
この辺り一帯の地面に点在する赤色は真新しい。まだ事態が起こり始めてからそこまでの時間は経過していない証拠だ。
今なら、まだ最悪の事態にはならないはずだ。
セシルはいつもの眠たそうな顔を少し険しくしつつ、落ち着いた者達へと情報収集を始めるのだった。
◆◆◆
「そう……。突然に、か……」
喧騒冷めた群衆の中で、セシルは考えに耽る。
「あぁ。俺はその時家にいたんだが、同時に複数の叫び声と怒号が聞こえてきたんだ。何事かと思って家を出たら、この通りだ。すぐに血相変えた奴に襲われた」
「私も似たようなものよ。……っぅ!?」
「お、オイ!? 大丈夫かっ!?」
詳しく状況を説明してくれていた一人である女性が、ここで耐えきれずに吐いた。その時の記憶は思い返して良いものではなかったのだろう。惨殺が急に始まってまだ間もないのだ。気持ちの整理も頭の処理も追いつかない。正常な心は顕著に身体に影響を及ぼし始めていた。
むしろよくここまで耐えたものだと褒めるべきである。
セシルとポポは女性の容体を心配したが……
「でも、アンタらは運が良かったのかもな。俺なんか……いきなり妻に襲い掛かられたよ。本当に、突然だった……。あぁ……妻は今どうしてるだろう。心配だ……」
額に手を当てて嘆く男性は、ショックと心配が混ざって手詰まり感を露わにする。
こちらも相当やられているようだ。自身の妻が急変したのでは無理もない。
「……その前後に何か変わったことはあった? 些細な事でも何でもいい。それだけでも貴重な手掛かりになるから」
「……他には――」
心配する気持ちは確かにある。だが、その心配からいち早く解放するためにはその原因を解明して対処するのが一番手っ取り早い。
セシルはこの時だけは心を鬼にして、貪欲に情報を掻き集めた。
その後……
「(気が狂ってしまった人に法則性はないっぽい。だから恐らく無差別……特に標的を狙ったわけではなさそう。そして狂った人同士で争うこともないのがちょっと気になる……。でも一体どうやって?)」
あらかた情報を収集したセシルは集まった情報を元に分かることをまとめ、ある点を不思議に思う。
それは、狂った者達が正常な者のみに攻撃を加えているという点だ。突然人を襲って殺そうとする程に狂っているというのに、何故か狂った者同士で争うこともなく協力しあう姿勢はどうも不自然だと思ったのだ。
それは、狂っているが狂っていないという矛盾した違和感を覚える程である。
そして不思議に思った点を、先程セシルとポポは直接狂った者から聞いていることもそこに疑問を持つ原因になっていた。
「一度、一旦おかしくなった人の容体を見てみようか……」
そのため、その疑問を確かにするためにもセシルは目を向ける。今現在拘束している者達へと。
そして、既に戦意がなくなったのかそれとも諦めたのかは分からないが、抵抗をやめて大人しくセシル達を見つめている者達へと足を運び近づいていった。
「っ!? 貴女は医者なのですか!?」
「違うよ。でも、医者とは違った視点から見ることで言えば、それなりに期待してくれていい」
セシルが容体を見ると言ったことで勘違いしたのだろう。医者でもなければ容体を見るなどという言葉はあまり使われないのだから仕方がない。
だがセシルは後ろから掛けられる言葉サラッと流し、否定した。ただそれでも、自分は医者ではないが別の観点から見ることはできる自負があったために、自信はあったらしい。声色に遠慮の気持ちは一切見られない。
「くっ!? 俺を一体どうするつもりだってんだぁ? 俺は屈しねぇぞ!」
セシルが施した水晶のような煌めきを放つ結界の中で喚く人物を、セシルはジッと見つめる。足から腰、腹から胸、四肢に渡って順々に。
「……っ! これは……」
首から上……頭部を確認したところで、セシルは目を見開いたのだった。
次回更新は日曜です。




